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第六章 それぞれの夏休み
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夏の日差しは夕方になっても突き刺さるように暑い。
あれからというもの、私は今まで以上に部活に打ち込むようにしていた。懸命に体を動かしていると気がまぎれるからだ。
今も全体での練習は終わり、自主練に精を出している。
私は体育科への推薦でこの学校に入学した。だから今のようにテニスに集中するのは当然のことだ。本来の、推薦を受けた時と何も変わらない。それが私がこの学校を選んだ理由だった。
「あー早川、私そろそろ上がりたいんだけど」
「あれ、もうそんな時間ですか」
一緒に練習していた先輩が近寄って声をかけてくる。
辺りを見回すと確かに暗くなり始めていた。夏であることを考えればもう7時は過ぎているだろう。
「やれやれ、最近のお前はなんだか周りが見えていない感じがするぞ。何かあったの?」
「何も、ないです」
「ふーん、少し前は人が変わったように明るくなったのに、今度は前以上にストイックになったからちょっと心配してるのよ?」
「……すみません」
「はあ、まあいいわ。とりあえず帰ろっか」
葵とのメッセージのやり取りから四週間は経っている。その間いろいろと気持ちの整理をつけてきたつもりではあるが、先輩から指摘された通り、まだまだ私は失恋を引きずっているらしい。
失恋なんてよくある話だ。それこそ世の中にはありふれている。私の届かなかった気持ちも、数ある中の一つに過ぎない。
そんな風に考えていないとこの身が持ちそうになかった。そういう風に捉えなおして部活に専念していれば消えていくだろうとも思った。
しかしそんなことはなかった。今もまだあの日のことを思い出しては涙があふれるし、葵とのメッセージのやり取りを読み返しては歯噛みしている。
私がフラれて、葵と弘治が付き合っている。
長年の想いは届かず、日も浅い二人の仲はどんどん進展していっているのだと考えるとそれだけで悔しさが募り、行き場のない怒りに打ち震えてしまう。
どこで間違えたのか。私と弘治の仲はすでに絶望的だ。もう友達としても、女としても顔向けすることができないと思う。
私が告白し彼に断られたとき、彼はとても悲しい顔をしていた。今思えば、その顔を見るのは初めてじゃなかった。
彼の独白を聞いたあの日、果たして彼はどんな顔をしていたのか。今になって思い出す。
彼は私に何を語った? 彼はどんな気持ちで話したくれた? はっきりとは思い出せないが、そこにあったのは悲しみに暮れた顔だった。
風呂も夕食も済ませた私は疲れが取れるようにベッドに転がっていた。疲れで支配されている頭はろくな思考力も持てずにただただ体が眠りにつくのを待っている。
しかし、いよいよ眠りにつきかけたその時、スマートフォンに着信が入った。無視してもいいが癖のように手を伸ばした私は慣れた手つきでアプリを開く。
『ちょっといいですか』
差出人は瑞穂だ。この前通話を一方的に切ってそのままだったので非常に気まずい。なんだか敬語になってるし。
こちらが既読をつけてすぐに次が送られてきた。
『単刀直入に聞きます。気分を害したらすみません。文化祭二日目、あなたは遠藤君に告白をしてふられた。そして諦めないと宣言した。これはあってますか?』
ズキリと胸が痛む。考えないようにしていることを文字で見るときつい。
だがしかし、なぜこのことを瑞穂が知っているのか。弘治がわざわざ瑞穂に言うとは考えづらい。葵も知らないような口ぶりだった。
『急に何。間違ってはないけど誰から聞いたの』
『ありがとうございます。文化祭の後からのことがちょっと気になってしまって』
こちらの質問には答えない。いまさら何が気になったのか。もう終わったことだ。
『それだけならもういいわよね。おやすみ』
私はそう返信し眠りについた。
今日もバイトで疲れた体をお風呂で癒し布団に入る。布団に入ってだらだらしながら弘治とメッセージのやり取りをしたりするのが最近の日課だったりする。互いに気を使わない会話は非常に楽しい。
色んなことを話すが、結局バイトでの愚痴などに終始するのは私たちの関係性を如実に表しているともいえる。
あれからうまいことクラスの男子も振り切ったしメッセージも減って楽になった。
彼の話し相手が私しかいなくなってしまってるのではないかとちょっとした罪悪感が湧くが、しょうがないだろう。
後藤君しか友達いないんじゃないかな。
しかし、今日はいつもとは違う人からのメッセージが届いていた。瑞穂からだ。
やけに長文のメッセージ。嫌な予感がした。急いで読み進める。
そこには事細かに彼女の推測が書かれていた。私たちが偽装カップルであることを見抜かれていたわけだ。私に関する情報が抜け落ちているから推測の域を出ていないことはわかるが、恐ろしいまでの事実との一致に息を呑む。
いや、おかしいでしょ。どんな考え方してたらこんな答えにありつくのよ。漫画の読みすぎでしょ。思わずそう突っ込みたい衝動に駆られる。
しかし文末にはご丁寧に早織にはまだ話していないことと、単なる知的好奇心だから答えられないなら答えないでいいよと書いてある。
こんなのほとんど脅迫じゃない。瑞穂ってそんな性格だったのかと舌を巻く。私もひとのことは言えた義理じゃないが相当いい性格をしているようだ。
これはもう瑞穂にはばらして口止めをするしかないのではないか。本当に知的好奇心であるならばそれで引いてくれるのではないか。
そう思った私はすぐに返信をした。
『粗方合ってるわよ。でも、ここはひとつ広めないでもらえるかな。弘治と早織のこともそうだけど、私も困ってたのよ。私と弘治は利害の一致で組んでる。それを引っ掻き回されると一番ダメージを受けるのは早織なんじゃないかな』
『まあそういうとは思ってました。私もそれでいいと思います。ただ、フィクションでもこういった関係はすぐに駄目になるものです。そうなったときの早織へのダメージは想像しているよりもひどいものになると思います。それは覚えておいてください』
瑞穂も早織を友達だと思っているからこそ、こういった返信をしてくれたのだろう。
いまさらになってこのいびつな関係について思考を巡らせる。
最善の選択だと思った。でもそこにちょっとした怖いもの見たさや面白半分な気持ちがあったのは事実だ。一人にバレただけで今まで意識していなかったそのことを自覚する。
これ以上面倒なことにならないように何としても卒業まではこの関係を続けよう。そう思った。
あれからというもの、私は今まで以上に部活に打ち込むようにしていた。懸命に体を動かしていると気がまぎれるからだ。
今も全体での練習は終わり、自主練に精を出している。
私は体育科への推薦でこの学校に入学した。だから今のようにテニスに集中するのは当然のことだ。本来の、推薦を受けた時と何も変わらない。それが私がこの学校を選んだ理由だった。
「あー早川、私そろそろ上がりたいんだけど」
「あれ、もうそんな時間ですか」
一緒に練習していた先輩が近寄って声をかけてくる。
辺りを見回すと確かに暗くなり始めていた。夏であることを考えればもう7時は過ぎているだろう。
「やれやれ、最近のお前はなんだか周りが見えていない感じがするぞ。何かあったの?」
「何も、ないです」
「ふーん、少し前は人が変わったように明るくなったのに、今度は前以上にストイックになったからちょっと心配してるのよ?」
「……すみません」
「はあ、まあいいわ。とりあえず帰ろっか」
葵とのメッセージのやり取りから四週間は経っている。その間いろいろと気持ちの整理をつけてきたつもりではあるが、先輩から指摘された通り、まだまだ私は失恋を引きずっているらしい。
失恋なんてよくある話だ。それこそ世の中にはありふれている。私の届かなかった気持ちも、数ある中の一つに過ぎない。
そんな風に考えていないとこの身が持ちそうになかった。そういう風に捉えなおして部活に専念していれば消えていくだろうとも思った。
しかしそんなことはなかった。今もまだあの日のことを思い出しては涙があふれるし、葵とのメッセージのやり取りを読み返しては歯噛みしている。
私がフラれて、葵と弘治が付き合っている。
長年の想いは届かず、日も浅い二人の仲はどんどん進展していっているのだと考えるとそれだけで悔しさが募り、行き場のない怒りに打ち震えてしまう。
どこで間違えたのか。私と弘治の仲はすでに絶望的だ。もう友達としても、女としても顔向けすることができないと思う。
私が告白し彼に断られたとき、彼はとても悲しい顔をしていた。今思えば、その顔を見るのは初めてじゃなかった。
彼の独白を聞いたあの日、果たして彼はどんな顔をしていたのか。今になって思い出す。
彼は私に何を語った? 彼はどんな気持ちで話したくれた? はっきりとは思い出せないが、そこにあったのは悲しみに暮れた顔だった。
風呂も夕食も済ませた私は疲れが取れるようにベッドに転がっていた。疲れで支配されている頭はろくな思考力も持てずにただただ体が眠りにつくのを待っている。
しかし、いよいよ眠りにつきかけたその時、スマートフォンに着信が入った。無視してもいいが癖のように手を伸ばした私は慣れた手つきでアプリを開く。
『ちょっといいですか』
差出人は瑞穂だ。この前通話を一方的に切ってそのままだったので非常に気まずい。なんだか敬語になってるし。
こちらが既読をつけてすぐに次が送られてきた。
『単刀直入に聞きます。気分を害したらすみません。文化祭二日目、あなたは遠藤君に告白をしてふられた。そして諦めないと宣言した。これはあってますか?』
ズキリと胸が痛む。考えないようにしていることを文字で見るときつい。
だがしかし、なぜこのことを瑞穂が知っているのか。弘治がわざわざ瑞穂に言うとは考えづらい。葵も知らないような口ぶりだった。
『急に何。間違ってはないけど誰から聞いたの』
『ありがとうございます。文化祭の後からのことがちょっと気になってしまって』
こちらの質問には答えない。いまさら何が気になったのか。もう終わったことだ。
『それだけならもういいわよね。おやすみ』
私はそう返信し眠りについた。
今日もバイトで疲れた体をお風呂で癒し布団に入る。布団に入ってだらだらしながら弘治とメッセージのやり取りをしたりするのが最近の日課だったりする。互いに気を使わない会話は非常に楽しい。
色んなことを話すが、結局バイトでの愚痴などに終始するのは私たちの関係性を如実に表しているともいえる。
あれからうまいことクラスの男子も振り切ったしメッセージも減って楽になった。
彼の話し相手が私しかいなくなってしまってるのではないかとちょっとした罪悪感が湧くが、しょうがないだろう。
後藤君しか友達いないんじゃないかな。
しかし、今日はいつもとは違う人からのメッセージが届いていた。瑞穂からだ。
やけに長文のメッセージ。嫌な予感がした。急いで読み進める。
そこには事細かに彼女の推測が書かれていた。私たちが偽装カップルであることを見抜かれていたわけだ。私に関する情報が抜け落ちているから推測の域を出ていないことはわかるが、恐ろしいまでの事実との一致に息を呑む。
いや、おかしいでしょ。どんな考え方してたらこんな答えにありつくのよ。漫画の読みすぎでしょ。思わずそう突っ込みたい衝動に駆られる。
しかし文末にはご丁寧に早織にはまだ話していないことと、単なる知的好奇心だから答えられないなら答えないでいいよと書いてある。
こんなのほとんど脅迫じゃない。瑞穂ってそんな性格だったのかと舌を巻く。私もひとのことは言えた義理じゃないが相当いい性格をしているようだ。
これはもう瑞穂にはばらして口止めをするしかないのではないか。本当に知的好奇心であるならばそれで引いてくれるのではないか。
そう思った私はすぐに返信をした。
『粗方合ってるわよ。でも、ここはひとつ広めないでもらえるかな。弘治と早織のこともそうだけど、私も困ってたのよ。私と弘治は利害の一致で組んでる。それを引っ掻き回されると一番ダメージを受けるのは早織なんじゃないかな』
『まあそういうとは思ってました。私もそれでいいと思います。ただ、フィクションでもこういった関係はすぐに駄目になるものです。そうなったときの早織へのダメージは想像しているよりもひどいものになると思います。それは覚えておいてください』
瑞穂も早織を友達だと思っているからこそ、こういった返信をしてくれたのだろう。
いまさらになってこのいびつな関係について思考を巡らせる。
最善の選択だと思った。でもそこにちょっとした怖いもの見たさや面白半分な気持ちがあったのは事実だ。一人にバレただけで今まで意識していなかったそのことを自覚する。
これ以上面倒なことにならないように何としても卒業まではこの関係を続けよう。そう思った。
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