寝坊少年の悩みの種

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第七章 体育祭

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 至福の時間は終わりを告げた。
 今日から新学期。前日には確かに目覚ましをしっかりとかけて起きれるようにしていたはずなのに、夏休みの習慣が染みついていたのか、俺は盛大に遅刻をしていた。まあそうは言っても一限目には間に合う寸法ではあるのだが。
「すみません。遅れました」
 ホームルームの最中、教室に入る。ああ、なんだかこのセリフも久しぶりだ。
「新学期早々遅刻とは、いい身分だな遠藤」
 新学期早々佐々木先生を怒らせてしまったみたいだ。すごい迫力だ。
「す、すみません先生」
「お前については橋本に頼んでおいたはずだが……まあいい早く座れ」
「はい」
 当然のようにみんなの前で言ったなあの人。この後後藤にいろいろ聞かれるんだろうなと思いつつも席に着く。
「それで連絡だが、まあ近々体育祭があるのでそこらへん考えておいてくれ。今日の放課後早速責任者でも決めることにしよう」
 おお、そういえばもうそんな季節か。
 体育祭か、あんまり好きじゃないんだよな。運動部じゃないから普段運動しないし、運動部だったとしても結局のところ好きなイベントにはなってなかっただろう。
 これといって嫌な思い出とかもないがただただ面倒だ。

「なあ遠藤、さっき先生が言ってたことなんだが」
 そら来た。後藤こういう所は忘れないんだよな。
「それはだな……」
 言葉に詰まる。普通に恥ずかしい内容だもんな。
 そう悩んでいるといつの間にやら現れた委員長が俺の言葉の先を続けた。
「実は遠藤君が何度も遅刻していた時に先生と三人で話しまして、真上の部屋に住んでいる私が毎朝迎えに行ってたんです」
 サラっとばらしやがった。
「まあ彼が葵と付き合い始めたのでやめたんですがね」
「なるほどね! つまり毎朝遠藤が橋本さんと一緒に来てたのは偶然じゃなかったと」
 後藤はそこに食いつくのか。やはりこいつは変人だな。
「まあそのことを今先生に話してきたんですが続けろと命令されてしまいまして」
 なんだって! それは助かる、じゃなくて初耳なんだが。俺が驚いているといつの間にか葵が教室の前にいた。
「私がオッケーだしたよ! 今日も遅刻したんでしょ? ならしょうがないよね」
 勝手に決めないでくれるかな……。めっちゃびっくりしたんだが。
「まあ瑞穂なら何かあるってこともないだろうしね」
「遠藤、お前ってやつは……」
 後藤よそんな目で俺を見るな。俺が何かしゃべる間もなく決まったことなのに後藤がさげすんだ目で見てくる。
「それじゃあ瑞穂、明日からまた弘治をよろしくね」
「うん。まかせて」

「それで実行委員なんだが、どうしてお前たちは誰も手を挙げないんだ……」
 今朝言った通り、体育祭の実行委員とクラスの責任者を決めているのだが、前回と同じようにクラスは静まり返っている。
「あの、誰もやらないというのでしたら私がやりますが」
 デジャブだ。委員長が手を挙げる。
 しかしまあ男子の実行委員が俺になるということもないだろう。
「また橋本か、まあいいや。それじゃあ次は男子だな。やりたいってやつはいないみたいだし……橋本、選んでいいぞ」
 なんか前より投げやりじゃないですかね。
「またですか? じゃあ遠藤君で」
 ……デジャブだ。


「それマジか」
「ええ、大マジよ」
 放課後、といっても始業式の今日は午前中で終わりだ。俺と葵はすっかりおなじみになったファミレスにて昼食をとっていた。
「数日前に瑞穂から急に連絡が来てね。ほとんどバレてたわ」
 どうやら俺たちの偽装カップルがバレていたらしい。
「それも推測に推測を重ねてね。でも当たってたから質が悪い」
「それで早織には」
「それに関しては瑞穂も言いふらしたりはしないと言ってたから、ひとまず大丈夫だとは思うけど、こればっかりは彼女を信じるしかないわね」
 この件がバレることで一番危険なのは早織に伝わることだ。さらに深く傷つけるか、早織がまた諦めずに向かってくるか。どちらにせよ避けたいことである。
「なんだか確信してる様子だったんだけど、もしかしたらあなたのことを思ったよりも分かってたのかもね」
「俺のことを?」
「毎朝一緒だったのは伊達じゃないってことよ。あなたの様子から嘘かホントかバレてたんじゃないのかなって」
「マジかよ」
「でももしかしたら弘治にとってはよかったのかもしれないわね。瑞穂に対してはわざわざ嘘つかなくてよくなったんだから。数少ない友達だもんね」
 誰が数少ないだ。……事実だけど。少なくとも高校出の友達は今のところ後藤と委員長と葵しかいない。
「友達は数じゃないだろ」
「そうね、一理あるわ。信頼を置けるか置けないかよね」
 何か含みのある言い方だ。
「そういう意味では弘治が一番信頼を置ける友達ね。私たちはもはや運命共同体だから」
「その言い方は気に入らないが確かにその通りだ」
 すっかり馴染んだ悪い笑みを互いに向ける。
「ふふっ、結婚するなら弘治みたいな人にするわね」
「何言ってるんだ? 色恋は俺達には関係ないだろ」
 急に何を言い出すんだこいつは。
「結婚は恋愛感情なんて必要ないじゃない。それこそ信頼できるかできないかが重要でしょ」
「そんなもんかね」
 確かに父さんたちのように恋愛だけで結婚すれば、離婚なんてこともあり得る。
 その点互いに割り切って信を置けば結婚生活は円滑に行くだろう。
「いや、それにしてもないな。俺は性格悪い人とは結婚したくない」
「聞き捨てならない! 私のどこが性格悪いっていうのよ」
 さっきまでの話し方なんか性格がにじみ出てたんだけどな。しかしそれをいうと面倒なことになりそうなので口をつぐんだ。
 互いに気を使わない会話。ひどくいびつな関係ではあるがこれも悪くない。そう思えるような心地よさを俺は感じていた。
「ああ、そういえば私も実行委員になったから、よろしくね」
「それマジか」
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