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からくり奇譚 編

072. チームバトル in 廃寺

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「いや、姉上、春ちゃん。これは違います! というか、いまはそれどころではありません!」

 静かに怒りのオーラを発する姉と幼馴染に対して慌てて弁解する信衛少年に、声が掛けられる。

「余所見とは余裕だな」

 フィールエルだった。彼女は直後、信衛の刀を己の剣で弾き、斬り掛かった。

「!?」
 
 信衛は慌ててもう片方の刀でそれを防ぐ。
 カカカカンッと刀と剣のぶつかる音が響く。
 凄まじい速度と手数のフィールエルに、信衛は舌を巻いた。
 フィールエルは全身のバネを使い、最小の動きで無駄なく攻める。
 しかも神聖術で増加した少女ならざる膂力による斬撃は、一撃一撃が重い。

「っ⁉︎」

「進之助⁉︎」

 フィールエルの実力に、嫉妬にかられていたくノ一と巫女─── 乙賀春と九能雪の意識が切り替わった。
 しかし信衛も防戦一方というわけではない。
 フィールエルの剣を一本の刀で斜め下へ受け流し、もう一本の刀で反撃する。

「くっ!」

 それを機に、今度は信衛が攻勢に回る。

「姉上はそちらの黒装束の者を! お気をつけ下さい。実力は拙者と同等以上です!」

 弟の言葉に雪の美しい顔が引き締まり、ユーゴをきっと睨む。

「……え? 俺?」

 フィールエルが変わってくれて楽ちんだなぁと呑気に観戦していたユーゴだったが、いつの間にかチーム戦のメンバーに選出されていてビックリした。

「じゃあ、あたしはこの娘だね」

 髪と同色のくノ一装束を着た春が、ネルに対して構えた。両手にはクナイ。
 ネルもゴクリと生唾を飲み、杖を構えた。
 九能雪は帯紐をたすき掛けにして、巫女服の袖をそこにたくし込んだ。
 彼女は左の腰に脇差しと打刀。反対側の腰に小太刀を差し、その下に太刀を佩いている。
 まさか四本同時に使うつもりか?
 ユーゴは疑った。
 通常脇差し一本でも女子には重くて扱い難いものだ。
 しかし四本差しは伊達ではないと、雪が腰の打刀を抜いた瞬間に悟った。
 打刀が彼女の一部となったからだ。
 これは気を抜けばやられる。女だからといって舐められないな。
 ユーゴは気を引き締めた。
 雪も弟の言葉を疑っていた訳では無いが、ひと目見てユーゴを相当の実力者だと見抜いた。
 
「いいのか? 自分の姉にあんな男の相手をさせて。もう分かっていると思うが、アイツはとんでもなく強いぞ」

 つば競り合いになった時、フィールエルが信衛に尋ねた。

「ご心配なく。この陽元国で最も強き者は、姉上なので」

「……なんだって!?」

 フィールエルの驚きと同時に、雪の闘気が研ぎ澄まされていく。

「陽元闘刀衆筆頭。【神威の巫女】九能雪、参ります」

 雪が呟くと同時に、ふっと彼女の姿がかき消えた。
 これは雪の秘奥義の一つ、【桜花舞散】。
 神速で相手との距離を縮める【縮地】、相手に予備動作を悟らせない【無拍子】、無痛で敵を刺し殺す【白木蓮】。この三つの奥義を組み合わせて昇華した絶技である。
 敵は刺されたことに気づかない。攻撃されたことにさえ気づかない。気づいたときには既に終わっている。
 決まった。信衛も春もそう確信した。
 だが、

「……そんな」

 という雪の声と、信じられないという瞠目した表情が、二人の確信を裏切った。
 ユーゴが元居た空間、本来であれば心の臓があった位置に打刀の刃はあった。
 雪の打刀は虚空を貫いていた。しくじったのだ。

「危ねぇ危ねぇ。この女、マジで強ぇ。気付くのが一瞬遅れてたら、殺られてたかもな」

 実は気づかなくても何とかなる可能性があるのだが、そうならないに越したことはない。
 いまユーゴが回避できたのは、当然、【韋駄天ハイウェイスター】の発動あってのものだ。

「私の【桜花舞散】を初見で躱したのは貴方が初めてです。どうやら貴方は、私のを出さないと勝てないようですね」

 雪の目がスッと細められる。するとこの場の “気” が明らかに変わり始めた。

「姉上、まさかアレを!?」

「嘘でしょっ!? まさかたった一人の人間相手にアレを使うつもりなの!?」

 味方の行動に狼狽える侍とくノ一。しかしそれを見逃す聖女二人ではなかった。
 ネルと対峙したまま雪の方を視ていた春だが、ゾッという悪寒が走り、本能の赴くままとっさに身体を仰け反らせた。
 ブォン、という風切り音と共に、春の顎先をネルの杖が掠めた。
 長く先端には重い装飾があり、使いようによっては殺傷力の高そうな杖だ。もしあの勢いで殴られていれば頭蓋骨が叩き割られていたかもしれない。
 春の額に冷や汗が流れた。

「やるね、あなた。一瞬の隙を突く強かさといい、死角から攻撃する容赦の無さと言い、只者じゃないね」

「……それはどうも。でも喋っていると舌を噛みますよ」

 何の感情も感じさせない平坦な声でネルは告げた。その眼は先ほどまでとは打って変わって、冷徹に細められている。
 
「ご忠告ありがとう。その眼、あなた今まで何人か殺ってるでしょ?」

「さぁ? 貴女には関係のないことです」

「上等。相手にとって不足はなさそう」

 陽元国のくノ一と、元旧ソ連の女スパイの戦いが始まった。


 少し離れた場所では、ネルと全く同じタイミングでフィールエルも仕掛けた。
 彼女も信衛の死角から。しかも斬撃ではない。

「むっ!?」

 信衛が身の危険を感じ、後方へ跳んだ。
 一瞬前まで信衛が居た空間へ、横から炎の塊が飛んできたのだ。
 着地した信衛の足元を狙って、フィールエルが剣で足払い。それを今度は前転跳躍で回避した信衛が、彼女の両肩を刀で狙う。
 刀を剣で受け止めたフィールエルは、そのまま同時に多数展開した神聖術の射撃で反撃する。
 だが信衛はそれを体を捻って器用に躱した。

「間一髪でしたね。これが噂に聞く大陸の神聖術というものですか。しかし妙です。たしか神聖術とは、神への祝詞を唱えなければいけなかったでは?」

「よく知っているな。ただボクにそれは必要ないんだ。あ、神聖術を卑怯とは言わないでくれよ。ボクはか弱い女の子なんだ。これくらいのハンデは構わないだろう?」

 にっこりと笑ってフィールエルは告げた。

「いけしゃあしゃあとよくも……。か弱い女子はそんな大きな剣を振り回しません。貴女は拙者の姉上の次に強いですよ。あと、これは実戦です。使えるものは使うが世の習い」

「よく言った! それでこそ男の子だ!」

 フィールエルが何発もの神聖術を放つ。

「遠慮は無用です。拙者はこんな芸当もできるので!」

 信衛が左手に持つ愛用の霊刀、月光丸に霊力を込め、フィールエルの神聖術による攻撃を全て

「な……っ!?」

 霊刀月光丸は、持ち主が霊気を込めるとエネルギー体を切ることが出来るのだ。

「更に、こんな事ができます」

 右手に握った日光丸を天に掲げて陽光を浴びせると、彼の霊気と反応して発光しだした。

「日輪斬!」

 日光丸を振る。するとその斬撃の延長線上を、大きな光の輪が飛んでいった。

「しまっ……!」

 神聖術を斬るという絶技に面食らったフィールエルは、反応が一瞬遅れ日輪斬の直撃を受けた。

──────to be continued

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