これは勇者の剣です!(断言)

相有 枝緖

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10 何とか無事に切り抜けた(多分)

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構えても仕方がないので、トールヴァルドはまず国王など王族に挨拶し、それからは話しかけられるままに話していった。

美味しそうな食事が並んでいたが、食べに行く暇もない。

「トールヴァルド様は、どこのご出身ですの?」
聞いてきたのは、どこかの伯爵家の娘と名乗った女性だ。

『あ、それアタシも聞いてみたかったの!こんなに適性がないのにここまで剣を使えるようになるなんて、師匠とか環境がよっぽど揃ってたのね』
「辺境の……ドンヘル伯爵領にある村の出身です」

「まぁ!では、魔の森のお近くでしたのね。魔物って怖くありませんこと?」
『魔の森の近く!だったら実践訓練が多かったから伸びたのかしらね』
続けて聞いてきたのは、どこかの貴族の娘だ。
身分も覚えていなければ名前など一切わからない。

そして魔法剣(待機)の言葉はスルーだ。

「いいえ、子どものころから剣を持ちますから。あの村では、子どもも男女も関係なく、皆が魔物に対峙しています」
「女性も?それは大変ね」
『なにその修羅の村。めっちゃ興味あるんだけど!ねぇねぇ、そのうち連れて行ってよ!』

「そうでもありませんよ。女性の方が武器の使い方が丁寧なので、無駄な動きもなく魔物を倒せていますから。魔物退治は嗜みみたいなものです」
母もそうだった。
幼馴染たちも成人を迎えると男女関係なく魔物退治に出たし、トールヴァルドも当たり前のように参加していた。

トールヴァルドの日常を聞かれたので話しただけなのだが、周りを取り囲んでいた令嬢たちは半歩ずつ引いた。

「そういえば、これから魔界へ向かわれるんですよね?冒険者をされているなら、パーティなどは組まれますの?」
『はいはーい!できたら仲間はすらっとした男の子がいいでーす!』
これまたどこかの令嬢が聞いてきた。
煩悩まみれの魔法剣(待機)の言葉など聞いていない。

「いえ、基本は一人で行きます。人界はともかく、魔界は普通の人ではたどり着けないと聞いていますし」
『あ、それはそうなのよぉ。魔力が濃すぎてね、人界の人じゃ負担すぎて体調崩しちゃう。逆に魔人がこっちに来たら、魔力が薄すぎてあんまり魔法が使えないから不便なんですって』

トールヴァルドは、初めて聞いた魔人の情報に思わず魔法剣(待機)を見た。
それは、不便を我慢さえできれば魔人は人界にいられるということではないだろうか。

「まぁ、お一人で大丈夫ですの?もしパーティを組むなら、推薦できる者がいますのよ」
『あら、若い男かしらっ?!』
「ご親切にありがとうございます。ですが、必要になったら自分で探しますよ。実を言えば、戦うときに邪魔になりそうなのでちょっと遠慮したいです」
『あぁまぁ、そうなるわよね』
「そ、そうですか」
正直に答えると、令嬢たちはさらに半歩ほど引いた。
幾人かは立ち去ったのが見えた。

「そういえば、報奨は何を選ばれたのでしょうか?噂では、何も願われなかったとお聞きしたのですが」
『そうそう、聞いてちょうだいよ!このお馬鹿、何にもいらないっていうのよぉ』

「あぁ、特に欲しいものはなかったので。あえて言うなら故郷に帰って農業がしたいので、それができる状況であってほしいと」
「勇者様は、将来は辺境にお戻りになるんですか」
「もちろんです。両親も友人もいますし、もともと魔物が多いですから戻らないと」
『いいじゃない!アタシも一緒について行ってあ・げ・る♡』

魔法剣(待機)を無視しつついろいろな質問に答えていると、気づけば一人になっていた。
どうやら、彼女たちの聞きたいことは一通り聞けたらしい。

「ふぅ、これでお役御免かな」
『えええぇぇ!いやいやちょっと!何てことしてんのよ!アタシもうっかり雰囲気に酔って放置してたけどぉ!』
「何のことだ」

ここにいるのは、トールヴァルドと魔法剣(待機)が話せることを知っている人ばかりなので、話しかけてくる相手がいない今は気にせずしゃべることにした。

『アンタのことよ!なんで女の子たちの話をちゃんと聞いて答えないのよ!みんな引いてっちゃったじゃないの!』
何のことかわからないので、トールヴァルドは首を捻りながらビュッフェスペースで肉を選んだ。
上等な肉なのだろう、掴んだだけで柔らかさがわかる。

「ん?ちゃんと答えたぞ」
『そうじゃないのぉ!あの子たち、アンタが答えるたびに“ねぇな”ってジャッジが増えてったのよ!自分で自分の可能性を折っていくなんて馬鹿のすることよ?!』

「何がないんだ」
『結婚相手としての有望性よ!もはや、アンタの結婚相手としての点数はゼロ!むしろマイナス!!勇者なのに酷いじゃないのよぉ』

トールヴァルドは、フォークを持って肉を口に運んだ。
やはり王城の食事は桁違いに美味しい。

「ん、美味い。いや貴族の令嬢が俺と結婚とかないだろ」
『あるわよぉ!勇者なのよ、勇者!世界に一人の勇者!本気で望んで試験に通れば王様にもなれる勇者!!』
「権力はいらん」
『あああぁもぉぉぉおおっ!アタシの萌えがぁぁああ』

身体があれば頭を掻きむしって地団駄でも踏みそうな声で叫ぶ魔法剣(待機)をそのままに、トールヴァルドは食事を堪能した。



次の日、トールヴァルドはさっそく王都を出発することにした。

一回目の出資金はすでに振り込まれており、初回ということで多めに貰ったことから、移動手段として馬を購入した。
筋骨隆々としたトールヴァルドを乗せてもふらつきもしない、足腰のしっかりした大きな馬だ。

長く利用させてもらった宿屋を引き払うとき、受付にいた宿屋の娘に聞かれた。
「あの、あなたが勇者って本当ですか?」
『そうなのよ!うちの勇者でーす!カッコいいでしょ?どうどう?唾つけちゃう?』
「あぁそうだ」
魔法剣(待機)は、相変わらずうるさい。

「やっぱり……。あの、あの部屋、あなたが使っていたって宣伝してもかまいませんか?実は、問い合わせがいくつかあって!」
『あら、いいじゃない!ついでにアタシがいたってこともちゃんと宣伝してくれていいわよ!』
突然前のめりに言われて、トールヴァルドは思わず少しのけぞった。

「あ、あぁ。好きにしてくれ。そういえば、後ろの部屋は改装しているんだな」
ふと気になったトールヴァルドが質問すると、宿屋の娘は微笑んだ。
「はい。実は結婚するんですけど、夫になる予定の彼が靴職人で。ここで職人をしながら、一緒に宿をやってくれることになったんです」

『まぁ!おめでたいじゃないのぉ。いいわいいわ、人の幸せって三倍幸せをもらえるわよね』
そういえば、以前彼女とハグしていた男性がいた気がする。
きっとそのときにでも男性との結婚が決まったのだろう。

「そうか、おめでとう。宿に靴職人がいるなら、セットで見てもらえると助かるだろうな」
「ありがとうございます!本当ですね。宿泊するお客様の靴の手入れを引き受けてもいいかも」
「ははは。まぁ、それは旦那さんと決めてくれ。それじゃあ」
「ありがとうございました!良ければまた来てください!お客様は永年無料サービスにさせていただきますので!!」
初めて来たときとはうって変わって愛想のよくなった受付の女性は、ひらひらと手を振ったトールヴァルドに深々と頭を下げた。


のちに、王都の宿〝止まり木〟は勇者が泊まっていた部屋があると観光地化して収益を増やし、新しい靴を買ったり壊れた靴を手入れしてもらったりしながら泊まれるとうわさが広がり人気の宿になるのだが、それはまだ少し先の話である。
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