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番外編
妻を愛する、平凡な男の平凡な一日
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私はレオンハルト・ローゼンベルク。
カルター王国の国境、『ローゼンベルク辺境砦』を守護するただのおじさん将軍だ。男前? そんな世辞はいらん。一応対外的には「氷将」などという偉そうな地位をもらっているが、まあ、地味な男として仕事に生きてきた。
趣味は生け垣の形を整えること、犬を世話してソリ犬に育てることくらいかな。
私に華やかさや格好良さなどは期待しないで欲しい。地味に平和に暮らせればそれでいいのだから。
一方、私の妻、国王ジュリアス様の妹姫であるリーザは、私よりも十七歳下だ。
妻は……かわいい。唐変木の私が結婚したその日に熱烈な恋に落ちたほど可愛い。
出会いは政略結婚ではあるものの、結ばれて以降の私たちは、非常に仲睦まじく暮らしている。
そんな私に部下たちは皆、『若い嫁さんをもらったからといって、腎虚で早死しないでくれ』と口をそろえて言うのだ。
腎虚ってお前ら……。私はどこまで信用されていないのだ!
だが、考え方を変えよう。私は部下たちに愛されているのだと。うん、たぶん、きっと、おそらく……私のようなのほほんとした将軍であっても、部下たちに慕われているに違いない。そういうことにしておこう。
話は変わる。のろけ話に戻ろう。
もはや抑制が効かなくなってきたので垂れ流しで自慢するが、とにかく私の妻はイイ女なのだ。
美しいという意味では、私の妻のリーザ以上に美しい女など見たことがない。きらめく栗色の髪に、花のような明るい紫の瞳をしていて、その姿はさながら春の化身のようだ。
私は内心、リーザこそがこの薔薇なき薔薇の街ローゼンベルクに咲き誇る、大輪の白薔薇なのではないかと本気で思っている。
それにリーザは美しいだけでなく、中身もかわいい。素直で愛らしく誠実で好奇心が旺盛で可愛くて……ちょっとうざくなってきたのでこのへんでやめるが、とにかくイイ女なのだ。
私には過ぎた妻だが誰にも渡さんし、王都の兄上のところにも返さない。
ちょっとのろけすぎたかな。
未だ足りないくらいなんだがな。
……まぁ、このように、愛しいかわいい我が妻であるが、美しい顔に似合わず相当なやんちゃで、何をしでかすかわからないところもある。
今日も、私の部下たちに連れられ、カルター王国最大の漁港であるローゼンベルク港の見学に行ったのだ。
帰りが遅いのでなんとなく落ち着かず、出迎えに出たのだが……私の目の錯覚だろうか。雪の上にえんえん何かを引きずったような跡が見えるのは。
「旦那様ああああ! 今日はご馳走でございます!」
巨大な魚を載せた小さなそりを引きずり、愛するリーザが頬を薔薇色に火照らせて叫んだ。
周りでは私の部下たちが微笑ましげにリーザを見守っている。
「なっ……自分で持って帰ってきたのか!」
わたしは度肝を抜かれ、リーザが意気揚々と引きずってきた巨大魚を見つめた。
「はい! お魚でございます、旦那様。旦那様と食べなさいって言って、漁師のおじさんがくれました」
「お前が港から引きずってきたのか? 部下のだれかに持たせればよかったのに」
ローゼンベルクの男たちは大柄で力も強い。彼らに任せればそんな魚、苦もなく運んでくれただろうに……。
「いいえ、これは私のお魚ですから!」
リーザが頬を薔薇色に火照らせ、凛々しい表情で言った。
くっ……可愛い……何故私の妻は、こんなに可愛いのだ!
「そ、そうか」
いつの間にリーザはこんなに力持ちになったのだろう。
まあ、漁師の女房なら、こんな魚は十匹位軽々と運ぶしな。そう考えなおし、私は曖昧に頷いた。
ここローゼンベルクは『氷の大地』と呼ばれるほどに寒く、一年の大半を氷に閉ざされている場所だ。
故にこの地に暮らす人々はたくましく力強い。
暖かな王都からやって来た華奢で可憐な妻も、日に日にたくましくなってゆく……ような気がする。
「それから、これも!」
リーザが、どこからかひょいとツルハシを出した。
なぜ……そんなものがお前のスカートの中から出てくるのだ。
私は巨大な疑問を飲み込み、笑顔を作った。
妻の笑顔を陰らせたくないのだ。リーザがこの寒くて何もないど田舎の暮らしを楽しんでくれるなら、それでいい。
港から大喜びでデカい魚を引きずってこようが、ツルハシを常備していようが……いや待て、やっぱりおかしいだろう、リーザお前は何故ツルハシなんぞ持ち歩いているのだ!
「そのツルハシはどうしたんだ?」
私の質問に、リーザがにっこりと笑う。
「明日は毛の生えた石を掘りに参ります」
「ああ、ローゼンベルクの土産物の『毛生え石』か」
「はい! 皆様の石掘りを手伝って、採掘の勉強をしてまいります!」
ローゼンベルクの主要産業の一つに、鉱業がある。
山に囲まれたローゼンベルクでは、鉱業の輸出は重要な収入源の一つなのである。
毛生え石は別にそれほど重要な鉱石ではないが、見た目が珍しいので、土産の店でそこそこ高値で売れる石だ。
「そうか、鉱夫たちもお前がねぎらいの言葉をかけてやれば喜ぶはずだ。頼むぞ」
「ねぎらいの言葉……っていうか……私が掘るのです……ツルハシで……」
リーザが納得出来ないように大きな目を陰らせた。
……別にリーザが掘らなくてもいいではないか。鉱夫たちが掘る様子を見学し、ねぎらいの言葉をかけてやるだけで良いはずだ。
何故お前自身が前のめりに採掘作業に邁進するのだ。
「危ないかもしれないぞ、手を痛めたら……」
「でも、鉱業組合のおじさまが、採掘の仕方を教えてくれるって言うから。自分で掘ります!」
私は悟った。
リーザは、自分でツルハシを振り回し、自力で石を採掘したいだけなのだ、ということを。そこで得た知識を応用して、いずれ自分が鉱夫になろう! くらいの妄想はしているに違いないということを。
何故分かるかといえば、それは私がリーザに惚れぬいているからだ。
彼女なら「新しい鉱山を探しに行く」とか言って飛び出して行きかねない。適当な所で止めよう。止められるのだろうか。いや、さすがに危ないことは止めさせないとな……最近全くリーザの行動を抑制できていないのが若干不安ではあるのだが。
「私、石って好きです、綺麗だわ」
「そう、か……」
普通の娘のように『だから宝石を買ってください旦那様ぁ〜』という方向に行かないのは何故なんだろう。
どうして自分が露天掘りに参加する方に行ってしまうんだ、リーザは。
「ねえ、旦那様」
愛らしい妻の声で私はハッとなり、顔を上げた。
「ローゼンベルク侯爵であり、国境警備軍の長でもある旦那様の妻として、私もローゼンベルクの女性としての嗜みを身につけますね」
「リーザ……」
馬鹿力を発揮して魚を引きずって帰ってくるとか、鉱石の露天掘りに参加するとか、そういうのは別にローゼンベルクの女性の嗜みではない。
そう教えたかったのだが、感動が上回ってしまった。
だって健気じゃないか。王家の姫様だったリーザが、こんな北国で私のもとで苦労しているのに、笑顔でこれからも頑張ります! と言ってくれるなんて……これが妻の愛でなくてなんだというのだ。
ああリーザ、お前の心ばえの清らかさに、涙もろい私はもう涙が滲んできた。
部下たちが見ているが構うものか!
どうせ『あーいつものアレだわ。仲がよくて結構なことですね』と流されるだけだ!
私は、思い切り愛する妻を抱きしめた。
「旦那様、あと夏になったらキノコの苗木を沢山仕込んで、砦じゅうにキノコをいっぱい生やしたいです」
私の腕の中で、リーザが幸せそうに言う。
キノコだらけの国境砦か……もはや何がなんだか分からないな。
だが農業漁業鉱業、全てを網羅してくれようというその心意気、まことに結構なことだ。
もう私は、お前が楽しく暮らしてくれるならばそれでいい。
「旦那様、リーザは必ず旦那様のお役に立ちます。だからもっともっと頼ってくださいね」
「リーザ……」
妻の健気さに胸が一杯になり、私は鼻をすする。
お前のような天使が傍らに舞い降りてくれただけで私は幸せだ。
「じゃあ、お魚さんを捌いて唐揚げにしてまいります。今日は、唐揚げいっぱいです! 旦那様!」
「二人では食いきれんぞ、そんな巨大な魚」
「はあい。では厨房長さんと、おかみさんと、他に食べたい人みんなでいただきましょう!」
リーザがニコニコと笑って言った。私はもう一度リーザを抱きしめ、その絹のような額に口づけをした。
★★★★
――王都のジュリアス様から手紙が来たのは一週間後。
『リーザが、海で魚の一本釣りをしたり、鉱山で露天掘りをしたり、融雪用の温泉水を吹き出す装置を開発したり、大砲の試し打ちをしたりして過ごしている、と手紙に書いて寄越した。一体私の愛する妹は何をしているのだ。リーザがお前に迷惑をかけていないか心配だ』
と書いてある。
私は、雪深い庭で大はしゃぎしているリーザの様子を尻目に、大きなため息を付いた。
迷惑はかけられていない。
振り回されているだけである。
愛する妻に、朝から晩までブンブンブンブン振り回されているだけである。
「皆様! パイプからお湯が出ましたわ! もっと温泉水を流してくださいませー!」
ひときわ楽しげなリーザの声が、私の居る執務室にまで届いた。
リーザが半年かけて発明した、融雪装置が今作動したのだ。
「すごいですね、奥様、今までのお湯吹き出し器具とは全然違う。どんどん雪が溶けますな」
「このまま、ここから出す温泉水の水圧で、側溝まで雪解け水を流します。この水圧を保つには、お湯の汲み上げ装置の強度が、一番大事なのでございます!」
リーザは、賢い。間違いなく人並み外れて賢い娘だ。
彼女の賢さは、王女様時代には周囲の者によって押し込められていた。
『王女らしく、おとなしくしていろ』という無言の圧力によって。
だが、リーザの持ち前の好奇心や冒険心や開発心は、この大らかで自由なローゼンベルクにやって来て花開いたに違いない。
「ばんざーい! ばんざーい!」
「また明日から改良に取り組みましょう! 修繕回数を月一度に減らすことが次の目標です、皆様!」
庭から大歓声が聞こえた。
私は思わず、笑い声を立てる。
まちがいなく、リーザはいきいきと幸福に過ごしているのだと確信できた。
リーザは大丈夫だ。本質的な賢さゆえに、ほんとうに危険で人に迷惑をかけるような真似はしない。
私はしばらく考え、妹君の暴走を案じている国王陛下に手紙をしたためるために筆を執った。
――ジュリアス様、リーザはローゼンベルクの領主、そして将軍である私の妻として、この街のために一生懸命励んでくれています。暴走がすぎるようでしたら、夫としてきちんと私が止めますので、ご心配なさらずお過ごしください。
カルター王国の国境、『ローゼンベルク辺境砦』を守護するただのおじさん将軍だ。男前? そんな世辞はいらん。一応対外的には「氷将」などという偉そうな地位をもらっているが、まあ、地味な男として仕事に生きてきた。
趣味は生け垣の形を整えること、犬を世話してソリ犬に育てることくらいかな。
私に華やかさや格好良さなどは期待しないで欲しい。地味に平和に暮らせればそれでいいのだから。
一方、私の妻、国王ジュリアス様の妹姫であるリーザは、私よりも十七歳下だ。
妻は……かわいい。唐変木の私が結婚したその日に熱烈な恋に落ちたほど可愛い。
出会いは政略結婚ではあるものの、結ばれて以降の私たちは、非常に仲睦まじく暮らしている。
そんな私に部下たちは皆、『若い嫁さんをもらったからといって、腎虚で早死しないでくれ』と口をそろえて言うのだ。
腎虚ってお前ら……。私はどこまで信用されていないのだ!
だが、考え方を変えよう。私は部下たちに愛されているのだと。うん、たぶん、きっと、おそらく……私のようなのほほんとした将軍であっても、部下たちに慕われているに違いない。そういうことにしておこう。
話は変わる。のろけ話に戻ろう。
もはや抑制が効かなくなってきたので垂れ流しで自慢するが、とにかく私の妻はイイ女なのだ。
美しいという意味では、私の妻のリーザ以上に美しい女など見たことがない。きらめく栗色の髪に、花のような明るい紫の瞳をしていて、その姿はさながら春の化身のようだ。
私は内心、リーザこそがこの薔薇なき薔薇の街ローゼンベルクに咲き誇る、大輪の白薔薇なのではないかと本気で思っている。
それにリーザは美しいだけでなく、中身もかわいい。素直で愛らしく誠実で好奇心が旺盛で可愛くて……ちょっとうざくなってきたのでこのへんでやめるが、とにかくイイ女なのだ。
私には過ぎた妻だが誰にも渡さんし、王都の兄上のところにも返さない。
ちょっとのろけすぎたかな。
未だ足りないくらいなんだがな。
……まぁ、このように、愛しいかわいい我が妻であるが、美しい顔に似合わず相当なやんちゃで、何をしでかすかわからないところもある。
今日も、私の部下たちに連れられ、カルター王国最大の漁港であるローゼンベルク港の見学に行ったのだ。
帰りが遅いのでなんとなく落ち着かず、出迎えに出たのだが……私の目の錯覚だろうか。雪の上にえんえん何かを引きずったような跡が見えるのは。
「旦那様ああああ! 今日はご馳走でございます!」
巨大な魚を載せた小さなそりを引きずり、愛するリーザが頬を薔薇色に火照らせて叫んだ。
周りでは私の部下たちが微笑ましげにリーザを見守っている。
「なっ……自分で持って帰ってきたのか!」
わたしは度肝を抜かれ、リーザが意気揚々と引きずってきた巨大魚を見つめた。
「はい! お魚でございます、旦那様。旦那様と食べなさいって言って、漁師のおじさんがくれました」
「お前が港から引きずってきたのか? 部下のだれかに持たせればよかったのに」
ローゼンベルクの男たちは大柄で力も強い。彼らに任せればそんな魚、苦もなく運んでくれただろうに……。
「いいえ、これは私のお魚ですから!」
リーザが頬を薔薇色に火照らせ、凛々しい表情で言った。
くっ……可愛い……何故私の妻は、こんなに可愛いのだ!
「そ、そうか」
いつの間にリーザはこんなに力持ちになったのだろう。
まあ、漁師の女房なら、こんな魚は十匹位軽々と運ぶしな。そう考えなおし、私は曖昧に頷いた。
ここローゼンベルクは『氷の大地』と呼ばれるほどに寒く、一年の大半を氷に閉ざされている場所だ。
故にこの地に暮らす人々はたくましく力強い。
暖かな王都からやって来た華奢で可憐な妻も、日に日にたくましくなってゆく……ような気がする。
「それから、これも!」
リーザが、どこからかひょいとツルハシを出した。
なぜ……そんなものがお前のスカートの中から出てくるのだ。
私は巨大な疑問を飲み込み、笑顔を作った。
妻の笑顔を陰らせたくないのだ。リーザがこの寒くて何もないど田舎の暮らしを楽しんでくれるなら、それでいい。
港から大喜びでデカい魚を引きずってこようが、ツルハシを常備していようが……いや待て、やっぱりおかしいだろう、リーザお前は何故ツルハシなんぞ持ち歩いているのだ!
「そのツルハシはどうしたんだ?」
私の質問に、リーザがにっこりと笑う。
「明日は毛の生えた石を掘りに参ります」
「ああ、ローゼンベルクの土産物の『毛生え石』か」
「はい! 皆様の石掘りを手伝って、採掘の勉強をしてまいります!」
ローゼンベルクの主要産業の一つに、鉱業がある。
山に囲まれたローゼンベルクでは、鉱業の輸出は重要な収入源の一つなのである。
毛生え石は別にそれほど重要な鉱石ではないが、見た目が珍しいので、土産の店でそこそこ高値で売れる石だ。
「そうか、鉱夫たちもお前がねぎらいの言葉をかけてやれば喜ぶはずだ。頼むぞ」
「ねぎらいの言葉……っていうか……私が掘るのです……ツルハシで……」
リーザが納得出来ないように大きな目を陰らせた。
……別にリーザが掘らなくてもいいではないか。鉱夫たちが掘る様子を見学し、ねぎらいの言葉をかけてやるだけで良いはずだ。
何故お前自身が前のめりに採掘作業に邁進するのだ。
「危ないかもしれないぞ、手を痛めたら……」
「でも、鉱業組合のおじさまが、採掘の仕方を教えてくれるって言うから。自分で掘ります!」
私は悟った。
リーザは、自分でツルハシを振り回し、自力で石を採掘したいだけなのだ、ということを。そこで得た知識を応用して、いずれ自分が鉱夫になろう! くらいの妄想はしているに違いないということを。
何故分かるかといえば、それは私がリーザに惚れぬいているからだ。
彼女なら「新しい鉱山を探しに行く」とか言って飛び出して行きかねない。適当な所で止めよう。止められるのだろうか。いや、さすがに危ないことは止めさせないとな……最近全くリーザの行動を抑制できていないのが若干不安ではあるのだが。
「私、石って好きです、綺麗だわ」
「そう、か……」
普通の娘のように『だから宝石を買ってください旦那様ぁ〜』という方向に行かないのは何故なんだろう。
どうして自分が露天掘りに参加する方に行ってしまうんだ、リーザは。
「ねえ、旦那様」
愛らしい妻の声で私はハッとなり、顔を上げた。
「ローゼンベルク侯爵であり、国境警備軍の長でもある旦那様の妻として、私もローゼンベルクの女性としての嗜みを身につけますね」
「リーザ……」
馬鹿力を発揮して魚を引きずって帰ってくるとか、鉱石の露天掘りに参加するとか、そういうのは別にローゼンベルクの女性の嗜みではない。
そう教えたかったのだが、感動が上回ってしまった。
だって健気じゃないか。王家の姫様だったリーザが、こんな北国で私のもとで苦労しているのに、笑顔でこれからも頑張ります! と言ってくれるなんて……これが妻の愛でなくてなんだというのだ。
ああリーザ、お前の心ばえの清らかさに、涙もろい私はもう涙が滲んできた。
部下たちが見ているが構うものか!
どうせ『あーいつものアレだわ。仲がよくて結構なことですね』と流されるだけだ!
私は、思い切り愛する妻を抱きしめた。
「旦那様、あと夏になったらキノコの苗木を沢山仕込んで、砦じゅうにキノコをいっぱい生やしたいです」
私の腕の中で、リーザが幸せそうに言う。
キノコだらけの国境砦か……もはや何がなんだか分からないな。
だが農業漁業鉱業、全てを網羅してくれようというその心意気、まことに結構なことだ。
もう私は、お前が楽しく暮らしてくれるならばそれでいい。
「旦那様、リーザは必ず旦那様のお役に立ちます。だからもっともっと頼ってくださいね」
「リーザ……」
妻の健気さに胸が一杯になり、私は鼻をすする。
お前のような天使が傍らに舞い降りてくれただけで私は幸せだ。
「じゃあ、お魚さんを捌いて唐揚げにしてまいります。今日は、唐揚げいっぱいです! 旦那様!」
「二人では食いきれんぞ、そんな巨大な魚」
「はあい。では厨房長さんと、おかみさんと、他に食べたい人みんなでいただきましょう!」
リーザがニコニコと笑って言った。私はもう一度リーザを抱きしめ、その絹のような額に口づけをした。
★★★★
――王都のジュリアス様から手紙が来たのは一週間後。
『リーザが、海で魚の一本釣りをしたり、鉱山で露天掘りをしたり、融雪用の温泉水を吹き出す装置を開発したり、大砲の試し打ちをしたりして過ごしている、と手紙に書いて寄越した。一体私の愛する妹は何をしているのだ。リーザがお前に迷惑をかけていないか心配だ』
と書いてある。
私は、雪深い庭で大はしゃぎしているリーザの様子を尻目に、大きなため息を付いた。
迷惑はかけられていない。
振り回されているだけである。
愛する妻に、朝から晩までブンブンブンブン振り回されているだけである。
「皆様! パイプからお湯が出ましたわ! もっと温泉水を流してくださいませー!」
ひときわ楽しげなリーザの声が、私の居る執務室にまで届いた。
リーザが半年かけて発明した、融雪装置が今作動したのだ。
「すごいですね、奥様、今までのお湯吹き出し器具とは全然違う。どんどん雪が溶けますな」
「このまま、ここから出す温泉水の水圧で、側溝まで雪解け水を流します。この水圧を保つには、お湯の汲み上げ装置の強度が、一番大事なのでございます!」
リーザは、賢い。間違いなく人並み外れて賢い娘だ。
彼女の賢さは、王女様時代には周囲の者によって押し込められていた。
『王女らしく、おとなしくしていろ』という無言の圧力によって。
だが、リーザの持ち前の好奇心や冒険心や開発心は、この大らかで自由なローゼンベルクにやって来て花開いたに違いない。
「ばんざーい! ばんざーい!」
「また明日から改良に取り組みましょう! 修繕回数を月一度に減らすことが次の目標です、皆様!」
庭から大歓声が聞こえた。
私は思わず、笑い声を立てる。
まちがいなく、リーザはいきいきと幸福に過ごしているのだと確信できた。
リーザは大丈夫だ。本質的な賢さゆえに、ほんとうに危険で人に迷惑をかけるような真似はしない。
私はしばらく考え、妹君の暴走を案じている国王陛下に手紙をしたためるために筆を執った。
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