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「改めて実感できた。僕は貴方を愛している。セリアン」
 私の体を抱きしめ、殿下が幸せそうに仰った。
「貴方をメリドールに連れて帰って、私の妃にしたい。一緒に来てくれ、僕は浪費がやめられない婚約者とちょうど別れたばかりだ。あの時はちょっと落ち込んだけど、それも貴方に出会うための運命だったんだな。結婚しよう、セリアン殿」
 ……あ、あれ、殿下の頭、治って……ない……?
 愕然とした私は、殿下の腕から抜け出し、離れた位置から美しい顔を見つめた。
 正気に見えるけど、おかしいまんまなんだこの方。
 ちゃんと最後まで性欲を処理して差し上げたのに。
 もしかして今のじゃダメなの?
 どうしよう。どうしよう……頑張ってしたのに、上手く行かなかったなんて。 
 絶望のあまり、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
 大変なことになってしまった。ヒヨッコ治療士の私が思いつきで使った魔法のせいで。私は、命を助けてあげようと思っただけなのに。
「……っ、私、私……ちゃんと、抜い……た……の……に」
 私はあまりの衝撃に、しゃくりあげながら拳で顔を拭った。
 その時、殿下がひょいと起き上がり、泣いている私を力いっぱい抱きしめて仰った。
「怒っているのか」
 いえ、そうじゃないんですが。
 ブルブル震える私を抱いたまま、殿下が続けた。
「泣かれて当たり前だな。僕ときたら君に突然こんな淫らな真似をして……許してくれ。今夜のことは一生かけて償う」
 何の話だ。早く、早く元に戻って頼むから。
「愛してる……本当に愛してる、君は何て美しいんだ」
 再びがばっと押し倒され、復活した屹立の感触に私は愕然として目を見開いた。
「あ、あの……あの?」
 熱烈なくちづけを体中に受け、私はくすぐったくて思わず殿下にしがみつく。 
「愛してるよ、セリアン、一生離さない」
 私の身体を組み敷いた殿下が、かすれた声で私に囁きかけた。大きな手のひらが熱を帯び、私の肌の上をゆっくりと這い始める。
 今夜は朝まで泣かされるのかも。そう悟り、私は諦めて目を閉ざす。
 ああ、早く殿下の頭が治りますように。体を巧みな指で弄ばれ、甘ったるい声を上げながら、私は心の中でそう祈りを捧げた。
 魔法のせいなら、数ヶ月経てば勝手に治るはずなんだけど……。
  
  


 思えば、殿下と結ばれたあの日から、長い時間が経ったものだ。
 殿下に攫われるようにしてメリドールに連れてこられた平凡な私も、今では一児の母親である。
 甘え泣きする娘をあやしつつ、私はしみじみと思う。
 夫となった殿下は、初めて会った日から変わらず、一途で情熱的で誠実で、お優しいなって。
 今日は、久しぶりの夫の休暇を家族で楽しむことができる、平和な昼下がりだ。
 赤ん坊の娘に読み聞かせると言って、古い絵本をしきりに探している夫の様子を見ながら、私はふと考えた。
 ただの治療士が、王子様の妻になるなんて夢物語みたいだ。
 こんな風になったきっかけは、やっぱり私のせいだと思う。
 嫁いできた初めの夜、私は罪悪感に心折れてしまい、殿下に正直に告白したのだ。
『私の魔法が失敗したせいで、殿下は私に性欲を抱いたんです、魔法のせいで私が欲しくなっただけなんです。多分殿下のお気持ちは愛とか恋じゃなかったんです』と。
 さすが自他共に認めるコミュ障なだけあって、言うタイミングが遅すぎたと自分でも思う。
 しかし、その決死の告白は、当の殿下に強く否定されてしまった。
『命の恩人に惚れて何が悪い。僕は本気で貴方が好きだ。魔法なんか関係ない』
 それが、殿下の答えだった。
 以降も、この話になると夫は毎回、照れ隠しのように強い口調で言う。
『僕達がこうなったきっかけなんてなんでもいいんだ。今こうして幸せなのだから、それで良いではないか』
 真っ赤になって言い張る殿下の様子を見ていると、やっぱり私の魔法は、若干彼に対して『悪さ』をしていたのではないか……彼は得体のしれない欲望に突き動かされ、わけも分からず私を求めてやってきたのでは、と疑わずにはいられない。っていうかほぼそれで正解だろう、多分。
 でも、考えてみれば彼の言うとおりだ。
 今が幸せだからそれでいいではないか。この幸せの発端が、私の間抜けな失敗であったとしても、気にする必要なんてないのだ。
 それに魔法の効果なんか、どんなに高度なものであっても数ヶ月で切れる。今私達の間にあるのは、本物の信頼とか家族愛とか、そういうものなんだって確信できる。
 私は笑顔を浮かべ、泣き止んでニコニコしている娘をあやしながら、夫の背中に声を掛けた。
「殿下、絵本は後で一緒に探します! そろそろお茶にいたしましょう」
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