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1巻
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しおりを挟む第一章 盲目への転生
ぼんやりとした、夢を見た。
そこは、見たこともない不思議な場所だった。
色とりどりのキラキラした光が辺りを明るく照らし、賑やかな音が溢れている。
見上げても先端が見えない摩天楼が並び立ち、道行く人は数えきれない。
(……これは、私の記憶?)
初めて見たはずなのに、なぜかそう思った。この景色には見覚えがある。
どこで見たのか思い出そうとすると、頭にちくっ、と刺すような痛みが走った。
「っ……」
――次の瞬間、怒涛のように情報……記憶が流れ込んでくる。
「ぅぐっ!?」
横になっていた私は、痛みのあまり飛び起きた。
夜中なのか、辺りは明かりひとつない真っ暗闇。
とんでもない勢いで、記憶がよみがえってくる。頭が焼き切れそう……!
「う、ぁぁぁあああっ!?」
ガンガンと強く殴られているような感覚に、私は悲鳴をあげて転げまわる。
すると、ふわりと浮くような感覚のあと、背中に強い衝撃があった。
「あぐ!?」
どこかから落ちてしまったみたいだけど、そんなのどうでもいい。
というか、頭の痛みで気にしている余裕がない。
「ふ、ぐぅ……っ、はぁ……はぁ……」
しばらくのたうち回って、ようやく落ち着いてきた。
自分が自分でなくなったような、ひどく曖昧な感じがする。
徐々に、ところどころ欠けた記憶がよみがえってきた。
……そうだ。私は日本で暮らしていた。
そして三十歳の誕生日に事故に遭い、あえなく命を落としたらしい。
地味な最期だった。前方不注意の自転車に轢かれて死んだみたいだね、私。
どれだけ頑張っても、自分がなんて名前だったのかも、友人や家族の名前も思い出せないけど、それ以外は鮮明に思い出せる。
どうして今記憶がよみがえったのかは謎だけど、一回死んだはずなのにこうして考えているっていうことは、ファンタジー小説によく出てきた、転生っていうものを体験してるのかな?
というか、記憶がよみがえる前から、私はここで生活していたはずなんだけど……
(待って、名前……今の私の名前……!)
前世の記憶と今世の記憶が、ごちゃ混ぜになる。今の私は誰?
やばい、わかんなくなってる。
必死に頑張って、どうにか目当ての記憶にたどり着いた。
(……フィリス。そうだ、私はフィリス)
さっきまで転生後の自分として暮らしていたはずなのに、今までどんなふうに過ごしてきたか、どんな性格だったのかはわからなくなってしまっている。
けど、今世の私の全てが前世に塗りつぶされてしまったわけではないみたいだった。
自分の名前や、覚えた知識なんかは、思い出せるみたい。
……さて、気を取り直して。
今の私は、フィリス・ニア・アシュターレ。
顔立ちは思い出せなくて不明だけど、エイス王国のアシュターレ伯爵家の五番目の子供で三女、つまり貴族。
そして、明日誕生日を迎えてようやく五歳という、幼女真っ盛り。当然、体が思うように動かない。
わかっている情報と前世の記憶を照らし合わせているうちに、私は驚くべきことに気付いた。
……もしかして、私が転生した先は、異世界……?
エイス王国なんて国名は、記憶にない。そうなってくると、ファンタジー小説が好きな普段の私だったら、この体験に胸を躍らせているところなんだけど……
私はとんでもないことに気が付いて、それどころではなくなってしまった。
(……真っ暗なんじゃなくて、私は盲目?)
てっきり、今は夜の遅い時間で、真っ暗なだけだと思っていたんだけど、そうではないらしい。
……なんとこの幼女、目が見えない。
生まれつき盲目で、現在に至るまで光というものを知らないっぽい。
頭を整理しているうちにその情報に行きあたって、私は妙に納得してしまった。
(どうりで……)
自分の顔も思い出せないなんておかしいと思ったら……わかるわけがない。だって、見たことないんだもの。
(どうしよう……)
今まで暮らしてきた感覚がまだ取り戻せないから、かなり戸惑ってる。
しかも転げまわったせいか、自分が今どこにいるのかも全くわからない。
手探りで、さっきまでいたと思われるベッドを探すけど……触れられるのは木製の壁っぽいものと、ふかふかのカーペットっぽいものだけ。
そもそも、ここはおそらくどこかの部屋の中なんだろうけど、間取りもわからないし。
こんな状態で、今までどうやって過ごしてきたんだろう、私。
(……ん? 誰か来る)
どうしようかと途方に暮れていると、コツコツ、と誰かが歩いてくる音がした。少しずつこっちに近づいてきてるね。
私、どうやら耳はいいみたい。視力がないぶん、聴力は優れているのかな。
「フィーちゃーん! どうして大きな声を出していたの? って、あら?」
(この声は……お姉さん?)
バンッ! と、多分勢いよくドアを開けてやってきたのは、私のお姉さんらしい。
「どうしたの、そんな隅っこで。怖い夢でも見たのかしら?」
私の記憶によると、お姉さんの名前は、ナディ・エル・アシュターレ。十八歳で、アシュターレ家の次子のはず。
名前も知らない長男はここじゃないところで暮らしていて、次男と次女は学園とかいうところに通っているらしいので、この家に残るただ一人のお姉さん。
私には、どういうわけか両親の記憶がない。
この家で私に構ってくれていたのは、この人だけ。
……らしいけど、ちょっとウザいって感情が湧いてくるような気がする。
(ウザいって……何したんだろう、この人)
なんて思っていると、ナディお姉さんは私を抱き上げて、ベッドだと思われるところに移動させてくれた。
そのまま、お姉さんがもっちもっちと私の頬を揉む。
「あーん、不安そうな顔のフィーちゃんも可愛いぃ! 食べちゃいたいわ……なーんてね」
「う、にぁ……」
……なるほど、これは確かにちょっとウザい。捏ねられているうどん生地になった気分。
「うふふ、ふふ……」
怪しげな笑い声と、荒い息遣いを感じる。
見えなくても、ナディお姉さんがだらしない表情を浮かべているのが想像できた。
「……はっ!? いけない、明日も早いんだったわ。おやすみなさい、フィーちゃん」
ひときしり私を撫でまわしたナディお姉さんは、私の額に軽くキスをして部屋を出ていった。
(今、夜だったんだ……)
常に真っ黒な視界のせいで、時間はよくわからないけど……今は夜らしい。
(寝よ……)
目を閉じているのか開けているのか、その辺の感覚も曖昧なんだけど、寝ることはできる。
私はひとまず横になって、改めて現在の状況を考えた。
いきなり転生……しかも盲目の幼女になんてなったら、もっと混乱しそうなものなのに、なぜか私はそこまで取り乱していない。
前世で生きていたときに自分で思っていたよりも、私は楽観的というか、結構強いメンタルの持ち主だったらしい。
せっかく転生したのに、転生先の世界を見ることができないのは残念。だけど、いつか見えるようになるかもしれない。そうしたら、思いっきり異世界を謳歌したいな。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
翌朝。
……実際には、朝なのかどうかわからないんだけど、起きて意識がはっきりしてくる。
視界は相変わらず真っ暗で、どこに何があるのかもわからない。
「ふぁ……」
あくびをひとつして、自分の声を確かめるためにしゃべってみる。
(おはようございます)
「あ、あー……おぁよぅ、っあぃまぅ」
……むぅ、やっぱりだ。
昨日も薄々感じていたけど、私はしゃべるのがうまくない。
口があまり動かないというか、喉に何かつっかえているみたいな違和感があって、言いたいことが発音できない。
多分これは、今まであまり言葉を発してこなかったことの弊害なんだよね。
ナディお姉さん以外の家族が私に無関心なのか、私が遠慮がちな性格だったのか……とにかく、家族と話している記憶があまりにも少ない。
まともに相手をしてくれていたのが、ナディお姉さんとお付きのメイドさんだけっていうね。
いくら記憶をたどっても、ナディお姉さん以外の兄弟の名前や声が思い出せない。
すると、タイミングを計っていたかのように、ナディお姉さんがドアを開けて入ってきた。
「フィーちゃーん! おっはよー!」
(お姉さんのこと、なんて呼んでたかな……)
うーん、微妙に恥ずかしいけど、フィリスは「ねぇさま」と呼んでいたみたいだし、私も合わせておこう。
違う呼び方をして「お前誰だ!」ってなっても、前世の記憶がよみがえったことを説明するのは今の状態じゃ難しいし。違和感がないようにしておくのが無難なはず。
「ねぇ、ぁま。おぁよぅ……」
うわ、「ねぇさま、おはよう」すらまともに言えないとは思わなかった。滑舌が悪すぎる。
私が声を発した瞬間、ナディお姉さんが息を呑んだのがわかった。
「!! フィ、フィーちゃんに初めて挨拶されたぁ!?」
(あっ……)
しまった、今まで挨拶したことなかったんだ。これは怪しまれたかな?
と思ったら、突然ナディお姉さんがガバリ! と抱きついてきた。……見えないから確信が持てない。
「すごい! 嬉しい! なんだか最近、拒絶されている気もしていたけれど……もうどうでもよくなっちゃう! あーん、もう、フィーちゃん可愛いぃ!」
……ナディお姉さんって、実は結構なおバカさんなんじゃないかな?
ベタベタと抱きついて撫でまわしてくるのが、私に嫌がられてるって意識はあったみたいだけど。
さっきの私の挨拶が、ナディお姉さんをよりひどい感じにしてしまったらしい。
「はぁ、フィーちゃんはお肌もちもちで羨ましいわねぇ。私も若返らないかしら?」
(いやいや、ナディお姉さん、まだ十八歳でしょうに……)
五歳の幼女のお肌を羨ましがるのもどうかと思うけど、十八歳ってまだまだお肌ピチピチじゃないの?
実際、私のほっぺたに触れているナディお姉さんの手は、すべすべで気持ちいいし。
私の顔が変形するんじゃないかってくらい撫でまわしていたナディお姉さんは、しばらくすると「あっ」と声を漏らした。
「そうだわ。フィーちゃん、お誕生日おめでとう!」
そっか、今日は私の誕生日なんだ。
「あぃあとぉ」
ありがとう、って言ったつもりなんだけど、やっぱりまともに話せないなぁ。
「~~~っ!!」
それでも、言いたいことは伝わったらしく、ナディお姉さんが声にならない悲鳴をあげて、ぎゅうっと私を抱きしめた。
……嬉しいんだけど苦しい。ナディお姉さんの胸に、顔がすっぽりと埋まってしまっていて息ができない。
まさか、このまま絞め殺されるのでは……とか考えていたけど、すぐに解放された。
……かと思えば、ナディお姉さんが今度は深いため息をつく。
「フィーちゃんは今日で五歳だから、本当ならお披露目会をしないといけないのだけれど……」
(お披露目会?)
「お父様が、フィーちゃんは社交デビューさせないって言ってるのよね。残念だわ……」
本気で残念そうな、ナディお姉さんの声。
お父様というと……この家の当主、ゲランテ・ツィード・アシュターレのことだよね?
当然、私の父親でもあるんだけど、どんな人かはさっぱりわからない。
(声すら思い出せないなんて……よっぽど話してないんだ)
同じ家に住んでいるはずなのに、父親も母親もどこにいるんだろうってくらい記憶がない。
三歳になったときにはもう、私を世話してくれるのはナディお姉さんだけになっていたみたい。
そんな私の複雑な気持ちなど知らずに、ナディお姉さんはハイテンションで話し続けている。
「でも、フィーちゃんがパーティーに出たら、大変な騒ぎになってしまうわね! 可愛すぎて!」
(姉バカ……)
私って、実は美人とか? いや、ナディお姉さんが暴走してるだけだよね、きっと。
それから、ナディお姉さんの話を聞き流すことしばらく。
ナディお姉さんによると、私が社交デビューしないからといって、大きな問題があるわけではないらしい。
そもそも私は、お披露目会がどんなものなのか知らない。ナディお姉さんの話では、たくさんの人を招いたパーティーがあるみたいだけど。
私を公の存在にしたくないらしい父親の考えていることは、なんとなくわかる。
(盲目だってバレたくないのかな……)
あまり詳しくはないけど、貴族って聞くと、外面や体裁を重要視してるイメージがある。
だから父親は、目の見えない子供がいるってことがこの家にとってマイナスになると考えて、お披露目したくないのかもしれない。
いやまぁ、単に五人目の子供なんてお披露目しなくてもいい、ってことかもしれないけど。
「あぁ、そうだわ。フィーちゃんのご飯をお願いしないとね」
抱き上げていた私を下ろして、ナディお姉さんはパタパタと駆けていった。そして、チリンチリンと、鈴のような音が聞こえる。誰か呼んだのかな?
……そういえば、私はどうやってご飯を食べていたんだろう。食器とか、危なくて持てないんじゃない?
ここに誰かを呼んだということは、食事のときですら、私はベッドから移動しないってことかも。
それからすぐに、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。フィリスさま、お食事をお持ちしました」
「ありがとうエリー。あ、ちょっと手伝ってくれるかしら?」
「はい、ナディさま」
部屋に入ってきたのは、メイドのエリー。
一応、ただ一人の私専属のメイドで、去年から担当になってるらしい。
……なんで一応なのかというと、その仕事のほとんどをナディお姉さんに奪われているみたいだから。ナディお姉さん……メイドさんのお仕事取っちゃだめだよ。
「あら、美味しそう」
ナディお姉さんの明るい声が聞こえる。カチャカチャと金属を動かす音と同時に、お腹の空くいい匂いが漂ってきた。
「はい、フィーちゃん、お口開けて。あーん」
「あー……」
……うん、やっぱりこうなるよね。
ある程度想像はしていたけど、食事は誰かに食べさせてもらうしかないらしい。
ナディお姉さんの合図で口を開けると、スプーンか何かにのったご飯が入ってくる。
料理の温度が低めなのは、私が食べやすいようにという配慮なのか、それとも単にちょっと冷めただけなのか。まぁ、食べやすいならなんでもいいけど。
「はい、あーん」
「あー……」
……これは、小鳥の餌やりタイムかな?
三十歳の記憶がある身としては、なかなかの恥ずかしさ……だけど、こればっかりは我慢するしかない。というか、普通にナディお姉さんに食べさせてもらってるけど、これも本来ならエリーの仕事では?
食事のあとも、エリーがやるはずの仕事を奪ったナディお姉さんに、身支度まで整えてもらった。エリーのため息が聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。
「……ナディさま。そろそろご自身の身支度もなさいませんと……」
「あらいけない。じゃあね、フィーちゃん。また来るわ!」
ナディお姉さん……自分のことをほったらかして私のところに来たんだ。どれだけ私のことを溺愛してるの?
「フィリスさま、何かありましたらお呼びください。私は扉の前におります」
騒がしいナディお姉さんに続いて、エリーも部屋から出ていった。
これで、今この部屋にいるのは私だけ……のはず。
しばらく耳を澄ましてみても、物音ひとつ聞こえない……よし、今なら誰もいないね。
盲目なのは仕方ないにしても、いつまでも何もできないのも困るし、ここでひとつ挑戦してみよう。
(魔力……魔力……)
今世の記憶と知識を手繰り寄せてみたところ、なんと、この世界の人はみんな魔力を持っていて、魔法を使えるらしい。
前世の記憶を取り戻す前、たびたび部屋に遊びに来ていたナディお姉さんが私にいろいろとしゃべっていたっぽい。
五歳の記憶力は意外といいらしく、教わった魔力や魔法なんかの知識もいくつか覚えている。
それによると、私の魔力は風属性なんだそう。これはナディお姉さんが何かの道具を使って確かめていたことも思い出せるから、間違いなさそうだね。
だから、きちんと練習すれば、私も魔法が使えるようになる……はず。
幼女では、やり方自体は覚えられてもナディお姉さんの話の理解はできなくて、実際に魔法を使おうとしたことはなかったみたい。
けど、今の私は剣や魔法がたくさん出てくるファンタジー小説が好きな、元日本人。魔法が使えると知れば、挑戦してみたくならないはずがない。
まずは、自分の魔力を感じ取る方法を試してみよう。
心を落ち着かせて、自分の中に意識を集中させる。
(ん、これが魔力かな? あったかい……)
しばらくすると、じんわりと温かい感覚があった。体を膜のように包み込んでいるものというか、血液とは別に体内を流れているものというか……不思議な感じ。
その温かいものが魔力だとして、それを移動させてみる。
挑戦したいのは、目に魔力を集めて、他人の魔力を感じ取ること。ナディお姉さんいわく、それは魔力を感知する方法の一種らしく、赤外線カメラみたいに暗闇のような視界が悪いところでも、相手の位置を把握することができるらしい。
ということは、それを使えば、擬似的な視界を得られるかもしれない。
私はじっくり、目に意識を集中させる。
で、顔の辺りに手をかざすと、腕の形に光る緑色の魔力が視えた。
「お? おぉぉ……!」
すごい! 見えていないのに、視える!
実体ではなくて、なんだかふわふわしてるけど、確かにそこに腕があるのがわかる。
……すごい。魔力を感じ取れたら、今まで見えなかったものが視えるようになった。
(これを極めれば……普通に生活できる日も遠くない! かも)
他の魔法も使ってみたいけど、それよりもこれを極めるほうが大事な気がする。
魔力を視てるんだから、【魔力視】とでも呼ぼうかな。
ナディお姉さんは、全ての生き物は魔力を持ってるって言ってた。
ということは……自分以外の魔力も感じ取れるようになれば、視力がなくても困らないかもしれない!
(よし、集中! ……まずはエリーとナディお姉さん)
瞑想をするように、じっと魔力を感じ取ることだけに集中する。
自分の魔力を視たときを参考にして、ナディお姉さんかエリーの魔力を探す。
するとほどなくして、真っ暗な視界に、ポゥ……と光が灯った。
(見つけた……これは、エリーかな?)
少し離れたところに、微動だにしない人の形をした魔力が視えた。色は水色で、私とはちょっと違う。
すごい、これではっきりした。【魔力視】があれば、人のいるところがわかる。
残念ながら、生き物じゃない建物の形はわからないから、エリーが真っ暗な空間に浮いているように視えてしまうんだけど。
(エリーって、結構若いんだね……)
今世では、初めて視る人の姿。形しかわからないけど、エリーが子供っぽい体形をしているのはなんとなくわかる。
(……よし、この調子! やるぞぉ)
初めてやって、ここまで視えるのなら……もっともっと【魔力視】に慣れれば、普通の生活ができるようになるかも。
まずは、誰にも頼らずに歩けるようになる!
……それから一か月。私はひたすら、普通の生活をするための訓練をした。
朝は発声練習。
相変わらず押しかけてくるナディお姉さんと会話することで、滑舌をよくしようとした。
これは大成功で、もう普通にしゃべれるよ。五歳の子供では、これが限界だと思う。
そして、暇さえあれば【魔力視】も特訓した。
……一度、ナディお姉さんがいる状態でやってみようとしたんだけど、うるさくて集中できなかった。だから、ナディお姉さんがいないタイミングで練習してる。
(成果は上々……っと)
【魔力視】に関しては、もう完璧といってもいいんじゃないかな? この家にいる人たちの魔力は感知できるようになったし。今では魔力を探せる範囲も拡大して、頑張れば屋敷の端から端まで感知できる。
思ったよりも敷地が広くて人が多いことには驚いたけど、【魔力視】の性能の高さにも驚いた。これは、かなり便利だと思う。
でも【魔力視】だけでは、人の位置はわかってもそれ以外はわからない。
ところが! 私には、偶然できるようになったもうひとつの技がある!
それは、【空間把握】と名付けた技。
【魔力視】の練習中、ものの形がわかるようにならないかな? と思っていたら、できるようになっていた。
その原理はとっても単純。私が持つ風属性の魔力を辺りにまき散らし、反射して返ってきた魔力を感知して、ものの位置を把握しているだけ。コウモリの超音波に似ているのかもしれない。
この【空間把握】、なかなか使い勝手がよくて、ものすごく細かく形を認識できる。
ドアの位置、家具の形、部屋の広さ……全て手に取るようにわかるの。
窓を開ければ、外の様子もある程度わかる。感知範囲は、ちょっと狭いけど。
私は、世話をしに部屋に来てくれていたエリーに声をかけた。
「エリー、まどあけて」
エリーは「はい」と頷いて窓を開けつつ、優しい声で言う。
「フィリスさまは不思議ですね……目が見えないはずなのに、景色を楽しんでおられるように見受けられます」
「そうかな」
まぁ、一応わかるからね。【空間把握】の難点は、ものの形がわかるだけで色はわからないこと。それと、絵画や鏡みたいな、平面のものはさっぱりわからないことかな。頑張ったけど、自分の顔立ちを視ることはできなかった。
さらに言えば、動いているものを感知すると、コマ送りみたいになってしまうことがある。これは単純に、魔力が反射するまでのタイムラグの問題だと思うけど。
「フィリスさま、お茶にしましょうか」
「うん」
私が答えると、エリーがポットの用意を始めた。ふわりと、優しい紅茶の香りがする。
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