ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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プロローグ

0-1 一生忘れられない出来事

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 私は一生忘れない。
 階段の踊り場でフラついたふりをして、私を突き落とした時に嗤った姉の顔を――

 その日、私――トレッチェン侯爵家の次女であるククルーシュ・トレッチェンは、家の中央階段から落ちて重傷を負った。
 珍しく姉であるエウヘニアから相談事があると呼び出され、侍女達にお茶の準備を頼んだあとは、一緒に部屋へ向かうために広い屋敷の中央にある階段を上っていた。
 この階段は途中で左右に分かれる造りになっているため、階段の中程に踊り場がある。
 先にそこへ辿り着いた姉が不意に大きくよろけたのだ。
 そういえば、前日に熱があって寝込んでいたことを思い出して、支えようと腕を伸ばしたのだが、これでもかと言わんばかりの力で振り払われてしまった。
 あまりの勢いに私の方がバランスを崩してしまう。
 反射的に伸ばした手は姉を掴もうとしたのだが、本当に先ほど気分が悪くなってよろめいた人なのかと疑いたくなるほど機敏な動きで、それを避けた。
 何が起こったのかわからず呆然としている私の体は中空に投げ出された後、凄まじい痛みと共に襲い来る衝撃を必死に耐えることしか出来ない。
 意識を保つことも出来ず周囲が暗くなる中、姉は私を見下ろして嗤う。

「これで、オエハエル様は私のもの」

 混乱する頭で落ちる前に聞こえた姉の言葉が頭の中で何度も響き、私の婚約者が欲しいからと言って、実の妹にここまでするのかと叫びたかったが、口を開いて出てきたのは痛みに呻く声だけ。
 その痛みもすぐに感じなくなり、意識が遠のき始めたのは救いだろうか。
 暗い喜びに歪んだ姉の顔と血のにおい。
 恋は人を狂わせる。
 そんな言葉を思い出し、我が身に降りかかった不幸を現実として受け入れるには、少しばかり辛いと感じた。

 次に意識を取り戻したのは暗闇に包まれている空間であった。
 最初は階段の踊り場から落ちたときに打ち所が悪くて、死んでしまったのかも知れないと哀しみでいっぱいになったが、どうやらそうではなさそうだと悟ったのは、同じ空間に居た『誰か』のおかげだ。
 その人に導かれ、とても穏やかで優しい場所に移動した私は、彼と会話をしながら水鏡に映し出される外の光景を見つめていた。
 断片的に見える外の光景は自分のことなのに他人事のように感じられて、とても不思議な感じだ。
 ベッドで眠る私に癒やしの魔法をかけている神殿の治療師や、心配そうに見守る両親。
 それを、どこか違う場所から苛立ちながら眺める姉と、彼女のそばに立つ婚約者――
 水鏡に移るメンバーは変わらないが、両親が必死なことだけは伝わってくる。
 おそらく、何時死んでもおかしくない状態に陥っている私を、必死につなぎ止めてくれたのだろう。
 やつれた両親をよそに、忌ま忌ましげに私を見つめる姉が何かしないか心配であったが、私の部屋の前に、いつもはいなかった護衛がついている。
 どうやら、両親が雇ってくれたようだ。
 何か思うところがあっての行動だったのだろうが、本当に助かった。
 安堵する私を目の前の人が「娘思いの両親が居て良かったな」と笑ってくれたが、笑い事ではないと怒っていたような気がする。
 今にして思えば、眠って意識の無い私が何故外の世界を見ることができたのだろうか……
 夢とは思えないほどリアルで、現実とは言えないほど不思議が溢れている空間。
 その場所でゆっくりしていたい気持ちもあったが、両親を安心させたい一心で目覚めなければと焦る私を、目の前の人が止める。
 何故邪魔をするのかと問いかけると、とても重要な話があるのだと彼は言った。
 それは、とても長い話で……内容は覚えていないのに、それを聞いたときに感じた衝撃は心の奥底に残っている。
 とても真剣に聞いていたのに何故か思い出すことは出来ないが、私にとっても必要なことであったことだけは理解していた。

「キミはキミであればいい。ただ、時が来れば思い出してくれ」

 言葉を交わしていた相手の言葉でシッカリと覚えているのは、それだけだ。
 その言葉を最後に送り出された夜空の星が瞬く空間に、黒い髪と瞳を持った女性がいた。 最初は警戒していたが、彼女が淡く微笑みながら手を伸ばしてきたのを見て、警戒していたのが馬鹿馬鹿しいと感じてしまう。
 そうだ、私はこのためにココへ来たのだと、彼女の手に自分の手を重ね合わせた。
 手が重なり合った瞬間、怒濤のように何かが流れ込んできて全てを悟ったような気持ちになり、彼女が消えて独りになってしまった空間でたたずむ。
 沢山のことを知り、沢山の知識を得た。
 願いは引き継がれ、生きる希望が湧いてくる。
 全てが一つになった時、私は動き出した。

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