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第一章
1-5 気を抜くと毒舌な専属侍女
しおりを挟むなんとか気を紛らわせようとしていた私は、彼の足元に落ちている何かが見えた。
平たい小袋に入った何か……お守りだろうか。
「あ、あの……ホーエンベルク卿……足元にお守りが落ちていますよ?」
「え……あ、すみません。無くしたら大変なことに――」
そこまで言って彼は言葉を切り、小袋を拾い上げたままの姿勢で固まった。
どうしたのだろうかと不思議に思っていると、刺繍が施された赤い小袋を見せて微笑む。
「母が作ってくれた物です。今では形見となってしまいましたが……」
「それは……とても大切な物だったのですね。無くさないで良かった……」
綺麗な刺繍は見事だし、厚手の布に包まれた平たい小袋のお守り――前世では神社で売られていたが、どうやらこの世界でも地域によってはそういう風習があるようだ。
初代国王陛下が日本人だったので、不思議では無いだろう。
彼はそれを大切そうに懐へしまうと、ジッと私を見つめる。
どうしたのだろう……いつになく考えの読めない表情に困惑していると、彼がゆっくりと口を開いた。
「今度、私が世話になっているゲストルームへご招待させていただきたいのですが……ご予定は大丈夫でしょうか」
「特に問題はございませんが、この通り外出は難しい身の上で……」
「私が足となり迎えに参りますので、是非来ていただきたいのです」
「あ……は、はい。それでしたら、よろしくお願いいたします」
貧しいのでタウンハウスは持っていないのですが……と、申し訳なさそうに言うのだが、彼が世話になっているゲストルームとはどういうところなのか興味が引かれた。
この時期しか王都に来ず、普段は領地に引っ込んでいる領主達は、個人でタウンハウスを持つのでは無く、共同出資をして管理をし、必要なときに予約をして部屋を借りていると聞く。
もしかしたら、そういう感じなのかも知れない。
王都へいるのも数日という領主が多く、新しい試みとして数年前から取り入れられたシステムだが、負担が少ないので経済的だ。
「そちらであれば、安心してお話もできますし、寛ぐこともできるでしょう」
やはり、姉のような人がいるところでは寛げないのだろう。
申し訳ないことをしたという気持ちが募る。
我が姉ながら、何を考えているというのか……
今後ホーエンベルク卿に何かしようと企むようであれば、何か対処を考えようと思っていた私の耳に、彼の柔らかな声が響く。
「その時に、是非見ていただきたい物があるのです」
何をだろう?
そう考えているのが顔に出ていたのか、彼は少しだけ悪戯っぽい表情で笑う。
「当家に伝わる、勇者にして初代国王陛下が残した遺物の一つを、妻になる貴女に見ていただきたいのです」
「え、えっと……そんな大切な物を拝見してもよろしいのでしょうか」
「私たちは結婚して夫婦となるのですから、何ら問題はありません。とは言っても、公爵家などに伝わる見事な武具や魔法の品とは違い、我々には扱えない代物ですが……」
すぐに使い方がわかる物よりも、そういう遺物の方が気になるのは、やはり日本に繋がる物であるかもしれないという期待からだ。
おそらく、初代国王陛下の遺物の中に、そういう物も紛れ込んでいるだろう。
それが便利な物であれば、とても助かる。
「滅多にお目にかかれない初代国王陛下の遺物……とても興味がありますので、楽しみにしておりますね」
「はい、では予定が決まったら使いの者か手紙でお知らせいたします」
和やかな雰囲気で夜のお茶会は終わりを告げ、部屋へ戻ってきたのは良いのだが、夢のような時間が信じられずにボーッとしてしまう。
本当に彼が私の婚約者なのだろうかと、あまりにも現実離れをした相手が婚約者になったことで不安にもなった。
あまりにも素敵な人だ。
確かに歳は少し離れているが、それくらい大した事では無い。
物腰が柔らかく人当たりも良い。
ちょっと脳筋かな? という発言をしている時もあるが、それも愛嬌だ。
特に、彼の従者であるランスと話をしているときは、その傾向が強い。
身分が低かろうが、あまり気にした様子がないところも好感度が高かった。
だが――
少しばかり気に掛かることがある。
彼の優しい瞳の奥に見え隠れする、暗い炎のような物――
あれは一体何なのだろうか。
私がホーエンベルク卿のことで知っていることは少ない。
それが原因で、今まで婚期を逃していたという考え方も出来るだろう。
「……調べてみようかしら」
「お嬢様?」
「ロレーナ、貴女から見て彼はどうだった?」
「今まで結婚していないのが不思議なほど、素晴らしいお相手だと思います。魔物討伐で忙しいとお伺いしておりましたが、決して粗野ではなく、物腰も柔らかで紳士的です。お嬢様に比べると賢さの点で劣るかもしれませんが、それを補って余りある身体能力を持っておられると……」
「……貴女は、その毒舌なところをどうにかしたほうが良いわね」
相手が悪ければ不敬罪に問われて、命がいくつあっても足りないだろう専属侍女に呆れながらも、一応場所や相手を選んでいることは知っているので、それ以上言及はしない。
しかし、彼女の洞察力は父でも認めるほどだ。
参考にして良いだろう。
「ただ、あの方は何かあるのではないでしょうか。時々、不穏なモノを感じます」
「……そう」
やはり、ロレーナも感じていたようだ。
何かある……
勇者が残した遺物を私に見せたいと言った事と関係があるのだろうか。
今はまだわからないが……少なくとも、私に対しては誠実で優しく紳士的である。
それだけは信じても良い。
「父の強い後押しがあって、ホーエンベルク卿が折れたのかしら」
「どうでしょうか。お嬢様の頭脳を買っていらっしゃいましたし、他の令嬢にはない才能だと思います」
「そうかしら……ただ、家督を譲って貰うに足る人物になりたかっただけよ」
「それが並々ならぬ努力であると、私は承知しておりますから……」
「そうね。そうだったわね……」
無駄にならなくて良かった……無駄な努力だったと言われなくて良かった……
頭に浮かんだ言葉に苦笑するが、事実その通りだ。
私が頑張ってきた、努力してきたものを全て壊された気がしていたが、努力していたからこそ結べた縁であり、今後も役立つのだと自信を持って言える。
「こう言ってはなんですが……元婚約者よりも良い男性を捕まえるとは、さすがお嬢様です」
「それって……褒めてるの?」
「勿論ですとも」
ニッコリと笑うロレーナに、思わず溜め息が零れ落ちる。
普段は物静かな美人なのに、仕事モードを解除して口を開けば毒を含んだ言葉がこぼれ出すとか、どういったことだろう。
まあ、そういうところも気に入っているのだが……
「ホーエンベルク卿の従者であるランスと気が合いそうね」
「ええ、あの歯に衣着せぬ物言いは、爽快且つ素晴らしいキレだと思います」
「良かったわね……」
思わず握りこぶしを作って力説するロレーナに呆れながらも、犬猿の仲よりは良いだろうと苦笑した。
夫となる彼の気になる部分はあるが、それはお互い様かもしれない。
私が前世の記憶――しかも、初代国王陛下と同じ国の記憶があるとは、誰にも言っていないのだから……
まあ、夫婦になっても、秘密の一つや二つはあるものだろうと納得し、寝台へ体を横たえる。
次に会う予定も決まったし、遺物も見ることが出来るのだ。
何よりも、これはデートではないだろうかと考えるだけで頬が緩んだ。
部屋の明かりを消して出て行くロレーナの後ろ姿を見送りながら、薄暗い部屋の中で緩んだ頬を手で揉みほぐし、今日は良い夢が見られそうだと目を閉じた。
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