ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-17 舞矢家の家訓

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「さて、この場にいる全員が、大体のことを把握したので、色々と話をしようか」

 国王陛下の威厳ある声が響き、全員が固唾を呑んで次の言葉を待つ。
 どこから話そうか――国王陛下は少しばかり思案していたようだが、思い出したように宰相閣下へ声をかける。

「アレは持ってきたか」
「はい、勿論でございます」

 宰相閣下がずっと大事そうに抱えていた本をテーブルの上へ置く。
 黒い皮の表紙に、金色の文字で『舞矢家の家訓』と書かれている。
 勿論、日本語で書かれていたので誰も理解していないのだろう。

「あの……家訓って……?」
「読めるのか!」
「え、あ……は、はい……」
「そうか、それは貴重な存在だな。是非とも読んで聞かせて欲しい書物が山のようにあるのだが……あ、いや、今はその話はおいておこう」

 ゼオルド様が睨みをきかせたからか、国王陛下は咳払いをして何とか自重したようだ。
 やはり、力関係がおかしい……

「今のやり取りを見てもわかると思うがな……公式の場では、こんな態度を互いに取ったりはしないが、非公式の場では私のほうが立場が弱いのだ」
「弱くはないでしょう……」

 即座にゼオルド様は否定するが、国王陛下はおどけたように肩をすくめて「いいや、お前のほうが強い」と言う。
 上下関係がどうというよりは、親子のようなやり取りに見える。

「まあ、厳密に言えば、対等……いや、私的には上だと思っている」
「何故そうなったのでしょうか」
「我が王家には、初代国王陛下が残した言葉が幾つかある。特に、神々から与えられた加護に関しては事細かく……それこそ、そこにある本に書き記して残すほど気がかりだったようだ」
「中身は、この国の言葉で書き記されておりますが、所々、我々の知らない言語が混じっております」

 宰相閣下の言葉を聞きながら本をジッと見つめていると、国王陛下から無言で本を手渡されてしまった。
 ページを開いて中を見ると、この国の言語と日本語が入り交じっている。
 おそらく、私が見ることを想定して書かれているのだろう。
 この国の言語で書かれている文面に対し、日本語での注釈は、かなりくだけたものであった。

「もしかしてコレ……ですか? 『加護を持つ者や遺物を覚醒させる者は、私だと思って丁重に扱うように』って……」

 こんな風に書かれたら、目の前の国王陛下であれば、どのように対応してくるか考えるまでもない。
 勇者オタクの国王陛下は、おそらく初代国王陛下の考えている以上に好待遇で扱ってくれているはずだ。
 しかし、何故『加護を持つ者』と『遺物を覚醒させる者』をここまで大切にしろというのか……
 いや、国益を考えたら当たり前の事のようにも感じるが、わざわざ書き記す必要があったのだろうか。
 そんな疑問を抱いていた私は、日本語で書かれている注釈を読んでみることにした。

「おそらく、今後加護を持つ者が誕生することは稀だと思う。神々は加護を与えた者に干渉する事ができるから、彼らの目を通して世界を見ているはずだから、くれぐれも失礼がないようにしてほしい……って……ええぇぇっ!?」

 思わずゼオルド様を見るが、彼も今初めて知ったのか、驚いて声も出ない様子である。
 ゼオルド様に加護を与えた神――おそらくは、天空神か時空神のどちらかだろう。
 本人もわかっていないのだから、直接の干渉はないようだが……今後はわからない。

「他にはなんと?」

 国王陛下に促され、私は本を読み進める。

「えっと……加護に関しては、それ以上書いていませんが……遺物の覚醒については少し説明があります。コルを覚醒させる私が五百年後に現れること、力が使えない遺物ほど大切にすること……これは、別紙にも記載してあるということですから、この国の言葉で記されているはずですが……」
「ふむ……ならば、三百年くらい前に紛失したのかもしれんな……力を持たぬ遺物を守っていた家の者が指輪の力を覚醒させた際に一騒動あって、国外追放されておるからなぁ」
『え? 遺物を守っていた家を追放したのですかっ!?』

 さすがのコルもこれには驚いたようで、ぴょんっと飛び跳ね、慌てて文字を書いた。

「そうなのだ。その時代は、男尊女卑の風習が強く、今までタダの指輪であった遺物を覚醒させた者が女性であっただけで嘘だ虚言だと決めつけてな……」
「確か、指輪を取り上げられて一族揃って追放されたが、指輪は忽然と消え、それ以来見た者は居ないという。王家に繋がる一族だったため、その家が保管していた書物もあったはずですからな」

 国王陛下と宰相閣下の話を聞き、本当に酷い話だと思った。
 だが、その指輪はおそらく、彼女の後を追ったのだろう。
 何となくそう思うのは……おそらくコルを見ているからだ。
 言葉は交わせなくても、一度主人だと決めたら、最後までついて行く。
 勇者と【勇者の遺物】の間にある絆――
 そして、それを受け継ぐ者たちは、強い絆で結ばれているはず。
 引き離されたから切れてしまうような、簡単なものではない。

『おそらく、失われてしまったのは【治癒の指輪】ですね。前のマスターが持っていた指輪の中で頻繁に使っていた物の一つです。水の女神様が刻印をしてくださっていたはずです』
「なるほど……それで合点がいきました。古い文献に三百年前は雨が降らず、水不足になって大飢饉が訪れたと書き記されておりましたから……原因はソレですね」
「初代国王陛下が大切にしろというはずだ……加護を持つ者だけではなく、【勇者の遺物】を覚醒させられる者も大切にせねばな……」

 神々の怒りを買って、国が滅亡など恐ろしい話である。
 だが、それは神々が未だに初代国王陛下である勇者との約束を守っているということであり、彼を忘れられないくらい大切に想っていた証だ。
 地上に干渉しないように見守ってくれているが、何かあれば手を貸してくれる。
 だから、その反対もあるということだと感じた。
 ありがたい……が、恐ろしい。
 特に、私とゼオルド様は、天空神と時空神である。

「ほれ見ろ。私の対応は間違いではない」
「いや、父上はちょっと過剰です。ゼオルドが困るような対応は、少しでもいいのでお控えください」
「何を言う、これからはそこにククルーシュ嬢も加わるのだ。この夫妻に何かあってみろ、それこそ天空神と時空神の怒りを買うのだぞ? 滅亡しかあるまい」
「そ、それはそうですが……」
「それにな。このことは外部に漏らさないようにしていても、コル殿を隠し通すことは出来ん。おそらく、バレた瞬間から彼女の身が危うくなる」
「確かに……」

 コルも困ったというように微かに震えるが、私は大丈夫よ……と、優しく包み込んで不安は無いと言い聞かせる。
 何があっても、コルは守ろうという気持ちが私にはあるのだ。
 この心優しい【勇者の遺物】であるコルは、もう私の相棒なのだから……

「そこでだ、結婚式の日まで、この城に滞在することを勧めようと思う。この離れで過ごせば良い。口が堅くて信用のおける使用人も手配しよう。従者もそのままここに居れば良いだろう」
「その後は……どうお考えなのでしょうか。結婚式の間の滞在だとして、根本の解決には至っておりませんが……」

 私の言葉に、国王陛下は「わかっている」というように頷く。

「隠し通せないのであれば、結婚式の日に暴露すれば良かろう。それまでに、此方も色々と調整する。何も全てを馬鹿正直に公表するのではない。ククルーシュ嬢が【勇者の遺物】を目覚めさせた事だけ告げればよいのだ。ゼオルドが加護を持つ者だとは知られないように立ち回れるか?」
「お任せください。全て、私の錬金術が成せる業だと言えば、何とかなります」

 私の返答に国王陛下は満足げに微笑む。
 ゼオルド様が何か言おうとしたのだが、それを遮るように国王陛下が口を開いた。

「ふむ……聡いな。身代わりになれといっているのだぞ?」
「陛下、それは違います。私は彼の隠れ蓑になるのです。私が矢面に立てば、ゼオルド様は自由に行動することが出来ます」

 力強く言い放った言葉に、ゼオルド様が奥歯を噛みしめる。
 おそらく、彼は今まで加護を持つ者として様々な苦労をしてきたはずだ。
 その手助けになるのであれば、それくらい容易いことである。

「良い娘を妻に貰うことになったなゼオルド」
「私には勿体ない方です……しかし、彼女が一人で背負うにはあまりにも……」
「一人ではありません。ゼオルド様とコルがいます。ロレーナとランスもいます。父と母も……」
「そこに、我々の名前を追加してくれ。私たち夫婦も手を貸すと約束する。勿論、お前もだよな? ナシオは仲間はずれにされると泣いてしまうものな?」
「あーもー、好きにして! ……というかさ、そういう事情なら喜んで手を貸しますよ」
「勿論、我々もだ! 初代国王陛下のお言葉を守り、この国を守るためにも!」
「はい、国王陛下。それに伴い、二人の結婚式なのですが……規模はいかがいたしましょうか。とりあえず、ドレスは娘が勧めるデザイナーが良いかと」
「あ、あの……陛下、宰相閣下……わ、私が出せる範囲でお願いいたします!」
「何を言う、私が出す」
「いえいえ、そういうわけには……!」

 何故、私たちの結婚資金を国王陛下が出すという話になっているのだろうか。
 国王陛下と宰相閣下と両親達の話し合いを聞きながら、軽く頭痛を覚えた。

『あ……結婚資金!』

 ぴょこんっと跳ねたコルは、手を伸ばして釜の中へ手を入れる。
 そこからぬっと出てきたのは、大きな袋――

『前のマスターから預かっていた、結婚資金です! 俺が出す! っておっしゃってました!』
「初代国王陛下は、私を娘か何かと勘違いしているのかな?」
『大丈夫です、前のマスターがお小遣いから貯めた金額なので、そこまで多くないと思います』

 本当だろうかと半信半疑で差し出された小袋を受け取るが、ずっしりと重い。
 いやいや、結構入っているでしょっ!?
 恐る恐る中身を確認した私は、くらりと眩暈を覚えた。

「初代国王陛下の顔が彫ってある金貨って……これ、とんでもない金額がついている記念金貨じゃ……」
「なにっ!? よし、買った! いい値で買おう!」
「お待ちください、国王陛下! 私にも是非とも購入のチャンスを!」
「お、俺もいいですかっ!?」

 この国のトップたちが騒ぎ出す。
 熱狂的な初代国王陛下ファンたちにとって、これはお宝に違いない。
 この金貨一枚が、どれだけの価値になるのだろうか……
 日本人特有ののっぺりした顔をした好青年が印象的な大きな金貨は、夕日を浴びてキラキラと輝いていた。

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