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第一章
1-49 旅立ちの空
しおりを挟む「モエ……本当に大丈夫なの?」
「任せてぇ!」
うん……任せたいのだけれど、モエ……貴女……どこまで大きくなるの?
既に、見上げるほど大きくなったモエは、私たちが背中に乗れるように色々と準備をしてくれていたようで、落ちないように工夫された椅子が設置されていた。
ある程度の大きさになったら出現する神器なのか、四季の女神の力を感じる。
座る人のことを考えられたような座り心地の良さそうな椅子だと観察していたのだが、その間もモエの巨大化は止まらなかった。
手のひらサイズだったモエは、私が抱きついたら毛皮に埋もれてしまえそうなほどの大きさになっている。
「本当は高いところから滑空したほうが安定するけどぉ、モエが登っても折れない樹木を探すのは、ここだと難しいからぁ」
「それで、広くて何も無い場所を指定したのね」
だだっ広い原っぱの中央で、見上げるほど巨大化したモエが、可愛らしくウンウンと頷いた。
今のモエを受けとめられる樹木など、この地上に有るはずが無い。
巨大化がようやく止まり、ビルの4階相当の高さくらいまで大きくなったモエは、満足そうなドヤ顔で此方を見た。
「これなら、6人まで乗れるでしょう~?」
「そうね……大きくなったわねぇ……モエは凄いのね」
「えへへぇ……褒められちゃったぁ」
可愛らしく照れるモエを見ながら、目を覚ましてから数日後のことを思い出す。
あのあと、オエハエル卿の目撃情報を得た私たちは、間違い無くトレッチェンの領地を目指していると確信した。
急遽開催された対策会議で、現地へ向かうメンバーが選出され、本日までに入念な準備を行ってきたのである。
選抜メンバーは、私とゼオルド様とコル。
付け加え、従者であるランスと侍女のロレーナは、勿論同行することになった。
そうなると、定員数から見て残り二名は誰にしようかと話し合い、聡明で絶対的な権力を持つクロヴィス殿下と、先行した騎士団を統率できるナシオ騎士団長がメンバーに加えられた。
父やアニュス様たち、それに『勇者様を崇拝する会』のメンバーからも同行を名乗り出た者はいたのだが、大人数よりも少人数の方が動きやすい。
それに、モエの定員も考えたら、これが精一杯だ。
無念……と、『勇者様を崇拝する会』のメンバーが涙を呑む結果となったが、さすがに現在国のトップである国王陛下や宰相殿が同行するのはマズイ。
クロヴィス殿下もダメだと言ったのだが、聞き入れて貰えなかった。
ダメだと言った瞬間に様々な理由から説き伏せられ、心配性の兄が出来た気分になったのは言うまでも無い。
「此方の方でエウヘニアから情報を聞き出しますので、あまり無理をなさらないようにしてくださいね」
「判った。アニュスたちなら問題ないだろうが……念の為に、そちらも十分警戒しておいてくれ」
見送りに来た子供達を抱え上げ、しばしの別れを惜しんでいるクロヴィス殿下に、アニュス様が声をかけた。
クロヴィス殿下とアニュス様にそっくりな幼い子供達は、モエを見て驚き過ぎたのか、零れ落ちそうなくらい目を丸くしている。
ぬいぐるみみたいな外見でも、大きすぎて怖いのかもしれない。
そんな中でもモエは上機嫌で、いまにも踊り出しそうな勢いで尻尾をゆらゆらさせている。
お願いだから、皆を吹き飛ばすようなことはしないでねっ!?
「ゼオルド様、今回はちゃんと初代国王陛下からいただいた鎧を着用しておいてくださいね」
「は、はい。前回のような失態を繰り返したくはありませんから気をつけます」
どうやら、私が眠っている間にクロヴィス殿下やアニュス様だけではなく、ウリアス夫妻にもお説教を食らっていたようで、ヒューレイ様に注意されている彼は借りてきた猫のように大人しい。
いや、耳と尻尾を垂れ下げてしょげている大型犬かも?
可愛いけれども、ちょっぴり不憫である。
私を助けた結果倒れたのであって、あの短時間に蓮太郎さんから貰った鎧を着用する暇は無かったし、結婚式の披露宴で着用する物でも無いだろう。
そう弁護してはいるのだけれども、クロヴィス殿下からは「甘やかすな」と注意された。
頼りない男に嫁がせた覚えは無いと一刀両断するクロヴィス殿下は、やはり兄代わりなのかもしれない。
おかしいな……どんどん保護者が増えている気がする。
気のせいなら良いのだけれど……
「よし、準備は万端だ。食料と水、ある程度の荷物はコル殿が収納してくれたので問題ない」
「でも……モエの背中まで、どうやって行きましょう……」
細かなチェックを終えたゼオルド様と並んでモエを見上げた。
地べたにぺたんと伏せてくれたのだが、それでも高さがある。
どうしたものかと考えていたら、モエの背中に設置されている鞍のようなところから光る階段が地上まで延びてきた。
落下防止のための手すりも備わっている、気遣いに溢れた光の階段だ。
「うわぁ……さすが、神様の力が宿っているだけはありますね」
「モエ、偉いでしょぉ?」
「さすがモエ、出来る子は違うわね」
「えへへぇ、またまた褒められちゃったぁ」
『モエ、あまり動かないでくださいね。マスターが登りますから』
「はーい!」
そうは言っても、私が足を使って階段を上るわけでは無い。
そんなことを、少々過保護気味な夫であるゼオルド様が許可するはずも無い。
当然とばかりに抱えられた私は彼の首筋に腕を回す。
それを確認した彼は口元に笑みを浮かべ、軽い足取りで光の階段を上っていく。
「私……高所恐怖症じゃ無くて良かった……結構高いですね」
「確かにそうですね。しかし、ククルは何かあったときに踏ん張りがきかないので、私にシッカリとしがみ付いていてください。いや、もう私の体に縛り付けておこうか……」
何か、とても物騒な言葉が聞こえたような……?
恐る恐る彼の顔を見るが、普段の穏やかで優しい笑顔を浮かべている。
えっと……私の聞き違い?
『座席についているベルトで固定すれば良いのではないでしょうか。かなりゆとりのある座席なので、マスターを抱えたままでいけそうです』
「確かにコル殿の言う通りですね。私が抱えて座りましょう」
「……え? ず、ずっと密着するのですかっ!?」
「上空は寒いでしょうし、丁度良いと思いますよ?」
「あ……た、確かに……空の旅ですものね。気圧とか大丈夫かしら……」
『耳がキーンとするって話ですよね。前のマスターが空を飛ぶときに、いつも大騒ぎしていました』
「蓮太郎さん……空も飛べるのね……」
勇者って何でもアリかもしれないと考えていた私の体を、ベルトでシッカリと固定して抱え込んだゼオルド様は、とても上機嫌な様子だ。
コルも私の膝上で落ち着いている。
「うひっ」
此方が落ち着いた頃、後方から情けない声が聞こえてきた。
誰だろうと振り返り見て驚いてしまう。
ランスが顔を引きつらせながら、隣のロレーナにしがみついていたのだ。
ロレーナはと言うと、しがみ付かれて驚いていたが、次の瞬間には冷めた目をしてランスをじろりと睨み付ける。
しかし、引き剥がすわけでも無く、大人しくしているのは、多少哀れに思ったからかもしれない。
「意外だったな……ランスは高いところが苦手なのか」
「あ、いや、ここまで高いところは、普通にありえませんって!」
ゼオルド様は心底意外だというようにランスへ声をかけたのだが、当人も意識したことが無かったのだろう。
何とも言えない表情で、大きな体を小さくしている。
「谷底を眺めるところから訓練をしてみたらいかがです?」
「アンタは鬼かっ!」
容赦ないロレーナの言葉とランスの悲鳴に、私たちは思わず吹き出してしまう。
クロヴィス殿下とナシオ騎士団長も、二人を振り返り見て苦笑を浮かべていた。
「準備はいいかなぁ? 立ち上がっても問題無さそう~?」
「固定は出来ましたから、ゆっくりお願いします」
「了解ぃ!」
モエのモフモフな毛皮と座席に守られながら、私たちはどんどん高度が上がっていくのを感じる。
体をゆっくり起こしたモエは、風魔法を纏っているのか、周囲から動いていないのに風を切る音が聞こえてきた。
「じゃあ、行ってくるねぇ! アイツをとっちめて、みんなで帰ってくるからぁ!」
モエの言葉を皮切りに、見送りに来てくれた皆が名前を呼び、無事を祈る言葉が私たちに届くように声を張り上げる。
「さて……空の旅といきますか! 皆心配しないでね! 行ってきますっ!」
「いってきまーすぅ」
私の声は届いただろうか。
地上で見送ってくれる人たちへ必死に手を振る。
両親やアニュス様とネレニア様たちも、此方へ大きく手を振り替えしてくれた。
トンッと地面を蹴って舞い上がったモエは、ゆっくりと上昇し始め、皆の姿が豆粒のように小さくなり、やがて見えなくなってしまった。
「うわぁ……やっぱり上空は寒っ! 登山をするとき、標高が100メートル上がるごとに0.6℃気温が下がるっていうけど、本当ね。寒いわ」
「モエちゃんは、毛皮があるから平気だけどぉ、皆は大変そうだよねぇ」
『マスター、そういうときのポーションです!』
「あ、前に作った……【ホット&コールドドリンク】ね!」
ゴソゴソとポーションを取り出して、数を確認する。
あの後、時間があるときに作っていたので、手持ちが15本ほどあった。
材料もあるから、作ろうと思えばいつでも作る事が可能だ。
「みんな、コレを飲んで。寒さが軽減されるはずだから!」
四聖珠を守護していたエリアの極寒地帯を耐え抜く実力を持ったポーションだから、今回も大いに役立ってくれるだろう。
ポーションを配布し、全員が飲んだのを確認する。
暫くすると風の冷たさが心地良いくらい、体が温まるのを感じた。
私の場合は、ゼオルド様が抱え込んでくれているので、想定以上に体が温まっているかもしれないが……皆も、落ち着いたようだ。
これで、モエが飛びやすいように高度を上げても平気である。
あ……いや、空気が薄くなるから、あまり高い位置に行くのは良くないかも?
気流に乗ったのか、モエはそれ以上高度を上げること無く、優雅に飛んでいる。
もしかしたら、この座席に空気圧や気流などを考慮した守護の力が働いているのかも――そう考えていたら、モエが明るい声で話しかけてきた。
「二時間ほど飛んで、一旦休憩するねぇ。皆も休息しながらの方が、体は楽だろうからぁ」
「モエ殿、気遣ってくれて、ありがとう」
「えへへぇ……みんなが体調を崩したら嫌だもぉん」
気遣いの出来るモエは、私たちの事を考えて適度な休憩を挟んでくれるらしい。
これは有り難い。
特に、高所恐怖症のランスには、有り難い申し出だったはずである。
「しかし……こんな体験が出来る者は少ないでしょうね」
「そうですね……本当に凄い……空を飛んでいるのですもの」
「領地に帰る時も、モエがひとっ飛びするからねぇ」
「俺は……馬で帰らせて欲しい……」
いつも、威風堂々としているランスの弱々しい声に、私たちは吹き出してしまう。
そんな彼を尻目に、ロレーナが「諦めは肝心ですよ」と冷たい声で言い放つ。
喧嘩にならないだろうかとヒヤヒヤして振り返り見ると、恐怖のあまり抱きついているランスを突き放すこともせず、ロレーナはされるがままになっている。
口では厳しいことを言っているが、態度は限りなく優しい。
もしかして、ツンデレ?
それに、意外と仲が良い?
私はゼオルド様と視線を合わせて、同じ事を考えていることに気づき、一緒になって笑い出す。
空の旅は、まだ始まったばかりだが、幸先は良いようだと思えた。
ここからが、新たなるスタートだ――と、私は表情を引き締める。
逃走したオエハエル卿に奪われた鍵を取り戻し、無事に夫婦揃って領地へ帰るのだ。
まだ見ぬ領地運営もあるし、何より、あのオエハエル卿をこのままにしておけない。
複雑に絡み合った糸を辿るには時間がかかるかもしれないけれども、仲間が居れば大丈夫。
優しい夫や、信頼できる仲間たちがいると考えるだけで心が軽くなる。
そして、おそらく見守ってくれているだろう師匠の蓮太郎さんを想い、私はどこまでも澄み渡る青い空を見上げて微笑んだ。
【 第一部完 】
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここで、第一部完となります。
【ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー】は、書きためて投稿するスタイルになっておりますので、暫くお休みをいただきたいと思います。
再開時期は来年を予定しておりますので、気長にお待ちいただければ幸いです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
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