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第二章 外堀はこうして埋められる
2-19 ギルドに到着!
しおりを挟むリュート様がロールケーキを一口食べ、美味しいと顔を綻ばせて、淹れたての紅茶の香りを楽しんでいる姿にほんわかしていると、彼の視線がチラリと私の背後へ向けられた。
「いつまでいるんだ?」
先程の冷たい声……というより、少しの呆れを含んだ声が場に響き、彼女たちは弾かれたように体を震わせる。
どうしたのでしょう、冷たくされてもリュート様を見たい……とか?
そういうタイプには見えませんし、何か言いたいことがあったのかも。
彼女たちの知らないリュート様を見て、何か感じることがあったとかでしょうか。
その可能性は大いにありますよね!
つまり、語りたいわけですね、リュート様について!
「わかりました、先程の続きですね?」
「……はい?」
私以外の全員の声がハモりました……え? 何か変なこと言いました?
「少しだけお話をしていたのですが、色々知ったあとで彼女たちにも語りたいことが出てきたのかもしれません。それとも、私の話の続きを聞きたいということでしょうか」
本人の前で「リュート様の素晴らしさを語る」なんて、恥ずかしくていえませんから省いていますけれど、これで通じていますよね?
目を見開いて私を見る様子から、それが伺えます。
少し顔色が悪く戸惑っているのは、リュート様のことを誤解していたのではないかという事実に気づいたのですね?
いい傾向です。
ここは、認識を改めていただくためにも、熱く語り聞かせるところだと理解しました!
「やっぱり、素晴らしさを伝えるためには、色々と言葉が足りなかったですよね。あちらでお茶でもしながら、もっともっと語り合いませんか? 先程の言葉では、1/10も伝えられておりませんもの」
「あれでっ!?」
なんですか、そんなに驚くようなことではないでしょう。
どうしたのです? そんなに怯えて……何か恐ろしいことでもあったのでしょうか。
「疑うのですか? 仕方ありません。今から、半分くらいまでは……」
「ちょ、ちょっと用事を思い出しましたから、失礼させていただきますわっ!」
「わ、わたくしも!」
「私もーっ!」
「ちょ、ちょっとまってー!」
ざあっと波が引くように、皆様足早に私達の前から居なくなってしまいました。
そんなぁ……折角いまから語ろうとしたのにっ!
でも、急に用事だなんて、あからさまに逃げましたよね。
チラリと見れば、リュート様の冷たい視線が彼女たちの背中に向けられておりました。
あ……なるほどです。
リュート様の機嫌が悪い中で、自分たちの勘違いを知られるのはマズイと思ったのですね。
しかし、そんなに怯えなくても良いではないですか、視線が鋭いだけで、そこまで怖い方ではありませんよ?
彼女たちはリュート様がどのような方なのか、まだ勘違いしていらっしゃるようですから、またこのように声をかけてきてくださったら、どれだけ素晴らしい方であるか、今度こそ徹底的に語り聞かせてさしあげなければなりませんよね。
「ルナ、何を考えているのか知らないが……あまり思いつめるなよ?」
「え? 彼女たちは勘違いしているようですから、リュート様の素晴らしさをもっと語ってあげないといけないと決意したところです」
「……は? どうしてそうなった?」
リュート様が目をぱちくりさせて私を見ているのですが、イーダ様は「それは良いわね。存分にやりなさい」と笑いながらおっしゃってくださいました。
さすがイーダ様! 話がわかりますっ!
ジトリとリュート様がイーダ様を睨んでいますけれど、どこ吹く風でお茶を楽しんでいらっしゃいました。
「しかし、誘っておいてなんだが……大丈夫なのか? いつもなら、もう城か神殿に行ってる時間だろ」
「それが、王宮で少し問題があったようで、お母様だけではなくお祖母様まで呼ばれたようなのです。安心なさい、貴方達絡みではありませんわ」
一瞬曇ったリュート様の表情を見逃さず、イーダ様は安心させるように言葉を添える。
「ならいいが……まあ、俺絡みなら今晩店に親父が来るから、そこでだろうしな」
「そうなんですの? 夜はキルシュで夕食をいただこうと考えておりましたけど、お邪魔かしら」
「いや、シモンとトリスも来るから気にしなくても良い」
「デートの締めがリュートの店というのも……あら? 考えてみれば、よくあることですわね」
周囲のお店より雰囲気良いですし、デートの締めには良いと思いますよ?
個室でゆっくり出来ますし、賑やかなのがいいならホールもありますものね。
リュート様はセンスがいいですから、落ち着いたくつろぎ空間ですし、ゆったりじっくり仲を深めるにも良いと思います。
「って、言っている内に迎えが来たみたいだな」
こちらから見える大きな門の外に、神官服のような長い白のローブを着た女性が数人見える。
どうやら、あちらの方々をイーダ様は待っていたようですね。
ロールケーキを食べ終え、紅茶を飲み干したイーダ様は、にっこりと笑って私達に礼を言うと、颯爽と門に向かって歩き出す。
門の向こうで、ローブの女性たちが一斉にイーダ様に向かって頭を下げ、彼女の到着を待っているようであった。
何だか、そこだけ空気が違いますね。
「イーダ様って、すごい方なんですね」
「まあ……アイツの力は強いからな。本来なら、次期聖女ってことになるんだろうが……」
「え? イーダ様が継ぐのではないのですか?」
「本来ならイーダだけど、無理だろうな」
どうして? と首を傾げてたずねると、リュート様が困ったような顔をしてから私の手を握った。
何か……あったのでしょうか。
「1ヶ月後に教えてやるよ」
「また1ヶ月後ですか? ……1ヶ月後は新事実がいっぱいですね」
「ああ、すげーいっぱいで驚くぞ」
「それは楽しみです」
今は言えない……でも、1ヶ月後には教えると言ってくださるのですから、それを信じて待ちましょう。
色々複雑なのでしょうか、リュート様はなんとも言えない表情で、私の手をぎゅっと握った。
無理に聞き出そうとすれば、彼のことだから最終的には折れて話をしてくださるでしょうが、全ては時が解決してくれるようですし、問い詰めるより待つほうが良いでしょう。
彼を安心させるように笑顔で手を握り返すと、リュート様が少しだけホッとしたような顔をする。
不安……だったのかしら。
大丈夫ですよ? 私は、ちゃんとリュート様のそばで待てますもの。
だから、辛そうな顔をしないで笑っていてくださいね。
そんな願いをこめてリュート様の肩に、ソッと頭を預ける。
すぐに、大きな手が私の頭を優しく撫でてくれて……至福のひとときに、うっとりと目を閉じ、口元が幸福感に緩んだ。
「イーダのこと助かった」
「大切な方だったのですね……」
「そうだな」
やっぱりそうだったのですか。
少し切なくなってしまいますね……
「ヴォルフの話は聞いたか?」
「はい。幼馴染みでリュート様と一緒に双璧になる誓いをしていたと……そういえば、『絶対防御』という稀なスキル持ちだったとか。そこはかとなく、チートっぽい物を感じますが」
「アイツの『絶対防御』は時間制限付きだから、そこまでじゃねーんだ。本当に面倒なのは、魔法耐性の高さだな。大人を瞬時に麻痺させるような魔法を食らっても、アイツは子供のくせに『少し痺れたかな?』って程度だったからな」
あれが大人になったら恐ろしいぞ……と、リュート様は苦笑しています。
そ、それは凄いですね。
「それに『絶対防御』が永続的なものだったら……アイツは今頃、白の騎士団に入って訓練してる頃だろうな。もう少し……後少し記憶を取り戻すのが早かったら、変わったのかもしれないが……」
そうか……リュート様は、そこも辛いんだ。
子供ばかりであったから、対応できなかったけれど……もしも、記憶が戻っていたら、何とかなったかもしれないと考えてしまうのですね。
「背負いすぎるのは良くないです。イーダ様にも言いましたが……置いていく者としての苦しさも、リュート様ならわかるでしょう?」
「……そうだな」
どちらにしても痛い思いをさせてしまう。
置いていく者、置いていかれる者、どちらの経験もしてしまったリュート様だからこそ辛い。
「俺がこんなんじゃダメだな。イーダはもっと辛いんだ。シッカリしねーと」
「十分シッカリしています。少し甘えたって良いんです」
「そうか?」
「そうなのです」
「そっか……」
頭に手の感触だけではなくリュート様の程よい重みが感じられ、頬を寄せてくれているのだと知り、切ない心にぬくもりが宿る。
リュート様の心にも、このぬくもりが宿ればいいのに……と、願わずにはいられない。
「しかし、あの時……魔物のまとっていた黒い炎……どこかで見たんだよな」
「え?」
「どこだっただろう。ずっと昔に、どこかで……」
遠くを見て何かを必死に思い出そうとするリュート様が、顔をしかめて額を押さえる。
「リュート様!?」
「あー、大丈夫。ちょっと……痛かっただけだ」
ちょっとと言うには険しすぎる表情が不安を煽り、たまらず彼に抱きついた。
急に消えてしまうのではないかという不安が心を過り、心いっぱいに言葉に出来ない思いが溢れる。
ダメですよ、ここにいてください。
離れちゃ嫌です。
「ごめんな。もう大丈夫だ……不安にさせたな」
優しく甘い言葉が頭上から振ってくるけれど、嫌な予感が晴れない。
怖くて必死に抱きついていたら、優しくなだめるように頭を撫でられた。
その感触が、徐々に心を落ち着かせて……ゆっくりと息を吐くと、ようやく嫌なものは過ぎ去ったようである。
「ルナ、ごめんな」
「いいえ、私こそ急にすみません」
「謝ることなんてねーよ。もっとぎゅってするか?」
「はいっ!」
やっぱり、こうしているだけで安心します。
先程の嫌な感覚を消し去り、少し離れている間に芽生えた寂しさを埋めるように、私はリュート様をただ感じていた。
お茶を飲み終えたテーブルの上を片付けてから、先程イーダ様がくぐった大きな門を通り抜けてようやく街の外へ繰り出しました。
うわぁ……やっぱり、すっごく綺麗な町並みです!
どこの国とも違う、白と樹木の緑に溢れた街。
青い空とのコントラストが綺麗ですね!
リュート様に手を繋いでいただいて、昨日とは違い、海とは逆側の道を歩く。
小さめのお店がたくさんあり、威勢のいい声も聞こえてくる賑やかな場所を抜け、職人通りのような工房が建ち並ぶエリアに足を踏み入れた。
どうやら、レシピを登録するギルドは、職人街のような場所にあるみたいですね。
時々声をかけられて、リュート様が繋いでいない方の手をひらりと上げるのを見ながら、私もその相手に会釈する。
すると、どうしてかリュート様はその相手に蹴りを入れるのですが……それも挨拶ですか?
「ルナ。絶対に離れるなよ? ここはガラの悪い奴も多いからな」
「は、はいっ」
慌ててリュート様から離れないように腕にしがみつくと、彼はなんとも言えない顔をして固まり、周囲からは口笛が聞こえてくる。
「凍てつけ……」
呪いの言葉かと思うような黒さを秘めたリュート様の低い呟きと共に、口笛を吹いたらしい男性の足元が氷に覆われてしまう。
どうやら、下品な行為であったようですね。
周囲の人たちも白い目で見ていますし、隣のおじさんにゲンコツを食らっておりますもの。
そこから更に数分歩いて開けた場所に出たと思ったら、とても大きな建物がそびえ立っていました。
日本では五階建ての建物も珍しくはないですが、あちらではありえませんでしたからビックリですね。
自動ドアを通り抜けて中に入ると、中はガラスのショーケースが壁際に並べられ、背の低い本棚が、ショーケースと通路までの空間に等間隔に並んでいる。
様々なレシピを収納してあるのでしょうか、チラホラと建物内にいる人がショーケースを覗き込んだり、本棚に並べられた本を閲覧したりしている様子が窺えた。
「いらっしゃいませ。何かお探しのものでもございますか?」
「よう」
「まあ、ラングレイ様でしたか。本日はどちらのレシピ登録になりますか?」
「今日は料理だな。サラ姉さんいるか?」
「はい、すぐにお呼びしますね。では、こちらへどうぞ」
リュート様が登録しに来るのはいつものことなのか、受付の人も慣れたようにリュート様を案内する。
やっぱり、リュート様は注目されているみたい……色々な人の視線が突き刺さりますね。
案内された場所は個室になっていて、そこそこの広さがある。
部屋の奥に設置されたカウンターで仕切られており、椅子があちらとこちらに設置され、至って普通という印象です。
リュート様に椅子を引いてもらって恐縮しながら座り、ギルドの人が来るのを待つ。
すぐに人の気配がして、あちらの職員専用扉から入ってきたのは、長身の女性だった。
うわぁ……イケメンといっても通りそうなくらいキリッとした美人さんですよっ!?
「なんだ、珍しいな。カフェとラテはいないのか」
「ああ、今日はアイツらじゃねーんだ。まあ、レシピも今までと違うから、見てほしいんだが……」
「訳ありという感じだな。お前が持ってくるレシピは変わった物ばかりだが、今回は何が出るやら」
慣れたように話をしている二人を眺めつつ、どうも気が合うようで仲がいいのだろうということはすぐにわかった。
彼女の茶色の瞳が私を捉え、優しく微笑む。
余裕ある大人の女性の代名詞ですね……でも、色気というよりは……な、なんでしょう、どこか違うのですよね。
綺麗な金色の髪が靡くさまも、見事なプロポーションも文句のつけようがないのに、何故か妖艶な美女というより、男前な、感じがします。
「ルナ、紹介しよう。サラ・サラスといって、キャットシー族担当というべきか、料理レシピを統括してくれている人だ。他にも二人ほどいるが、この人が一番面倒見がいい」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。みんなからはサラ姉やら、姐さんと呼ばれるから、好きに呼ぶと良い」
サッパリした性格の女性で、姐さんって感じわかります!
これは頼りがいのありそうな方が担当してくれるようで、助かりますね。
「こっちが、ルナティエラといって俺の召喚獣だ」
「……は? 召喚獣って、お前……まあ、今に始まったことじゃないし、問い詰めたところで仕方ないか」
どこか諦めたように溜め息をついたサラ様は、私をジッと見てから苦笑した。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。取って食ったりはしないよ。そこのリュートとは違うから、安心しな」
「食ってねーよ!」
「へぇ……こんなに凄いのに我慢したのか」
「うるせーわ! 召喚したのは昨日だぞ!」
「……ふーん?」
ニヤニヤと笑いながら言うサラ様に対し、リュート様が顔を引きつらせて抗議していますが……取って食う……え、ぱっくんちょされるのですか? 召喚獣も食材なのですかっ!?
いえいえ、まさか、そんなはずありませんね。
ということは……そ、そういう意味……ですか?
ぽふんっと音がしそうなくらい真っ赤になった私を見て、サラ様は「ほほぅ」と感心した声を上げ、リュート様は伝染したかのように赤くなり視線を慌てて逸したのだった。
応援ありがとうございます!
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