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第二章 外堀はこうして埋められる

幸せサンドイッチ

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 称号持ちの家や上位称号持ちのこと、人間と神々の加護も理解した……けれど、気になることがあった。
 それは、召喚師の称号を持つ家が、召喚術を確立したヤマト・イノユエの家ではないことである。
 ガイアス様の家が召喚術の称号を持つということは、あの召喚獣オタクの先生から教えていただきましたものね。

「あの……召喚術を確立した家が召喚師の称号を持たないのは……どうしてなのでしょうか。ジュストは……関係ございますか?」
「そっか、ジュストやヤマト・イノユエのことはもう耳にしているんだね」
「はい、エイリーク先生にお会いしましたから」

 その名を聞いた瞬間、ロン兄様の視線が鋭利な刃を思わせるほどの厳しい眼差しになったけれども、すぐに元の笑顔に戻って苦笑する。

「それは災難だったね。そっか、あの人にも困ったものだなぁ」

 あ、あれ?言ってはいけないことでしたか?
 確認のためチラリとリュート様を見ると、彼は春の女神様に催促されて唐揚げをフォークに刺し、あーんしてあげているところでした。

 あっ!それはズルイですよ!
 私だってしてほしいです!

「まあ、エイリークの方は今のクラスメイトたちが良い奴ばっかりで、なんとか遠ざけてくれているかな」
「リュートは本当に周りの人に恵まれているね。それを聞いて安心したよ」
「レオたちもいるし、他の奴らもそんな戯言信じちゃいないみたいで、今回は特に面白いクラスだよ」

 そうか、良かったと安堵の表情を見せて微笑むロン兄様に、リュート様は優しく微笑んだ。
 大好きな兄が心配してくれていることが嬉しいのですね、わかります!
 でもリュート様、ロン兄様やクラスの方々だけではありませんよ?

「わ、私だって、あの陰険教師を絶対にリュート様に近づけさせません!必ずお守りいたしますねっ!」

 胸の前に握りこぶしを作り、むんっと気合を入れてそういうと、リュート様とロン兄様が驚いた顔をして私を見る。
 な……なんですか?
 
「がんばるのー!」
「がんばりますよーっ!」

 むんっ!と同じポーズをとった春の女神様と一緒に「ねー」とやっていると、うるわしの美形兄弟は「ぷっ」と吹き出して笑い始めました。
 どうして笑うんですっ!こっちは真剣なんですよっ!?

「いや、ごめんね、つい可愛くって」
「ったく……お前はそんなこと気にしなくて良いんだよ」
「気になるに決まってるじゃないですか!嫌ですもの、優しいリュート様に、あんな悪意をぶつけるなんて、絶対に嫌なんです!リュート様は絶対に違いますもの!ねー」
「ねー」

 ほら、春の女神様も同意されているじゃないですか。

「やばい、可愛い……可愛すぎるっ」
「ロン兄の気持ちはよく分かるけど……いま笑うと……くっ……」
「お二人とも!」

 ロン兄様はくるりと体を後ろに向けた体をくの字に折って笑い出すし、リュート様はリュート様で、顔をそむけて必死に笑いをこらえようとしているようですが、肩が震えていて丸わかりです。

「お話おわった?おひざいっていーい?」

 リュート様のお膝の上から、私のお膝の上に戻ろうとする春の女神様に、リュート様がストップをかける。

「あともうちょっと待て。ほら、タコさんウインナー取ってやるから」
「タコさんなのっ!」

 タコさんウインナーでこれほど喜んでもらえるのなら、カニさんも作りましょう!
 他にも色々あるんですよ?
 日本の大手ハムメーカーは、ウェブサイトで飾り切り解説ページをUPしていて、可愛くって作ってみたくなり、翌日のお弁当を彩ったという経緯があります。
 こぐまさん、ブタさん、うさぎさん、ぞうさん、色々ありましたけど……装飾用の海苔が欲しいですね。
 この際、黒ごまでも可です!

「えーっと、そうそう、召喚術師の称号だったね」

 ようやく笑いが収まったのか、ロン兄様はこちらを向いてお茶を飲んで気を落ち着けてから、そう切り出したのだけど……まだ口元がひくひくしてませんか?
 ロン兄様は、意外と笑い上戸なのでしょうか。

「ジュストの件があるまでは、イノユエの家が召喚術師の称号を所持していたんだけど、彼を止められなかった一族が罪に問われないはずもない。称号剥奪の上に国外に出ることを禁止されたんだ」
「……国外追放ではなく?」
「国の外に追放したら殺されてしまう。それがわかっていて追放するなんて、人としても国としても間違っているからね。それに国内で起きた問題を、自分の国で解決できない上に、他の種族に極悪人をなすりつけるような行為だと思われてしまいかねない」

 誰がどこへ行ったなんて調べようと思えばすぐに調べられるからね……とおっしゃいますが、どうやって?
 便利な魔法でもあるのでしょうか。
 こちらの世界でしたら、有り得そうです。

「追放した者が他国で同じような問題を起こせば、問題は更に大きくなり、現在良好な多種族との関係性を損ないかねない。そういう犯罪を犯すとわかっている人間を何の対策もなく外へ放り出すなんて愚かな行為だと、我が国では考えているから、他国の者を国外退去処分にすることはあっても、自国の民にしないと思うよ?」

 ロン兄様の言葉は深く私の心を揺さぶった。
 国内の問題を国内で解決する。
 それは、日本にいれば当たり前の感覚だったはずなのに……

 ロン兄様の言う通り、国外追放は死を意味する。
 それがわかっていて追放しようとした殿下たちは……何を思ってそうしたのでしょう。
 私に、死んでほしかったのでしょうか。
 殿下とミュリア様にとって、私が邪魔者であったのは確かですものね。

 罪深き者ほど厳重な監視をつけて、外との接触を防ぐために幽閉措置か、罪人を専門施設に収容するというフォルディア王国に対し、あちらのグレンドルグ王国では、国外追放や極刑という扱いを受ける。
 グレンドルグ王国であったら、ジュストの行いは一族全ての命を差し出しても余りあると言われるような大罪であっただろう。

 私がしてきたことは……一族に及びはしませんが、死を望まれるほどのことであったのでしょうか。
 私がいなくなれば……あちらでは皆が幸せに───

「めっ!」

 ぺちっと腕に衝撃が走り慌ててそちらを見ると、リュート様が厳しい表情で私の肩に手を乗せようとしていた。
 しかし、それよりも早く春の女神様が動き、注意を引くために近くにあった腕を小さな手で叩いたのである。

「めー!なの!悪いのいるの!」

 ふーっ!と子猫が毛を逆立てたようになっている春の女神様をリュート様は片手で宥め、もう片方の手で私の頭を撫でる。
 心を満たす冷たく黒いもや……また……コレですか!
 私一人では、まだ判別しづらいコレは、春の女神様にはよく見えるようで警戒を解かない。

「それ……なんだろうね。嫌な感じがする」
「精神汚染……人よけの呪いだ。ルナはあちらの世界で何もしていないのに罪に問われ、国外追放か極刑を言い渡されるところだったんだよ」

 リュート様の口から言われると、とても他人事のように感じられるのに……どうして、自分の心の内や頭で考えるだけで、こんなに辛いのでしょう。
 痛くて、辛くて……苦しい。

「うー……リュー離して、ルーのとこいくのー、やーの!あの黒いのやーの!」
「しかしだな……あーもー、しょーがねーなぁ」

 まだ動くな!と春の女神様に言い放ったリュート様は「あい!」という返事を待ち、一旦彼女を膝からおろすと、何故かこちらに体を向け立ち上がり……は、はい?
 ひょいっと持ち上げられたかと思ったら、彼が広めの椅子に深く腰掛けた足の間に座らされてしまいました。
 後ろから包み込まれるように抱えられた状態です。
 え、えっと?

「よし、こい」
「あいっ!」

 待ってましたとばかりに、よじよじと膝の上に登ってきた春の女神様は、私のお膝の上に座ってご満悦である。
 ど、どうしてこうなったのでしょう。

「あの、えっと?」
「うわ……うわぁー!」

 私が現状把握できていない中、ロン兄様は目を輝かせて私達を見て悶えているようであった。

「この映像をこのまま切り取って保存できたら良いのに!ねえ、リュートそんなもの作れないかな!職場のデスクの上にあったら、3日寝なくても頑張れる!」
「うん?うーん……作ろうと思えば作れるんじゃないか?写真の原理ってなんだったっけ?……いや、その前にそんな激務しないでくれよ。ぶっ倒れるからな?ダメだからな?」

 私もロン兄様にツッコミ入れたいですが、それどころではありません。
 お膝の上ではないから、耳の斜め上方向から低い声が響いてきますし、吐息が耳にかかってくすぐったいですし、絶妙な力加減で抱きしめられていて胸がドキドキしてしょうがありません。
 お膝の上に座っている春の女神様は、体を反転させ嬉しそうに私のお腹にしがみついて、すりすりしてますけど……う、うーん……これは……後ろからリュート様がぎゅーで、前から春の女神様にぎゅーされて……

 これが、幸せサンドイッチ状態ですかっ!?

「黒いの黒いのとんでけー」
「とんでけー……だな」

 リュート様も春の女神様の真似をして、後ろから更にむぎゅうううっと抱きしめてきて……あ、あの……私の心臓がもちませんから手加減をお願いしたいのですが?

「俺も参加!」

 我慢できません!というように、こちらに急ぎやってきたロン兄様も、満面の笑みで私達3人まとめてむぎゅうっ!です。

 うわ……すごく……すごーく幸せですね。
 泣いちゃいそうなくらい、胸いっぱいの幸せを感じていたら、黒いもやもやがどんどん小さくなって消えていくのが感じられました。
 こんなに大事にされて、思われて、心砕いてくれる人たちがいるのが嬉しくて……

「ごめんね……知らなかったとは言え、辛い思いをさせちゃって」

 よしよしと頭を撫でてくれるロン兄様に、私は違うのだと首を左右にふる。

「ちゃんと意味を理解していたことなんです。でも……これに心が包まれると、正常な判断が遠のいて……イーダ様やリュート様が浄化してくださったはずなのに……」
「リュートはどう思う?」
「長年の精神汚染の残滓にしては、頻繁すぎる……」

「夢なの」

 うん?と3人で春の女神様を見つめると、彼女はジッと私を見つめ、新緑の瞳をくりくりさせながら覗き込んできた。

「夢なのー、はいりこんできてるの!」
「夢が媒介になってんのか!そうか、それでっ!」

 リュート様はやっとわかったというように声を上げ、原因がわかれば対策しようもあるが、夢か……と難色を示す。
 夢だと問題があるのでしょうか?

「夢はね、時間や空間、世界ですら問題としないで干渉できる唯一の物なんだ」
「え?夢は記憶の整理とかではなく?」
「ルナちゃんの世界ではそう考えられているのか……魔法がない世界だっていうし、そういう考えに行き着くのかもしれないね」

 ロン兄様の言葉は、私の想像を遥かに超えたものであり、夢という物の考え方を一瞬で書き換えていってしまった。
 相手に干渉って……夢って意外と怖いものなのですか?

「ルナちゃんみたいに干渉を受けていたら、悪夢よけの呪いをすると効果的なんだけど……リュートはしなかったの?」
「した」
「やっぱりね。じゃあ、毎日かけてあげないといけないかな」

 悪夢よけの呪いなんて昨日かけていただいていたでしょうか……覚えがありませんね。
 いつのまに……!
 そういうものは起きている時にしていただかないと、ちゃんとお礼も言えないじゃないですか。
 今晩は、しっかり確認しましょう。

「でも、リュートが悪夢よけの呪いをかけていてもこれだと……かなりの執着を感じるね」
「よく夢だとそういう干渉を受けないと知っていたものだ。それなりに知識のあるヤツが相手ってことになるな」
「そうだね。生半可な対策は相手に気取られて逆手に取られるかもしれない。悪夢よけの呪い程度なら、普通にやることだから相手も気にしないだろうけど……」

「リュー」

 私ごと包み込んでいるリュート様の腕の袖をくいくいっと引っ張りながら、春の女神様がにぱっと笑った。

「こんてすと、勝って、ねー!」
「は?」
「ああ、それはいいね。リュート、本格的にコンテストの優勝狙ってみない?優勝賞品に良いものがあるよ。きっとルナちゃんの為になる」
「……ルナのためになるもの?」

 私のためになるという言葉に反応したリュート様の声が、一気に真剣味を帯びる。
 抱きしめる腕に力が入っていることからも、それを感じ取ることは容易かった。

「神石のクローバーなの!パパとママと一緒に育てた、いっぴんなの!」
「それって……すげー貴重品だろうが。なんでこんなコンテストの賞品にしてんだよ」
「パパとママが、もっていくのって!ひつようになるからーって」
「……それって」

 リュート様は言葉を詰まらせて戸惑っているようで……後ろを見て確認したいけど、キラキラした目で私を見上げる春の女神様がにぱっと笑いかけてくるので、思わず可愛らしい仕草にぎゅっとしてしまいました。

「ルナちゃんに必要だって、太陽と月の神々が判断したってことだよね」
「なんで見てんだよ」
「そりゃ、リュートはマナ性質が強くて神々との相性がいいから、その召喚獣となれば気になっていたんじゃないかな。ソレだけだとは思えないけど……」
「勘弁してくれ……また厄介事持ってくる気だろ、アイツら」

 どうやら、リュート様は他の神々とも面識があるようです。
 そして……や、厄介事ですか。
 私の肩口に額を押し付けてぐりぐりしているリュート様を慰めるように、春の女神様と一緒に腕をナデナデしてあげました。
 ロン兄様も、リュート様の頭をナデナデしてあげてます。
 リュート様は、色んな人に振り回される人生を送ってきたのでしょうか……あ、ここでは色々な神様でしたね。

 お疲れ様です、リュート様。
 うーっと唸りながらも、むぎゅぅっと抱きしめてくるリュート様を、できるだけ慰めながら、私たち3人は顔を見合わせて笑った。

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