黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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月と華

39.俺は君たちの決断に心から感謝しているよ

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「あーあー、こんなに泣いちゃって」

 そういって現れたのは時空神であった。
 私のほうを見て苦笑を浮かべた彼は、ハルキを優しく包みこむように抱きしめて語りかける。

「ほら言った通りでしょ? ベオルフがいるから、ルナちゃんは大丈夫だって」
「ん……僕は今日……きて……良かった……ありがと」
「いいんだよ。陽輝は背負い込みすぎ。君が気にしている綾音ちゃんも、それほど遠くない未来で心から笑える日が来るから、もう心配しなくても大丈夫なんだ。これからは二人で幸せになる道を模索したらいい」

 ハルキの性格上、時空神が言うようにルナティエラ嬢の死を抱え、兄と親友を一度に喪った彼女を抱え、今まで必死に生きてきたのだろう。
 己が折れるわけには行かず、頼ることも出来ず……

「ハルキ……ルナティエラ嬢のことは私に任せてくれ。ハルキから見ても私達は現状、とても大変に見えるだろう。しかし、私達は全てを承知の上で庭園を出たのだ。こうなることも覚悟していた。二人だけで幸せになる未来を選ぶなら、出ることはなかった……私達はちゃんと考え、覚悟を持って動いているのだから大丈夫だ」
「てい……え……ん?」

 ハルキにそう問われて我に返る。
 庭園……とはなんだ?
 こうなることも覚悟の上で出た……
 私達は、この現状を既に予見していたということなのだろうか……いや、そうなのだろう。
 こうなることがわかっていた。
 しかし、誰からも守られる場所で幸せになれると理解していたのに出ることになった理由は、おぼろげではあるが覚えている。

「私達は主神オーディナルに守られていた。二人だけで幸せになるのなら、そこにいれば良い話だったのだが……私達は欲張りなのだ。みんなで幸せになりたい。だからここにいる」

 自分の中にある言葉をつなげてみたら、自分の中にストンと落ちてきた。
 そうだ……私達は全てを承知して、鉄壁の守護を誇る庭園から出ることを望んだ。
 辛い未来が待ち受けていることも、苦しい状況に置かれることも理解して……
 主神オーディナルとノエルは最後まで反対していた。
 しかし、私達二人だけの世界ではいけないのだと説得したことを断片的に思い出したと同時に、その時に思っていたことや考えていたことが蘇る。

 庭園が何か、その場所はどこか……それがどうしても思い出せない。
 しかし、もし私達が「もう無理だ」と判断するなら、そこへ戻ることを主神オーディナルは望むだろう。
 リュートがバカなマネをするようであれば、二人で戻るのも選択肢の一つに入れて良いかもしれない。
 ただ、個人的には……二人でジャンポーネや様々な国を巡ってみたいのだがな。

「無茶をするね、ベオルフ。現状で思い出せる範囲ギリギリでしょ……君は本当に昔から変わらないね。父上は傷つく君たちを見て辛そうにしているけど、俺は君たちの決断に心から感謝しているよ。それが無ければきっと今頃……」

 時空神は一旦そこで言葉を切り、悲しみを滲ませた複雑な微笑みを浮かべた。
 きっと、彼は知っているのだ。
 私達の覚悟も、それにより変化する未来を───
 それは同時に、私達が庭園を出なかった先にある未来も知っていることになる。

 時空神とは、とても辛いことを背負わなければならない神であると感じた。
 最良の未来が見えていても直接口にすることが出来ず、大切な者たちを守りたくても守ることが出来ない時もあるのだろう。
 全知全能と言われる主神オーディナルも、強い力を持つが故に先が見えすぎているからこそ手が出せず、制約というものが邪魔をして思うように動けなくなり苦労している様子が見て取れる。
 それでも私達を優しく見守り父のように接してくれるが……我々の傷つき苦しむ姿を見て心中穏やかではないだろう。

 しかし、庭園か……また謎が一つ増えたな。
 私の内側から聞こえる声、庭園、ルナティエラ嬢との強すぎる繋がり。
 これが全てわかったとき、私達が抱えるモノがなんであり選んだ未来がなんであるか理解できるのだろうか。

「記憶……封じて……るから……無理しちゃ……ダメだよ」

 嗚咽混じりにそう言ってくれるハルキに礼を言い、己がいっぱいいっぱいになりながらも、まずは人の心配をする優しさを持つ彼が心から幸せになれるように祈りたい。
 ルナティエラ嬢が居た時に見せなかった暗い影も、彼女の月光のように清廉で穏やかな優しさで照らし、冷え切った心を暖かな陽光で包みこみ癒せるなら……

「なんだ……ろうね。ベオルフは……おひさまみたいだ。だから、とても安心する」
「そうでしょう? ベオルフが太陽、ルナちゃんが月。相性バッチリだよね」
「ん……そうだね。きっと二人なら大丈夫……それに欲張りじゃない、二人共優しいんだよ。傷つくことも苦境に立たされることもわかっていて、安全な場所から出てくる人なんて、そうはいないよ」

 ハルキの言葉は私の心に響き、あの時の判断が間違いではなかったのだと改めて思う。
 本当は彼女が苦しむ姿など見たくはない。
 傷つき疲れ果てるとわかっていたのに、それでも成し遂げようとした『なにか』の為に私達は動いているのだ。

 まあ、その『なにか』がわからず記憶も封じられているが故に、意味のわからない言葉の羅列にしかなっていないのが辛いところではあるが……

「ベオルフの約束……嬉しかった。ありがとう。でも、ベオルフも幸せにならなくちゃだよ? 自分を犠牲にして幸せにしてくれても意味がないんだからね」
「わかっている。そんなことをしたら、ルナティエラ嬢が本気で怒り出して困ってしまうからな」
「あはは、あの子に本気で怒られたことがあるの?」
「少し無茶をしたときに……」
「無茶はいけないよ。結月にとってベオルフは大切なお兄ちゃんなんだから。ううん、違うかな……もっと近く、もっと重要な『半身』ってところかな」

 半身……ああそうだな。
 その言葉がとてもしっくりくる。
 一方に何かがあれば、もう一方もタダでは済まない。
 だからこそ、慎重に行動することが必要なのだ。
 この身を守ることが彼女を護ることにもつながると強く感じると同時に、危険が多い現状に頭痛を覚える。
 問題の原因であると思われる黒狼の主との対峙は、私の実力では無茶をしなければならないことが多い。
 しかし、今の所はそのいずれにも勝算があった。

 だが、これからもそのように行くとは限らない。
 次からは黒狼の主だけではなく、ミュリア・セルシア男爵令嬢も己の欲望を満たすために力を貸すだろう。
 正直に言うと『精神的苦痛を与えてくることに長けているコンビ』だと考えている。
 どちらも陰湿であり、子供っぽい。
 善悪の区別がつかず、ただ駄々をこねている子供のようである。
 アレも欲しい、コレも欲しい、全部欲しい───
 底しれぬ欲望は身を滅ぼしかねないと知らないのだろうか。

「僕……情報収集を頑張るよ……二人に幸せになって欲しいから……」
「すまない。それはどうすることもできない分野であるから助かる。だが、ハルキも無理をせぬようにな。ルナティエラ嬢に知られたら確実に怒られることになるぞ」
「そ、それは……怖……いや困るから、ほどほどにするね」
「そうしたほうがいい」

 まあ、彼が「怖い」と感じるのは仕方がないだろう。
 怒らせてはいけない人種というものが存在すると知った昨今。
 ルナティエラ嬢と母上は、私の中で『絶対に怒らせてはならない人』というカテゴリーに入っている。
 まあ、普通に怒っているふりをしている時は可愛らしいのだが……人の身を案じてからの怒りは凄まじい。
 しかし、ハルキのように怖いと感じるのは一瞬のことで……私の身を案じてそこまで怒ってくれることが嬉しく、必死に怒っている姿が可愛らしいと感じるといったら、彼はどんな反応を示すのだろう。

「じゃあ、俺達はこのまま帰るよ」
「ごめんね……こんな取り乱したあと……このままで……」
「気にすることではない。あまり根を詰めすぎず、体を大切にしながら自分のペースで進めてくれ。『心身ともに健康であることが一番』なのだろう?」

 私がそういうと、ハルキは驚いたように真っ赤な目を見開き、柔らかく微笑む。
 彼らの母親が口癖にしていた言葉だと、いつ聞いたのか思い出せずとも知っていた。
 彼らの母の言葉にこめた心配や励ましなどの様々な思いは、どうやら彼にちゃんと届いたようだ。

「じゃあ、ベオルフ。今度はもっと情報を仕入れてくるから期待しておいてね。だから、無理をして怪我とかしちゃダメだよ? 無茶をして大怪我とか、命に関わるからね?」
「大丈夫だ。主神オーディナルから頂いたアイギスをうまく使いこなし、ノエルとも連携を取って、これからはもっと戦況を楽に出来るように努力する」

 そっか、ベオルフなら大丈夫そうだねと安心した様子をみせてくれたが、前途多難であることに間違いはない。
 あえてその点を言葉に出さず、何事もないように頷く。

「俺はハルキを送ってルナちゃんのところへ行ってから一度戻ってくるね。じゃあ、またあとで」

 またねと手を振るハルキたちと別れ、少し寂しさを覚える静かな空間に主神オーディナルとノエルが揃って現れた。

「帰っちゃったのー?」
「ああ。いろいろあってな……」
「ルナのこと抱え込んでいたみたいだもんね……大丈夫かなぁ」

 耳と尻尾を下げて心配そうにしている心優しいノエルの頭を撫で「大丈夫だ」と告げる。
 彼はああ見えて、とても強い人だ。
 守るべき者がいるのに、これくらいでくじけたりはしない。

「僕の愛し子を殺した犯人がいまだ捕まっていないから、彼としては複雑な思いを抱えざるを得ないのだろう」
「……捕まっていない?」
「先程話していた通り魔事件は、目撃者全員が死亡。第一発見者は血まみれで倒れている人たちと逃走する人影を見たと証言し、犠牲者の全員に刃物傷があることから騎士団に近い組織が動いたのだが、情報が集まらずに未だ犯人の特定にも至っていない」

 技術が進んだ世界でも解決できない事件が存在するのだな。
 しかも、ルナティエラ嬢を殺した相手が捕まっても居ないとなれば、ハルキの心情はいかばかりか……

「ボクだったら引っ掻いて噛み付いて雷を落としてやるのにー!」

 耳をピーンッと立て、ふんふんと鼻息を荒くしているノエルの気持ちが痛いほど理解できる。
 私だったら最後まで追い詰め、生まれてきたことを後悔させてやろう。
 主神オーディナルはどうするのだろうか……

「その愚か者はいずれ相応の罰を受けることになるだろう。僕の愛し子に手を出してタダで済む者など存在しないのだから……」

 底が知れない黒い笑みを浮かべた主神オーディナルに怯えたノエルが私に飛びつき、同時に私もその小さな体を抱きしめる。
 今の表情を浮かべるかの神が創造神であると誰が信じるだろう。
 間違いなく破壊神かそれに等しい存在にしか感じられない。
 腕の中でぷるぷる震えるノエルが「こわこわー」と言っているのを聞きながら、怒らせてはいけない存在リストに主神オーディナルも新たに加えようと、心に決めた瞬間でもあった。

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