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南の辺境ヘルハーフェン
1.主神オーディナル……やりましたね?
しおりを挟む昨夜あれだけのことがあったのに、目覚めは妙にスッキリとしていた。
まだ太陽が水平線から顔を出したくらいの時間であるから、起きている者も少ないだろう。
夢の中で得た情報は凄まじい量であったし、様々な状況がわかったこともあり、ルナティエラ嬢だけではなくハルキの方も心配になったが、リュートやアヤネという相手がそれぞれ傍にいるのだから問題はないと思いたい。
それに、時空神が今は動いているようだから、なにか問題があればフォローしてくれるはずだ。
「むー……」
この世界では高身長な上に鍛えられた体には少々窮屈なベッドから上半身を少し起こすと、私の体を枕にして寝ていたのかコロリとノエルが転がったのだが、少しだけ不満そうな声を上げただけで再び眠りについたようである。
その幸せそうな寝顔を見ていると、主神オーディナルの黒い気配にぷるぷる怯えていたとは到底思えない。
そういえば……ホウオウというものについての話は聞けなかったな。
後で話すと言っていたが、それがどれくらい先なのかは主神オーディナル次第だ。
あの時の表情から見て気軽に尋ねることも難しい話の様子だから、気長に待つことにしよう。
窓から見える空は青く本日も快晴で間違いはないだろうが、海の上は天候が変わりやすいと聞く。
無事にヘルハーフェンまでたどり着けたら良いのだが、性格が壊滅的に悪い黒狼の主のことだ、この船旅が終わっても様々な妨害を考えているに違いない。
この先は、厳しい戦いになるのだろうな。
自然とベッドの傍らにある椅子の上に置いてあった荷物を見て実感することは出来たが、この規格外の鞄たちだけは夢であって欲しかったと溜息がこぼれた。
白い革製の鞄はルナティエラ嬢が腰に下げていたものと同じデザインだ。
そこは……少し嬉しく感じるのだが、汚れたらどうすれば良いだろうか。
ああそうか、そのための洗浄石かとテーブルの上に無造作に置かれている石を見つめた。
荷物がほぼ無限に入ってしまう白い革製の鞄、左指に装着されているアイギス、朝日を受けて煌めく洗浄石───
どれをとっても、この世界にはあり得ない代物だ。
主神オーディナルの力があったからこそ具現化したアイテムである。
これらがあるからこそ、主神オーディナルの加護を得たという事実を隠したり否定したりすることは難しいだろう。
いや……すでに『人の言葉を話せる主神オーディナルの御使いであるカーバンクル』であるノエルが傍にいるのだから、私に加護が与えられていると宣伝して歩いているようなものだ。
「あむあむ……ボク……もぅ……たべれなぁいぃ」
幸せな夢を見ているのだろうか、私の袖を食べて唾液まみれにしているノエルを見て、早速ではあるが洗浄石の出番だと机の上に手を伸ばした。
こうして、王都から出航して二度目の朝を迎えたのである。
鞄の中身などを確認した後、身支度を整えたくらいの時刻であっただろうか、朝の鍛錬に向かおうとしていた私は不意に彼女の声が聞こえた気がして部屋の扉へ向かう足を止めた。
守り袋の中に入っている神石のクローバーの欠片が輝いているのか、淡い光が布越しにも見て取れる。
光を包み込むように右手で触れると、何故かルナティエラ嬢が泣いているような気がして、聞こえないとわかっているのに声をかけた。
「大丈夫か?」
貴女はもう独りでない。
私がいる。
寂しいと泣くなら、私かリュートにすがれば良いのだ。
私達は、いついかなる時でも貴女を受けとめよう。
そして忘れないで欲しい。
私と貴女は目に見えずとも常に共にあり、どんな時でも繋がっているのだから───
言葉には出さずに気持ちを込めて心で語りかける。
すると、神石のクローバーの欠片を通して僅かな反応があった。
世界を隔てても互いに心を感じ取ることが出来るくらい、私達は強く繋がっていることは間違いない。
夢の中で会うたびに、その感覚は強くなる一方である。
互いにそれを感じているというのなら、これは一体何だというのだろうか……
主神オーディナルなら知っているのだろうが、話してくれる気配はない。
封じられた記憶の中にある真実を、かの神は簡単に話してくれないのだ。
「にゅぅ……ベオ……どこいくのぉ」
「起きたのか。おはよう」
「おはよぉぉ……くはぁ……まだねむぅいぃ」
「朝食の時間には起こしてやるから寝ていろ。私は鍛錬をしてくる」
「鍛錬! 昨日もらったアイギスでしょ? ボクも一緒に行くー!」
寝ぼけ眼を前脚で器用にこすっていたかと思いきや、ぱっちりまぶたを開いたノエルは、ベッドから飛び起きて私のほうへ飛びついてきた。
あっという間に肩に登ったかと思えば、ふんふんと鼻息を荒くして「連携って大事だもんね!」と言い、一緒に鍛錬をする気満々である。
まあ、ルナティエラ嬢とは違い怪我をしないくらいの敏捷性があるから大丈夫だろう。
彼女だったら避けようとするところまではいいが、つんのめったあとに顔面から地面へ激突しそうだ。
そんな他愛のないことを考えながら、しわくちゃのままのシーツを綺麗にして部屋を後にした私達は、甲板で待っていたのかと問いたくなるような見事なタイミングで船長と出くわした。
「今日も朝の鍛錬ですかな」
「昨日の場所で問題はありませんか?」
「ええ、あの場所ならば問題はありません。船を救ってくれた英雄たる貴方の鍛錬を見たいと他の乗客が顔を出すでしょうが、鍛錬の邪魔にならないように距離を取らせますし、こちらの指定した範囲から出ないように言っておきますから、存分にどうぞ」
私は客寄せの何かか?
とはいえ、見られていると集中を欠くので嫌だということもない。
鍛錬をしていると、何が面白いのかわからないが熱心にスレイブが見つめてくるので見学されることには慣れている。
それに、怪我をしない範囲で見ているというのなら何ら問題はないだろう。
やる気に満ちているノエルは「カーバンクル様」と船長に話しかけられ、ふんふんと鼻息を荒くして尻尾をぶんぶん振っているのだが……前ではなく船長がいる方を向いている為に、顔の前を尻尾が揺らめき視界の邪魔になる。
視野を尻尾が遮るのは良いが、額の傷を隠している前髪を揺らすのは止めてくれ。
しかし、普段は不快でしか無いのだが……ルナティエラ嬢が古傷に触れた時は、とても心地よい感じがしたな。
ミュリア・セルシア男爵令嬢が触れようとした時に感じた悪寒との違いに笑えてくる。
「あー、ベオったら……まーたルナのことを思い出しているでしょ。そういう顔していたよー?」
「そういう顔?」
「すっごーく優しくて、愛しいって感じー」
やはりそうでしょうな……ニヤニヤと船長が意味深に笑うのだが、いや誤解だ。
断じてそういう意味ではない。
愛しいという感情にも色々あってだな……いや、やめておこう。
言い訳じみた言葉を並べれば並べるほど嘘くさく感じる。
まるで言い訳をしているようにしか聞こえないし、誤解が誤解を招くことになりかねない。
「そうだ、予定が早まったのでお伝えしておこうかと」
「早まった?」
「はい、あまりないことですが風と潮の流れがとても良く、まるで導かれるようにヘルハーフェンに向かっており、この分だと今日の夕方には到着するでしょう」
主神オーディナル……やりましたね?
問いかけるが返事はない。
怖がるノエルをなだめたあと、愛娘に嫌われたくなかったら勝手に彼女の思考だけは読まないほうが良いと懇切丁寧に説明をしたから拗ねている……というわけではないだろう。
なにか色々と気になることがあったようだから、調べ物をしているのか?
ユグドラシル関連のことだろうが、人である私が聞いていい話だとは思えないから、あちらの手が空くまでは邪魔をしないほうが良いだろう。
それに、時空神があとで顔を出すと言っていたから一度は姿を現すはずだ。
「いやー、これほど順調かつ良い風と潮の流れなどお目にかかれませんな。やはり、全知全能たる我らが神オーディナル様の加護を持つ方がいらっしゃると違う」
全知全能……とは、程遠いのだが、あえて現実を教えることもない。
かの神が、まさかの『食いしん坊で子煩悩な愛妻家』だと知ったら、この世界の人達はどう思うのだろう。
私も知らなかったので衝撃を受けたが、意外とすんなりと「そういうところもあるな」と納得したのは、封じられた記憶に残っていたからか、それとも神とて万能ではないと考えていたからなのか……
どちらにしても、今の主神オーディナルが良いと思う。
なんというか……懐かしさと共に感じる完璧すぎない人に通じるところがある部分に好感が持てる。
敬い奉るべき神に「好感が持てる」など不遜であると神官たちから咎められそうだが、主神オーディナルは嬉しそうに表情を緩ませて「そうだろう?」と笑うのだろう。
封じられた記憶から抜け落ちてくる記憶の欠片は、どれもこれも優しくてあたたかい。
だからこそ、ルナティエラ嬢とノエルと主神オーディナルと共に過ごしていたら、この世界はどうなっていたのだろうかと考えてしまう。
時空神は私達の決断を良いものだと捉えているが、それにも理由がありそうだ。
昨日と同じ場所に到着した私は、基礎的な鍛錬から入る。
腕立て伏せに腹筋など様々ではあるが、こういう基礎鍛錬により筋肉を程よく育てていくことは、重量のある武器や防具を扱う上で必要なことだ。
ノエルが隣で同じように腹筋や腕立て伏せをしようとしている姿は可愛らしく、こちらの力が抜けてしまいそうになる。
これは新手の精神鍛錬だろうか……
ノエルの愛らしさに、甲板で遠巻きに眺めている乗客から「可愛い!」という声が上がる。
娯楽らしい娯楽もないから海の上は暇なのか、かなりの人が見物している中での鍛錬は、見物されることに慣れているとは言え少しだけ溜め息がでそうであった。
まあ……スレイブほど頻繁ではないが、最北端の地の村人たちや騎士団の者でさえ見物しているときがあるからそこまで緊張することはないが、新米騎士だったらあがってしまって硬直するような状況であることに間違いはない。
「ベオー、ボク腹筋できないのー、どうしたらいいー?」
「コロコロ転がっていろ」
「うん! わかったー!」
そういうとコロコロ転がりだすノエルを見て、更に乗客や船員が和む。
ああ……今日も本当に天気が良いな……
軽く現実逃避をしながら、私は額に汗して鍛錬を続けるのであった。
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