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狭間の村と風の渓谷へ
4.勘違いさせる行動が多い気がします
しおりを挟むいつの間にか眠っていたらしく、ゆっくり瞼を開き、見知らぬ部屋に驚いて体をこわばらせるのだが、すぐさま「起きた?」と尋ねるように小鳥たちが私の頭にぽすんととまったことで、眠る前の出来事を思い出すことが出来た。
夢の……しかも、過去で眠るなんて事があるのか?
現実世界や夢で会っているルナティエラ嬢や主神オーディナルたちを待たせているのではないだろうか……
『時間の経過は無い。連れてきた時間に戻す』
紫紺色の冠羽を持つ方の小鳥が心配事を感じ取り説明をしてくれたので、何とか安堵することが出来た。
「それならば……良かった」
寝起きのかすれた声でそれだけ返答すると、腕の中のぬくもりへ視線を落とす。
荒い呼吸はしていないが、まだ熱は言うほど下がっていないようだ。
額に乗せていた布も、どこかへ行ってしまっている。
まあ、あれだけ動けば当たり前だろう。
私のほうも消耗が大きいのか、多少の眩暈を感じる。
つまり、それほど酷い状態であったと言うことだ。
こんな状態で放置しておけば、確実に死んでいただろう。
この小鳥たちが慌てるわけである。
消耗した分、何かで補うべきだろうが、ルナティエラ嬢がまるで私を離すまいとするように絡みついているため、動くこともままならない。
リュートなら喜び……いや、違う意味で大変なことになっていそうだな。
私だから良かったものの、他の男にこんなことをするのではないぞ……と、心の中で呟き、力を抜いて体をベッドへ横たえた。
まだ余裕はある。
あと、一日の間、ずっと吸収されていても問題は無いだろう。
その間に起きてくれたら、ノエルのリンゴでもかじっておくか。
しかし、何もせずにベッドへ横になるというのは思いのほか暇である。
いつもであったら、鍛錬を行い、本を読むなりして時間を潰しているところだが、身動きが取れないのだから仕方があるまい。
だったら、腕の中のルナティエラ嬢を観察することにしようか。
指先で、彼女の髪をいじりながら、目を閉じて眠っている彼女を改めて見つめる。
きめ細やかな白い肌、形の良い眉、今は閉じられて見えないが濃厚な蜂蜜を思わせる黄金の瞳を閉じ込めている瞼の縁を彩る睫毛は長く、鼻筋は通っていて、柔らかそうな唇は弾力がありみずみずしい。
ん?
ああ、やはり私がここにいる効果はあるのか。
かさかさしていたはずの唇が柔らかくなっている。
指でそっとなぞってみると、かさつきは綺麗になくなっていた。
ぷにぷにと指を押し返す弾力が戻っている。
すっきりとした顎のライン、耳の形も良いな。
細すぎる首筋は気になるが、現時点でどうこうできる物では無い。
この世界の私が戻ってきたら、多少改善するかもしれないが……望みは薄そうだ。
寝間着から見える腕も細く、強く握ったら折れてしまいそうである。
それなのに、不釣り合いな胸の大きさに溜め息が出た。
そうだ。
これだ、コレのせいでわかりづらかったのだ。
栄養全てがココへ集まっているのでは無いかと思ってしまうほど、胸の大きさだけが保たれている。
ミュリア・セルシア男爵令嬢のような女性が好まれるこの国で、ルナティエラ嬢のような体つきは娼婦のようで下品だとされ、女性からは白い目で見られ、男性からは好奇の目に晒された。
下品だと言いながら、男の欲望を持った者たちにとってはたまらないといったところだろう。
まあ、黒狼の主はソレを狙っていたようだが……
この世界の私が、それとなく窮地を救っているし排除もしている。
むしろ、ブラックリスト入りしている者たちを、片っ端から遠ざけていた時期でもあった。
私の行動を知り、セルフィス殿下は苦い表情をしていたが、アルバーノは止めなかったな……
黒狼の主側に立っていたアルバーノにとって、私がそういう行動に出ているのは不都合が多かったはずだ。
やはり、アルバーノに敵という認識を持つ事が出来ない。
セルフィス殿下は完全なる報復対象だが……
天色の髪を指先でくるくるともてあそんでいると、何を思ったのか、小鳥たちも戯れ付き始め、ルナティエラ嬢の眉間にしわが寄ってしまった。
いけない。
これでは、起きてしまう。
小鳥たちを指先で突いて転がすと、新たな遊びだと勘違いしたのか、指先をよけながら前進してルナティエラ嬢の髪に辿り着こうとしはじめた。
それを阻止するべく、再び指先で突いて転がされると、何が楽しかったのか翼で口元を覆い笑っているかのような仕草を見せる。
やけに人間っぽい仕草をするものだ。
飛べばすぐに辿り着く距離を、二羽はちょんちょんと歩き前進してくるから可愛らしい。
二羽揃って大げさに転がる様を見た私は、思わず「くっ」と声を出して笑ってしまった。
「……珍しい……です」
「何だ、起きたのか」
「え、あ……はい……えっと……あの……す、すみません……あの……そのっ」
だんだんと顔を赤らめ、わたわた動き出そうとする彼女を押しとどめ、背中をさすってやることで落ち着かせる。
「夢だから気にするな」
「えっと……ほ、本当に……夢?」
「私は最北端の地へ行っているだろう? あちらはかなりの被害が出ているから、簡単には帰って来ることはできない」
「そ……そうなのですか……被害が……」
どうやら、前回目を覚ましたときより思考がまともに動いているようだ。
この状況に驚き、慌てて距離を取ろうとするのだが、彼女の場合、慌てれば慌てるほど変なことになりかねない。
「まだ熱が下がっていないのだ。大人しく寝ていろ」
「は……はい……」
もぞもぞと私の懐へ潜り込み、寝心地の良い場所を探しているようであるが、私の投げ出していた左腕に頭を寄せてチラリと此方を見てきた。
「こう言ってはなんですが……落ち着きます」
「そうか」
「私が知っているベオルフ様より……大人びた感じがします……ね」
「そうか?」
「は、はい。なにか……色々なことを知った……感じ?」
「まあな。貴女が隠してきたことや、こういうことは知っている」
そう言って、彼女の首筋を指でなぞってやると、彼女は真っ赤になって布団をかぶってしまった。
ん?
何故赤くなる?
「え? あ……えっと……その……えっ!?」
「どうした」
「あの……わ、私とベオルフ様って……え? そ、そういう……ことに? まさかっ!?」
「何を混乱しているのかわからん」
「だ、だって……く、首筋……スーって……」
「痩せ細っていることを知っているという意味だったのだが?」
「あ、ああ……そ、そういう……意味……ですか。なるほどなるほど」
布団からぴょこと顔を出したルナティエラ嬢は、勘違いでしたと照れ笑いを浮かべたのだが、何を勘違いしたのだ?
問いかける視線を投げかけるのだが、彼女は必死に視線をそらしてあわせようともしない。
全く、困ったものである。
「ベオルフ様は……勘違いさせる行動が多い気がします……」
「勘違い……か? 心当たりが無いな」
「それはそれで問題です。むやみに触れて勘違いする女性が出てきたら困りますよ?」
「ん? 私が触れるのはルナティエラ嬢以外にいないから、問題はなかろう」
「……だ、だから……そういう……発言もですねっ……て……眩暈が……」
「いきなり興奮するからだろうが」
「そうさせたのは……誰……ですかぁ……でもまあ……夢ですものね……」
「とりあえず、ヘタに離れず、私から補給しておけ」
「補給?」
「深く考えずに、大人しくしていろということだ」
何ですかそれは……と、ルナティエラ嬢は不満そうに唇を尖らせるが、突き出した唇を指で突いてやり、大人しくしていろと言うと、彼女は恨みがましい視線を投げかけてきたが、何も言うことは無かった。
二羽の小鳥は、いつの間にか姿を消しており、そういえばルナティエラ嬢が起きている間に姿が見えなかったことを思い出す。
あまり干渉しないようにしているのだろう。
私には問答無用のくせに……
「とりあえず、眠って回復だ。前回より、元気になっているのはわかったが、やはり良い状態だとは言えない」
「はい……でも……眠れません」
先ほどまで眠っていたのだから仕方が無い。
それに……と言った彼女はもじもじとしているのが気になった。
「あ、あの……その……少し……ベッドから出ますね」
「何を馬鹿なことを言っている」
「だ、だって……夢なのに……その……トイレに行きたいな……と」
「ああ、そういうことか」
体を起こしてベッドから降りると彼女を抱き上げて、トイレの扉の前まで運んでやると、少し離れた場所へ移動して外の風景を眺める。
窓から差し込む光から、昼くらいだろう。
あれから、問題の侍女は来ていない。
それどころか、誰も来ていないのだ。
ルナティエラ嬢が体調を崩していることは、誰もが知っているだろうに……
まあ、来られても困るのだがな。
見えるか見えないかわからないが、私が添い寝している場面を見られても困る。
そんなことを考えながら視線を右へずらしていくと、ルナティエラ嬢の部屋から見えるベンチに、二人の男女が腰掛けていることに気づいた。
セルフィス殿下とミュリア・セルシア男爵令嬢である。
わざと……か?
それとも、単に無神経なのか?
あまり深く考えないで行動する二人だから、後者と言うこともあり得るが、ミュリア・セルシア男爵令嬢の性格を考えると、前者の可能性が高い。
ルナティエラ嬢に見せびらかすため……か。
わかってはいたが、やはり、性格が良いとは言えないな。
寄り添い合い話をしている二人を一瞥してからカーテンを閉じた。
……いや、今の状況では私も人のことを言えないのか?
第三者から見たら、どっちもどっち……なのか?
いやいや、此方は緊急事態だし、一応……その……男としての下心など皆無であり、抵抗はしたぞ?
誰に言っているのかわからない言い訳を頭の中に並べて唸る私を、いつの間にかそばにいたルナティエラ嬢が不思議そうに見上げていた。
そんな彼女に「何でも無い」と言おうとした瞬間、何か異様な気配を外から感じる。
セルフィス殿下とミュリア・セルシア男爵令嬢がいた方向より、左……木々が生い茂っていた場所だろうか。
この気配には覚えがある。
この和やかな時間には思い出したくも無いくらい、面倒な相手だ。
「ベオルフ様?」
「何でも無い。とりあえず、ベッドで休め」
「あの……一緒じゃ……ないのですか?」
しょんぼりとした様子を見た私は、他に何も言えるはずもなく、彼女を抱き上げると寝室へ向かった。
夢だと思っているからか、無邪気に甘えてくる姿が愛らしく、思わず笑みがこぼれ落ちる。
「ふふ、やっぱり夢ですね。そんな優しくて甘い笑顔、見たことがありませんもの」
上機嫌で語る彼女をベッドサイドにおろし、ノエルのリンゴの果汁を搾った水を飲ませてから、ベッドへ横になる。
ぴったりくっついて眠る感覚が、どうにも懐かしく感じるのは、庭園に居た頃の記憶だろうか。
ルナティエラ嬢と会話を楽しみながらも、外からかすかに感じるヤツの気配に意識を向ける。
ヤツが来るとしても、活動しやすい夜だろう。
さて……何をしようとしているのか───
無防備にやってくるはずのヤツの度肝を抜いてやるのも良いかもしれないと、私は内心でほくそ笑んだのである。
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