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狭間の村と風の渓谷へ
5.やはり、お前か
しおりを挟む風邪を引いて熱が出ているために食事もまともに出来ないルナティエラ嬢に、ノエルのリンゴをすりおろして蜂蜜を加えた物を渡したら、かなり驚かれてしまった。
どうやら、風邪を引いたときに、ハルキがよく作ってくれていたらしい。
ハルキはリンゴを凍らせたものをすりおろすか、細かく砕いた氷を入れていたので随分と冷えていたそうだが、私の作った方も美味しいと嬉しそうに食べてくれた。
多分わからないだろうと思って話していたルナティエラ嬢に「ハルキらしいな」と返答すると、最初は驚いた顔をしていたのだが、これはやっぱり夢なのだと納得したらしい彼女は、それ以降、現実かどうか疑うことをやめたようだ。
それはそうだろう。
ハルキを知っていると言うことは、ルナティエラ嬢の前世を知っているということになる。
現在の彼女は、それについてかなり敏感になっており、誰にも話していないのだ。
つまり、現実的にあり得ない情報を私が持っているのだから、夢だと結論づけても当然である。
リンゴを全部食べて水分補給もした彼女を寝かせ、額に水で冷やした布を置くのだが、隣で寝てくれないのかとションボリとした様子で言われてしまい、今回も乞われるままに体を横たえた。
どうも、ルナティエラ嬢のションボリとした様子に弱い。
お願いだと言われたら、どうしようもないのだ。
甘いと言われようとも仕方が無い。
他愛ない話をして眠るまで彼女の頭を撫でていると、ようやく睡魔が訪れたのか眠そうに瞼をこする。
「眠れば良い」
「起きたら……いなくなっているかもしれません……それは……嫌です」
「早く元気になってくれないと困る」
「でも……そうしたら……いなくなって……しまう……でしょう?」
ろれつも回らなくなってきている彼女の髪を手で梳き、頭に頬を寄せた。
まだ熱が高いので、普段よりも熱い頭が少し心配だ。
「ここに居る私はいなくなるかもしれない。だが、この世界の私がいる。それに、主神オーディナルが、ルナティエラ嬢を見守っていることを忘れないでくれ」
「オーディナル様……が? 私は見捨てられたと……言われている……のに?」
「見捨てたりしていない。あの方は、誰よりもルナティエラ嬢のことを考え、想っている」
「……もしかして、このベオルフ様はオーディナル様なのですか?」
「あの方と一緒にしたら罰が───」
そこまで言ってから、何故か満面の笑みで「似ているから、そう考えてしまうのも仕方ない話だ」と語る主神オーディナルの姿が脳裏に浮かび、罰するどころか喜びそうだと呟くと、目の前の彼女は驚いたように目を丸くする。
「オーディナル様に愛されているのですね」
「貴女ほどでは無いがな」
「そうでしょうか……」
「貴女ほど愛されている人はいない。いつかわかる。きっとな……」
「そうだと……嬉しいです」
眠気が勝り、ふにゃりと子供のように笑うルナティエラ嬢の頭を抱え込み、耳元で「そろそろ寝ろ」と言い放つ。
その言葉に促されたように眠ってしまった彼女は、暫くすると緩やかな寝息を立て始め、ようやく休んでくれたようである。
それと同時に小鳥たちが、ぽんっという軽快な音とともに姿を現した。
やはり、干渉しないように気遣っているのだと感じ、何やら周囲を警戒している小鳥たちに視線を合わせて頷き合う。
ヤツだ……
どうやら、女子寮の周辺をウロウロしているらしい。
気配を探ってみると、まだ起きている人たちが動き回っている為に、中へ入る事を躊躇っているのだろう。
あの使い魔の体は、素早く行動できても姿を隠すことが出来ない。
つまり、発見されるということだ。
姿を見られないように注意をしていても、その気配から私たちにはバレバレである。
ヤツにとって自らの力を感知する者は、これまで居なかったに違いない。
無警戒になっても不思議では無いだろう。
「来る……か?」
『まだだ』
『もうちょっと……かな』
小鳥たちはそれぞれの冠羽をぴこぴこ動かして何かを感じ取っているようだが……それはそういう機能があるのか?
『ウロウロしているな』
『何か探っているのかな』
『ノエルのリンゴの気配が、嫌な物として察知されているのかもしれない』
『隠す?』
『頼む』
小鳥たちが小さな声でぴよぴよ言いながら会話をしているのだが、内容と鳴き声のギャップに奇妙な違和感を覚えてしまった。
まあ、真面目な話をしているのでツッコミは入れないが……
そうこうしている内に、ノエルのリンゴを絞った果汁が入っている水入れが姿を消し、甘いリンゴの香りも瞬時にかき消えてしまった。
空間を……操っているのか?
それは時空神が得意とする力では無かっただろうか。
この小鳥たちは、どれだけの力を隠しているのだろう。
底知れない───そう思いながらも、味方であることが心強くも感じた。
暫く、小鳥たちと一緒に眠るルナティエラ嬢を見守っていたのだが、女子寮に人の動く気配が無くなり、静まり返りだした頃、近づいてくる気配が一つ───ヤツだな。
小鳥たちが一斉に警戒するように毛を膨らませ、戸口を睨み付ける。
私も音を立てないようにベッドを抜け出し、戸口からは死角になる場所へと移動した。
小鳥たちは私の両肩へ移動し、同じく身を潜めているようである。
静かに部屋の扉が開き、寝室へ向かってくる足音がしたが、なかなか入ってくる気配が無い。
気づかれたか?
そう思ったのもつかの間、音も立てずに扉が開き、見慣れた姿が入ってきたのである。
黒狼の主……やはり、お前か。
怒りとも苛立ちともつかない感情が沸き起こり、それに同調するように小鳥たちも毛を膨らませて臨戦態勢に入った。
腰にある短剣に手を伸ばし、ヤツがルナティエラ嬢に危害を加えるそぶりを見せたが最後、斬りかかる準備は出来ている。
息を潜めてヤツの行動を見ているのだが、ある一定の距離を保ったまま苛立たしげに舌打ちをするだけで、危害を加える気配は無い。
「やはり……何かしらの力が邪魔してるな……直接手を下すことが出来ないなんて、面倒くさいっ! あのお茶を飲んだから、もっと弱っていると思ったのに元気じゃ無いか」
誤算だ……と、苛立たしげな様子を見せながらも、何かしらの力を使おうと苦心している様子が見える。
何だ……?
『人よけの呪いを強化しているようだ』
『お兄様、アレは邪魔することが出来ないの?』
『無理を言うな。我々やオーディナルにも限界があるし、ベオルフだって干渉できる限界がある』
『理が邪魔してくるなんて……』
二羽の小鳥が声を潜めて会話をしているが、私は目の前の黒狼の主から目を離すことはしない。
コイツがしてきたことを、全て知っておく必要があると感じたからだ。
見たことが無い力は、まるでリュートが描いていた術式というものに似ている。
リュートのほうが緻密で複雑であったが、コイツが描く術式のような物には、禍々しさしか感じない。
リュートの術式が清き水の流れとするなら、コイツは腐臭を放つ底なし沼か汚水だ。
光と闇、聖と魔、相対する力である。
いや、リュートの清き水は、純粋な光や聖なる物というよりも生命の源というべきだろうか。
綺麗すぎる水には生物が住めないと、昔ルナティエラ嬢が教えてくれた。
リュートの力は、まさにその言葉が似合うように思える。
例えるなら、清濁併せ呑む力というのだろうか。
光も闇も、聖も魔も、全てを飲み込み昇華する。
それだけの力を、あの男は持っているのだが自覚は無いのだろう。
私にも、それだけの力があれば、ルナティエラ嬢をこれほどまでに苦しめることが無かったのでは無いだろうか。
もっと、どうにかできたはずでは……
『無茶を言うな。お前はお前にやれる最大限のことをした。己を削り、与えていたのだ。無茶にもほどがある』
『自分を削って与えるって、簡単なことじゃないよ。それは、ヘタをすれば死んでしまうのだから……愛しているから出来ることだし、ソレはあの子もわかっているはず』
小鳥たちに慰められ、苦笑を浮かべる私の目の前で、黒狼の主は完成させた力を解放し、リュートのように発動させるのかと思いきや、術式は半分以上崩壊してしまう。
「やはり、この世界ではコレが限界か……」
この世界では?
そういえば、黒狼の姿を封印される寸前に『帰る』とも言っていたな。
この発言と併せて考えると、コイツは違う世界から来たと言うことになるだろう。
ミュリア・セルシア男爵令嬢と力を合わせているのは、同じ世界の人間だから……か?
いや、しかし……ハルキの世界は、魔法が使えないと聞いている。
ということは、他の世界……だろうか。
私だけでは判断が出来ないことだと一旦考えるのをやめて、黒狼の主が描いた術式のような物を記憶する。
完璧にとはいかないが、大まかに把握は出来たはずだ。
主神オーディナルに聞けば、何かの情報が得られるかもしれない。
「かけ直しはこれでいいだろう。アイツの望むように、卒業パーティーで盛大にやる方向で調整するか……チッ、面倒くさいことだ。しかし、あの方がそうしろというのなら仕方が無い」
独り言が多くて助かる。
私がそう内心で呟くと、両肩に乗っている小鳥たちがずり落ちそうになった。
『それは……』
『そうだけど……』
ぷるぷる震えながら口元を押さえている天色の冠羽を持つ小鳥は、私の考えていた事をたいそう気に入ったのか、なかなか治まらない笑いに苦労しているようである。
反対に紫紺色の冠羽を持つ小鳥は、呆れたような視線を投げかけてくるが、概ね同意だったのだろう。
あえて何も言うことは無かった。
『あの術式……独特だな』
そうなのか?
視線で問いかけると、紫紺色の冠羽の小鳥はコクリと頷く。
『リュートの物にも似ているけれども拙い……完成度は段違いか』
『リュートのほうが綺麗』
『まあ、術者の力量が違いすぎるからな』
『彼が強いのは、当たり前だものね』
当たり前?
私が問いかけるよりも早く、紫紺色の冠羽をした小鳥が妹をたしなめる。
どうやら、話してはいけない事であったようだ。
主神オーディナルや時空神の態度から、リュートには何らかの秘密があるのだろうと感じてはいたが、どうやらその予想は正しかったのだろう。
彼にどんな秘密があろうとも、ルナティエラ嬢に害をなさなければ問題は無い。
もしもの時は、私が彼女を護れば良いだけの話だ。
『そこは一貫しているところが、ベオルフだな』
『心強いよね』
うふふと笑い、何故か嬉しそうにぐりぐりと頭をすり寄せる天色の冠羽の小鳥に手をやり撫でながら、部屋をウロウロして居心地が悪そうに顔をしかめているくせに、一向に部屋を出て行こうとしない黒狼の主を見つめるのであった。
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