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王都の聖域
26.何故か……とても嫌な予感がする
しおりを挟む「兄上に相談したいことがあったのです」
「相談?」
いつもなら脳天気で元気いっぱいの弟が、今は耳と尻尾を垂れた大型犬に見える。
母にもそう見えたのだろう。
黙って目元を覆い、首を振っている。
体がいかに大きく強靱になろうとも、こういうところは幼い頃から変わっていない。
「実は……ここ最近、夢見が悪くて……誰かに名前を呼ばれるのです」
「ほう?」
私やルナティエラ嬢にとって、『夢』とは大きな意味を持つ。
主神オーディナルは、『夢とは、魂の器であるマナが創りだした、その人だけの世界である』と教えてくれた。
「毎回名前を呼ばれるのか?」
「最初は……言葉でも無く、何かの気配だったのです。しかし……昨夜はハッキリと名を呼ばれました」
話を聞く限り、確実に狙いを定めて、相手がガイだと知って接触を図っている。
たまに、夢に干渉する力を持つ人も存在するが、そういう人間が近くにいれば、私だけではなくノエルや紫黒も反応するはずだ。
主神オーディナルも私の家族に危害が加えられる事態となれば、それとなく教えてくれる。
つまり、主神オーディナルの与り知らないところで、何かが弟にアクションを起こしているということだ。
「嫌な感じなのか?」
「いえ……ただ、奇妙な感じがします。悪い方では無いと思うのですが……いかんせん、誰だか判別がつかなくて――」
「それで、私に夢見のお守りを頼んだのね」
「はい。どれほど悪夢にうなされようと、母上のお守りがあれば平気だったので……」
元気の無いガイの姿を見ているだけで、どうにかしてやりたい気持ちが沸き起こる。
ションボリした大型犬に縋るような目で見られて見捨てられる者などいないだろう。
ガイに同調したのか、ノエルまで耳と尻尾を垂れている。
これはマズイ……。
訴えかけるように潤んだ瞳で見上げてくるノエルと、傍らでしょげかえる弟。
ここで何も手を打たなければ、私が悪者では無いか。
「少し待て……考えを整理する」
私のその言葉を聞いて、ガイとノエルがぱあっと表情を明るくしたのが見えた。
何ができるか判らないが、とりあえず出来る事を探そうと頭を捻る。
聞いている限り、私がどうこうできるレベルだとは思えない。
夢に関することは、どちらかといえばルナティエラ嬢の管轄のように思える。
そう考えると、彼女は無自覚に様々な力を持つ人なのだと考えさせられた。
全てを把握しているワケでは無いだろうが、黒狼の主ハティが狙うわけだと溜め息が出る。
自然と下がった視線の先では、ノエルと転がったままの野菜を交互に見て、大きな野菜に興味を持った紫黒が目を輝かせている姿があった。
同じくらいの大きさのジャガイモを翼で撫でたり、突いたりしている。
――そういえば、紫黒なら何とかならないか?
そんな考えが私の頭に浮かんだ。
最終手段は主神オーディナルに相談するしかないが、王太子殿下の夢へ導いてくれたのも他ならぬ紫黒である。
それならば、大事なことを確認した後、協力を仰ぐしか無い。
「紫黒、今晩もルナティエラ嬢が私のところへやってくるのは難しいだろうか」
ジャガイモに戯れていた紫黒は驚いたのか、びくんっと体を震わせてから、慌てて私の方を見上げた。
「多分……今晩は無理だと思うが……」
「それなら、今晩、ガイの夢へ侵入してみたい。できるか?」
「難しくは無いが……ベオルフの体の方が心配だ。力を使いすぎている上に、ルナの補給は望めないのだろう?」
「まあ……な」
ルナティエラ嬢に、この状態を見られるのはマズイ。
正直に言えば、かなり危険だ。
彼女がコレを知れば、どんな顔をするだろう……そう考えるだけで恐ろしい。
怒られるならいい。
だが……泣かれたら――そう考えるだけで胃がキリキリ痛んだ。
「そう考えるのならば、無茶をしないことだ。全く……」
そう言って私の頭を軽く叩いたのは主神オーディナルであった。
ぷかぷかと宙に浮き、少々怒った様子で私を見下ろす。
「誤魔化しながらコレを貰ってきてやったから、飲んで回復を図ると良い」
差し出されたのは何かの入れ物だ。
蓋となっている部分を捻って開けるよう言われ、その通りにすると、中から良い香りがあふれ出す。
これは……確か一度だけハルキに入れて貰ったコーヒーではないだろうか。
「僕の愛し子とリュートの合作だ。お前にこれ以上の物は無いだろう?」
中身はコーヒーと白くてふわふわしたクリーム。それに黒いソースのようなものがかかっている。
飲んでみると、香り高いコーヒーの程よい苦みと果実のように感じられるわずかな甘み。
クリームと飲めば、スッキリとした味わいがマイルドな深みのあるコクへと変わっていく。
黒いソースも甘くてほんのりと苦みがあり、この飲み物によく合った。
「えー、ベオだけー? ボクたちにはーっ!?」
「無理を言うな。またいつもの場所で強請れば良かろう。まあ……リュートのコーヒーの味は逸品だからな。そのクオリティは無理かもしれんが……」
「ズルイよー! ベオ、一口! ボクにも一口!」
ノエルが騒ぎ出したこともあり、その場に居た者で回し飲みしてみる。
苦みのあるコーヒーに驚いた様子だったが、クリームの甘さがあったので、全員問題無く飲めたようだ。
私としては苦みの強い方も、クリームがたっぷりな方も飲めるが……リュートの温かいコーヒーを飲んでみたくなる。
さぞかし旨いのだろうな。
「さすがはルナティエラ嬢……良い感じに回復していく」
「まあ、お前は……あちらの世界にある食材のほうが、相性は良いからな」
「そうなのですか?」
「此方の世界の食べ物は、マナはまだしも、含まれる魔力が極端に少ない。お前の回復には向かない物が多い。しかし、ジャンポーネの食材は、その限りでは無い。積極的に、ジャンポーネの食材を使った食事をするように心がけよ」
「調理法が判らないので、ルナティエラ嬢に聞かなければ……」
ふぅ……と溜め息をついていると、紫黒が何かをくわえて私に差し出す。
「ん?」
素直に受け取ると、それは丁寧に折りたたまれた紙だった。
どうやら、先程の容器の裏側に貼り付けられていたらしい。
何故か……とても嫌な予感がする。
恐る恐る開いて中身を見ると、そこには丁寧な文字でお礼が書かれてあった。
『素敵な贈り物をありがとうございます。ですが! それで倒れたら意味ないですよねっ!? 無理はしないこと、無茶もしないこと! 今度こんなことをしたら泣きますからね!』
言葉も無く私は項垂れる。
「あーあ、ルナにバレちゃったー」
「隠そうというのが間違いではないか? ルナとベオルフの繋がりは強くなっているのだから、倒れたときに勘づいているはずだ」
ノエルと紫黒の言葉を聞きながら「確かにそうだ」と心の中で呟く。
ルナティエラ嬢に何も伝わっていないはずが無い。
おそらく、かなり心配したのだろう。
最後の方の力強い筆跡から、怒りと混乱が透けて見えるようだ。
「とりあえず……泣かれないように全力謝罪だな」
「どんな説教より、姉上の涙ですか……さすがは姉上、最強ですね!」
彼女とリュートのコーヒーを一口飲んで元気が出たのか、いつもの調子を取り戻しているガイに苦笑しながら、私と母、そして神獣達は顔を見合わせて軽く肩を竦める。
元気なのは何よりだが、まだ問題は解決していない。
だが、その問題を解決するための力は補給することができた。
そんな考えを見透かしたように、紫黒も力強く頷く。
勝負は、今晩、ガイの夢の中――だ。
しかし、私たちが力強く頷き合う中で、ただ一人――いや、一柱。
主神オーディナルだけは、ジッとガイを見つめ眉をひそめるのであった。
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