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王都の聖域
27.お前達のせいではないから安心しなさい
しおりを挟む主神オーディナルの反応が気になっていたのだが、二人がいる前では話す気が無いと判断した私は、そこに触れずパンの実やジャンポーネの話を黙って聞いていた。
さすがに出身地名だけあって、母は詳しい。
ルナティエラ嬢が持って帰った小豆も、元々はジャンポーネで栽培されていた豆類だと知り、益々興味を抱く。
生まれ故郷に思いを馳せる母は、どこか寂しそうだと感じる。
せめて、懐かしい味だけでも普段から食べられるようになれば、その心を慰められないだろうか。
おそらく、この望郷の念はリュートも抱えているのだろう。
彼の場合は、記憶があっても絶対に帰ることが出来ない。
その辛さを誰よりも理解できるからこそ、ルナティエラ嬢はアレほど食に拘り、自分の手で作ろうとするのだ。
主神オーディナルも彼の心境を理解しているのか、ことのほか構い倒している様子が言葉の端々から感じられる。
リュートと主神オーディナルの関係も不思議なものだ……と、考えながら母の話に耳を傾けた。
暫くすると、使用人が夕食の準備が整ったことを知らせに来てくれた。
もう動いても平気だと判断して、私はベッドから降りるのだが、すぐさまガイが横に立ち、私の体を支える。
「大丈夫ですか?」
「ふらついていないだろう?」
「でも……心配です」
「そうか……すまないな。心配をかけた」
「いいえ、兄上が姉上のことになると全力で頑張るのは知っておりましたから、こうなるのも当然だと思っております!」
それは嬉しいのだが、耳元で叫ぶのだけは辞めてくれ……。
私の表情から全てを悟ったのだろう主神オーディナルが笑いを堪えているが、他にも気になることがあるのか、そちらへ半分意識を向けているようだ。
「ガイって本当に元気だよねー」
「うむ。元気なのは良いことだ。声量だけで言うなら、真白に引けを取らない。素晴らしい」
「……確かにそうかもしれんな」
騒がしい真白とガイを同列に扱うのは可哀想な気がするけれども、音量だけで言うなら間違いない。
ガイは腹から声を出す為、かなりうるさいと感じるが、本人に悪気は無い。
真白の場合は、うるさい瞬間が限られている。
大体が問題を起こしたときなので、声量だけで真白が何をしているのか判るのだ。
しかし、真白の事になると正常な判断をしているのか怪しくなる紫黒は、その辺が無頓着というか……認識が甘い。
まあ……ルナティエラ嬢に甘い私が面と向かって言えることでは無いのだが……。
会話をしながら使用人に連れられて移動した部屋には大きなテーブルがあり、既に全員が揃っている状態だ。
どうやら、家族水入らずの時間を邪魔すること無く待っていてくれたようである。
「ベオルフ、元気になって良かったわ。本当に心配したのよ?」
「申し訳ございません。ご心配をおかけしました」
「元気になったのでしたら、一安心です。しかし、娘が心配しますので……あまり無理をなさらないでください」
「はい。以後気をつけます」
アーヤリシュカ第一王女殿下とクロイツェル侯爵から、そう声をかけられた私は、深く頭を下げて謝罪した。
「もうルナにバレて怒られたところだよねー」
「ノエル……」
いらないことを言うなと注意するが、全員は驚くと同時に「さすが……」と呟く。
隠し事ができない弊害で仕方が無いとは思うのだが、こういうことはバレないようにできないものか……。
下手をすれば、ルナティエラ嬢に泣かれる可能性があるのだ。
それだけは、なんとしても避けたい。
案内された席に座り、テーブルを見る。
すると、見慣れない料理があることに気がついた。
パンやジャガイモを使った料理は私が料理長に教えた物だが、オレンジ色の野菜を煮詰めた物に、黒い粒のような物が和えられている。
オレンジ色の野菜はカボチャに似ているが、王都で見るカボチャとは違い、色が濃いのだ。
「娘が料理をしていた姿を見て……幼い頃に見つけた小豆を使った料理を領民や料理長に教えていたことを思い出して再現してもらったのです。どうぞ、召し上がってください」
あまりにも私が凝視していたからだろう。
クロイツェル侯爵夫人がルナティエラ嬢に似た穏やかな笑みを浮かべて、目の前の料理を説明してくれた。
「深皿に入っている方が、カボチャと小豆を煮た物で、砂糖が手に入ったときだけ作っていた料理なのですが……スープ皿にある料理は、小豆のすいとんスープです。すいとんは小麦粉を水で練った物なのですが、ツルツルしているのでスプーンで掬う際には気をつけてくださいね」
昔の記憶を辿って作った料理が二品。
記憶を失う前のルナティエラ嬢も、料理が好きだったのだと実感する。
ヘタをすれば、頭の中を料理だけで埋め尽くしてしまいかねない彼女のことだから、誰かに料理を教えていたことにも素直に頷けた。
だが、そうなると……違和感を覚える。
ルナティエラ嬢の料理は、前世の記憶を元に作られている。
幼い頃からハルキのいた世界の記憶を持っていたという事か?
だったら……おかしい。
ルナティエラ嬢が、その記憶を持って行動していたのなら、何故……クロイツェル侯爵が管理している領地は、北の辺境のような対策を講じていないのだ?
彼女の知恵や知識があれば、もっと領地は豊かになっているはずだ。
それに、彼女が幼いとは言え領民を見捨てることなど無いだろう。
賢い彼女であれば、バレないように手を貸すこともできたはずだと考えた私は、その違和感に眉根を寄せる。
ジャンポーネは、彼女の故郷に近い。
それならば、もっと親睦を深めようとしたはずだ。
本人は自覚していないが、ルナティエラ嬢もリュートの事が言えないほど食いしん坊なのだから……。
そこで、私は以前にクロイツェル侯爵夫妻が話していた事を思い出す。
ルナティエラ嬢が黒髪であったこと。
愛娘を神殿に奪われまいと、病弱だと偽り、外へ出すこともなく育ててきたことを――
そのことを思い出して腑に落ちた。
彼女のことだ、両親の意図を理解していたはずである。
年齢通りの幼子であれば、両親の言いつけとはいえ、外へ飛び出して行っていたかも知れない。
それでなくとも、彼女は元々好奇心が旺盛なのだ。
大人しくしているはずが無い。
しかし、前世の記憶があり、周囲の状況や自分の置かれている立場を理解していたのであれば、彼女は手を出すのを我慢して時が来るのを待っていたはずだ。
なるほど、そういうことか……。
「オイ……」
一人で納得していた私の耳に、ラハトの声が届いた。
其方へ視線を向けてみれば、ラハトが呆れたような顔をしている。
彼は無言で『周囲を見ろ』と目で訴えかけてきた。
ラハトの助言に従いテーブルについている人たちを見渡せば、全員が「何かあったのか?」という様子で私を見ている。
どうやら、自分の考えに没頭しすぎたようだ。
「あ、いえ……少し考え事を……」
そこまで言って、私は言葉を一旦句切る。
クロイツェル侯爵夫妻の誤解を解いておいた方が良いだろうと考えた私は、隣にいる主神オーディナルへ視線を向けた。
「主神オーディナル。ルナティエラ嬢の髪色の件……お二人にしておいた方が良いのでは? おそらく、誤解されています」
「ん? ああ……それもそうだな」
主神オーディナルも思うところがあったのだろう。
どう言えば良いかと珍しく言葉を選んでいる様子だ。
暫く考えていた主神オーディナルは、真っ直ぐクロイツェル侯爵夫妻を見つめた。
「あの子の髪色が元に戻ったのは、いくつか理由がある。しかし、今見ていればわかる通り、僕の『加護』を失ったわけではない。つまり、お前達が僕の怒りを買ったわけでもないのだ」
「……しかし、私は……あの子の自由を奪いました。神殿に奪われるのを恐れて……閉じ込めてしまったのです」
「幼く愛しい我が子と離れたく無い。そう考えて行動するのは親として当然だ。それをあの子も理解していた。それに関して僕は口を出すつもりは無い」
「では……あの子の髪色は……オーディナル様が怒り、『加護』を失ったわけではなく……」
「その反対だ。色々と理由はあるが……この子たちのやりたいことをするのに、黒髪は目立つ。僕の『加護』の力が強いため、そうなったが……僕がいることを認識し、対話する事の出来るこの子達に、目に見える『加護』は必要無いと判断した。熱病で疲弊した体に僕の『加護』を強めるよりも、僕の愛し子が本来持つ力を強める方が正解だと思ったからな」
当時を思い出すように、主神オーディナルは語り出す。
私たちが記憶を失った『熱病』――しかし、それは主神オーディナルが私たちの記憶を封じたからだと、今ならわかる。
あの時、私たちは庭園にいて保護されていた。
ずっと保護されるのであれば、とても良いタイミングだっただろう。
しかし、こうして今、私たちは外の世界で活動している。
当時を思い出すことはできないが、沢山話し合った結果が今なのだと感じる。
「見ていればわかるだろうが、この子達はとても頑固だ。そして、目的を持って行動している。僕の愛し子の髪色が変化してしまったのは、お前達のせいではないから安心しなさい」
主神オーディナルの言葉は、とても穏やかであった。
だからこそ、クロイツェル侯爵夫妻は自分たちが誤解していたことに気づけたのだ。
ルナティエラ嬢の髪色が変わったことで生じた自責の念。
それがいま、他でもない主神オーディナルの言葉によって、跡形も無く消え去ったのである。
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