どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼

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私は走り続けた。
ただ、前へ、前へと。進むこと以外は何も考えない。少しでも立ち止まってしまえば、これ以上動けなくなってしまう。捕まってしまうと思ったから。ただ逃げることだけに集中した。

王都のきらびやかな街並みが遠ざかるほどに、胸の奥の苦しさが増していく。足元の石畳がやがて硬い土へと変わり、やがて街道に出るころには、靴の底は擦り切れ、息も荒くなっていた。
それでも、止まるわけにはいかない。
普段は貴族の令嬢としてどんな移動も馬車であった。こんなに走ったのは初めてかもしれない。体力がないことは自覚している。それでも進むしかないのだ。足が膝まで擦り切れているのではないかと錯覚するくらいに痛かった。でも今までの辛さ、そしてこれからあそこにいたら感じていたであろう苦しさに比べたら耐えられる。それだけを糧に限界を超えてまで走り続けていた。

どこかで追っ手が迫っているかもしれない。いつ誰かに見つかるかもしれない。王族の婚約者として生きてきた私は、顔を知られている。立ち止まることは即ち捕まることと同じだった。
周囲が何も見えなくなるくらいの漆黒に包まれる頃、私は街道を外れ、深い森の中へと足を踏み入れた。

冷たい夜風が容赦なく肌を刺す。森の中は暗く、木々が影を作り出している。足元の地面は不規則で、何度も躓きそうになりながら、それでも進んだ。

逃げなければ。どこまでも、どこまでも――

けれど、極限を超えた限界は突然やってくる。

膝が崩れ、バランスを失った私はそのまま地面に倒れ込んだ。湿った土の匂いが鼻を突き、荒い息が白く夜の空気に溶けていく。

……もう、動けない。

瞼が重い。意識が遠のいていく。だが、こんな場所で倒れてしまえば、野犬の餌食か、あるいは運が悪ければ盗賊にでも遭遇して犯されたり売られたりされるかもしれない。だというのに、体はもう言うことを聞かなかった。
でも、動けない。

そんな考えが頭をよぎっていた時だった。

「おい!?大丈夫か!!?」

ぼんやりとした意識の中で、焦ったような声が耳に届いた。
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