婚約者曰く、私は『誰にも必要とされない人間』らしいので、公爵令嬢をやめて好きに生きさせてもらいます

皇 翼

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10.再会②

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抱き付かれてどれくらいの時間が経っただろうか。ロイと呼ばれる男が『お嬢様』と大声で叫ぶだけでは飽き足らず、段々と啜り泣き始めた頃だ。
知人ではないが知っているような気がするという微妙な違和感のせいで、抵抗するにも慰めるにも何だか違和感を感じてしまい、ロイと呼ばれる男に抱き付かれるがままで内心困りながらも心を無にして放置していた。そんな意味のわからない状況に救いの手が叩き込まれた。

「ロイ!アンタ、何してんだ!!?」

聞き覚えのある声と共に周囲に鈍い音が響き、ロイの頭越しに私に衝撃が伝わる。
そして当のロイはよほど痛かったのだろう、くぐもったような声を出しながら渋々と私から離れていった。

そこで私は初めて正面からロイと向き合う。きっと先程後ろから叩かれたせいだろう、彼はマントのフードがずれて、その顔が露になっていた。
燃える様な紅い髪の毛に、月を彷彿とさせる切れ長の金の瞳……。クレティアと並ぶとかなり近い容姿だと思うと同時に記憶の奥底の蓋が開かれる様な感覚に襲われた。

そう。彼はずっと幼い私を守り自由を与えてくれていた人――あの両親によって首にされたお世話係。心の奥底でずっと私自身の『罪』として棘のように残り続けていた人だった。

「ロイってまさか――――」
「はい!アリアお嬢様の下僕のロイです」
「んん?えっと私の子供の頃のお世話係を務めてたロイよね?……下僕じゃなくて」
「いいえ。私は貴女様の犬、そして下僕です。何故貴女がここに居るのかはわかりませんが、私は再び会えるのをずっと……心待ちにしていたんです」
「え、犬!?」

訂正すれば訂正するほどにどんどんロイの立場が低くなっていく。思い出した瞬間には私のせいで首にされたことを恨んでいるのではないかとヒヤヒヤしていたが、そんな態度は全くない。むしろ彼は再会を心から喜んでいるように見えた。
それにもっと変なのは昔のロイは確かに優しかったという記憶はある。だが彼はこんな自分を下僕や犬などと言う人間だっただろうか……。

思い出してみてもそんな記憶はない。変化し過ぎた彼に対して、もしかして再会を心待ちにしていたというのも先程までの発言も、全てが恨んでいるが故の遠回しな嫌がらせかとすら思い始めた頃。今まで様子見をするだけだったクレティアが口を開いた。

「おーい、アリア。そいつ基本的に話を聞かないから、会話しない方がいいぞ」
「五月蠅いですよ。小蠅風情が私とお嬢様の会話に入ってこないでください」

私と話している時とは別人のような冷たさで発される言葉。基本的に丁寧な言葉遣いのイメージしかなかったロイのという言葉にも驚いたが、それよりも驚かされる発言が後に待ち構えていた。

「アンタ、姉の事を小蠅って……はあ」
「姉!?」
「そうさ。そいつはアタシの弟にしてこのギルドの副団長サブマスターを務めるロイ……どうやらアンタとは知り合いみたいだがね」

まるで夕食のメニューを言うかのように何でもない事かのように軽く判明していく新事実達。
とりあえずロイは誰に対してでも話を聞かないという事が分かり、恨まれているのでは?という説は薄くなったが……新しい事実を聞かされすぎて、頭での処理が追い付かない。しかしそんなことは気にも留められることなく、眼の前の姉弟二人の会話は続いていく。

「それにしてもロイ、アンタがずっと……耳に胼胝ができるくらいに言っていたお嬢様ってこの子アリアの事だったんだね」
「ええ、そうですよ。貴方がずっと協力を渋っていたあの計画にて救い出す予定だった公爵家のお嬢様です」
「あの計画?」

混乱しながらも私は会話の気になる個所を復唱する。会話の流れからして、確実に私に関わる事だろう。

「お嬢様を救うための計画です」

にっこりと微笑むようにそう言ったロイの瞳には、私に対する隠しきれない程の執着心が見え隠れしていた気がした。
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