白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

文字の大きさ
89 / 109

第89話 絆の一閃

しおりを挟む


「カレンさんッ!!」

しずくの絶叫が、血の匂いが充満する回廊に響いた。

 カレンは動かない。


 自身の血の海に沈み、その瞳は虚空を見つめたまま光を失いつつある。


「……ターゲット、沈黙を確認」


セレスが無機質な声を漏らし、即座に次の標的――しずくへと向き直る。


 その杖の先端には、すでに新たな殺戮の魔法が装填されていた。


「次は、お前だ」


「ッ……!!」


しずくは奥歯が砕けるほど噛み締め、涙を拭う余裕もなく盾を構えた。


 逃げるわけにはいかない。 ここで背中を見せれば、カレンはトドメを刺される。


「来いッ!!」


セレスが動く。 風のような加速。


 杖が唸りを上げ、しずくの首を刈り取ろうと迫る。


ガギィィィン!!


しずくは盾でそれを受け止める。 


だが、衝撃が骨に響く。 重い。速い。そして何より、冷たい。


「カレンさん! カレンさん、返事をしてください!」


鍔迫り合いの中、しずくは背後のカレンに必死に呼びかける。


 だが、返事はない。 




セレスの杖が蛇のようにしなり、盾の隙間を縫ってしずくの懐へ潜り込む。


「しまッ――」


ザシュッ!


「あぐッ……!」


しずくの胸元が切り裂かれる。


 浅い。致命傷ではない。 


だが、その衝撃で、

しずくが戦闘服の下に隠し持っていたある物の鎖が千切れた。


チャリ……。


銀色の輝きが宙を舞い、床に落ちて乾いた音を立てた。


それは、古びた銀のネックレス。

 中央には、美しい赤い宝石が埋め込まれている。


「……あ」


しずくの顔色が、蒼白になる。 

それは、涯骸《ガカイ》の初戦闘の時、カレンから預かったものだ。



あの時の記憶がよみがえる。

「これは……セレス様から……私が預かっていたものだ。」

「お前に……渡す。頼んだぞ」


カレンにとって、命よりも大切な、セレスとの絆の証。


「いけない……!」


しずくが手を伸ばそうとする。 だが、それよりも早く、セレスの手が動いた。



彼女は攻撃を止め、床に落ちたネックレスを拾い上げたのだ。

 無造作に。 まるで、落ちているゴミを拾うかのように。


「触るなァァァッ!!」


しずくが激昂する。

「返せッ!!」


しずくは防御を捨て、突っ込んだ。 

隙だらけの特攻。 だが、今の彼女にはそれしか見えていなかった。


盾が空を切る。 セレスは紙一重でそれを躱した。 

反撃は来ない。 セレスは数歩バックステップで距離を取り、

手の中にあるネックレスを見つめていた。

「……?」

しずくが動きを止める。 セレスの様子がおかしい。 

さっきまでなら、この隙に即死魔法が飛んでくるはずだ。

 なのに、彼女は棒立ちになり、ただその赤い宝石を見つめている。

「……これは……。」


セレスが呟く。 


セレスの手が震え始める。 

マガツの黒い魔力が、ネックレスを握り潰そうと収縮する。

破壊命令。


 だが、彼女の指は硬直し、逆にペンダントを愛おしむように包み込んでいた。


そして。


「……カ、レン……」


セレスの瞳から、一筋の雫が零れ落ちた。


表情は能面のまま。 瞳は虚ろなまま。 ただ、涙だけが頬を伝い、床を濡らす。


「……え?」


しずくが息を呑む。 見間違えるはずがない。

 あれは涙だ。 殺戮人形と化したはずの彼女が、泣いている。


しずくは右目に魔力を集中させる。



世界が透ける。 セレスの体を蝕むドス黒いヘドロのようなマガツの魔力。

 そのさらに奥深く、心臓の鼓動よりも深い場所で。


小さな、けれど凛とした光が、必死に輝いているのが見えた。


『殺して……』 




『もう、誰も傷つけたくない……』 



『お願い……私を止めて……』



光が明滅し、悲鳴を上げている。

 マガツの支配に抗い、愛弟子を傷つけた自分の手を呪い、
魂が血を流して泣いている。


「セレス、さん……」


しずくの胸が締め付けられる。 ネックレスを見た瞬間、

彼女の魂が一時的に覚醒し、体の制御を取り戻そうとしているのだ。

 あの涙は、彼女の最後の抵抗。


「……う、うぅ……アァァァァッ!!」


セレスが頭を抱え、絶叫した。 拒絶反応。

 マガツの意志が、抵抗する魂を塗りつぶそうと、強制的に魔力を暴走させる。


バチバチバチッ!!


セレスの全身から黒い稲妻が迸り、周囲の空間を削り取る。


「ターゲット……再確認……。 排除……排除……ハイジョ……ッ!!」


セレスが顔を上げる。 その瞳から光が消え、再び殺意の赤が支配する。


 だが、その動きは明らかに先ほどよりも鈍く、ぎこちなくなっていた。


魂が、体を引き留めているのだ。


(私が……やらなきゃ)


しずくは盾を握り直す。 恐怖はある。足も震えている。 でも、もう迷わない。


セレスさんは苦しんでいる。

 大好きなカレンさんを傷つけ、自分の意志さえ奪われ、地獄の底で泣いている。 

その鎖を断ち切れるのは、今、ここに立っている自分だけだ。


「行きます……セレスさん!!」


しずくが駆ける。 右目の魔眼を限界まで見開き、暴走する魔力の奔流を見切る。


「ガアアアアアッ!!」


セレスが咆哮と共に杖を振るう。


 デタラメな出力で放たれる魔法の嵐。


「見えますッ!!」


しずくは最小限の動きでそれを回避する。

 頬を掠め、髪が焦げる。 だが、致命傷は避ける。

 魂の抵抗により精度が落ちた攻撃など、今のしずくには止まって見えた。


「そこッ!」


懐に飛び込む。 セレスが迎撃の突きを放つ。

 しずくはそれを受け流し、火花を散らしながら肉薄する。


「ハァァァァッ!!」


しずくの蹴りが、セレスの鳩尾に突き刺さる。


「ガハッ……!」


セレスがたじろぐ。 しずくは追撃の手を緩めない

 顎を打ち上げる。 さらに、盾のエッジで、杖を持つ右腕を強打する。

バキッ!!


骨が砕ける音。 セレスの手から杖が離れる。


しずくは盾を大きく振りかぶる。 これで決める。 

その呪われた肉体から魂を解放する。

「終わりにしてあげます!!」


盾振り下ろされる。 

セレスに届く、寸前。


ガキィン!!


「……え?」

しずくの視界が揺れた。 盾が悲鳴を上げる。


見ると、セレスの左手――杖を手放した方の手が、

しずくの盾の縁を万力のように鷲掴みにしていた。

「ぐ、ぅぅぅ……ッ!!」


 武器を失ってもなお、その肉体すべてが凶器。

 セレスは盾を掴んだまま、強引にねじ伏せようと体重を浴びせてくる。


「排除……遂行……」


至近距離。 セレスの無機質な瞳が、しずくを覗き込む。

 圧倒的な魔力と力。

 シールドの防御結界がミシミシと音を立て、火花が散る。

「カ……ハッ……」


しずくの口から、圧力に耐えきれず血が溢れる。 

腕の骨が軋み、筋肉が断裂しそうだ。 膝が震え、
靴底が床を削りながらズルズルと後退する。


それでも。


(離さ……ないッ!)


しずくは、盾を持つ手に全ての魔力を込めた。

 ここで引けば死ぬ。 後ろにはカレンがいる。 絶対に、通さない。


ガガガガガガッ!!

激しい摩擦音。 しずくは歯を食いしばり、セレスの力任せの押し込みを、

ギリギリのところで拮抗させていた。

 一瞬でも気を抜けば押し潰される。 死と隣り合わせの鍔迫り合い。




その時、




ザッ……。




背後で、音がした。 死んだはずの場所から。 流れる血の海の中から。



セレスが足を止める。 ゆっくりと振り返る。


そこには。


「……ま、だ……」


腹部に風穴を開けられ、立つことすら不可能なはずの少女が。 

ゆらりと立ち上がっていた。


「カレン……さん……?」



 カレンの顔は蒼白で、唇には血の気が全くない。

命の灯火は、もう消えかかっている。 立っているのが奇跡だ。


だが。 その瞳だけが。爛々と燃えていた。


「まだ……終わって……ない……」



カレンが、血を吐き出しながら笑う。



「セレス様……。貴女は言いましたね……」



カレンが一歩、足を踏み出す。 ズズッと、血に濡れたブーツが床を擦る。


「守るためには、鬼になれと……」



カレンが双剣を構える。 魔力ではない。


 生命力そのものを燃やして、刃に光を灯す。


「なりますよ……。 貴女を救うためなら……私は、鬼にでも悪魔にでもなる」


セレスが完全にカレンの方を向く。 

その赤い瞳が、最大級の警戒色に染まる。

 目の前の瀕死の弟子が、今この瞬間、

自分を超える脅威になったことを悟ったのだ。



「ウオオオオオオオオオオッ!!」




カレンは駆けた。 痛みなどない。 恐怖などない。


ただ、愛する師を、この手で送るという使命だけが、彼女を突き動かす。


交差する一瞬。


セレスの魔法が、カレンの肩を深々と切り裂く。


 だが、カレンは止まらない。 肉を斬らせ、骨を断たせ、さらに深く踏み込む。


「――漆黒双焔裂ヴォイド・テンペスト!!」


二つの剣閃が、一つの光となって重なる。


 それは、かつてセレスと共に編み出した、絆の技。


「……ッ!!」



光が、セレスの胸――心臓コアを、正確に貫いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ

takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。 遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。 人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。 人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。 吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。 ======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは…… ======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ
恋愛
「芋女に王妃の座は似合わぬ」 王都の舞踏会でそう告げられ、婚約破棄された公爵令嬢シュガー・ビート。 甘味は南国からの超高級輸入品。蜂蜜も高価。生乳は腐り、硬いパンしかない世界。 王都で“スイーツの出せるカフェ”など不可能――それが常識だった。 傷心のまま北の領地へ戻った彼女は、そこで気づく。 寒冷で乾燥した気候。天然冷蔵庫のような環境。 そして、てんさいという「甘くなる根菜」の可能性。 転生前の化学知識を武器に、てんさい糖の精製に挑むシュガー。 やがて白砂糖の製造に成功し、さらに自作の膨張剤で“ふわふわのパンケーキ”を生み出す。 硬いパンしかなかった世界に、ふわふわ革命。 安価で安定供給できる北糖は王国経済を塗り替え、 かつて彼女を追放した王都は、今やその甘味なしでは立ち行かなくなる。 「王妃にはなりませんわ。私は甘味の設計者ですもの」 王冠よりも自由を選び、 “北のお菓子の国”を築き上げた令嬢の、爽快経済ざまぁ恋愛譚。 甘さは、諦めなかった者の味。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

処理中です...