白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

文字の大きさ
90 / 109

第90話 カレン・シュナイダー

しおりを挟む
「――漆黒双焔裂ヴォイド・テンペスト!!」


二つの剣閃が、一つの光となって重なる。

 それは、かつてセレスと共に編み出した、絆の技。


「……ッ!!」

光が、セレスの胸――|魔核(コア)のある心臓を、正確に貫いた。


時間は止まった。


セレスの魔法が霧散する。 カレンの剣が、師の胸深くに突き刺さっている。

「……ぁ……」


セレスの動きが止まる。 赤い瞳から、急速に光が失われていく。


 同時に、体を蝕んでいたドス黒い泥が、


サラサラと灰になって崩れ落ちていく。 呪いが、解ける。


カレンは剣から手を離し、崩れ落ちるセレスの体を優しく抱き止めた。


「……セレス、様……」


腕の中の体は、驚くほど軽かった。 

けれど、そこには確かな温もりが戻ってきていた。


セレスの瞳が、ゆっくりと開かれる。

 そこに広がっていたのは、マガツの赤ではない。

 澄み渡る空のような、懐かしい碧色の瞳だった。


「……あ……」


セレスの視線が、カレンの涙に濡れた顔を捉える。


 彼女は震える手を持ち上げ、カレンの頬に触れた。


「……ごめん、なさい……カレン……」


その声は、もう無機質なノイズではなかった。

 カレンが大好きだった、優しく、慈愛に満ちた声。


「痛かった……でしょう……。 私が……私の手で、あなたを……」


セレスが悔恨に顔を歪める。

 自分の意志ではないとはいえ、
最愛のカレンを手にかけた事実が、彼女の魂を苛む。


「いいえ……いいえッ!」


カレンは首を横に振り、セレスの手を自身の頬に強く押し当てた。


「謝らないでください……。 私は……嬉しいんです」


「カレン……?」


「もう二度と……会えないと思っていました。
 声を聞くことも、触れることもできないと思っていた……。 
なのに、最後にこうして……貴女に会えた」


カレンが泣き笑いのような表情で、セレスを見つめる。


「こんな奇跡……私には、勿体ないくらいです」


「……ふふ、馬鹿な子ね……」


セレスが困ったように、けれど愛おしそうに微笑む。


「……強くなったわね、カレン。あの一撃……見事だったわ」


「……貴女の、おかげです。貴女が私に……全てを教えてくれたから……」


「そう……。私の自慢のカレン……」


セレスは満足げに目を細め、そしてゆっくりと視線を巡らせた。

その先には、ボロボロになりながらも、二人を見守るしずくの姿があった。


「……しずく、さん」


「は、はい……ッ!」


名前を呼ばれ、しずくが背筋を伸ばす。 

セレスは穏やかな眼差しで、しずくを見つめた。


「すべて……あなたのお陰です。 
あなたが諦めずに……カレンの心を支えてくれたから、私は救われました」


「そ、そんな……私は……」


「ありがとう。……あなたは、立派な魔法少女です」


セレスの言葉に、しずくの目から大粒の涙が溢れ出す。


「これからも……№10を、魔法少女を、そして人類をお願いします。
……セラフィナを、止めてください」

それは、先代からの正式なバトンタッチ。

 かつての守護者からの、未来への願い。

「うぅ……っ、ぐすっ……」

しずくはその場に膝をつき、嗚咽した。

「わたし……わたしはッ……! 
あの日……貴女に助けられました……ッ! 
貴女が命を懸けて守ってくれたから……今の私がいます……! 
なのに……私は……貴女を……ッ」


「泣かないで」


セレスの声が、優しく響く。


「良いのです。こうして光は……次の光へと紡がれる。 
私が守った命が、こうしてカレンを救い、カレンが私を救ってくれた」

セレスは、握りしめていた右手をそっと開いた。

そこには、あの銀のネックレスがあった。

「これを……お返しします」


セレスの手から、しずくの手へとネックレスが渡される。

 赤い宝石は、血と泥にまみれながらも、以前よりも強く輝いているように見えた。

「これ……は……」

しずくはネックレスを受け取り、カレンの方を見た。

「カレンさん……。これ、カレンさんの……」

返そうと手を差し出すしずく。 だが、カレンはそれを静かに手で遮った。

「いや……それはもう、君のものだ」

「え……?」

「しずく……。私も、お別れだ」

カレンが、力なく微笑む。

 しずくはハッとして、カレンの腹部を見た。 

出血は止まっていない。

傷はあまりにも深く、内臓は修復不可能なほど破壊されている。

 カレンの命の灯火は、もう風前の灯だった。


「そ、そんな……! 嫌です! カレンさんまで……!」


「許してくれ……。 最後まで、君とともに戦えない私を」


カレンの顔色は、陶器のように白い。

 だが、そこには死への恐怖は微塵もなかった。


「でもね、しずく。私は幸せなんだ……」


カレンは、腕の中のセレスを愛おしそうに見つめた。

「最後に……セレス様とともに逝くことができる。
これ以上の喜びは……私にはない」


「カレンさん……ッ」


「本当に……ありがとう、しずく。君がいてくれて、本当によかった」


カレンの視界が霞んでいく。

 彼女は最後の力を振り絞り、しずくの手を握り返した。


「隊のことは……任せたよ」


「は、はい……ッ! 任せて、ください……ッ!」


「それと……リリアのこと」


「リリア、さん……?」


「ああ……。あいつはいつもあんな感じだけど……。
本来の実力は、私に見劣りしない」

カレンの脳裏に、冗談を言うリリアの顔が浮かぶ。
しかし、いざという時は背中を預けられる、大切な仲間だった。

「副官は……リリアに頼んでくれ」

「え……?」

「私が……いなくなったら、あいつは最初は泣くだろう。でも、あいつは強い。
落ち着いたら……きっと誰よりも、君を支えてくれるはずだ」


「……っ、はい……! 約束します……! 
リリアさんと一緒に……絶対に……みんなを支えます……ッ!」


「うん……。君たちなら、できる……」


カレンは安堵の息を吐き、セレスへと向き直った。


 セレスの体が、光の粒子となってほどけ始めている。


迎えの時が来た。


「……カレン、行きましょう」


セレスが、光の中で手を差し伸べる。

 かつて離してしまったその手を。


 今度はもう、二度と離さないように。


「……えぇ、セレス様」


カレンはその手に、自分の手を重ねた。


「ご一緒に……どこまでも」


二人の体が重なり合い、眩い光の柱となって回廊を包み込む。

 暖かく、優しい光。 そこには、戦いの痛みも、別れの悲しみもない。


「……あぁ」


カレンはゆっくりと瞼を閉じた。

「温かい……」


大好きだった人の温もり。 懐かしい匂い。


「……幸せ、です……」


カレンの唇が、最期の言葉を紡ぐ。


カレン・シュナイダー。

かつて敬愛した師のため、

その命すら惜しまず刃を振るった少女は、

胸に宿した誇りだけを抱いて、

最期まで微笑んだまま、静かに倒れた。




光が弾けた。 無数の煌めきが天井を抜け、空へと昇っていく。


あとに残されたのは、静寂。

 そして、二人の英雄が残した銀のネックレスを握りしめ、

泣き崩れる一人の少女だけだった。


「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


しずくの慟哭が、誰もいなくなった回廊に響く。

彼女は泣いた。 二人の偉大な魔法少女の死を悼み、その魂を見送るために。

そして、その涙が乾く時。

 彼女はまた一つ強くなった。

光は、確かに受け継がれたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ

takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。 遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。 人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。 人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。 吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。 ======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは…… ======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ
恋愛
「芋女に王妃の座は似合わぬ」 王都の舞踏会でそう告げられ、婚約破棄された公爵令嬢シュガー・ビート。 甘味は南国からの超高級輸入品。蜂蜜も高価。生乳は腐り、硬いパンしかない世界。 王都で“スイーツの出せるカフェ”など不可能――それが常識だった。 傷心のまま北の領地へ戻った彼女は、そこで気づく。 寒冷で乾燥した気候。天然冷蔵庫のような環境。 そして、てんさいという「甘くなる根菜」の可能性。 転生前の化学知識を武器に、てんさい糖の精製に挑むシュガー。 やがて白砂糖の製造に成功し、さらに自作の膨張剤で“ふわふわのパンケーキ”を生み出す。 硬いパンしかなかった世界に、ふわふわ革命。 安価で安定供給できる北糖は王国経済を塗り替え、 かつて彼女を追放した王都は、今やその甘味なしでは立ち行かなくなる。 「王妃にはなりませんわ。私は甘味の設計者ですもの」 王冠よりも自由を選び、 “北のお菓子の国”を築き上げた令嬢の、爽快経済ざまぁ恋愛譚。 甘さは、諦めなかった者の味。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

処理中です...