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第6話
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「……くっ、くくっ」
え? 笑ってる? 魔王様が喉を鳴らして笑ってらっしゃる。
「魂も寿命もいらん。……お前は、前の国でよほど酷い扱いを受けていたようだな」
彼は顔を上げ、真紅の瞳で私を真っ直ぐに射抜いた。そこには、先ほどまでの冷たさはなく代わりに燃えるような熱量があった。
「レティア。俺は、お前の頭脳を買っているのだ」
彼は立ち上がり、本棚から一冊のファイルを抜き出した。それは、私が故国で匿名で発表していた『魔力循環による農地改革案』の論文だった。カイル王子には「可愛くない女が小難しいことを書くな!」と一蹴され、ゴミ箱に捨てられたはずのものだ。
「この論文を読んだ時、俺は震えた。既存の魔法理論を根底から覆す発想。そして、それを実用化レベルまで落とし込む緻密な計算……これを書いたのがお前だと知った時から、俺はずっとお前を求めていた」
求めていた!? ですって? その言葉が私の胸にドスンと響く。
「カイル王子はその価値を理解できなかったようだが俺は違う。お前には、ここで好きなだけ研究をしてほしい。金も、素材も、人も、全て用意する……俺のために、その知恵を貸してくれないか?」
(――!!)
雷に打たれたような衝撃だった。「俺のために」前世の社畜時代も含めて、これほど強烈な殺し文句があっただろうか。 「君が必要だ」「君の能力が欲しい」。それは、自分の存在意義を肯定されること。しかも、予算無制限で『裁量権』がある。
これは、罠ではないのか? これは……ヘッドハンティングだ! 超好待遇の外資系企業への引き抜きだ!
(前の職場(国)じゃ、承認申請書一枚通すのに三週間かかったわ。ボールペン一本買うのにも経理のお局様に嫌味を言われて……それが、無制限?)
比較すればするほど、カイル王子の国のセコさが浮き彫りになる。あそこは本当にブラック企業だったんだ。やりがい搾取で私をこき使っていただけの!
私は顔を上げると社畜の目に光が戻る。今までとは違って私は解放されて野心に満ちた光だった。
「……承知いたしました。この契約、お受けします」
「そうか」
ジルベルト殿下が安堵したように息を吐く。
「ただし! タダ飯ぐらいになるつもりはございません。頂いた対価以上の成果(アウトプット)を出してみせますわ。覚悟してくださいませ、魔王様。私を雇ったこと、後悔させませんから!」
私はグッと拳を握りしめた。ジルベルト殿下は一瞬きょとんとしたがすぐに口元を緩めた。
「ああ。期待している」
こうして、両者の思惑は見事にすれ違ったまま合致した。
ジルベルト殿下『好きなことをして、ゆっくり休んで、笑顔になってほしい(溺愛)』
レティア『莫大な研究費の分、死ぬ気で働いて成果を出し、自身の有用性を証明しなければ殺される(生存戦略)』
ここから、魔王城のホワイトな日常という名の私の戦いが幕を開けたのだ。
******
翌日。私は朝五時に起床した。故国での習慣だ。王妃教育の予習、カイル王子の公務の代行準備、これらをこなすには五時起きが必須だった。
「さて、まずは城内の『業務改善』ポイントを探さないと」
私は気合を入れて部屋を出た。給料分は働く。それが私の流儀だ。廊下を歩いていると、数人のメイドたちが大きな洗濯籠を抱えて難儀している現場に出くわした。城の洗濯場は地下にあり、大量のシーツを運ぶのは重労働だ。
「おはようございます!」
「ひゃっ!?」
「レ、レティア様!?」
私は元気よく挨拶をしたらメイドたちが驚いて飛び上がる。メイドからしたら未来の王妃(仮)が、こんな早朝からうろついているなど想定外だろう。
「そのシーツ、運ぶの大変そうですね」
「い、いえ! これが私たちの仕事ですので!」
「遠慮なさらないで、貸してご覧なさい」
「えっ、滅相もございません!」
私は気後れするメイドを制し籠に手をかざした。体内の魔力を練り上げる。故国では「生意気だ」「女が魔法を使うな」と封印していた力だ。だが、昨日の契約書には『自由に行使してよい』とあった。ならば遠慮はいらない!
「風よ、運び手の負担をなくせ――『エアロ・フロート』!」
ふわり、と籠が浮き上がる。重力魔法と風魔法の複合。重さを十分の一程度まで軽減する術式だ。
「え……?」
「か、軽い!?」
「これなら無理せずに運べるでしょう? ついでに、廊下の摩擦係数も減らしておきますね」
指先一つで次々と魔法を行使していく。メイドたちは目を丸くしてやがて歓声を上げた。
「す、すごいです!」
「レティア様ああああ!」
「魔法使い様でも、こんな生活魔法、誰も使ってくれませんよ!」
「ありがとう存じます!」
感謝される。ただそれだけのことが、こんなにも新鮮だなんて。カイル王子に魔法を使った時は、「俺より目立つな」と不機嫌になられたものだ。
(ふふん、どう? これが私の実力よ。業務効率化、第一段階クリアね)
気分を良くした私は、その後も城内を巡回し片っ端から魔法で問題を解決していった。厨房の火加減を自動調整する魔道具を即席で作り、庭師のじいちゃんのために自動水やりホースを開発し、図書室の検索システムを魔法インデックス化し……。
気づけば夕方。私は充実感に包まれていた。だが、その様子を見ていたサーニャが青ざめた顔で、ジルベルト殿下に報告に走っていたことを私は知らなかった。
え? 笑ってる? 魔王様が喉を鳴らして笑ってらっしゃる。
「魂も寿命もいらん。……お前は、前の国でよほど酷い扱いを受けていたようだな」
彼は顔を上げ、真紅の瞳で私を真っ直ぐに射抜いた。そこには、先ほどまでの冷たさはなく代わりに燃えるような熱量があった。
「レティア。俺は、お前の頭脳を買っているのだ」
彼は立ち上がり、本棚から一冊のファイルを抜き出した。それは、私が故国で匿名で発表していた『魔力循環による農地改革案』の論文だった。カイル王子には「可愛くない女が小難しいことを書くな!」と一蹴され、ゴミ箱に捨てられたはずのものだ。
「この論文を読んだ時、俺は震えた。既存の魔法理論を根底から覆す発想。そして、それを実用化レベルまで落とし込む緻密な計算……これを書いたのがお前だと知った時から、俺はずっとお前を求めていた」
求めていた!? ですって? その言葉が私の胸にドスンと響く。
「カイル王子はその価値を理解できなかったようだが俺は違う。お前には、ここで好きなだけ研究をしてほしい。金も、素材も、人も、全て用意する……俺のために、その知恵を貸してくれないか?」
(――!!)
雷に打たれたような衝撃だった。「俺のために」前世の社畜時代も含めて、これほど強烈な殺し文句があっただろうか。 「君が必要だ」「君の能力が欲しい」。それは、自分の存在意義を肯定されること。しかも、予算無制限で『裁量権』がある。
これは、罠ではないのか? これは……ヘッドハンティングだ! 超好待遇の外資系企業への引き抜きだ!
(前の職場(国)じゃ、承認申請書一枚通すのに三週間かかったわ。ボールペン一本買うのにも経理のお局様に嫌味を言われて……それが、無制限?)
比較すればするほど、カイル王子の国のセコさが浮き彫りになる。あそこは本当にブラック企業だったんだ。やりがい搾取で私をこき使っていただけの!
私は顔を上げると社畜の目に光が戻る。今までとは違って私は解放されて野心に満ちた光だった。
「……承知いたしました。この契約、お受けします」
「そうか」
ジルベルト殿下が安堵したように息を吐く。
「ただし! タダ飯ぐらいになるつもりはございません。頂いた対価以上の成果(アウトプット)を出してみせますわ。覚悟してくださいませ、魔王様。私を雇ったこと、後悔させませんから!」
私はグッと拳を握りしめた。ジルベルト殿下は一瞬きょとんとしたがすぐに口元を緩めた。
「ああ。期待している」
こうして、両者の思惑は見事にすれ違ったまま合致した。
ジルベルト殿下『好きなことをして、ゆっくり休んで、笑顔になってほしい(溺愛)』
レティア『莫大な研究費の分、死ぬ気で働いて成果を出し、自身の有用性を証明しなければ殺される(生存戦略)』
ここから、魔王城のホワイトな日常という名の私の戦いが幕を開けたのだ。
******
翌日。私は朝五時に起床した。故国での習慣だ。王妃教育の予習、カイル王子の公務の代行準備、これらをこなすには五時起きが必須だった。
「さて、まずは城内の『業務改善』ポイントを探さないと」
私は気合を入れて部屋を出た。給料分は働く。それが私の流儀だ。廊下を歩いていると、数人のメイドたちが大きな洗濯籠を抱えて難儀している現場に出くわした。城の洗濯場は地下にあり、大量のシーツを運ぶのは重労働だ。
「おはようございます!」
「ひゃっ!?」
「レ、レティア様!?」
私は元気よく挨拶をしたらメイドたちが驚いて飛び上がる。メイドからしたら未来の王妃(仮)が、こんな早朝からうろついているなど想定外だろう。
「そのシーツ、運ぶの大変そうですね」
「い、いえ! これが私たちの仕事ですので!」
「遠慮なさらないで、貸してご覧なさい」
「えっ、滅相もございません!」
私は気後れするメイドを制し籠に手をかざした。体内の魔力を練り上げる。故国では「生意気だ」「女が魔法を使うな」と封印していた力だ。だが、昨日の契約書には『自由に行使してよい』とあった。ならば遠慮はいらない!
「風よ、運び手の負担をなくせ――『エアロ・フロート』!」
ふわり、と籠が浮き上がる。重力魔法と風魔法の複合。重さを十分の一程度まで軽減する術式だ。
「え……?」
「か、軽い!?」
「これなら無理せずに運べるでしょう? ついでに、廊下の摩擦係数も減らしておきますね」
指先一つで次々と魔法を行使していく。メイドたちは目を丸くしてやがて歓声を上げた。
「す、すごいです!」
「レティア様ああああ!」
「魔法使い様でも、こんな生活魔法、誰も使ってくれませんよ!」
「ありがとう存じます!」
感謝される。ただそれだけのことが、こんなにも新鮮だなんて。カイル王子に魔法を使った時は、「俺より目立つな」と不機嫌になられたものだ。
(ふふん、どう? これが私の実力よ。業務効率化、第一段階クリアね)
気分を良くした私は、その後も城内を巡回し片っ端から魔法で問題を解決していった。厨房の火加減を自動調整する魔道具を即席で作り、庭師のじいちゃんのために自動水やりホースを開発し、図書室の検索システムを魔法インデックス化し……。
気づけば夕方。私は充実感に包まれていた。だが、その様子を見ていたサーニャが青ざめた顔で、ジルベルト殿下に報告に走っていたことを私は知らなかった。
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