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第8話
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魔王城での生活二日目。私は、目前に広がる光景に戦慄していた。
場所はメインダイニング。高い天井に煌めくシャンデリア、テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々。前菜のカルパッチョには宝石のように輝くキャビアが山盛り。スープからは芳醇なトリュフの香りが立ち上っている。メインディッシュは分厚いステーキ。ナイフを入れる前から肉汁が溢れ出しているのが見て取れる。
「……あの、ジルベルト殿下?」
「なんだ。足りないか?」
テーブルの向かいに座る魔王様が真顔で尋ねてくる。足りないか? ではない。
「多いです! これ、どう見ても五人分……いや、サッカー部の合宿メニュー並みの量ですが!?」
「サッカー……? よく分からんが、我が国の料理長が『未来の奥方様に、当国の食文化の粋を味わっていただきたい』と張り切ってな」
私は考える前に、前世の記憶でサッカーと思わず口にしてしまった。ジルベルト殿下は、グラスに注がれた深紅のワイン(に見えるが、実は最高級のブドウジュース)を揺らしながら言った。
「遠慮はいらん。お前は痩せすぎだ。もっと肉をつけろ」
ドキリとした。「肉をつけろ」その言葉が、私の脳内で不吉な翻訳変換にかかる。
『肉をつけろ』=『脂(サシ)を入れろ』『遠慮はいらん』=『出荷期限は近いぞ』
(ひぃぃっ! やっぱり! これは「ガチョウのフォアグラ化計画」なのね!?)
魔王城の美食攻撃。それは、私を美味しくいただくための品質管理プロセス。ここで喜んで食べてはいけない。拒否しなければと理性が警告する。だが、私の本能(胃袋)は、目の前のステーキから放たれる圧倒的な美味しい匂いに屈服寸前だった。
(で、でも……一口だけなら。味見という名のリスク調査なら……)
私は震える手でナイフとフォークを手に取った。ステーキを切り分けるが驚くほど柔らかい。ナイフが重みだけで沈んでいくようだ。我慢できずに一切れを口に運ぶ。
――ジュワッ。
(んんっ……!?)
口の中に爆発的に広がる肉の旨味。脂は決してしつこくなく甘美な香りを残して舌の上で溶けていく。ソースは赤ワインベースで、果実の酸味が肉の味を引き立てている。
美味しいよお! 悔しいけれど涙が出るほど美味しい!!
その時、記憶がフラッシュバックする。あれは故国での晩餐会だった。
『おい、レティア。また肉を食べるのか?』
カイル王子の侮蔑を含んだ声。
『セラフィを見ろ。彼女は小鳥のように少食で実に可憐だ。それに比べてお前は……そのガツガツとした食欲、品がないと思わないのか?』
『……申し訳ありません、殿下』
私は謝罪しまだ半分も残っている皿を下げさせた。正直言ってお腹が空いていた。王妃教育で頭を使い公務で走り回って倒れそうだったのに。「太ったらドレスが入らなくなる」「王妃は霞を食べて生きろ」という無言の圧力の中、私は味のしないサラダばかりを食べていた。
それなのに魔王様は――
「美味いか?」
低い声にハッとして顔を上げるとジルベルト殿下が私を見ていた。その目は獲物を狙う鋭いものではなく、どこか……孫がお餅を食べるのを見守るおじいちゃんのような温かさを感じた。
「……はい。とても、美味しいです」
「そうか。なら、もっと食え」
彼は自分の皿にはほとんど手を付けず私の皿にパンを追加した。
「前の国の男は目玉が腐っていたようだが、俺は、お前が美味そうに食べる顔が好きだ」
ブフォッ。私は危うく極上のスープを吹き出すところだった。
(す、好き!? 今、サラッと爆弾発言しませんでした!?)
いや待て。落ち着け私。「美味そうに食べる顔が好き」=「家畜が餌を食う姿を見て喜ぶ飼い主の心理」だ。そう、これは愛玩動物への感想であって恋愛感情ではない!
私が必死に自分に言い聞かせていると厨房の扉がバンッ! と開いた。
「どうですかな! 我が渾身のローストビーフのお味は!」
現れたのは熊のような大男だった。真っ白なコックコートがはち切れんばかりの筋肉。手には包丁(というより鉈に見える)。この城の料理長アドルフは顔に古傷があって見た目はおっかない。
「ヒッ……(と、解体担当者のお出ましだわ!)」
私がのけぞるとアドルフはニカっと笑った。
「レティア様の皿が空だ! 作り手としてこれほど嬉しいことはねぇ! 前の国じゃあ『繊細さが足りない』だの文句をつけられていたそうですが、アンタ、いい食いっぷりだなぁ!」
「は、はい……ソースの隠し味に使われている香草、あれは『月光ハーブ』ですね? お肉の脂っこさを消して、爽やかな余韻を残しています。素晴らしい調和(マリアージュ)でした」
私が感想を述べるとアドルフは目を見開いた。
「……分かんのか? ただ食うだけじゃなく、そこまで分かってくれるのか!?」
「ええ。とても丁寧に下処理がされていますし、火入れの加減も絶妙です。貴方の料理への愛情を感じました」
アドルフが感極まったように男泣きし始めた。
「うおおおん!! 殿下ァ! このお方は最高ですぜ! 俺ぁ一生ついていきます!」
「……騒がしいぞアドルフ。だが、同感だ」
ジルベルト殿下も満足げに頷いている。あれ? なんだか胃袋を掴まれたのは私の方なのに、なぜか私が彼らの胃袋(ハート)を掴んでしまったような?
(まあいいわ。とりあえず、この食事が毒入りでも、最後の晩餐でもないことは分かった。美味しいご飯は正義。ダイエットは明日から……いや、この国にいる限り、ダイエットなんてさせてくれなさそうだけど)
私は諦めてデザートの濃厚なクレームブリュレにスプーンを突き立てた。表面のカラメルがパリッと割れる音が私の理性の決壊音と重なった。
場所はメインダイニング。高い天井に煌めくシャンデリア、テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々。前菜のカルパッチョには宝石のように輝くキャビアが山盛り。スープからは芳醇なトリュフの香りが立ち上っている。メインディッシュは分厚いステーキ。ナイフを入れる前から肉汁が溢れ出しているのが見て取れる。
「……あの、ジルベルト殿下?」
「なんだ。足りないか?」
テーブルの向かいに座る魔王様が真顔で尋ねてくる。足りないか? ではない。
「多いです! これ、どう見ても五人分……いや、サッカー部の合宿メニュー並みの量ですが!?」
「サッカー……? よく分からんが、我が国の料理長が『未来の奥方様に、当国の食文化の粋を味わっていただきたい』と張り切ってな」
私は考える前に、前世の記憶でサッカーと思わず口にしてしまった。ジルベルト殿下は、グラスに注がれた深紅のワイン(に見えるが、実は最高級のブドウジュース)を揺らしながら言った。
「遠慮はいらん。お前は痩せすぎだ。もっと肉をつけろ」
ドキリとした。「肉をつけろ」その言葉が、私の脳内で不吉な翻訳変換にかかる。
『肉をつけろ』=『脂(サシ)を入れろ』『遠慮はいらん』=『出荷期限は近いぞ』
(ひぃぃっ! やっぱり! これは「ガチョウのフォアグラ化計画」なのね!?)
魔王城の美食攻撃。それは、私を美味しくいただくための品質管理プロセス。ここで喜んで食べてはいけない。拒否しなければと理性が警告する。だが、私の本能(胃袋)は、目の前のステーキから放たれる圧倒的な美味しい匂いに屈服寸前だった。
(で、でも……一口だけなら。味見という名のリスク調査なら……)
私は震える手でナイフとフォークを手に取った。ステーキを切り分けるが驚くほど柔らかい。ナイフが重みだけで沈んでいくようだ。我慢できずに一切れを口に運ぶ。
――ジュワッ。
(んんっ……!?)
口の中に爆発的に広がる肉の旨味。脂は決してしつこくなく甘美な香りを残して舌の上で溶けていく。ソースは赤ワインベースで、果実の酸味が肉の味を引き立てている。
美味しいよお! 悔しいけれど涙が出るほど美味しい!!
その時、記憶がフラッシュバックする。あれは故国での晩餐会だった。
『おい、レティア。また肉を食べるのか?』
カイル王子の侮蔑を含んだ声。
『セラフィを見ろ。彼女は小鳥のように少食で実に可憐だ。それに比べてお前は……そのガツガツとした食欲、品がないと思わないのか?』
『……申し訳ありません、殿下』
私は謝罪しまだ半分も残っている皿を下げさせた。正直言ってお腹が空いていた。王妃教育で頭を使い公務で走り回って倒れそうだったのに。「太ったらドレスが入らなくなる」「王妃は霞を食べて生きろ」という無言の圧力の中、私は味のしないサラダばかりを食べていた。
それなのに魔王様は――
「美味いか?」
低い声にハッとして顔を上げるとジルベルト殿下が私を見ていた。その目は獲物を狙う鋭いものではなく、どこか……孫がお餅を食べるのを見守るおじいちゃんのような温かさを感じた。
「……はい。とても、美味しいです」
「そうか。なら、もっと食え」
彼は自分の皿にはほとんど手を付けず私の皿にパンを追加した。
「前の国の男は目玉が腐っていたようだが、俺は、お前が美味そうに食べる顔が好きだ」
ブフォッ。私は危うく極上のスープを吹き出すところだった。
(す、好き!? 今、サラッと爆弾発言しませんでした!?)
いや待て。落ち着け私。「美味そうに食べる顔が好き」=「家畜が餌を食う姿を見て喜ぶ飼い主の心理」だ。そう、これは愛玩動物への感想であって恋愛感情ではない!
私が必死に自分に言い聞かせていると厨房の扉がバンッ! と開いた。
「どうですかな! 我が渾身のローストビーフのお味は!」
現れたのは熊のような大男だった。真っ白なコックコートがはち切れんばかりの筋肉。手には包丁(というより鉈に見える)。この城の料理長アドルフは顔に古傷があって見た目はおっかない。
「ヒッ……(と、解体担当者のお出ましだわ!)」
私がのけぞるとアドルフはニカっと笑った。
「レティア様の皿が空だ! 作り手としてこれほど嬉しいことはねぇ! 前の国じゃあ『繊細さが足りない』だの文句をつけられていたそうですが、アンタ、いい食いっぷりだなぁ!」
「は、はい……ソースの隠し味に使われている香草、あれは『月光ハーブ』ですね? お肉の脂っこさを消して、爽やかな余韻を残しています。素晴らしい調和(マリアージュ)でした」
私が感想を述べるとアドルフは目を見開いた。
「……分かんのか? ただ食うだけじゃなく、そこまで分かってくれるのか!?」
「ええ。とても丁寧に下処理がされていますし、火入れの加減も絶妙です。貴方の料理への愛情を感じました」
アドルフが感極まったように男泣きし始めた。
「うおおおん!! 殿下ァ! このお方は最高ですぜ! 俺ぁ一生ついていきます!」
「……騒がしいぞアドルフ。だが、同感だ」
ジルベルト殿下も満足げに頷いている。あれ? なんだか胃袋を掴まれたのは私の方なのに、なぜか私が彼らの胃袋(ハート)を掴んでしまったような?
(まあいいわ。とりあえず、この食事が毒入りでも、最後の晩餐でもないことは分かった。美味しいご飯は正義。ダイエットは明日から……いや、この国にいる限り、ダイエットなんてさせてくれなさそうだけど)
私は諦めてデザートの濃厚なクレームブリュレにスプーンを突き立てた。表面のカラメルがパリッと割れる音が私の理性の決壊音と重なった。
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