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第9話
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穏やかな夕食の時間が過ぎていく……と思われた。
異変は唐突に起きた。
カチャン、とジルベルト殿下のフォークが皿に当たる音がした。見ると彼の手が小刻みに震えている。
「殿下?」
彼の顔色が悪い。先ほどまで微かに赤らんでいた頬から血の気が失せ蒼白になっている。額には脂汗が滲んでいた。
「……すまん。少し、席を外す」
彼は絞り出すような声でそう言うと立ち上がろうとした。だが、その手元にあったクリスタルグラスが触れてもいないのに、パキッと音を立ててひび割れたのだ。
(え!? なに?)
見ればテーブルクロスの一部が霜が降りたように白く凍りついている。室温は快適なはずなのに急激に周囲の空気が冷え込んでいく。
「ちっ……」
ジルベルト殿下は舌打ちをし自身の胸元を強く掴んだ。苦しそうで呼吸が荒い。まるで、体内で暴れまわる何かを必死に抑え込んでいるような。
(もしかして……私の食べ方が汚くて、気分が悪くなった!?)
私のネガティブ思考が発動する。調子に乗って食べ過ぎたのかな? やはり品がないと思われたのか。幻滅されたのか。さっきの「好きだ」発言は、やはり家畜への愛着でしかなく人間としてのマナー違反には厳しいのか!
「殿下、大丈夫ですか!?」
「来るなッ!!」
私が駆け寄ろうとすると、これまでにない怒鳴り声が響いた。拒絶。その声の鋭さに私は足を止めた。
ジルベルト殿下は、ハッとした表情で私を見た。その瞳は赤く禍々しく発光しているように見えた。
「……すまない。今は、俺に近づくな」
彼はそれだけ言い残すと、まるで逃げるようにダイニングルームから出て行ってしまった。バタン! と扉が閉まる音が重く響く。
残されたのは凍りついたグラスと呆然とする私。そして、青ざめた顔の料理長アドルフとメイド長サーニャだった。
「……嫌われちゃいましたかね」
私が力なく呟くとサーニャが首を激しく横に振った。
「違います! 違いますよ、レティア様! あれは……」
「サーニャ、言うな!」
アドルフが大声で制する。
「で、ですが!」
「殿下の『男のプライド』ってやつだ……レティア様、お気になさらず。殿下は少々、体調が優れないだけです」
使用人たちの様子がおかしい。何かを隠しているようだ。ただの体調不良? いいえ、あれは明らかに異常だった。触れずに物を壊し部屋を凍らせる現象。
――私は思い出す。乙女ゲームの設定資料集にあったジルベルトの「バッドエンド」の条件を。『魔力暴走』強大すぎる魔力を持つがゆえに器である肉体が耐えきれず、精神が崩壊し周囲を無差別に破壊する災厄の魔王と化す未来。
(まさか、その兆候?)
部屋に戻った私は窓の外を見た。ジルベルト殿下の執務室がある塔の周辺に、不穏な黒い雲と青白い稲妻が渦巻いているのが見える。私には「来るな」と言って彼は今一人で戦っているのだ。
「守られている」ということの本当の意味に私が気づき始めた。彼は私が嫌いで遠ざけたのではない。私を傷つけないために遠ざけたのだ。
(……バカね、魔王様)
私は自身の左手を握りしめた。ここには、前世の知識もカイル王子には「無能」と言われた「浄化の魔力」もある。もし、彼の苦しみが魔力によるものなら、私がただ食べるだけの「家畜」ではなく彼の役に立つ「パートナー」になれるチャンスではないか!
(契約書には書いたわよね。『頂いた対価以上の成果を出してみせる』って)
美味しいご飯の恩返しをしてあげよう。私は決意を固め部屋を飛び出した。目指すは稲妻が走る北の塔、魔王の孤独な寝室へ。
異変は唐突に起きた。
カチャン、とジルベルト殿下のフォークが皿に当たる音がした。見ると彼の手が小刻みに震えている。
「殿下?」
彼の顔色が悪い。先ほどまで微かに赤らんでいた頬から血の気が失せ蒼白になっている。額には脂汗が滲んでいた。
「……すまん。少し、席を外す」
彼は絞り出すような声でそう言うと立ち上がろうとした。だが、その手元にあったクリスタルグラスが触れてもいないのに、パキッと音を立ててひび割れたのだ。
(え!? なに?)
見ればテーブルクロスの一部が霜が降りたように白く凍りついている。室温は快適なはずなのに急激に周囲の空気が冷え込んでいく。
「ちっ……」
ジルベルト殿下は舌打ちをし自身の胸元を強く掴んだ。苦しそうで呼吸が荒い。まるで、体内で暴れまわる何かを必死に抑え込んでいるような。
(もしかして……私の食べ方が汚くて、気分が悪くなった!?)
私のネガティブ思考が発動する。調子に乗って食べ過ぎたのかな? やはり品がないと思われたのか。幻滅されたのか。さっきの「好きだ」発言は、やはり家畜への愛着でしかなく人間としてのマナー違反には厳しいのか!
「殿下、大丈夫ですか!?」
「来るなッ!!」
私が駆け寄ろうとすると、これまでにない怒鳴り声が響いた。拒絶。その声の鋭さに私は足を止めた。
ジルベルト殿下は、ハッとした表情で私を見た。その瞳は赤く禍々しく発光しているように見えた。
「……すまない。今は、俺に近づくな」
彼はそれだけ言い残すと、まるで逃げるようにダイニングルームから出て行ってしまった。バタン! と扉が閉まる音が重く響く。
残されたのは凍りついたグラスと呆然とする私。そして、青ざめた顔の料理長アドルフとメイド長サーニャだった。
「……嫌われちゃいましたかね」
私が力なく呟くとサーニャが首を激しく横に振った。
「違います! 違いますよ、レティア様! あれは……」
「サーニャ、言うな!」
アドルフが大声で制する。
「で、ですが!」
「殿下の『男のプライド』ってやつだ……レティア様、お気になさらず。殿下は少々、体調が優れないだけです」
使用人たちの様子がおかしい。何かを隠しているようだ。ただの体調不良? いいえ、あれは明らかに異常だった。触れずに物を壊し部屋を凍らせる現象。
――私は思い出す。乙女ゲームの設定資料集にあったジルベルトの「バッドエンド」の条件を。『魔力暴走』強大すぎる魔力を持つがゆえに器である肉体が耐えきれず、精神が崩壊し周囲を無差別に破壊する災厄の魔王と化す未来。
(まさか、その兆候?)
部屋に戻った私は窓の外を見た。ジルベルト殿下の執務室がある塔の周辺に、不穏な黒い雲と青白い稲妻が渦巻いているのが見える。私には「来るな」と言って彼は今一人で戦っているのだ。
「守られている」ということの本当の意味に私が気づき始めた。彼は私が嫌いで遠ざけたのではない。私を傷つけないために遠ざけたのだ。
(……バカね、魔王様)
私は自身の左手を握りしめた。ここには、前世の知識もカイル王子には「無能」と言われた「浄化の魔力」もある。もし、彼の苦しみが魔力によるものなら、私がただ食べるだけの「家畜」ではなく彼の役に立つ「パートナー」になれるチャンスではないか!
(契約書には書いたわよね。『頂いた対価以上の成果を出してみせる』って)
美味しいご飯の恩返しをしてあげよう。私は決意を固め部屋を飛び出した。目指すは稲妻が走る北の塔、魔王の孤独な寝室へ。
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