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第10話
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北の塔へ続く廊下は進むごとに気温が下がっていった。石造りの壁には薄く霜が張り吐く息が白い。私はドレスの裾をまくり上げ全力で走っていた。足が痛い? 知ったことか! 今の私は、システムトラブルで深夜呼び出しを食らったエンジニアのような心境だ。「サーバー(魔王様)が落ちそうだ」と聞けば、パジャマだろうがドレスだろうが現場へ急行するのがプロというものだ。
「レ、レティア様! いけません! これ以上近づいては!」
塔の入り口で衛兵たちが青ざめた顔で立ちふさがった。彼らの鎧は凍りつきガタガタと震えている。
「どいてください!」
「無理です! 今の殿下は制御不能です! 近づけば、貴女様のような華奢な令嬢など、瞬く間に氷像になってしまいます!」
「華奢? 私のことを誰だと思っているのですか?」
私は足を止めず彼らの横をすり抜けざまに指を鳴らした。
「――『ウォーム・ベール(熱の衣)』!」
ふわりと温かい風が私の周囲を包み込む。私の持つ基礎魔法の一つ体温調節魔法だ。故国では「冬場にコートがいらないだけの地味な魔法」と馬鹿にされていたがここでは命綱になる。
「私は、ただの令嬢ではありません。貴国が雇った、唯一の『対魔王用・安全管理責任者(自称)』です!」
「な、なんとぉ!?」
「おおお!?」
呆気にとられる衛兵たちを置き去りに私は螺旋階段を駆け上がった。上に行くほど空気は冷たく重くなる。肌を刺すような魔力の奔流。
(……痛い。これ、普通の人間なら気絶してるレベルね)
だが私には平気だった。なぜなら、私の魔力特性は「浄化」と「適応」。他者の魔力を受け流し中和する力があるからだ。カイル王子はこれを「攻撃力がない無能」と呼んだが、守ることにかけては誰にも負けるつもりはない。
頂上の重厚な扉の前に立つ。扉は氷漬けになり取っ手すら見えない。中から獣の唸り声のような苦悶の声が漏れてくる。
私は深呼吸をした。怖くないと言えば嘘になる。でも、あの不器用な魔王様がたった一人でこの寒さと戦っていると思うと恐怖よりも怒りが湧いてきた。
(ご飯を食べなさいと言ったり、来るなと言ったり……勝手なんだから!)
「開け、ゴマ! ……じゃなかった、溶解!」
私が手をかざすと扉を覆っていた氷が瞬時に溶け落ちた。私は勢いよく扉を開け放った。
「失礼します! ルームサービスです!」
******
部屋の中はブリザードの吹き荒れる雪山だった。家具もカーテンもすべてが凍りつき鋭い氷柱が天井から無数に垂れ下がっている。その中心にベッドの脇にうずくまる黒い影があった。
「……う、あぁ……ッ!」
ジルベルト殿下だった。彼は自分の体を抱きしめるように丸まりガタガタと震えていた。その体からは制御しきれない魔力が青白い光となって溢れ出し周囲を凍らせている。真紅の瞳は焦点が合わず虚空を彷徨っていた。
「……レティア……?」
私の姿を認めると彼は絶望的な顔をした。
「なぜ……来た……!? 逃げろ……俺は、抑えられ……ない!」
バキバキッ! 彼が叫ぶと同時に床から氷の棘が突き出し私に向かって走る。殺意はなくただの暴走だ。
「キャッ!」
私は咄嗟に避けたがドレスの裾が切り裂かれた。
「見ろ……君を傷つけたくない……俺は、化け物だ……」
ジルベルト殿下が涙を流す。その涙すら頬を伝う途中で宝石のように凍りついていく。
「君の国の奴らが言った通りだ……俺は『魔王』だ……誰とも関わっちゃいけない……孤独に死ぬべき存在なんだ……ッ!」
ああ、そうか。この人は、ずっと怯えていたんだ。強すぎる力を持つがゆえに誰かを傷つけることを恐れ自分自身を氷の殻に閉じ込めて。あの無愛想さも強面もすべては人を遠ざけるための壁だったのだ。
(――カイル王子、貴方は大馬鹿野郎よ)
私は心の中で元婚約者を罵倒した。カイルは私の「浄化魔法」を見てこう言った。『地味だな。汚れを落とすだけか? そんなものはメイドにやらせておけばいい』
いいえ、違います。浄化とはただの掃除ではない。乱れたエネルギーを整えあるべき姿に戻す高度な秩序維持魔法。 そして今、この世界で彼の暴走を止められるのは私しかいない!
(メイドの仕事上等よ! 私の掃除テクニックで、その心の汚れごと洗い流してあげるわ!)
私は一歩踏み出した。氷の床をハイヒールで踏み砕く。
「レ、レティア様! いけません! これ以上近づいては!」
塔の入り口で衛兵たちが青ざめた顔で立ちふさがった。彼らの鎧は凍りつきガタガタと震えている。
「どいてください!」
「無理です! 今の殿下は制御不能です! 近づけば、貴女様のような華奢な令嬢など、瞬く間に氷像になってしまいます!」
「華奢? 私のことを誰だと思っているのですか?」
私は足を止めず彼らの横をすり抜けざまに指を鳴らした。
「――『ウォーム・ベール(熱の衣)』!」
ふわりと温かい風が私の周囲を包み込む。私の持つ基礎魔法の一つ体温調節魔法だ。故国では「冬場にコートがいらないだけの地味な魔法」と馬鹿にされていたがここでは命綱になる。
「私は、ただの令嬢ではありません。貴国が雇った、唯一の『対魔王用・安全管理責任者(自称)』です!」
「な、なんとぉ!?」
「おおお!?」
呆気にとられる衛兵たちを置き去りに私は螺旋階段を駆け上がった。上に行くほど空気は冷たく重くなる。肌を刺すような魔力の奔流。
(……痛い。これ、普通の人間なら気絶してるレベルね)
だが私には平気だった。なぜなら、私の魔力特性は「浄化」と「適応」。他者の魔力を受け流し中和する力があるからだ。カイル王子はこれを「攻撃力がない無能」と呼んだが、守ることにかけては誰にも負けるつもりはない。
頂上の重厚な扉の前に立つ。扉は氷漬けになり取っ手すら見えない。中から獣の唸り声のような苦悶の声が漏れてくる。
私は深呼吸をした。怖くないと言えば嘘になる。でも、あの不器用な魔王様がたった一人でこの寒さと戦っていると思うと恐怖よりも怒りが湧いてきた。
(ご飯を食べなさいと言ったり、来るなと言ったり……勝手なんだから!)
「開け、ゴマ! ……じゃなかった、溶解!」
私が手をかざすと扉を覆っていた氷が瞬時に溶け落ちた。私は勢いよく扉を開け放った。
「失礼します! ルームサービスです!」
******
部屋の中はブリザードの吹き荒れる雪山だった。家具もカーテンもすべてが凍りつき鋭い氷柱が天井から無数に垂れ下がっている。その中心にベッドの脇にうずくまる黒い影があった。
「……う、あぁ……ッ!」
ジルベルト殿下だった。彼は自分の体を抱きしめるように丸まりガタガタと震えていた。その体からは制御しきれない魔力が青白い光となって溢れ出し周囲を凍らせている。真紅の瞳は焦点が合わず虚空を彷徨っていた。
「……レティア……?」
私の姿を認めると彼は絶望的な顔をした。
「なぜ……来た……!? 逃げろ……俺は、抑えられ……ない!」
バキバキッ! 彼が叫ぶと同時に床から氷の棘が突き出し私に向かって走る。殺意はなくただの暴走だ。
「キャッ!」
私は咄嗟に避けたがドレスの裾が切り裂かれた。
「見ろ……君を傷つけたくない……俺は、化け物だ……」
ジルベルト殿下が涙を流す。その涙すら頬を伝う途中で宝石のように凍りついていく。
「君の国の奴らが言った通りだ……俺は『魔王』だ……誰とも関わっちゃいけない……孤独に死ぬべき存在なんだ……ッ!」
ああ、そうか。この人は、ずっと怯えていたんだ。強すぎる力を持つがゆえに誰かを傷つけることを恐れ自分自身を氷の殻に閉じ込めて。あの無愛想さも強面もすべては人を遠ざけるための壁だったのだ。
(――カイル王子、貴方は大馬鹿野郎よ)
私は心の中で元婚約者を罵倒した。カイルは私の「浄化魔法」を見てこう言った。『地味だな。汚れを落とすだけか? そんなものはメイドにやらせておけばいい』
いいえ、違います。浄化とはただの掃除ではない。乱れたエネルギーを整えあるべき姿に戻す高度な秩序維持魔法。 そして今、この世界で彼の暴走を止められるのは私しかいない!
(メイドの仕事上等よ! 私の掃除テクニックで、その心の汚れごと洗い流してあげるわ!)
私は一歩踏み出した。氷の床をハイヒールで踏み砕く。
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