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4章

第10話

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 その夜。
 ベルは、いろいろと迷った末に、両親に内緒で家を出ることに決める。

(パパ、ママ……ごめんなさい……。ベル、やっぱりメルカディアン大陸へ行ってみたいの) 

 大賢者ゼノが生まれた土地を見てみたいというのが、ベルの幼い頃からの夢だった。

(すぐに戻って来るから……いいよね?)

 罪悪感を抱きつつも、大きな期待を胸にしてベルは家をこっそり抜け出す。



 ◆



「こんばんはっ」 

 偵察団の宿舎を訪ねると、宴の席で話をした男がドア越しに姿を見せる。

「お嬢ちゃんか! よく来てくれたね。さぁ、中へどうぞ」

「うん!」 

 目を輝かせてベルは宿舎へと足を踏み入れる。
 
 が。

 その瞬間、ベルは異様な空気を察知した。

(……え?)

 宿舎の玄関先では、幾人もの島の子供たちが怯えるようにして固まっていたのだ。
 
 何か様子がヘンだ。
 ベルがそれに気付いた時には、すべてが遅かった。

 ドン! 

「ぅゃっ!?」 

 ベルは後ろから男に蹴り倒される。

「オラッ! クソガキがぁ! さっさとそこに移動しろ!」

 男は、これまで見せた顔とは180度異なる醜い表情を浮かべる。
 宴の席とは、まったくの別人となっていた。

「おいおい。大事な商品なんだから、もっと丁重に扱えって。クハハッ!」
「こいつらの顔、何度見ても面白れーよなぁ!」
「エルフの分際で、人様の土地に土足で上がれると思ってたのかよ」
「噂通り、この島の痴呆どもは本当に警戒心なかったな。燃やすにはちと惜しいか」
「なわけあるかよ。とっとと、こんな不気味な島は出ようぜ!」
 
 口々に罵詈雑言を並べながら、見知らぬ男たちが次々と玄関口に姿を現す。
 それを見てベルは恐怖した。

 一体、自分は何を見ているのか。

(……なんで……) 

 ベルの頭の中には、次々と疑問が生まれては消えていく。





 それから偵察団の男たちは、島の海岸まで歩くようにと脅すと、そこへやって来た大型船の中に子供たちを強引に押し込んでいく。

「いいか! メルカディアン大陸に着いたら、お前ら貧相なエルフには人様の奴隷となってもらう!」

 男の1人が高々と宣言する。
 それを聞いて、ベルはすべてを理解した。
 
(だまされてたんだっ……)

 当然、魔大陸偵察団というのもすべて嘘であった。
 
 彼らの正体は、スカージ諸島で亜人族の子供を無理矢理誘拐して、奴隷市場へ流すことを生業にする悪徳な奴隷商団ネクローズの一員だったのである。

 そして、そこからがベルの悪夢の始まりだった。
 出航する前に、ネクローズはテフェリーの島に火を放ったのだ。

「パパぁ! ママぁぁッ……!」 

 自分たちの故郷がどす黒い炎に包まれるさまを見て、大勢の子供たちが泣き叫んだ。
 これが人族の本性なのだと、ベルは悟った。

 ベルは、周りの子供たちと一緒に泣き叫びながら、炎に包まれる島をいつまでも見送るのだった。



 ◆



 その後の数ヶ月間は、ベルにとって地獄のような日々だった。
 故郷を焼かれたトラウマと、両親に何も言わずに家を飛び出して来てしまった後悔で、ベルの精神はぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 しかも、悪夢はまだ終わらない。

 一緒にメルカディアン大陸まで連れて来られたエルフの子供たちは、そのまま奴隷市場へと流され、貴族たちに買われていった。

 憧れの地であったはずのメルカディアン大陸は、ベルにとって絶望の場所へと変貌していた。

「どうやって、こいつのスキルを発現させるんだ?」

「それが、こいつ自身もよく分かっていないようでして……」 

 ベルだけは奴隷市場に流されることなく、ネクローズが管理下に置く奴隷館の牢獄に囚われ続けていた。

 貴族が亜人族の奴隷を購入する理由は、そのスキルの能力を得たいというのが主な目的である。

 だが、ベルの所有するスキル〔ブレイジングバッシュ〕は、自らが作り出した盾から炎を放出するという能力までは判明していたが、その発現方法は分からないままであった。
 そのため、ベルは奴隷市場に流されることなく、数ヶ月間牢獄に入れられていたのだ。

 しかし、ある出来事がきっかけで、その発現方法も明らかとなる。





(もう……こんな生活、たえられない……)

 この頃にはすでに、ベルの心身はかなり弱っていた。
 突然、このような環境に身を置くことになり、生きる気力を完全に失ってしまっていたのだ。

 そこで、さらに追い打ちをかけるような事態が起こる。
 ネクローズが拷問によって、スキルの発現方法をベルから聞き出そうとしてきたのである。

 〔ブレイジングバッシュ〕の能力は、他の亜人族のスキルと比べてその希少性は高かった。
 元々、攻撃的なスキルを有している亜人族が少ないためだ。

 ベルの両親も、悪用されることを警戒して、ベルに自分のスキルを発現させようとしなかったのである。

 若い女のエルフということもあり、ベルは高額で売れるとネクローズは考えていた。

「今日こそ教えてもらうぞ、ベル」

「だから……ベルは、分からない……んです……」

「そうかそうか。また、そうやってしらを切るか。なら、仕方ない」 

 ネクローズの1人が鋭利なナイフを持ってベルに近付く。

「このまま嘘をつき続けるなら、今からこれをお前の脇腹に突き刺す。こっちは亜人の奴隷なんぞ、すぐに補充することができるんだからな」

「う……嘘なんか、ついてません……うぅっ……やめてください……」

「まだ、そんな態度を続けるのか。本当に痛い目に遭いたいみたいだな」

「い、いやぁぁ……」 

 生まれて初めて、ベルは死の恐怖を感じた。
 すると、突然。

 ピカーーン!

 ベルの右の甲が輝きをもって光り始めたかと思うと、巨大な赤色の光の盾が出現する。
 
「なんだっ!?」

 ネクローズの男がその場で尻もちをつくと、ベルの手の甲に浮かび上がった盾から、燃え盛る業火が吐き出された。

 ズズズズズドゴオオオオオオォッーーーーー!!

 紅蓮の炎は、一瞬のうちにして牢獄の檻を溶かしてしまう。

(……こ、これが、ベルのスキル……!?) 

 ベルは初めて目にした自分のスキルに、恐れ戦くのであった。



 ◆



 それ以来、ネクローズはベルのスキル発現方法を解明する。
 ベルが命の危険を感じた時に、〔ブレイジングバッシュ〕が発現することを突き止めたのだ。

「扱いには難があるが、これは高く売れるぞ……くくっ」 

 それからすぐに、ネクローズはベルを奴隷市場へと売りに出した。
 他のエルフたちの10倍以上する値をつけて販売し、すぐにある組織の目に留まる。
 
 それが、レヴェナント旅団であった。

 レヴェナント旅団は、自分たちの職務を遂行するための道具として、亜人族の奴隷をいくつも購入していた。
 使い物にならなければ、すぐに殺されて捨てられる。

 そんな残虐な旅団に引き取られ、ベルは鬼士たちのもとで利用されることになる。

 それは、新たな地獄の日々の幕開けとなった。



 強制的に〔ブレイジングバッシュ〕を発現させられ、ベルはいくつもの悪行に利用された。
 こんなことなら死んだ方がマシだと思うも、ベルは自分で死ぬことも許されず、道具のように使われ続けた。

 だが、どの鬼士も扱いづらいという理由で、ベルを長くは自分のもとには置こうとはしなかった。
 そこで最後にベルを引き取ったのが、ルーファウスであった。

「いいか? 私のもとできちんと働かなければ、お前に次はないのだよ」

「……はい……」

 目も虚ろのままベルは真夜中に、構成員の男たちと一緒にラチャオの村へと連れて来られる。
 村は明りが灯っておらず、皆、就寝しているようだ。

「この村を、お前の力だけですべて焼き払うんだ」

「……焼き……払う……?」

「ああ、そうだ。ここを焦土に戻すのだよ。熱心な魔法至上主義者のカロリング侯爵の目を覚ますためにね」

「っ! そ……そんなの、ベルにはできない……!」 

 突如、自分の故郷が炎に包まれる光景がフラッシュバックして、ベルはその場でうずくまってしまう。
 しかし、ルーファウスは容赦なかった。

「奴隷に選択権はないのだが? さぁ、早くやれ!!」

「ひッ!?」

 ルーファウスはベルの白銀の髪をぐしゃりと鷲掴みにすると、その場に思いっきり投げつける。

「……ぃ、いやぁ……嫌っ……こんなの、やれない……死んだ方が……マシだよぉ……!」

「そうか」

 そう口にすると、彼は二本の鋭い刀を高く掲げる。

「ならば、今ここでお前を引き裂くことにしよう」

「ぅぅっ……」

「死にたいのだろう? だったら、問題はないはずだ……ハあぁぁッ!!」

 両刀をクロスさせながら振り払い、ルーファウスはベルに目がけて〈暴双刃〉を繰り出した。

 ――すると。

 その攻撃に反応するように、ベルの右手の甲に赤色の光の盾が出現し、そこから巨大な火の塊が放たれる。

 ズズズズズドゴオオオオオオォッーーーーー!!

 それは、白刃の衝撃波を打ち消し、連なった家屋に容赦なくぶち当たった。
 村は一瞬のうちにして炎に飲み込まれる。

 次の瞬間、村中から人々の悲鳴が聞こえ始めた。
 
「……嫌ぁぁっ……もぅ、やだよぉ……こんなのぉ……!」
 
 死にたいと思っていても、こうして命の危機を感じると、自分の意思とは無関係に〔ブレイジングバッシュ〕が発動してしまうのだ。

「……フフッ、さすがの威力だ。まだまだこれからだぞ!」

 ルーファウスは、構成員たちにベルに恐怖を与え続けるように指示を出す。

 〔ブレイジングバッシュ〕を何度も発現させられたベルは、自らの手によってラチャオの村を徹底的に破壊してしまうのだった。



 ◆



 自分のスキルだけで村を一つ焼き払ってしまった事実に、ベルはとてつもない恐怖を抱いた。
 
 故郷のテフェリー島が、黒焦げとなって焼かれる光景が頭の中に何度もフラッシュバックして、ベルの精神は崩壊寸前まで追い込まれてしまっていた。

 このままこんな所にいたら、死ぬこともできず、自分は人々に危害を与えるだけの存在となってしまう。

(……逃げなくちゃ……)

 この時になってようやく、ベルはレヴェナント旅団から逃げ出すことを考え始める。
 そして、そのチャンスはすぐに巡ってきた。

 ラチャオの村が焼き払われた翌日。
 ルーファウスが鬼士たちの集会に出席するために、一度アスター王国を離れて遠方へと出て行ったのだ。
 
 この間は、ラウプホルツ古戦場跡で待機するようにと、ルーファウスは部下たちに命令を残していた。

 鬼士たちは、普段はそれぞれ別々に行動しているが、定期的に集会を開いては情報を共有している。
 そういう時は、数日は戻って来ないことをベルは知っていた。

 レヴェナント旅団の構成員は鬼士に従って行動するため、鬼士がいない間は意思決定権を持つ者が存在しないことになる。
 
(これが最後のチャンス……絶対に逃げるんだ……)

 ベルは、慎重にそのタイミングを伺っていた。

 ルーファウスがいないためか、少し気が緩んでいたのだろう。
 構成員たちは、大人しくしているベルから一瞬目を離してしまう。

 その瞬間をベルは逃さなかった。

 気付けば、ベルは男たちから逃れるために全力で走っていた。

 その後。
 運命の相手に助けられることになると……知らないまま。



 ◆



「……はぁっ……はぁッ……はぁ……」 

 ベルは、再びラウプホルツ古戦場跡を必死で走り抜ける。
 
 今度は逃げるためじゃない。
 自分の力で、ゼノのもとへ向かうためだ。

(……っ、間に合って……!) 

 どうしてかは分からない。
 だが、ベルには確信があった。

 今、あの人のもとへ行かなければ自分は一生後悔する、と。

 ニセモノのゼノでも関係なかった。
 彼の姿を初めて見た時に直感したのだ。

(……あの人なら、ベルを救ってくれる……!)
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