『10年隠した執着愛。元婚約者に捨てられた私は、ハイスペ同級生の甘い檻で二度と逃げられないほど塗り潰される』

小木楓

文字の大きさ
1 / 26

第1話-1 【再会と涙】雨とジャケットと、別世界の彼

しおりを挟む
「……実はね、結婚式、中止になったの」

ざわめく居酒屋の個室。久しぶりの同窓会という浮ついた空気が、私の一言で凍りついた。

 ジョッキについた水滴が、ツー……とテーブルに垂れる。私の人生みたいだ、とぼんやり思った。

「え、嘘でしょ? だって来月だよね?」

 「うん。……浮気、されちゃって。相手、向こうの会社の新人さんだって」 「さいてー!」

女友達の悲鳴のような同情が、今の私には痛い。

 住んでいたマンションも、彼名義だったから追い出された。

仕事も、結婚を機にセーブしていたからシフトは激減。

 今の私は、家なし、金なし、男なし。絵に描いたような「負け組」だ。

乾いた笑いで誤魔化そうと視線を上げた時――ふと、部屋の隅にいた彼と目が合った。

蒼(あおい)。 高校時代、三年間ずっと隣の席だった腐れ縁。

 一番仲が良くて、一番バカをやって、そして……私が密かに憧れていた人。

彼は窓際でグラスを傾けていたけれど、私の話が聞こえたのだろうか。 

いつもなら「ダッセェな萌!」と笑い飛ばすはずの彼が、笑っていなかった。

 それどころか、テーブルに置いた右手を、関節が白くなるほど強く握りしめている。

(……え? 蒼、どうしてそんな怖い顔してるの?)

けれど、私が瞬きをした次の瞬間には、彼はいつもの飄々とした顔に戻って、他の男子と話し始めていた。

見間違いだったのかもしれない。

会がお開きになり、店の外に出ると、生暖かい夜風が頬を撫でた。

「じゃあね萌! 頑張ってね!」 「旦那が待ってるから、私こっち! また連絡する!」

友人たちは皆、それぞれの「帰る場所」へと散っていく。 

誰かが待っている家。愛する人がいる日常。 取り残された私は、重たいバッグを握りしめ、ポツリと呟いた。

「……いいなぁ」

その言葉が夜の空気に溶けようとした、その時だ。 私の隣に、スッと背の高い影が並んだ。

「何が『いいなぁ』だよ。辛気臭い顔しやがって」

懐かしい、けれど記憶よりずっと低い声。見上げると、蒼がポケットに手を突っ込んで立っていた。

「蒼……。久しぶりだね」 「おう。お前、少し痩せたんじゃねーの」 「……余計なお世話」

軽口を叩き合おうとした瞬間、夜空が急に光り、ゴロゴロと雷鳴が轟いた。

 直後、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が、アスファルトを叩きつける。

「うわっ、嘘でしょ!?」 「おい、こっち入れ!」

屋根のある場所まで走ろうとしたけれど、あまりの雨の勢いに、一瞬で全身ずぶ濡れになってしまった。

白い安物のブラウスが、冷たい雨を吸って肌に張り付く。

「……あ」

最悪だ。 濡れた布地が透けて、下着の色がうっすらと浮かび上がっているのが自分でも分かった。

 恥ずかしさに顔がカァッと熱くなり、慌てて腕で胸元を隠そうとする。

「見ないで……!」

情けなくて泣きそうになった私の視界が、ふわりと遮られた。

温かくて、重みのある何か。そして、鼻をくすぐる高そうなムスクの香り。

蒼が着ていたジャケットを脱ぎ、私の肩に羽織らせてくれたのだ。

「……え、蒼、濡れちゃうよ」 「いいから着とけ。風邪引くぞ」

彼のシャツも雨で濡れ、鍛え上げられた胸板や腕の筋肉が露わになっている。

高校時代のひょろりとした体つきとは違う、圧倒的な「大人の男」の肉体。 

私はドキリとして、思わず視線を逸らした。

蒼は濡れるのも構わず、車道へ出て手を挙げた。 

その仕草があまりにもスマートで、まるで映画のワンシーンのようだ。

すぐに一台のタクシーが滑り込むように停まる。

彼は私を後部座席に押し込むと、自分も乗り込み、運転手に短く告げた。

「○○(地名)のレジデンスまで」 「……え? 蒼、どこ行くの?」 「俺のマンション、ここからすぐだから。とりあえず乾かさねぇとマズいだろ」

俺のマンション。 その言葉の響きに、心臓がトクンと跳ねた。 

高校時代、自転車で並んで帰ったあの無邪気な時間はもうない。 彼はもう、私が知らない時間を生きているんだ。

タクシーの中、隣に座る彼からは、雨の匂いと混じった男の色香が漂ってくる。

 ジャケットに残る彼の体温に包まれながら、私は小さくなっていた。

「着いたぞ」

数分後、車が停まった場所を見て、私は言葉を失った。

「……ここ?」

見上げた首が痛くなるほどの、超高層タワーマンション。

 エントランスにはホテルのようなドアマンがいて、ガラス張りのロビーは眩しいほどに輝いている。 

雨に濡れた惨めな私が、一番足を踏み入れてはいけない場所のように思えた。

「何してんだ、行くぞ」

呆然とする私の手首を、蒼が自然な動作で掴む。 

その手は大きくて、熱くて、有無を言わせない力強さがあった。

「あ、ちょっと待って蒼……!」

抵抗する間もなく、私は彼に引かれて光の中へと連れ去られていく。 

この時の私はまだ知らなかった。 

この扉の向こうで、彼が10年間隠し通してきた「激情」に飲み込まれることになるとは。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

その令嬢は祈りを捧げる

ユウキ
恋愛
エイディアーナは生まれてすぐに決められた婚約者がいる。婚約者である第一王子とは、激しい情熱こそないが、穏やかな関係を築いていた。このまま何事もなければ卒業後に結婚となる筈だったのだが、学園入学して2年目に事態は急変する。 エイディアーナは、その心中を神への祈りと共に吐露するのだった。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

今さら遅いと言われる側になったのは、あなたです

有賀冬馬
恋愛
夜会で婚約破棄された私は、すべてを失った――はずだった。 けれど、人生は思いもよらない方向へ転がる。 助けた騎士は、王の右腕。 見下されてきた私の中にある価値を、彼だけが見抜いた。 王城で評価され、居場所を得ていく私。 その頃、私を捨てた元婚約者は、転落の一途をたどる。 「間違いだった」と言われても、もう心は揺れない。 選ばれるのを待つ時代は、終わった。

僕の我儘で傲慢な婚約者

雨野千潤
恋愛
僕の婚約者は我儘で傲慢だ。 一日に一度は「わたくしに五分…いいえ三分でいいから時間を頂戴」と僕の執務室に乗り込んでくる。 大事な話かと思えばどうでも良さそうなくだらない話。 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

危ない愛人を持つあなたが王太子でいられるのは、私のおかげです。裏切るのなら容赦しません。

Hibah
恋愛
エリザベスは王妃教育を経て、正式に王太子妃となった。夫である第一王子クリフォードと初めて対面したとき「僕には好きな人がいる。君を王太子妃として迎えるが、僕の生活には極力関わらないでくれ」と告げられる。しかしクリフォードが好きな人というのは、平民だった。もしこの事実が公になれば、クリフォードは廃太子となり、エリザベスは王太子妃でいられなくなってしまう。エリザベスは自分の立場を守るため、平民の愛人を持つ夫の密会を見守るようになる……。

(完結)家族にも婚約者にも愛されなかった私は・・・・・・従姉妹がそんなに大事ですか?

青空一夏
恋愛
 私はラバジェ伯爵家のソフィ。婚約者はクランシー・ブリス侯爵子息だ。彼はとても優しい、優しすぎるかもしれないほどに。けれど、その優しさが向けられているのは私ではない。  私には従姉妹のココ・バークレー男爵令嬢がいるのだけれど、病弱な彼女を必ずクランシー様は夜会でエスコートする。それを私の家族も当然のように考えていた。私はパーティ会場で心ない噂話の餌食になる。それは愛し合う二人を私が邪魔しているというような話だったり、私に落ち度があってクランシー様から大事にされていないのではないか、という憶測だったり。だから私は・・・・・・  これは家族にも婚約者にも愛されなかった私が、自らの意思で成功を勝ち取る物語。  ※貴族のいる異世界。歴史的配慮はないですし、いろいろご都合主義です。  ※途中タグの追加や削除もありえます。  ※表紙は青空作成AIイラストです。

処理中です...