【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓

文字の大きさ
4 / 13
第1章 風の悪戯、運命の始まり

第3話 冷徹な次期帝からの「強引な勅命」

しおりを挟む
翌朝、香子は小鳥のさえずりと共に、心地よい緊張感の中で目を覚ました。 今夜、頼嗣がやってくる。そのことで頭がいっぱいだった香子は、朝の洗面を済ませた後も、どこか浮ついた足取りで身支度を整えていた。

しかし、その静寂を破ったのは、激しい足音だった。

「香子! 香子はどこだ!」

御簾を荒々しく撥ね退け、部屋に飛び込んできたのは、父・大納言であった。 いつもは泰然自若としている父の顔が、今は見たこともないほど真っ赤に上気し、額には脂汗さえ浮かんでいる。

「お父様……? まあ、そんなに慌てて。何事ですの?」

香子が首を傾げて問いかけると、大納言は娘の肩を掴まんばかりに身を乗り出した。

「中将どころではない! おぬし、香子……一体どこで、東宮様と接点を持ったのだ! 何か不敬な真似でもしたのか、それとも……何らかの形で、その御目に留まったのか!?」

「……東宮、様……?」

香子はぽかんと口を開けた。その、あまりにも浮世離れした尊い御名。自分のような引っ込み思案な姫が、一生関わることもないはずの、遥か雲の上の存在。

「お父様、何を仰っているのです。私のような者が、東宮様にお目にかかれるはずがございませんわ。」

「そうだとしたら、なぜこんなことが……。この文のどこを読んでも、お前を名指ししておいでなのだ!」

大納言が言葉に詰まり、震える手で持っていた文を見つめる。 そこへ、騒ぎを聞きつけた実母・可乃子(かのこ)が、幾重にも重なる衣の擦れる音をせわしなく立てて入ってきた。

「香子……落ち着いてお聞きなさい。これほどまでに激しい文、私も今まで見たことがございませんわ」

可乃子の表情は、夫である大納言よりもさらに切迫していた。 その手に握られていたのは、金泥で縁取られた、極めて格式高い文。しかし、そこに記された筆跡は、流麗ながらも紙を突き破らんばかりの力強さと、隠しきれぬ独占欲を孕んでいた。可乃子は香子の前に座ると、その震える声を抑えるようにして、文の内容を告げた。

「東宮様が……『今宵、お前を迎えに行く』と仰せなのです」

「先ほど、東宮殿より直々に仰せが下りました。近く行われる殿下の『元服の儀』――その儀式における、添臥(そいぶし)の役に、大納言家の姫・香子を指名する、と」

「……添臥……?」

香子の頭から血の気が引いていく。 それは、成人となる東宮の傍らに一夜寄り添い、その肌で「大人の契り」を教える極めて秘めやかな大役。

「そんな……。私は、中将様と……」 

「中将殿との縁談など、この勅命の前では塵に等しい!」

大納言が悲鳴に近い声を上げた。

「東宮様は『あの大納言の娘でなければ、儀式には出ぬ』と駄々を……いえ、強いご意志を示されているのだ。これがどういう意味か分かるか? 拒めば、我が家は朝敵も同然。中将殿との話は、たった今、白紙になったのだ!」

「白紙……? 中将様との、約束が……?」

香子の脳裏に、昨日の庭先で出会ったあの若者の顔が閃光のように過った。

『決まっていないのだな。……ならば、まだ私のものだ』

あの不敵な笑み。獲物を狩るような眼差し。 香子の身体が、ガタガタと震え出した。まさか、あの無礼な若者が、この国の次なる主――東宮様だったというのか。

「存じ上げませぬ……私は、あのような方、存じ上げませぬ……!」

香子の悲痛な叫びも虚しく、邸の外では、東宮の使いが既に香子を迎え入れる準備を始めていた。

「……お母様、嫌……嫌でございます……」

香子は母、可乃子の膝に顔を埋め、幼子のように泣きじゃくった。可乃子の手も、娘の背を撫でながら微かに震えている。母親として、大切に育ててきた我が子が、本人の意思も無視され、牙を剥く虎のような権力の中枢へ放り込まれることに、言葉もないほどの恐怖を感じていた。

「あなた……なんとかなりませぬか。香子はこの通り、おとなしすぎる子にございます。内裏の激しい女の争いなど、耐えられるはずが……」

可乃子が縋るような視線を夫へ向ける。しかし、大納言の瞳に宿っていたのは、家族を案じる憂いではなく、ぎらぎらとした野心の灯火だった。

「何を泣いているのだ、香子! 泣いて済む話ではないと言っているだろう!」

大納言は、唾が飛ぶのも構わず声を荒らげ、畳を激しく叩いた。

「中将殿との話など、まだ内々のものに過ぎん。
それに比べて相手は東宮様だぞ!? 次代の帝だ!
 香子はおとなしく心優しいゆえ、女御は務まるまいと、私が中将との縁談を進めていたが……東宮様が、わざわざお前を所望しておられるのだ。これほど名誉なことがあろうか!」

「名誉、だなんて……私は……」

「香子! 『添臥』の役を仰せつかったということは、つまり東宮様が大人になられるその瞬間に、最も近くにいるのはお前だということだ。一番古い女御として、そのまま入内し、御子(みこ)を授かる可能性が極めて高い!」

父の口から次々と飛び出す、生々しく、そして重圧に満ちた言葉の数々。

「まして、その御子が男児……東宮殿下にとっての第一皇子ともなれば、我が大納言家は未来永劫、栄華を極めることになるのだ! お前の腹一つに、この家の命運がかかっているのだぞ!」

女御。 懐妊。 男児。

それは十九歳の香子にとって、あまりにも生々しく、暴力的な響きを持って迫ってきた。あの若者の、熱を帯びた、そして冷徹な瞳を思い出す。 あの方に、抱かれる? あの方の、子を、私が……?

「……っ……」

目の前が、ぐにゃりと歪んだ。 父の鼻息荒い声が遠ざかり、代わりに、昨日の庭先で感じたあの沈丁花の香りが、肺の奥を締め付けるように蘇る。

「香子! 香子、しっかりなさい!」

可乃子の悲鳴のような声が響く。香子の意識は、逃げるように深い闇の底へと沈んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...