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第1章 風の悪戯、運命の始まり
第7話:あの日、庭先で見た花を
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【東宮・彰仁視点】
あの日、大納言の邸を通りかかったのは、単なる気まぐれに過ぎなかった。
退屈な政務の合間、春の風に誘われるままに足を踏み入れた庭園。そこで私の視線を奪ったのは、風に弄ばれ、無防備にその姿を晒した一輪の「花」だった。
(……これほどか)
大納言家の姫。だが、耳にしていた「控えめで目立たぬ」という評は、あまりに不十分だった。 夕刻の光の下、白磁の器のように滑らかで、一切の濁りもない白い肌。重たげに背に流れる黒髪は、烏の濡れ羽色を体現したかのような深い艶を湛え、風に揺れるたび、沈丁花の香りと彼女自身の――幼くも清らかな、体温の匂いが混じり合って鼻腔を突いた。
扇で顔を隠そうとするその指先の震えさえ、私の征服欲を激しく突き動かした。 あの中将、源頼嗣とこの花を分け合うなど、到底、耐え難い。
『……そんな顔をして、誰を待っている。男か』
奪い取った扇の下から現れた、露に濡れたような瞳。驚きに開かれた桃色の唇。 あの瞬間、私は決めたのだ。この花を、根こそぎ私の庭へと植え替えてやると。
そして今、東宮御所の密室で、彼女は私の腕の中にいる。
「……んっ……」
口づけを落とせば、彼女の唇は想像していた以上に柔らかく、そして驚くほどに甘かった。 抵抗しようと胸を押し返してくる小さな手の平。その頼りない力が、逆に私の理性を焼き切ろうとする。
これまで、幾人もの女御が私の側に侍ろうとしてきた。だが、彼女たちの誰一人として、私の心に触れることはおろか、唇を重ねたいとさえ思わせなかった。 呼吸を乱すたび、衣の隙間から溢れ出す、あの瑞々しい匂い。それは、生まれて初めて知る、私を狂わせる「毒」だった。
――中将は、この柔肌に触れたのだろうか。 この、小さく可憐な唇の甘美な甘さを、あやつも知っているというのか。
激しい嫉妬が、喉の奥を焼く。 初めて知った女の甘さは、同時に、これまでにないほど残酷な独占欲を私の中に目覚めさせた。
そう考えただけで、視界が嫉妬で暗く染まる。 だが、問い詰めた私に対する彼女の、あの耳朶まで真っ赤に染め上げた初心(うぶ)な反応。
あれが演技でないのなら、彼女はまだ、男というものを何も知らぬはずだ。
「……お前の唇は、蜜よりも甘い」
指先でなぞったその唇は、私がつけた熱でわずかに腫れ、艶を増している。 怯え、震え、涙を浮かべながらも、私の「妻」となる運命から逃れられぬと悟り、小さく頷いたあの瞬間。
(手放すものか。誰にも、指一本触れさせはしない)
あの清廉な美貌も、絹糸のような黒髪も、そしてその内側に秘められた、まだ誰も知らない情熱も。 すべてを私が暴き、私の色で塗り潰してやる。 儀式の日。重い装束を脱ぎ捨て、その白い肌が私の下に曝け出される時、彼女は初めて知ることになるだろう。
私がどれほどまでに、彼女という「獲物」に執着し、狂わされているかを。
あの日、大納言の邸を通りかかったのは、単なる気まぐれに過ぎなかった。
退屈な政務の合間、春の風に誘われるままに足を踏み入れた庭園。そこで私の視線を奪ったのは、風に弄ばれ、無防備にその姿を晒した一輪の「花」だった。
(……これほどか)
大納言家の姫。だが、耳にしていた「控えめで目立たぬ」という評は、あまりに不十分だった。 夕刻の光の下、白磁の器のように滑らかで、一切の濁りもない白い肌。重たげに背に流れる黒髪は、烏の濡れ羽色を体現したかのような深い艶を湛え、風に揺れるたび、沈丁花の香りと彼女自身の――幼くも清らかな、体温の匂いが混じり合って鼻腔を突いた。
扇で顔を隠そうとするその指先の震えさえ、私の征服欲を激しく突き動かした。 あの中将、源頼嗣とこの花を分け合うなど、到底、耐え難い。
『……そんな顔をして、誰を待っている。男か』
奪い取った扇の下から現れた、露に濡れたような瞳。驚きに開かれた桃色の唇。 あの瞬間、私は決めたのだ。この花を、根こそぎ私の庭へと植え替えてやると。
そして今、東宮御所の密室で、彼女は私の腕の中にいる。
「……んっ……」
口づけを落とせば、彼女の唇は想像していた以上に柔らかく、そして驚くほどに甘かった。 抵抗しようと胸を押し返してくる小さな手の平。その頼りない力が、逆に私の理性を焼き切ろうとする。
これまで、幾人もの女御が私の側に侍ろうとしてきた。だが、彼女たちの誰一人として、私の心に触れることはおろか、唇を重ねたいとさえ思わせなかった。 呼吸を乱すたび、衣の隙間から溢れ出す、あの瑞々しい匂い。それは、生まれて初めて知る、私を狂わせる「毒」だった。
――中将は、この柔肌に触れたのだろうか。 この、小さく可憐な唇の甘美な甘さを、あやつも知っているというのか。
激しい嫉妬が、喉の奥を焼く。 初めて知った女の甘さは、同時に、これまでにないほど残酷な独占欲を私の中に目覚めさせた。
そう考えただけで、視界が嫉妬で暗く染まる。 だが、問い詰めた私に対する彼女の、あの耳朶まで真っ赤に染め上げた初心(うぶ)な反応。
あれが演技でないのなら、彼女はまだ、男というものを何も知らぬはずだ。
「……お前の唇は、蜜よりも甘い」
指先でなぞったその唇は、私がつけた熱でわずかに腫れ、艶を増している。 怯え、震え、涙を浮かべながらも、私の「妻」となる運命から逃れられぬと悟り、小さく頷いたあの瞬間。
(手放すものか。誰にも、指一本触れさせはしない)
あの清廉な美貌も、絹糸のような黒髪も、そしてその内側に秘められた、まだ誰も知らない情熱も。 すべてを私が暴き、私の色で塗り潰してやる。 儀式の日。重い装束を脱ぎ捨て、その白い肌が私の下に曝け出される時、彼女は初めて知ることになるだろう。
私がどれほどまでに、彼女という「獲物」に執着し、狂わされているかを。
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