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第2話 フィドル弾きと踊り子 Violinista e Ballerina
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***
「久しぶりね、絵描きさん」
広場で声をかけて来たのは天使である。
今日は真っ白なコサック帽子にもこもこの白い毛皮のコートに身を包んだ彼女は、相変わらず天使の名に恥じない無垢な笑顔で、微笑している。
「やあ、天使さん。ご機嫌はどうだい?」
「すこぶる上機嫌、絵描きさんは?」
「まあまあ、かな」
「それは結構ですね」
その大人びた語り口も、いつも通りである。
「絵描きさんは、今日はどちらへ?」
「いつものところだよ」
「と云うと『スペランツァ』へ? 希望は見つかったのかしら?」
「いつも希望は胸の中にあるさ。だからこうして生きている。お金がなくてもね」
そんな絵描きの言葉に、天使は肩を竦めて笑って見せる。
「それが絵描きさんの良いところなのね。その気持ちが周りの人たちにも希望を分け与えてくれるんでしょうね」
「それほどのものでもないよ」と、絵描き。
「そう云えば、以前に会った時に何かご馳走する約束をした気がするけども、今日はどうかな? 『スペランツァ』のピッツァはなかなかの味だと、ぼくは思っているんだけど」
「ピッツァ? う~ん、魅力的なお誘いですね。でも私は絵描きさんが思っているほど、ほいほいとついて行くような安い女ではないわよ」
「おいおい」
絵描きは笑う。
「天使さん、君はいったいどこでそんなオシャマな台詞を憶えたんだい?」
「さあ。昔のことで忘れたわ」
「そうか。それじゃ今日もフラれてしまったみたいだし、次の機会につきあってもらおうかな?」
「その時はフルコースをご馳走してくれる?」
「考えておくよ」
「楽しみだわ。それじゃ、絵描きさん、また。――あ、それから」
天使は少しだけ真顔になって絵描きを見上げる。
「あなたは、本当に不思議な人ね、絵描きさん」
不思議? それはどう云う意味だろうか、と、絵描きは首を傾げる。
そんな彼の思いに気づいているのかいないのか、天使は手を振ると「大道芸人の広場」の石畳を駆け抜ける。
その真っ白い姿はまさしく、天使そのもののようであった。
居酒屋「スペランツァ」の扉を開ける。
今日も客は少なく、今日もマスターは素っ気ない。
絵描きは黙っていつもの奥のカウンターに陣取る。
バイトの娘が微笑して、店で一番安い白ワインを絵描きの前に置く。
彼は、ありがとう、とひと言告げると、それに口をつけながら、ちらりと、背後のテーブルに目をやる。
そこには誰もいない。
そう云えば、ここ数日、踊り子とフィドル弾きを目にしていないことを思い出すと、彼はバイトの娘に訊ねる。
「最近、あのふたりに会っていないんだけど、どうしてるんだろうな」
「あのふたり? ああ、踊り子さんとフィドル弾きさん?」
「ああ」
「絵描きさん、会ってないの?」
「何日か前にこの先の倉庫で練習しているのを見てからは、会ってない」
「そうか」
彼女はグラスを磨きながら、そうなのか、と、呟く。
「どうして?」
「知ってるんだと思ってた」
「何を?」
「あのふたり、また、旅に出たみたいだよ。何だか絵描きさんに絵を描いてもらって、それを見たら、もう一度やってみようかって気になったって。それでどこかでオーディションを受ける、とか、そんなことを云ってたみたい」
オーディション。つまりは、大道芸人をやめて、ちゃんとしたバレエ団にでも入り直して『踊り子とフィドル弾き』ではなく、ありきたりのダンサーとヴァイオリニストに戻ろう、と、そう云うことのようである。
「一度、絵描きさんに会いたいって云ってたよ」
「そうなのか。ぼくも会いたかったな。――それで、何処へ行ったんだ?」
「さあ」と、バイトの娘は首を傾げる。
「そこまでは――」
絵描きは、そうなのか、と、呟くと、ワインを飲み干す。
「寂しくなるな」
「そうね」
「今頃は何処かの町で、やっぱり踊っているのかな?」
「そうかも知れないね」
そうか。良い旅を――。
「久しぶりね、絵描きさん」
広場で声をかけて来たのは天使である。
今日は真っ白なコサック帽子にもこもこの白い毛皮のコートに身を包んだ彼女は、相変わらず天使の名に恥じない無垢な笑顔で、微笑している。
「やあ、天使さん。ご機嫌はどうだい?」
「すこぶる上機嫌、絵描きさんは?」
「まあまあ、かな」
「それは結構ですね」
その大人びた語り口も、いつも通りである。
「絵描きさんは、今日はどちらへ?」
「いつものところだよ」
「と云うと『スペランツァ』へ? 希望は見つかったのかしら?」
「いつも希望は胸の中にあるさ。だからこうして生きている。お金がなくてもね」
そんな絵描きの言葉に、天使は肩を竦めて笑って見せる。
「それが絵描きさんの良いところなのね。その気持ちが周りの人たちにも希望を分け与えてくれるんでしょうね」
「それほどのものでもないよ」と、絵描き。
「そう云えば、以前に会った時に何かご馳走する約束をした気がするけども、今日はどうかな? 『スペランツァ』のピッツァはなかなかの味だと、ぼくは思っているんだけど」
「ピッツァ? う~ん、魅力的なお誘いですね。でも私は絵描きさんが思っているほど、ほいほいとついて行くような安い女ではないわよ」
「おいおい」
絵描きは笑う。
「天使さん、君はいったいどこでそんなオシャマな台詞を憶えたんだい?」
「さあ。昔のことで忘れたわ」
「そうか。それじゃ今日もフラれてしまったみたいだし、次の機会につきあってもらおうかな?」
「その時はフルコースをご馳走してくれる?」
「考えておくよ」
「楽しみだわ。それじゃ、絵描きさん、また。――あ、それから」
天使は少しだけ真顔になって絵描きを見上げる。
「あなたは、本当に不思議な人ね、絵描きさん」
不思議? それはどう云う意味だろうか、と、絵描きは首を傾げる。
そんな彼の思いに気づいているのかいないのか、天使は手を振ると「大道芸人の広場」の石畳を駆け抜ける。
その真っ白い姿はまさしく、天使そのもののようであった。
居酒屋「スペランツァ」の扉を開ける。
今日も客は少なく、今日もマスターは素っ気ない。
絵描きは黙っていつもの奥のカウンターに陣取る。
バイトの娘が微笑して、店で一番安い白ワインを絵描きの前に置く。
彼は、ありがとう、とひと言告げると、それに口をつけながら、ちらりと、背後のテーブルに目をやる。
そこには誰もいない。
そう云えば、ここ数日、踊り子とフィドル弾きを目にしていないことを思い出すと、彼はバイトの娘に訊ねる。
「最近、あのふたりに会っていないんだけど、どうしてるんだろうな」
「あのふたり? ああ、踊り子さんとフィドル弾きさん?」
「ああ」
「絵描きさん、会ってないの?」
「何日か前にこの先の倉庫で練習しているのを見てからは、会ってない」
「そうか」
彼女はグラスを磨きながら、そうなのか、と、呟く。
「どうして?」
「知ってるんだと思ってた」
「何を?」
「あのふたり、また、旅に出たみたいだよ。何だか絵描きさんに絵を描いてもらって、それを見たら、もう一度やってみようかって気になったって。それでどこかでオーディションを受ける、とか、そんなことを云ってたみたい」
オーディション。つまりは、大道芸人をやめて、ちゃんとしたバレエ団にでも入り直して『踊り子とフィドル弾き』ではなく、ありきたりのダンサーとヴァイオリニストに戻ろう、と、そう云うことのようである。
「一度、絵描きさんに会いたいって云ってたよ」
「そうなのか。ぼくも会いたかったな。――それで、何処へ行ったんだ?」
「さあ」と、バイトの娘は首を傾げる。
「そこまでは――」
絵描きは、そうなのか、と、呟くと、ワインを飲み干す。
「寂しくなるな」
「そうね」
「今頃は何処かの町で、やっぱり踊っているのかな?」
「そうかも知れないね」
そうか。良い旅を――。
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