26 / 30
第五章 勇者ミンネ
2.竜の裁き
しおりを挟むパチュイがすぐに動いた。
ミンネと兵の間に立ち、トトリ兵を指揮する。
「ドラド兵は武器を捨てよ! 従えば命は奪わぬ! これは戦ではない! 交渉のための一時的な措置だ!」
すぐにガラガラと音がして、黄色い帆飾りのついた槍が次々と落ちる。
トトリ兵は、すかさずドラド兵を縛り上げ、木の幹につないだ。
作業が終わるのを待って、ミンネはダーナムを捕らえたまま、集まった長たちに向き合う。
「長たちよ、驚かせたことを申し訳なく思います。私はこれから、南の山へと向かい、祭壇に立ちます。ドラドの長を共に連れていくのは、彼が火竜の子を殺し、私の兄、エンジュに火竜の子殺しの罪を着せたからです。火竜の子の身体からも、兄の躯からも、矢じりが出てきました。兄を殺したのは火竜だとも思わせるため、この男は罪なき兄の背を焼いたのです。その上、この災厄の責を我らに押しつけ、土地を奪おうともしています。私は、ドラドの長と共に祭壇に立ち、竜に裁きをゆだねることにしました。すでに、ドラドの長の言い分は、皆様もお聞きになられたことと思います。どちらが正しいか、竜が答えを出してくれるでしょう」
ミンネは腹の底から声を出し、その長い言葉を言い切った。
しん……と辺りは静まり返る。
「トトリの姫に、問う」
南部の長のひとりが手を上げ、一歩前に出た。
エーラダの長だ。髪はほとんどまっしろで、この場では最年長である。
「火竜は、姫と話をするのか? 蒼き血は力を失った、とドラドの長は言った」
「それもまた、南の山で答えが出ましょう。どうか見届けていただきたい」
南部の長たちは、それぞれが顔を見合わせ、うなずいた。
そうして、ごん、と杖を叩いた。
ごん、ごん、と音が続く。
これは南部の習慣で、長が物事を決定したことを伝える合図だ。
北部の長たちは顔を見合わせ、右の拳で左の胸を二度叩いた。ミンネも見慣れた、北部の流儀である。
ここまでは、作戦通りに進んでいる。
強引な手を使ってでも、こちらの言い分を長たちに伝え、祭壇の前に立つ。
それが、ミンネの作戦だった。
火竜の子を殺したのは、このオオカミの息子だ。
火竜と長たちの前で、明らかにしたい。
パチュイが一礼して、ダーナムに近づいた。
「失礼ながら、縄をかけさせていただきます。我らの目的は、あなたを殺戮することにはない。無事に祭壇を下りることができましたら、必ず解放いたします」
パチュイは手早くダーナムを縄にかけた。
さらにさるぐつわをかませる。
彼の腹で燃える憤りを思えば、この場で、義兄の仇に剣を突き立てたとしてもおかしくはない。
それでも、礼を失さぬようにふるまう彼を、立派だ、とミンネは思った。
ダーナムは、ミンネとパチュイをぎょろりと大きな目でにらんだ。
だが、さるぐつわをされた状態では、声の出しようもない。黙ってされるがままになっていた。
パチュイは、ダーナムの縄を手に、南の山に向かって歩き出した。
ミンネはその横に並ぶ。
「助かった。ありがとう、パチュイ」
「天に助けられた。宝玉はどうなった?」
「ここに」
ミンネは、襟元から宝玉を出してパチュイに見せた。
「信じていたぞ」
「私もだ」
互いの目を見て、にこりと笑う。
勝負の時は、迫っていた。
ミンネを先頭にした一行は、南の山の、白い石の階段を、二列に並んで進んでいく。
南の山は、半ばまではわずかな草木に覆われているが、上半分はむき出しの岩になっている。
ますます気温は上がっており、ミンネはあごからしたたる汗を、時折ぬぐう必要があった。
「暑いな」
誰かが小さな声で呟き、誰かが「まったくだ」と答えた。
恐らく、北部の長たちだろう。
南部の長たちは、汗こそ浮かんでいるものの、それほど弱った風でもない。暑さには慣れているものと見える。
この白い階段は、蒼の国の長たちが、その地位につく時にだけ上るものだ。
すでに長の地位についた人たちにとっては、一度通った道だろうが、ミンネにとっては初めてのことである。
祭壇が見えた。
円の形に白い石が敷きつめられている。
長の地位につく者は、ここで長として、村を正しく導くことを火竜に誓う。
いずれ立つことになる祭壇の真ん中に、ミンネは立った。
パチュイはダーナムに膝を折らせ、さるぐつわを取った。
竹筒に入っていた水を飲ませる。彼も北部の人間だ。この暑さには参っているだろう。
「……ただで済むと思うなよ。小娘め!」
感謝の言葉など期待してはいなかったが、ヘビのような目でにらみつけ、ダーナムは呪うように言葉を放った。
「それはこちらのせりふです。火竜の子を殺したあなたは、もっとこの場所を恐れるべきではありませんか?」
ミンネの言葉に、ダーナムは視線にますます強い憎悪をこめた。
「ふん。火竜などなにあろう。すでに兵は麓に集まっているぞ。火竜の子は矢で死んだ。ならば親とて矢で殺せる。もはや、竜などを恐れる時代は終わった。島は人の子が――強い兵を持つドラドが治めるべきだ!」
ドクン、とミンネの心臓が、大きく波打った。
耳を疑うような言葉だ。
「まさか、それを知るために火竜の子を殺したのですか?」
手足が冷たくなり、わなわなと震える、
竜を殺すために、その子で試し、ミンネをエサに炎竜をおびきよせ、弓矢で殺すつもりだったのだ。
「まもなくドラドのすべての兵が麓に集まる。女神の末裔をかたり、大きな顔をしおって! 富を不当に手に入れ、奢った罰だ! 小娘め! 命ごいをするなら今のうちだぞ!」
なんと勝手なことをいう男だろう。ミンネはカッとなって怒鳴り返した。
「トトリが豊かなのは、職人を育てたからで――!」
「なぜ、私が即位したとき、トトリは祝いの品を送らなかった!?」
だが、さらに大きな声で、ダーナムはミンネの言葉をさえぎった。
意味を理解するのに、時間が要った。
だが、ミンネはすぐにその件を思い出した。父から聞いた話だ。
「……あなたが、長として火竜の祭壇に立つことを拒んだからだ、と聞いています」
「トカゲなどに祈ってなんになる! トトリのせいで、南部の長たちも祝いの品を送るのをやめた。兄は私に資格がないと反旗をひるがえし、我らは血を血で洗う跡目争いをする羽目になったのだ! 貴様らの蒼き血が、尊いオオカミの血を無駄に流れさせた!」
恨みに燃えるダーナムの碧い目に、しかしミンネはひるまなかった。
「それが理由か!? あなたは私怨で私の兄を殺し、トトリから領土を奪おうとしたのだな!」
「蒼き血など、もはや不用だ! トカゲのバケモノともども滅びてしまえ! あがめるべき神は、オオカミだけで十分だ!」
うなるようなダーナムの言葉に、ミンネは我を失いそうになる。
許せない。目の前が真っ赤になった。
「滅びるのはお前だ! けだものめ!」
ミンネは叫ぶなり、ダーナムの身体を押し倒し、馬乗りにまたがった。
石刀を喉に強く押しつける。ぐぉ、と苦し気にダーナムはうめいた。
「よせ、ミンネ! やるなら俺がやる!」
パチュイは止めたが、ミンネは止まらなかった。血走った目で、ダーナムを見下ろす。
「今ここであなたが死んでも、神殺しを成し遂げる猛者が、ドラドにいるのか?」
さらに手に力をこめる。
この男の命さえ奪えば、火竜を攻撃するなどという大それた真似を、兵らが独断でするとも思えない。
神に弓ひく度胸があるのは、この男一人だ。
この男さえ――殺せば。
『やめよ』
声が――聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
マジカル・ミッション
碧月あめり
児童書・童話
小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)
tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気!
人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる