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第五章 勇者ミンネ
2.竜の裁き
しおりを挟むパチュイがすぐに動いた。
ミンネと兵の間に立ち、トトリ兵を指揮する。
「ドラド兵は武器を捨てよ! 従えば命は奪わぬ! これは戦ではない! 交渉のための一時的な措置だ!」
すぐにガラガラと音がして、黄色い帆飾りのついた槍が次々と落ちる。
トトリ兵は、すかさずドラド兵を縛り上げ、木の幹につないだ。
作業が終わるのを待って、ミンネはダーナムを捕らえたまま、集まった長たちに向き合う。
「長たちよ、驚かせたことを申し訳なく思います。私はこれから、南の山へと向かい、祭壇に立ちます。ドラドの長を共に連れていくのは、彼が火竜の子を殺し、私の兄、エンジュに火竜の子殺しの罪を着せたからです。火竜の子の身体からも、兄の躯からも、矢じりが出てきました。兄を殺したのは火竜だとも思わせるため、この男は罪なき兄の背を焼いたのです。その上、この災厄の責を我らに押しつけ、土地を奪おうともしています。私は、ドラドの長と共に祭壇に立ち、竜に裁きをゆだねることにしました。すでに、ドラドの長の言い分は、皆様もお聞きになられたことと思います。どちらが正しいか、竜が答えを出してくれるでしょう」
ミンネは腹の底から声を出し、その長い言葉を言い切った。
しん……と辺りは静まり返る。
「トトリの姫に、問う」
南部の長のひとりが手を上げ、一歩前に出た。
エーラダの長だ。髪はほとんどまっしろで、この場では最年長である。
「火竜は、姫と話をするのか? 蒼き血は力を失った、とドラドの長は言った」
「それもまた、南の山で答えが出ましょう。どうか見届けていただきたい」
南部の長たちは、それぞれが顔を見合わせ、うなずいた。
そうして、ごん、と杖を叩いた。
ごん、ごん、と音が続く。
これは南部の習慣で、長が物事を決定したことを伝える合図だ。
北部の長たちは顔を見合わせ、右の拳で左の胸を二度叩いた。ミンネも見慣れた、北部の流儀である。
ここまでは、作戦通りに進んでいる。
強引な手を使ってでも、こちらの言い分を長たちに伝え、祭壇の前に立つ。
それが、ミンネの作戦だった。
火竜の子を殺したのは、このオオカミの息子だ。
火竜と長たちの前で、明らかにしたい。
パチュイが一礼して、ダーナムに近づいた。
「失礼ながら、縄をかけさせていただきます。我らの目的は、あなたを殺戮することにはない。無事に祭壇を下りることができましたら、必ず解放いたします」
パチュイは手早くダーナムを縄にかけた。
さらにさるぐつわをかませる。
彼の腹で燃える憤りを思えば、この場で、義兄の仇に剣を突き立てたとしてもおかしくはない。
それでも、礼を失さぬようにふるまう彼を、立派だ、とミンネは思った。
ダーナムは、ミンネとパチュイをぎょろりと大きな目でにらんだ。
だが、さるぐつわをされた状態では、声の出しようもない。黙ってされるがままになっていた。
パチュイは、ダーナムの縄を手に、南の山に向かって歩き出した。
ミンネはその横に並ぶ。
「助かった。ありがとう、パチュイ」
「天に助けられた。宝玉はどうなった?」
「ここに」
ミンネは、襟元から宝玉を出してパチュイに見せた。
「信じていたぞ」
「私もだ」
互いの目を見て、にこりと笑う。
勝負の時は、迫っていた。
ミンネを先頭にした一行は、南の山の、白い石の階段を、二列に並んで進んでいく。
南の山は、半ばまではわずかな草木に覆われているが、上半分はむき出しの岩になっている。
ますます気温は上がっており、ミンネはあごからしたたる汗を、時折ぬぐう必要があった。
「暑いな」
誰かが小さな声で呟き、誰かが「まったくだ」と答えた。
恐らく、北部の長たちだろう。
南部の長たちは、汗こそ浮かんでいるものの、それほど弱った風でもない。暑さには慣れているものと見える。
この白い階段は、蒼の国の長たちが、その地位につく時にだけ上るものだ。
すでに長の地位についた人たちにとっては、一度通った道だろうが、ミンネにとっては初めてのことである。
祭壇が見えた。
円の形に白い石が敷きつめられている。
長の地位につく者は、ここで長として、村を正しく導くことを火竜に誓う。
いずれ立つことになる祭壇の真ん中に、ミンネは立った。
パチュイはダーナムに膝を折らせ、さるぐつわを取った。
竹筒に入っていた水を飲ませる。彼も北部の人間だ。この暑さには参っているだろう。
「……ただで済むと思うなよ。小娘め!」
感謝の言葉など期待してはいなかったが、ヘビのような目でにらみつけ、ダーナムは呪うように言葉を放った。
「それはこちらのせりふです。火竜の子を殺したあなたは、もっとこの場所を恐れるべきではありませんか?」
ミンネの言葉に、ダーナムは視線にますます強い憎悪をこめた。
「ふん。火竜などなにあろう。すでに兵は麓に集まっているぞ。火竜の子は矢で死んだ。ならば親とて矢で殺せる。もはや、竜などを恐れる時代は終わった。島は人の子が――強い兵を持つドラドが治めるべきだ!」
ドクン、とミンネの心臓が、大きく波打った。
耳を疑うような言葉だ。
「まさか、それを知るために火竜の子を殺したのですか?」
手足が冷たくなり、わなわなと震える、
竜を殺すために、その子で試し、ミンネをエサに炎竜をおびきよせ、弓矢で殺すつもりだったのだ。
「まもなくドラドのすべての兵が麓に集まる。女神の末裔をかたり、大きな顔をしおって! 富を不当に手に入れ、奢った罰だ! 小娘め! 命ごいをするなら今のうちだぞ!」
なんと勝手なことをいう男だろう。ミンネはカッとなって怒鳴り返した。
「トトリが豊かなのは、職人を育てたからで――!」
「なぜ、私が即位したとき、トトリは祝いの品を送らなかった!?」
だが、さらに大きな声で、ダーナムはミンネの言葉をさえぎった。
意味を理解するのに、時間が要った。
だが、ミンネはすぐにその件を思い出した。父から聞いた話だ。
「……あなたが、長として火竜の祭壇に立つことを拒んだからだ、と聞いています」
「トカゲなどに祈ってなんになる! トトリのせいで、南部の長たちも祝いの品を送るのをやめた。兄は私に資格がないと反旗をひるがえし、我らは血を血で洗う跡目争いをする羽目になったのだ! 貴様らの蒼き血が、尊いオオカミの血を無駄に流れさせた!」
恨みに燃えるダーナムの碧い目に、しかしミンネはひるまなかった。
「それが理由か!? あなたは私怨で私の兄を殺し、トトリから領土を奪おうとしたのだな!」
「蒼き血など、もはや不用だ! トカゲのバケモノともども滅びてしまえ! あがめるべき神は、オオカミだけで十分だ!」
うなるようなダーナムの言葉に、ミンネは我を失いそうになる。
許せない。目の前が真っ赤になった。
「滅びるのはお前だ! けだものめ!」
ミンネは叫ぶなり、ダーナムの身体を押し倒し、馬乗りにまたがった。
石刀を喉に強く押しつける。ぐぉ、と苦し気にダーナムはうめいた。
「よせ、ミンネ! やるなら俺がやる!」
パチュイは止めたが、ミンネは止まらなかった。血走った目で、ダーナムを見下ろす。
「今ここであなたが死んでも、神殺しを成し遂げる猛者が、ドラドにいるのか?」
さらに手に力をこめる。
この男の命さえ奪えば、火竜を攻撃するなどという大それた真似を、兵らが独断でするとも思えない。
神に弓ひく度胸があるのは、この男一人だ。
この男さえ――殺せば。
『やめよ』
声が――聞こえた。
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