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第四章:星の海を行く城

第四〇話:異世界も青かった。ただし一部赤黒い

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「ちかくぅ?」
「そう、地殻だ」

 エルフとなった千葉が揺れる城壁を踏みしめゆっくりと立ち上がった。
 流れるような優雅な所作だ。
 中身は男子高校生の千葉君であるが、キャラづくりにかける執念なのだろうか。
 一つ一つの動作が恐るべき水準になっている。完成された幻想世界のエルフがそこに存在していた。

「地殻が粉砕されたようだな」
 クイッとエアメガネを持ち上げる動作をしながら、エルフの千葉が言った。
 その声音は冷静さを取り戻していた。

「地殻が粉砕されたの?」
「ああ、地下のマントルが噴き出している」
「なんで?」
「いや、オマエが瓦礫を超高速でぶち込んだからだろ」

「ガガガーーーン」と大地がブッ裂けて、巨大な火柱が何本もぶちあがっていく。

『きゃはははは! エ〇ァね! まるで、劇場版一作目の〇ヴァン〇リヲンのラストシーンみたい! すごいわ! ねえ、もっとやろうよ!』

 勘弁してくれ……
 アンビリカルケーブルのような物でつながったままの精霊様が大爆笑していた。
 パタパタと四枚羽を震わせ、ホバリングしている。
 真っ赤に燃える無数の巨大な火柱は確かにその名作アニメを想起させるものだった。
 で、どーすんだよこれ?
 俺、しらねーよ。

『なあ、サラーム』
『なによ、アイン?』
『これ、結構ヤバいかもしれんな』
『そうなの?』
『ああ』

「なあ、千葉、これ不味の? やっぱ?」
「まずいな。かなりまずい」

 細く優雅な腕を緩やかなラインを描く胸の下で組む千葉と言う名のエルフ。
 小首を傾け、思考している。
 灼熱のオレンジの光の奔流の中、エメラルドグリーンの髪が揺れる。

「この世界の惑星の構造は不明であるが……」

 千葉はここで一度、言葉を切った。
 そして、ビシッと巨大な火柱を指さす。

「このまま地殻の崩壊が進めば、この星全体が『地殻津波』で、終焉を迎えるのではないかと思う――」
「はい? ちかくつなみ?」
「うむ、惑星の地殻が吹き飛び、それが高さ1キロ以上の津波となり、この星を覆い尽くすのではないかと思うのだ。現段階では推測ではあるが」
「それって、大変なんじゃね?」
「端的に言って、世界が終る。異世界終了宣言ですな」
「アホウか……」

『バカみたい! 石ころ撃ちこんだくらいで世界が終るとか、惑星って脆すぎて笑っちゃうわね!』
『アホウか! こっちは泣きたいよ! なんで、こうも次から次へと難題がやってくるんだよ! ガチホモどころじゃねーよ!』
『光速の70%の速度で石ころ撃ちこんだくらいで、世界が終るけないわ! 人間は滅ぶかもしれないけど』
『おま! 俺が死んだら、お前も死ぬぞ! 切るぞ! むしるぞ! このアンビリカルケーブルを!!』

 俺はサラームに向かって伸びているアンビリカルケーブルを握りしめる。
 以外に細いので、力を込めたらきれそうな気もする。

『ぎゃぁぁぁぁ! やめてよ! 分かったわよ! 大丈夫よ! この城は物理障壁で囲ったから! 安全だわ!」

 サラームが俺の手にしがみ付いて叫ぶ。必死だった。
 この引きこもり精霊様は、12年間俺の中に棲み続けていたせいで、俺と完全にくっついてしまっている。
 アンビリカルケーブルを切ると死ぬかどうかは分からないが、凄まじく危険な感じがするのだろう。サラームにとっては。

 俺はゆっくりと手を離した。

『俺たちが助かるってのは、まあいいけど……』

 周囲は更に酷いことになっている。
 火柱と火山弾ような巨大な岩石が吹っ飛び、地面はマグマでグツグツを沸騰していた。
 地獄絵図と言う言葉が生ぬるい。もはや15万人のガチ※ホモ軍などどこに行った分からん。
 人の力など、自然災害の前には全く無力であることが分かった。
 本当に怖いね、自然災害。

 しかしだ。事態は、ガチ※ホモ軍の侵略とかそんなレベルの話じゃなくなっているんじゃね?
 これ、この異世界全体の問題になりつつあるんじゃね?
 どーなの?

「あはッ! スゴイなアインは! 一瞬で全滅だ! 私の出番なんかないね」
 
 釘バットを肩に担いでライサが言った。
 地獄が現出したかのような灼熱の爆炎の出す紅い光の中、彼女の緋色の髪も舞っている。
 この地獄のような光景を見て、うっとりとしている。この破壊を俺の力だと信じて、さらに俺に惚れていくのだろう。
 まあ、それはそれで歓迎すべきことではあるが、その前提となる異世界がヤバい。

「天才です―― アインはやはり天才…… いいえ、新世界の王になるべき存在です」

 シャラートのメガネのレンズが灼熱の光を反射している。その奥の涼やかな眼差しが潤んでいる。
 はぁはぁと呼吸が荒くなっているのが分かる。
 呼吸に合わせ、特上のおっぱいがゆっくりと揺れる。俺専用のおっぱいだ。
 目の前の惨劇が、このクールビューティのお姉様の欲情スイッチをオンにしてしまったようだ。
 
「シャラート……」

 彼女は俺にしなだれかかってきた。柔らかな胸が当る。
 すっと細く白い手を俺の首に回してきた。真正面から俺を見つめてきた。造形に隙のない美女。
 切れるような美貌のお姉様が、俺にぞっこんだった。
 でも、周囲の状況はそれどころではない。

「乳メガネ! 離れなさいよ! もうね、まだ作戦は終わってないのよッ!」

 薄青い魔力光に包まれながら、金髪ツインテールを揺らすエロリィ。
 キッっと碧い瞳でシャラートと俺を見つめる。
 珍しく正論だった。

 そうだ。この後は、城をガチ※ホモの居城に特攻させる作戦なんだ。
 つーか、今となってはその作戦がありがたい。
 もうね、とっととこの場を城ごと離れた方がいいと思う。ここに止まっていてもろくなことは無いと思うから。

「そうですね―― ここはロリ姫様の言う通りかもしれません」

 すっと俺からシャラートが離れた。素直だ。だけどメガネの奥の目はスッと細くなっている。
 抑えきれない殺意がその双眸から漏れてきているようだった。
 さすがに、ここでチャクラムを投げつけることはしなかったが。

「アイン――、続きは、ガチホモを皆殺しにしてからです――」

 艶のあるうっとりとした声音で、物騒なことをのたまう。俺の腹違いの姉で婚約者。
 欲情を殺意に転換させ、感情を制御したようだ。
 
「そうでございますね。ガチ※ホモ王国に突撃でございます」
 頭を下げながら、侍従のセバスチャンが言った。この事態にも全く動じていない。
 さすが俺の祖父の曖昧な国王の侍従をやっているだけのことはあった。

「じゃあ、とりあえず、突撃だな! ガチ※ホモ王国に! エロリィ! 行くぜ!」

 さあ、早くこの現場から逃げよう。この際、ガチ※ホモ王国でもどこでもいいよ。
 やりたくなかった特攻作戦であるが、今や大歓迎だ。
 この自然現象のカタストロフが、ガチ※ホモ王国まで及んでいくのかどうかは知らん。
 まあ、その時はそのときだ。考えるのが面倒だ。

 エロリィが腰を落とし、すっと両手を広げた。すでにその白く繊細な両腕の周囲にはリングのような複層魔法陣が展開されている。
 その魔法陣が燐光のような光を放ちゆっくりと回転している。

「ああああん、らめぇ、らめなのぉぉ。だって、魔素をいきなり注ぎ込むなんて、そんな奥にピュッピュされたら、私の魔力回路が、らめになっちゃうのぉぉ、あひゃ~ん。らめ、らめぇ、らめぇ、魔力回路の奥をコツコツしないでぇ、そんなとこに魔素をドピュドピュされたら、魔力が溢れ出ちゃうのぉぉ、出来ちゃう、もう出来ちゃうのぉォぉ、すっごい、魔法が出来ちゃうののぉぉぉ。すきぃ、魔法が好きなのぉぉ、飛ぶのぉぉ、飛んじ――」

 エロリィの金色のツインテールが重力に逆らい全身が魔力光に包まれたその瞬間だった。

 凄まじい爆音と振動。空間そのものがビリビリと振動した。
 薄れ行く意識の中、俺は凄まじいGを感じていた。城壁の床に体全体が押し付けられ、のしイカになっていくような感じがした。
 俺が耐えられる限界を超えた。凄まじいい加速度が生み出すGだ。 
 周囲の視界が暗くなる。

 俺は、ブラックアウトした。

        ◇◇◇◇◇◇

『アイン! アインたら、ねえ、起きた方がいいわよ』

 脳内に声が響く。
 俺の体内に引きこもっている精霊様だ。サラームという自称精霊王候補だ。

「ん~ん…… サラーム…… どうなったんだ? いったい。転移成功?」
 
 俺は頭を押さえて、ゆっくりと立ち上がった。まだクラクラする感じが抜けない。
 なぜか、体重が無くなって、体がフワフワするような気がした。

「あれ?」

 城壁にはシャラート達がまだひっくり返っている。
 目を覚ましたのは俺が一番最初のようだった。
 
 つーかそれより大きな問題があった。
 俺はその光景を見下ろしているのだ。
 俺の足もとのかなり下に、城壁がみえるわけなんだが……

 俺はゆっくりとであるが、城壁から離れ空を飛んでいた。
 完全に宙に浮いている。
 すっごく体が軽いんだけど?
 おい、なにこれ?

 俺は首を回してゆっくりと周囲を見た。
 空が黒い。星が出ている。
 夜? 
 でも明るいんだけど――

 そして俺の視界にあるものが映る。
 青い球体。まるで漆黒の闇に浮かぶ、青い宝石のような球体だ。
 よくみると、一部赤黒くなって、放射状に閃光のようなものが吹きあがっている。
 なんだろうね……

 俺は更に周囲をよく観察した。
 なんか、球形のドームのようなものに城全体が包まれているように見えた。
 サラームの言っていた物理結界と言う奴か?

 俺は思い切り深呼吸して、数を数えた。4まで数える。

「サラーーーーーム!! なんじゃこりゃぁぁ!!」

 俺の渾身の絶叫が異世界の宇宙空間に木霊した。
 吐きだした絶叫の威力で俺の体が無重力状態の中、クルクル回り出した。
 慣性の法則を実感した。

 異世界は青かった。ただし、一部赤黒かったけど。
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