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4.いきなりストレート

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「すこし強く投げすぎましたかぁ?」と、兄が言う。わたしの口を使って。
 尚且つ媚びるような品まででつくるんだけど。
 そんなのわたしが、やったってキモイだけなのに。

『ちょっとお兄ちゃん……』
『お、心で話せるようになったな』
『え?』

 思わず声を出したつもりが、それは兄にしか聞こえない心の声となったようだった。

『とにかく、無茶苦茶しないでよ。わたしの高校生活が……』
『どうせ、ボッチでつまらん高校生活だろ? これ以上悪化しないから問題ないッ!』
『なんでそんな力説するのよぉぉ~』
『真琴だって、他の人に認められたいって思いはあるだろ? だから小説とか書いてるんじゃね?』
『あッ――!!!!』
『ネットに投稿しているのも、他人に認められたいからだろ 承認欲求ってやつ?』
『だ、誰にも秘密だったのに……』
『あはははは、もうオレと真琴に間では秘密は無しだ! つーか物理的に秘密を作るの無理』
『がぁぁぁぁぁぁ―― やめて! 本気でやめて!』
『お、スピードガンもってきたな……』

 兄はわたしの懇願を完全無視。
 憑依した上に身体を勝手につかって、野球をやらせる気なのだ。
 本気で勘弁して欲しい。お願いだから。
 
「えっと、一応運動靴なんだな。でもその格好で」

 監督は言った。
 足は運動靴だけど、学校の制服だ。
 野球のピッチャーがどうやってボールを投げるかくらい走っている。
 脚を上げる。結果、スカートがめくれる。恥ずかしい。恥ずかしい。
 やめて、やめて、本当に絶対にやめて――

「大丈夫です。マウンドから投げることができるなんて光栄です!」

「そうかぁ」

『お兄ちゃん! スカートがめくれる! 駄目! 駄目だから!』
『大丈夫、それどころじゃねーのを見せてやるから』

 兄は自信満々だった。
 生前はプロ野球でも注目された選手だったけど、投げるのはわたしの身体なのだ。
 運動なんかほとんどしていない。ただ背が高いだけのわたし。
 中学時代には「ナナフシ」とか「メガネ棒人間」というあだ名で呼ばれていたひょろりとした貧弱な体型。

「じゃ、投球練習かねて軽く投げますね」

 私の心の叫びをガン無視して兄はマウンドにたって、足元を固めている。

「じゃ、軽く」

 兄は小さく脚を上げた。スカートがめくれるほどじゃなかった。気をつかってくれたのか?
 肩甲骨が背骨に食い込むくらい右手を深く動かす。
 上げた足がずぉぉっと大きく踏み出した。
 ヒュンッ――
 自分の腕が信じられない速度で動く。
 耳朶を風が打つ。指先の毛細血管がビチビチ切れる感じ。やめてッ!!
 ビッっと、人差し指と中指で、ボール鉄球?を叩き潰すように弾き出す。

『いやぁぁぁ!』

 伸ばしっぱなしの髪がばさぁぁと宙を舞った。

 パーン!!
 と乾いた音が響いた。
 ボールを野球部の人が捕ったのだ。
 あ、あれだ「キャッチャー」という人だ。なんかごっつい鎧みたいなの身につけている人。
 
「一二五キロ! 速っ! おい、女子の日本記録って何キロだよ!?」

 監督はそう言って、スマホで調べだした。

「おいおい、日本最速で一二六キロじゃないか。ほとんど日本記録だぞ。スパイクも履いてないし、いきなりの一球目で!」

「もっと出ますよ。なんから変化球も……」

「き、きみシニアかなにかでやっていんじゃ――」

「いえ、全然。小さいと気に兄に教わって、それからずっと一人で練習していました」

『なに、適当なこと言ってるのぉぉぉ!! 教わってない! 一切教わってない!』

 そんな記憶はわたしには一切ない。
 わたしの人生にスポーツなど無縁なのだから。

「面白い! 凄く面白い! よし、高取! バッタボックス入れ!」

 子々堂先生は興奮した声を上げた。

「はい!」

 後ろから声がした。名前を呼ばれた高取という人は、走ってバットを取ってきて、でもってキャッチャーの前に立った。

「すごいな、女子でこんなボール投げるのなんて、シニアでも見たことないよ」

 ワクワク感を隠さない眼の輝きをみせ、わたしをみつめる。
 やめて、そんな眼でわたしをみないで…… 
 勘弁してください……

「高取、打てそうなら打てよ、あ、ネットだ。ネットおけ」

 なんか私の前に、ネットがおかれる。
 多分、打ったボールが当たらないようにするためだ。
 あんな鉄球が当たったら死んでしまう――
 少しは気が楽になるけど……

『お兄ちゃん、どうするの? もうやめて、これくらいで』
『あははは、これからが楽しいんじゃないか。うまくいけば、このチームのエースになれるかもしれないぞ』
『エース?』
『とっても楽しいってことだ』

 兄はボールを受け取った。
 
「じゃ、真っ直ぐでいきます――」と、わたしの声で言う。

 兄は大きく振りかぶった。
 さっきはしなかったのに――
 そして、大きく脚を上げた。
 ああああああ、スカートがぁぁぁぁぁぁ!

 と、思った瞬間、身体がものすごい速度で回転し、腕が振り下ろされた。
 ボールは矢のように吹っ飛んでいった。

 パ――ンッ!! 
 前よりもいっそう、乾いた音が響いた。

「一三七キロぉぉぉ!? マジか!!」

 子々堂監督が、驚きの声を上げていた。
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