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第20話 平穏ディスタンス。
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「なんか、高階への荷物だったみたいだけど……」
休日のお昼前。玄関から戻ってきた一条くん。
手が離せなかった私に変わって受け取ってくれた宅配物。
「ああ、お母さんに頼んでおいたものだよ。ごめんね」
届いた段ボールは、それなりに大きく、それなりに重そう。運んでくれた一条くんが、ヨイショッとダイニングのテーブルに置いた。
「こっちで買えない食品をお母さんに頼んだんだ~」
軽く鼻歌混じりに開封。
「お味噌でしょ~、カレーでしょ~、そして、ジャジャーンッ!! ラー、メン!!」
パッケージを、ドヤッと一条くんに見せる。
「それって、あの……」
「うん。うちらのソールフード!! 名古屋といえばのこれよ、これ!!」
あらゆるショッピングセンターのフードコートに常駐してるあのお店。東海民でこれを食べたことないヤツなんていない。いたら「もぐり」。これの美味しさは、味は、我ら東海民の魂に刻み込まれている。DNAがこれを欲して止まないのだ。
「なんかさ~、こっちにいるとどうにも食べたくなるんだよね~。食べられるのに食べないのと、食べられなくって食べないのは違うっていうのか」
前者はいつでも食べられる余裕があるけど、後者は渇望しても食べられない苦しさがある。
「食べに行きたいけど、こっちにはお店もないし。家で作ったら、世那くんに合わせて薄味で作れるし、どうかなって」
先日の鯛だって普通に食べてたし。スープをお湯で薄め気味に作れば食べられないかな。
「懐かしいな、それ」
「でしょ。ほら、こっちもあるんですよ、旦那」
フフフと取り出したのは、「五目ごはんの素」。炊いたご飯に混ぜるだけでお店の味再現。
「うわ、ヤバい。懐かしすぎて食べたくなる」
一条くんが、手のひらで顔を隠した。溢れ出る、食べたい欲。
「食べる? せっかくだし、今日のお昼はこれにしよう!!」
「ウッバ~!!」
世那くんが同意。
今日は、世那くん、人生初のラーメン実食!! この味を、DNAに叩き込め!!
ってことで、レッツ、クッキング。
キッチンに入って、大きめステンレス鍋と小ぶりの鍋それぞれにお湯を沸かす。
「にしても、そんな家で食べられるヤツなんてあるんだ」
カウンター越しに、一条くんがこちらを覗き込む。
「そだよ~。やっぱ家でも食べたくなるじゃん? 出かけるのメンドクサ~、でも食べたいってときにちょうどいいんだよね~」
カップ麺もあるけど、どちらかというとこっちの生麺のほうが、お店の味に近い気がする。
お湯を沸かす間に、丼を三つ用意。一条くんの、私の、世那くんの。入れるスープの素タレは、世那くんのだけ、一番少なくしておいて、それから小ぶり鍋のお湯を丼にイン。
「ヤバい。懐かしの匂いだ」
たちこめた豚骨醤油の香りに、一条くんが目を細めた。
「高校の時によく食べに行ったんだ。部活が終わると腹減って、家まで保たなかったから」
「高校でもサッカーやってたの?」
グラグラ沸いてるステンレス鍋に、麺をほぐしながら投入。たしか、一条くんは中学でサッカー部だったはずだからの推測。
「うん、まあね。というか、僕がサッカー部だったこと、よく知ってたね」
「そりゃあ、まあ。美術室から見えてたし」
幼なじみ同士、母親情報網で伝わってくることもあるけど、私自身、部活の合間に窓から彼が練習に勤しむ姿を何度か目撃している。ついでに言えば、「見えた」のではなく、「見ていた」。デッサンのモデルに勝手に起用してたことは内緒。躍動感ある絵のモデルに、サッカー部と陸上部は格好の相手だった。
「うわ、変なプレーとか見られてたりする?」
「そこまでは、さすがに覚えてない……」
こともないけど。彼が競り負けて転んだシーンとか、シュートを外したシーンとか何度か目撃しているし。他にも珍プレー好プレー、ある程度覚えている。
「なるべく忘れて。できれば完全消去」
「わかった」
軽く笑っておく。ジックリシッカリ観察して描いて。それが実家の押し入れにあるって言ったら、どんな顔するんだろ。
「高階は、美術部だっけ」
「そうだよ~」
言いながら、茹でた麺をザルに上げる。
「だったら、描いた絵とか見てみたいな」
ジャボン。
動揺が、丼に移行しかけた麺に伝わる。麺、派手に丼ダイビング。
「いやあ、絵は~、残って~ないかな~」
押し入れの絵、完全撤去。お母さんに捨ててもらうように頼んでおこう。それか、完全隠蔽。勝手にモデルにしてました~なんてドン引き大賞だよ。気持ち悪いよね、絶対。
「さぁて。出来たよ~。食べよ、食べよ~」
わざとらしく明るく、テーブルにラーメンを運ぶ。絵の話はこれで強制終了。
「いただきますっ!!」
手を合わせると、スタイを装着した世那くんもビタンと手を叩く。
「ターアスッ」
うん。通常通りかわいい真似っ子。
で、お味は――?
「旨い」
「マッマ~」
二人共、高評価。
初めてラーメンを食した世那くん。一瞬、ビクッとした顔になったけど、すぐにほぐれ、二口目の催促。というか、お椀のなかに手が伸びてくる。早く食わせろ。意思表示がすごい。
「食べるね~、世那くん」
すごい消費スピード。世那くんがモグモグしている間に自分も食べるんだけど、その間隔が恐ろしく短い。チュルルン、チュルルンッと吸い込まれるように、世那くんのお口にラーメンが飲み込まれていく。
「高階の作る料理は美味しいから」
「いやいやいや。これ、誰が作ってもお店の味だし」
一条くんの称賛に反論。私がやったことなんて、お湯を沸かしたのと、麺を茹でたってことだけですぞ?
「でも、普段のゴハンだって旨いよ。ちょうどいい味加減だし」
なおも食い下がる一条くん。
「それは、たぶん私が作るのが“おふくろの味”テイストだからだよ」
同じように味噌醤油出汁を使ったとしても。やはり、地方によって配分に差が出る。
赤味噌、白味噌、合わせ味噌。濃口醤油に、薄口醤油。鰹出汁、昆布出汁、煮干し出汁。
組み合わせ、分量は地方によってさまざま。家庭によってもさらにさまざま。
自分と一条くんは近所で育った関係上、やはり求める味が似ているんだろう。一条くんのご両親の出身は知らないけど、それでも同じ土地で育ったのだから、好む味は似ている。だから、私の料理を美味しいと思うだけ。
「それだけじゃないと思うけど――ごちそうさま」
軽く手を合わせた一条くん。見事にスープまで完食。って、スープまで? ちょっぴり塩分とカロリーが心配。
「懐かしかったし、美味しかった」
「えっと……、お、おそまつさまでした」
ニッコリ言われたセリフに、間抜けな返事。
「ウ~、バッ!!」
一条くんに倣い、世那くんもお手々を合わせる。お、こちらも完食ですな。
ペロリとキレイに食べてもらえると、作り甲斐がある。
「じゃあ、後片付けが僕がやるよ」
一条くんが立ち上がる。
「え、いいよ、そんなの」
せっかくの休日なんだし。一条くんには気を使わずに、ゆっくりしていてもらいたい。
慌てて立つと、彼の持ち上げかけた丼に手を伸ばす。
――チョン。
「あっ!!」
中途半端な高さからテーブルに落ちた丼鉢。
「ご、ごめんっ!!」
「いや、こっちこそ。――ケガはない?」
「う、うん。だいじょう――ぶっ!!」
幸い、そこまで高く持ち上げてなかったのと、中身が飲み干されていたおかげで、テーブルに惨状が繰り広げられる――なんてことは回避。グワングワングワンワンと回った後、ゆっくり停止。
けど。
「な、なんか拭くものっ、布巾持ってく――ォブッ!!」
――ゴンッ!!
額から頭蓋骨に鈍い音が響く。
「高階っ!?」
「タァ、ナッ!?」
「だだだ、大丈夫っ!! ぶつかっただけだから」
目測誤って、キッチンに入りそびれて壁に激突しただけだから。ちょっと目の前チカチカしたけど、なんとか大丈夫。鼻もヘコんでないし。
「――少し、出かけてくる。世那」
軽く息を洩らした一条くん。丼をカウンターに置くと、世那くんを抱き上げる。
「後片付け、頼んでもいいかな?」
「い、いってらっしゃい……」
顔を押さえつつ、小さな声で見送る。世那くんのために、少しだけ手を振ってバイバイ。
(あああ~、なにやってんのよ、私ぃぃ~)
バタンと閉まった玄関ドアの音。その音を聞きながら、ペタンと床に座り込む。
何でもないふりして、普通にしようって決めてたのに。
丼を持とうとして、チョンッと指先が触れただけ。落とした丼を拾おうとして顔が近づいただけ。それなのに。
どうしようもなく動揺してしまった。壁に激突するぐらい。
今だって、心臓が割れそうなほどバクバク激しく動いてる。手を押し当ててみるけど、ちっとも収まりそうにない。
この間のことは酔っ払いの戯言。すべてはお酒のせい。キスやハグの一つや二つや三つや四つ、そんなのたいしたことありませんわよ~って、そう普通に、何でもないふりしていたのに。そういうふりをするつもりだったのに。
これじゃあ、私が意識してるの、モロバレじゃないの~!!
ちょっと指が触れただけで、顔が近づいただけでこんなふうになってたら。
きっと一条くんにも伝わってる。だから、彼は後片付けではなく、私と一旦距離を置くことを選んだ。私をこれ以上困らせないために。
――最悪。
最悪だ、私。
絶対、一条くんを傷つけた。
ゴンッと、再び壁に頭をぶつける。一度で足りずに、二度、三度。
ゴメン、一条くん。
次に、帰ってくる頃には、夕飯の頃にはいつもの、普段通りの高階に戻るから。火照った顔も、飛び出しそうな心臓も、通常運転に戻しておくから。
だから。
ゴメン、一条くん。
平穏に暮らすための距離、少しだけ保ってもらってもいいですか?
休日のお昼前。玄関から戻ってきた一条くん。
手が離せなかった私に変わって受け取ってくれた宅配物。
「ああ、お母さんに頼んでおいたものだよ。ごめんね」
届いた段ボールは、それなりに大きく、それなりに重そう。運んでくれた一条くんが、ヨイショッとダイニングのテーブルに置いた。
「こっちで買えない食品をお母さんに頼んだんだ~」
軽く鼻歌混じりに開封。
「お味噌でしょ~、カレーでしょ~、そして、ジャジャーンッ!! ラー、メン!!」
パッケージを、ドヤッと一条くんに見せる。
「それって、あの……」
「うん。うちらのソールフード!! 名古屋といえばのこれよ、これ!!」
あらゆるショッピングセンターのフードコートに常駐してるあのお店。東海民でこれを食べたことないヤツなんていない。いたら「もぐり」。これの美味しさは、味は、我ら東海民の魂に刻み込まれている。DNAがこれを欲して止まないのだ。
「なんかさ~、こっちにいるとどうにも食べたくなるんだよね~。食べられるのに食べないのと、食べられなくって食べないのは違うっていうのか」
前者はいつでも食べられる余裕があるけど、後者は渇望しても食べられない苦しさがある。
「食べに行きたいけど、こっちにはお店もないし。家で作ったら、世那くんに合わせて薄味で作れるし、どうかなって」
先日の鯛だって普通に食べてたし。スープをお湯で薄め気味に作れば食べられないかな。
「懐かしいな、それ」
「でしょ。ほら、こっちもあるんですよ、旦那」
フフフと取り出したのは、「五目ごはんの素」。炊いたご飯に混ぜるだけでお店の味再現。
「うわ、ヤバい。懐かしすぎて食べたくなる」
一条くんが、手のひらで顔を隠した。溢れ出る、食べたい欲。
「食べる? せっかくだし、今日のお昼はこれにしよう!!」
「ウッバ~!!」
世那くんが同意。
今日は、世那くん、人生初のラーメン実食!! この味を、DNAに叩き込め!!
ってことで、レッツ、クッキング。
キッチンに入って、大きめステンレス鍋と小ぶりの鍋それぞれにお湯を沸かす。
「にしても、そんな家で食べられるヤツなんてあるんだ」
カウンター越しに、一条くんがこちらを覗き込む。
「そだよ~。やっぱ家でも食べたくなるじゃん? 出かけるのメンドクサ~、でも食べたいってときにちょうどいいんだよね~」
カップ麺もあるけど、どちらかというとこっちの生麺のほうが、お店の味に近い気がする。
お湯を沸かす間に、丼を三つ用意。一条くんの、私の、世那くんの。入れるスープの素タレは、世那くんのだけ、一番少なくしておいて、それから小ぶり鍋のお湯を丼にイン。
「ヤバい。懐かしの匂いだ」
たちこめた豚骨醤油の香りに、一条くんが目を細めた。
「高校の時によく食べに行ったんだ。部活が終わると腹減って、家まで保たなかったから」
「高校でもサッカーやってたの?」
グラグラ沸いてるステンレス鍋に、麺をほぐしながら投入。たしか、一条くんは中学でサッカー部だったはずだからの推測。
「うん、まあね。というか、僕がサッカー部だったこと、よく知ってたね」
「そりゃあ、まあ。美術室から見えてたし」
幼なじみ同士、母親情報網で伝わってくることもあるけど、私自身、部活の合間に窓から彼が練習に勤しむ姿を何度か目撃している。ついでに言えば、「見えた」のではなく、「見ていた」。デッサンのモデルに勝手に起用してたことは内緒。躍動感ある絵のモデルに、サッカー部と陸上部は格好の相手だった。
「うわ、変なプレーとか見られてたりする?」
「そこまでは、さすがに覚えてない……」
こともないけど。彼が競り負けて転んだシーンとか、シュートを外したシーンとか何度か目撃しているし。他にも珍プレー好プレー、ある程度覚えている。
「なるべく忘れて。できれば完全消去」
「わかった」
軽く笑っておく。ジックリシッカリ観察して描いて。それが実家の押し入れにあるって言ったら、どんな顔するんだろ。
「高階は、美術部だっけ」
「そうだよ~」
言いながら、茹でた麺をザルに上げる。
「だったら、描いた絵とか見てみたいな」
ジャボン。
動揺が、丼に移行しかけた麺に伝わる。麺、派手に丼ダイビング。
「いやあ、絵は~、残って~ないかな~」
押し入れの絵、完全撤去。お母さんに捨ててもらうように頼んでおこう。それか、完全隠蔽。勝手にモデルにしてました~なんてドン引き大賞だよ。気持ち悪いよね、絶対。
「さぁて。出来たよ~。食べよ、食べよ~」
わざとらしく明るく、テーブルにラーメンを運ぶ。絵の話はこれで強制終了。
「いただきますっ!!」
手を合わせると、スタイを装着した世那くんもビタンと手を叩く。
「ターアスッ」
うん。通常通りかわいい真似っ子。
で、お味は――?
「旨い」
「マッマ~」
二人共、高評価。
初めてラーメンを食した世那くん。一瞬、ビクッとした顔になったけど、すぐにほぐれ、二口目の催促。というか、お椀のなかに手が伸びてくる。早く食わせろ。意思表示がすごい。
「食べるね~、世那くん」
すごい消費スピード。世那くんがモグモグしている間に自分も食べるんだけど、その間隔が恐ろしく短い。チュルルン、チュルルンッと吸い込まれるように、世那くんのお口にラーメンが飲み込まれていく。
「高階の作る料理は美味しいから」
「いやいやいや。これ、誰が作ってもお店の味だし」
一条くんの称賛に反論。私がやったことなんて、お湯を沸かしたのと、麺を茹でたってことだけですぞ?
「でも、普段のゴハンだって旨いよ。ちょうどいい味加減だし」
なおも食い下がる一条くん。
「それは、たぶん私が作るのが“おふくろの味”テイストだからだよ」
同じように味噌醤油出汁を使ったとしても。やはり、地方によって配分に差が出る。
赤味噌、白味噌、合わせ味噌。濃口醤油に、薄口醤油。鰹出汁、昆布出汁、煮干し出汁。
組み合わせ、分量は地方によってさまざま。家庭によってもさらにさまざま。
自分と一条くんは近所で育った関係上、やはり求める味が似ているんだろう。一条くんのご両親の出身は知らないけど、それでも同じ土地で育ったのだから、好む味は似ている。だから、私の料理を美味しいと思うだけ。
「それだけじゃないと思うけど――ごちそうさま」
軽く手を合わせた一条くん。見事にスープまで完食。って、スープまで? ちょっぴり塩分とカロリーが心配。
「懐かしかったし、美味しかった」
「えっと……、お、おそまつさまでした」
ニッコリ言われたセリフに、間抜けな返事。
「ウ~、バッ!!」
一条くんに倣い、世那くんもお手々を合わせる。お、こちらも完食ですな。
ペロリとキレイに食べてもらえると、作り甲斐がある。
「じゃあ、後片付けが僕がやるよ」
一条くんが立ち上がる。
「え、いいよ、そんなの」
せっかくの休日なんだし。一条くんには気を使わずに、ゆっくりしていてもらいたい。
慌てて立つと、彼の持ち上げかけた丼に手を伸ばす。
――チョン。
「あっ!!」
中途半端な高さからテーブルに落ちた丼鉢。
「ご、ごめんっ!!」
「いや、こっちこそ。――ケガはない?」
「う、うん。だいじょう――ぶっ!!」
幸い、そこまで高く持ち上げてなかったのと、中身が飲み干されていたおかげで、テーブルに惨状が繰り広げられる――なんてことは回避。グワングワングワンワンと回った後、ゆっくり停止。
けど。
「な、なんか拭くものっ、布巾持ってく――ォブッ!!」
――ゴンッ!!
額から頭蓋骨に鈍い音が響く。
「高階っ!?」
「タァ、ナッ!?」
「だだだ、大丈夫っ!! ぶつかっただけだから」
目測誤って、キッチンに入りそびれて壁に激突しただけだから。ちょっと目の前チカチカしたけど、なんとか大丈夫。鼻もヘコんでないし。
「――少し、出かけてくる。世那」
軽く息を洩らした一条くん。丼をカウンターに置くと、世那くんを抱き上げる。
「後片付け、頼んでもいいかな?」
「い、いってらっしゃい……」
顔を押さえつつ、小さな声で見送る。世那くんのために、少しだけ手を振ってバイバイ。
(あああ~、なにやってんのよ、私ぃぃ~)
バタンと閉まった玄関ドアの音。その音を聞きながら、ペタンと床に座り込む。
何でもないふりして、普通にしようって決めてたのに。
丼を持とうとして、チョンッと指先が触れただけ。落とした丼を拾おうとして顔が近づいただけ。それなのに。
どうしようもなく動揺してしまった。壁に激突するぐらい。
今だって、心臓が割れそうなほどバクバク激しく動いてる。手を押し当ててみるけど、ちっとも収まりそうにない。
この間のことは酔っ払いの戯言。すべてはお酒のせい。キスやハグの一つや二つや三つや四つ、そんなのたいしたことありませんわよ~って、そう普通に、何でもないふりしていたのに。そういうふりをするつもりだったのに。
これじゃあ、私が意識してるの、モロバレじゃないの~!!
ちょっと指が触れただけで、顔が近づいただけでこんなふうになってたら。
きっと一条くんにも伝わってる。だから、彼は後片付けではなく、私と一旦距離を置くことを選んだ。私をこれ以上困らせないために。
――最悪。
最悪だ、私。
絶対、一条くんを傷つけた。
ゴンッと、再び壁に頭をぶつける。一度で足りずに、二度、三度。
ゴメン、一条くん。
次に、帰ってくる頃には、夕飯の頃にはいつもの、普段通りの高階に戻るから。火照った顔も、飛び出しそうな心臓も、通常運転に戻しておくから。
だから。
ゴメン、一条くん。
平穏に暮らすための距離、少しだけ保ってもらってもいいですか?
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