正しいホムンクルスの作り方。

若松だんご

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第5話 求めるほどに心は乾く

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 「ンッ……」

 夜とは違う光の眩しさに目を眇める。
 
 (朝、か……)

 まだハッキリと開ききれない目を腕で隠す。

 「ン……」

 自分とは違う息の音。その音に、それ以上動くことを諦める。

 (そっか、俺、昨日)

 モゾモゾと体を動かし、俺の胸にすり寄るようにして、また眠りに落ちていったアグネス。晒したままの素肌の温もりが気持ちいいのか、フニャッと口元を緩めて幸せそうに眠る。

 ホムンクルスを作るため。
 カワイイを研究するため。

 そんな言い訳をくっつけて、昨日、アグネスを抱いた。
 ずっとずっと、海で拾われた時からずっと好きだったアグネス。
 好きだったからこそ、言い訳をつけてでも抱きたかった。俺のものにしたかった。
 その愛らしい声で俺を呼んでほしかったし、その水色の目で俺を見てほしかった。俺にだけ腕を伸ばして、俺だけを求めてほしかった。
 抱きしめればスッポリと俺の腕の中に収まる小柄な体。掴めば折れてしまいそうな華奢な体。白い肌にほんのり残る赤い痕。首筋に胸に太ももに。いくつも痕を残し、その体を開き、奥に俺を刻みつけた。

 (好きな女を抱けて満足か?)

 自身に問う。
 嘘をついてまで、騙してまでアグネスを抱いた。
 最後は思いやる余裕もなく、彼女を本能のままに犯した。

 (これで満足か、お前)

 好きな女と寄り添っていれば、自然と体は滾り始める。また。もう一度。実験のためにはもっと注がないと。
 言えば、アグネスはまた抱かせてくれるかもしれない。何度でも実験のためだと、精液をよこせと脚を開くかもしれない。
 何度も注げば、アグネスだって喜悦の声を上げ、俺を求めてくれるかもしれない。そしていつかは、望んでいた言葉を漏らすかもしれない。けど。

 (満足か、お前)

 舌打ちしたい気分を抑え、そっとベッドから離れる。
 肌寒さを覚えたのか。アグネスの手が俺を求め、乱れたシーツの上を探るように動く。
 罪作りなその動き。

 (ああ、満足さ。俺は)

 無理やり結論を導く。
 好きな女の初めての相手になれたんだ。満足に決まってるだろ。

          *

 「おはようございます、博士」

 なるべく爽やかに、とびきり元気な声で。眠たげに目をこすりながら起きたアグネスに声をかける。

 「ちょうど朝ごはんができたところです。顔を洗って着替えてください」

 「……うん。わかった」

 よほど眠いのか。
 アグネスの朝は、とても幼い雰囲気になる。ポーッとして、フニャッとした顔のまま、こちらの言うことに素直に従う。

 「あ……!」

 素直すぎるほど素直。顔を洗えと言われたから、裸のままで顔を洗いに立ったアグネスが、突然、その場にしゃがみこんだ。

 「博士? どうしたんですか?」

 裸で歩き回らるなというお小言を飲み込み、彼女に近づく。

 「こ、こぼれて、……きた」

 目が覚めたどころか、涙目でこちらを見てくる。

 (こぼれて? ――うわ)

 何が? と思うより早く、それを目撃する。
 しゃがんだアグネスの股から太ももへ。トロリと流れたそれが、床へと滴り落ちていく。昨日、俺が出した精液だ。少し赤い、おそらく破瓜の血を混じらせ、床にシミを作っていく。

 「どうしよう、実験が……、ンゥッ!」

 コポンとまた溢れた精液。その排泄感に、アグネスが背を震わせた。

 「――博士」

 動けなくなったアグネスを抱き上げ、ベッドに横たえる。

 「お湯、用意しますから、洗い流しましょう」

 朝食よりも、体を清めるお湯のほうが必要だったか。

 「で、でも、そうしたら実験が」

 「大丈夫です。足りないのなら、また注ぎますから」

 言ってカマドで湯を沸かし始める。
 風呂という文化に乏しいこの国では、大きめのタライに湯を入れて体を清めるのが普通。

 「また……、注いでくれるのか?」

 アグネスが問う。

 「ええ。必要ならどれだけでも」

 ベッドの上の艶めかしい肢体。その弱々しい声も俺の下腹部を強く刺激する。
 こんなお湯を沸かすよりも、もう一度その体を抱いて、開いて、犯したい。何度でも。何度でも、その体の隅々まで貪り尽くしたい。

 「俺は博士の助手ですから。どこまでも、実験におつき合いいたしますよ」

 たとえ実験のためであっても。実験のために求められたのだとしても。
 欲望の代わりに、沸かした湯をタライに満たす。再び水を鍋に入れて火にかける。
 二杯目の湯は、カマドの火勢が弱まっていたのか、なかなか沸き上がらなかった。

          *

 「ホッホ。それで昨夜は閨をともにされたと」

 目の前に座るラオ。顎から伸ばした白いヒゲを何度も撫でて愉快そうに笑う。

 「しかし、それにしては、随分浮かぬお顔をなされておりますな」

 ちょっと下からこちらを伺ってくる動き。その動きにさらに口を圧し折る。

 「やはり、初めてのこと。首尾よく成せませんでしたかな?」

 「違う! 首尾は……うまく行った」

 黙っていることに我慢できなくて言い返したけど、続く言葉はゴニョゴニョと口にこもる。
 セックスがうまく行ったなんて。そういうのは、初めてでも心通じ合い、満たされるようにセックスした者だけが言っていい言葉だ。自分の場合は違う。
 セックスはしたけれど、心はずっと満たされないでいる。
 セックスの最中、一度でいいから「好きだ」と告げられたら。一度でいいから「愛してる」と言われたら。そうしたら、身も心も、天にも昇るような幸せに満ち足りたのに。
 アグネスにとって、俺はあくまで精液をもたらすだけ存在。カワイイを研究するために必要な実験道具。
 精液がこぼれて実験失敗になるなら、何度でも注げ。
 そこに、愛とか恋は必要ない。

 「お若いですな」

 ホッホッホ。
 むくれたままの俺に、ラオが一人合点がいったように笑った。
 
 「それで、こちらにいらしたということは、またアレが必要ですかな?」

 「ああ。悪いけど用意してもらえるか?」

 「承知いたしました」

 静かに頭を垂れ、古い壁一面を覆い尽くす小さな引き出しに向かう。
 丁子、没薬、乳香、幡豆、桂皮、甘草、陳皮、牽牛子。
 東央国の言葉で名を記された引き出しもあれば、まったく無記名の引き出しもある。けれど、ここの主、ラオのしわがれた手は迷うことなく、求めたものを取り出していく。
 なるべく多く。これからも必要となるから。
 そんな説明は不要らしい。
 取り出した薬草を薬研に入れ、念入りにゴリゴリと細かく砕いていく。

 「――これは、月のものがない間、毎日、一粒飲ませてやってくだされ」

 サラサラの砂のように細かくなった薬を、賦形剤とともに丸く形成していく。
 
 「子ができやすくなる薬でもよろしいが、月のものを軽くする薬と紹介なされても構いませぬ。実際軽くなりますからな」

 できた、黒い丸薬。それを小さな袋に入れて渡される。

 「いつもすまない、ラオ」

 「いえいえ。これでも〝薬屋〟ですからの。いくらでもご用命くだされ」

 ホッホ。
 商売人らしく、ラオが目を細めて笑う。
 老師ラオ・シー
 俺と同じ東央国の生まれで、(自称)研究所の隣で薬屋を営む老人。

 「ただ、本気で本懐を遂げられるのであれば、薬を飲ませるのをやめてくださればよろしい。さすれば、すぐに結果は得られましょうて」

 そして、俺の事情をよく知る人物。
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