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10.積もりゆく焦り

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 ――三郎。そなたに、出陣を命じる。

 呼び出され、頭を下げて座る俺にのしかかった声。
 
 ――狙うは、印南いんなみの所領、千栄津ちえづ。この城を落とすに、二百騎与える。心してかかれ。

 「はっ」

 ついに来たか。
 さらに深く頭を下げ、言葉を受け止める。
 とうとう、ここまで来てしまった。

 ――千栄津は難攻不落の城。なのに二百騎とは。
 ――若君はまだ十七。これが初の戦だというのに。
 ――お館様は何をお考えなのだ。

 居並ぶ臣たちに動揺が走る。
 我が領地と隣接する印南氏。その北端、領地の境に一番近い地にある城、千栄津。交易盛んな港を抱えたその地は、外敵に備え、知将と名高い印南氏配下の真野康隆が治めている。
 これまで、港の利を求めて何度も戦を仕掛けてきた地。どれだけ兵を用いようと、どれだけ激しく攻めようと、決して落ちなかった城。
 それを、わずか二百騎で。戦経験のない自分に。
 
 (これまでか)

 諦めに近い念が、心を占める。
 戦を命じた父は、俺が死ぬことを望んでいる。
 跡継ぎには、父のご寵姫、菊花の方が産んだ異母弟がいる。父を生涯「東夷あずまえびす」と蔑んでいた、公家の姫の産んだ子など不要。しかし、ただ不要というだけで、落ち度のない息子を切腹には追い込めない。だから、自殺に等しい出陣を命じた。不要な息子の最期に花を添える、武士らしく死ねる戦を用意した。

 (すまない)

 揃えられた二百の人馬。伴う足軽。攻撃される真野康隆。巻き込まれる千栄津の民。
 父の好悪の感情に、その運命が弄ばれる。

 「――御命ぎょめいに従い、必ずや千栄津の地を手に入れてみせまする」

 父に「死」を望まれても、俺はまだ生きていたい。誰を「死」に向かわせようと、俺はまだ生きていたい。
 「生」にすがり、あがき、もがく。
 自分に刃を向けることは出来そうにないから。己に向けるべき刃を、見知らぬ誰かに差し向ける。
 
 (すまない)

 誰かの未来に、悲しみに。
 深くふかくわびて、こうべを垂れる。

*     *     *     *
 
 (――まただ)

 朝。スマホのアラームに、強制的に覚醒させられた意識。
 同時に、スッと遠ざかっていく夢の記憶。
 追いかけたいのに、追いかけられなくて。
 取り戻したいのに、取り戻せなくて。
 どうして追いかけたいのか、取り戻したいのかもわからなくて。そのうちすべての感情が俺のなかから消えていく。

 (なんだよ、まったく!)

 残るのは、わけのわかんない焦燥。
 寝グセまみれの髪をさらに掻き乱す。
 
          *

 「いいか~、今日は日頃の感謝を込めて、校内の清掃を執り行う!」

 「うぇ~い」

 「適当にやって済まそうとするなよ! 清掃とは、その場をキレイにするのではなく、己の心を整えるために行うものだのだ!」

 「うぇぇ~い」

 テンションの高い先生の「!」に対して、どこか投げやり半眼視な俺たち。
 心を整えるって言われてもなあ……ってのが本音。ハッキリいって「タルい」。
 清掃箇所は一応の区分けがあって、一年は、校内のトイレなどを中心とした水回り。二年は校舎周り。三年は教室廊下を中心とした校内。学年が上がるごとに、楽な清掃になるよう設定されている。
 で。
 俺たち二年二組に当てられたのは……。

 「ウゴッ! ナンダコレ!」

 思わず後退りしたくなるほど、大量の落ち葉にまみれた、武道場裏。武道場の裏はそのまま背後の山に繋がってる。そこから降り積もった落ち葉が、モッソリ積み上がってる。

 「これを集めて捨てろ……って」

 「マジかよ」

 「どうせまた積もるんだろうからって、サボるんじゃないぞ!」

 ウゲゲと一歩下がる俺たちに、先生が釘を刺す。

 「うぇ~い」

 仕方なく、落ち葉をそれぞれが手にした土のう袋に入れていくけど、それは、アッサリとすぐに一杯になってしまい。

 「これって、袋を運ぶ係と、袋に葉っぱを詰める係と分けたほうが良いんじゃね?」

 ってことになった。
 それぞれが詰めて、それぞれに指定の場所に運んでいくのはヒドく非効率。なんとなくだけど、運ぶ係、詰める係が決まり、俺や川成、五木は運ぶ係のほうに回った。
 落ち葉の入った土のう袋はさほど重くないけど、投棄場所まで少し距離がある。何度も往復するのは、運動部、それもいっぱい走る系の経験者のがいいだろうって算段。そういう意味で、俺は陸上だったし、川成はテニス、五木はバスケ。適任だと思って立候補した。
 かわりに、あまり動かない系の部活(経験者含む)が、落ち葉を集めることになった。てみでザバッと落ち葉をすくい上げ、残った落ち葉を竹箒でかき集める。
 少しでも早く済ませたら教室に戻ることができる。
 俺たち二年二組は、意外と連携プレーが得意なクラスだったらしい。クラスの中心、音頭を取ってくヤツが、野球部やラグビー部だったりするからかもしれない。

 「にしても、クッソ多いよなぁ」

 並んで運ぶ川成が愚痴った。

 「これさ、干し草のベッドみたいにできねえのかな」

 「無理じゃね?」

 「無理だろ」

 川成のファンタジー思考に、五木と二人で水をぶっかける。
 
 「干し草ベッドは、フッカフカでおひさまのニオイとかしそうだけど、この落ち葉じゃなあ……」

 「葉っぱのニオイはしそうだけど、ベッタベタに濡れてるし」

 「ついでに、ダンゴムシとかノソノソ出てくるぞ、これ」

 「うわあ、夢を壊すなよお~」

 空いてた手をニョロニョロ虫っぽく動かすと、川成が顔をしかめて嘆いた。テニスもそれなりに走るだろうけど、川成が運ぶ係に立候補したのは、中に含まれる虫のせいでもある。川成、虫が大の苦手なんだってさ。

 「まあ、あの干し草ベッドもさ、草が布越しにチクチク刺さってきそうだけどな」

 「多分な~」

 夢とかロマンは詰まってそうだけど、実際は、きっと痛くて寝れないと思う。
 
 「そんなことよりさ、サッサと終わらせて、教室に戻ろうぜ」

 係を分けたおかげか、あれほど山盛りにあった落ち葉は、その下にあった地表を見せ始めている。運ぶ係の俺たちもヘトヘトになるまで運んだし、集める係のほうも、てみですくってザパ! ではなく、シャカシャカと竹箒で集めてザパ! に行動が変化し始めてる。

 「俺、あっちの方から集めてくるわ」

 校舎の裏……というより、裏山ののり面に近い場所から竹箒の音がする。
 フェンスとかの区切りも何もない裏山。掃除してるクラスの連中からは見えない山のなか。
 誰か、集める係のヤツが掃除に熱中しすぎて、山に入っちまったのか? そんなとこまで掃除しなくてもいい、適当にやればいいのによ――って。

 (――――っ!)

 下草をかき分けできた、細い道筋。
 その先で、少しだけ開けた場所。
 右に岩壁、左に崖。
 上から覆いかぶさるように茂った木々から、ハラハラと葉っぱが舞い落ちる。
 そこに一人。
 舞い散る木の葉を見上げ、竹箒を持つ手を止めて立つ誰かの後ろ姿。背を真っ直ぐに伸ばした、凛としたたたずまい。 

 (なんだ、コレ――)

 耳の奥からキィィンと響く音。
 目の前を見ているはずなのに、遠くの景色を見ているような感覚。

 (俺、この景色を知ってる?)

 なにを。どこで。なにが。どうして。
 わからないのに、心臓がドクンと大きく跳ねた。
 あれは、――ダレダ?

 「あ、新里くん。どうしたの?」

 無意識に手で右目を覆った俺。

 「桜町……か?」

 「うん、そうだけど。どうかした?」

 俺を現実に連れ戻した声。竹箒を片手に、近づいてくる人物。銀縁眼鏡、俺と同じ緑のジャージの桜町。

 「いや、なんでもない。なんでもねえ……」

 言って、何度も深く呼吸をくり返す。

 「それより、お前、なんでこんなとこまで掃除してんだよ」

 「なんでって。落ち葉があったから」

 「貴方はどうして山に登るの? それはそこに山があったから」的理論を展開した桜町。

 「こんな山んなかまで掃除してたらキリねえだろ。もうほかの連中は、あらかた掃除すませてっぞ」

 「うん、そうだね。ゴメン。掃除に夢中になってたら、つい」

 素直に謝る桜町。どちらからともなく、その場を離れる。

 「――新里くん?」

 立ち止まりふり返った俺に、桜町が声をかけた。
 木の枝に隠れて見えなくなったその場所。砂色の岩肌。細い轍のような道の先。

 ――俺、ここに何を見た?

 つかめないなにかに、俺は何も答えられなかった。
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