思ってたのと違う! ――かもしれない。

若松だんご

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9.きった啖呵の落とし前

 ――今はまだ、恋人として実感は薄いですが、この先、穂積さんを支えられる人物になりたい。そう思ってます。

 えらい啖呵を切ったなあ。自分で、そう思う。
 支えるって何を。支えるって何さ。
 偽装婚約者兼副社長秘書。
 偽装の婚約者なんて初めてのことだし、副社長秘書だって未経験。
 今まで、一応婚約者だったこともあるし、秘書じゃないけど営業事務として誰かを支えることはしたことはある。ある、けど――。
 
 とりあえず、偽装婚約者は、新崎くんのご家族にまったく疑われなかったことで、第1段階クリアできたけど、副社長秘書のほうは……ハアア。

 秘書のお仕事っていえば、
 ・ 電話・メール・郵便物などの対応。
 ・ 来客対応。
 ・ スケジュールの管理、調整。
 ・ 資料の作成。文章の作成管理。
 ・ 接待交際業務のサポート。
 ・ 社内業務の管理調整。
 なんかがあると思うんだけど。

 「今日の午後から例の会社と打ち合わせがあるから」
 とか。
 「会議の資料はこれを。まとめておいたから大丈夫だよ」
 とか。
 電話の応対も彼がやっちゃうし、データ管理もスケジュール調整も彼がやる。私、秘書なんて要らないんじゃないのってぐらい、新崎くんは一人でなんでもこなす。
 ならばせめてと、部屋を整頓したり……って思うんだけど、新副社長室は、まだまだ真新しくって、掃除も整頓も必要ないぐらいスッキリしてる。机にホコリの一つもついてない。

 なんでも一人でできちゃう新崎くん。

 「僕だって、初めての経験だし。初心者同士、頑張っていこ? 祥子さんが慣れるまでは、僕もサポートするから」

 秘書としての初出勤日、そう言って励ましてくれたけど。

 (私、必要あるのかな)
 
 ってのが本音。
 新崎くん、アンタ、いったいどこが初心者なの。ついでに言えば、上司をサポートするのが秘書であって、上司にサポートされるのが秘書じゃないのよ。
 そんななか、どうにか探し出した、私の役割。

 「祥子さんの淹れてくれるお茶は、美味しいよね」

 副社長が、朝一番、出社してすぐの業務チェックの時に飲む紅茶を淹れる。
 お茶くみ係。
 それだけ。
 新崎くんは、溜まったメールや書類をチェックする時、必ず一杯、お茶を飲む。基本は紅茶、それもアールグレイなんだけど、時折別の、茉莉花茶を希望される時がある。なんでも、「中国語の文章を読む時は、こっちの気分」なんだそうで。なら、「英語の文章は紅茶で、日本語は緑茶」なのかと尋ねたら、「そういうんじゃないんだけど」って苦笑いされた。

 「朝の始まりに、これを飲むと、さあやろう! って気になるんだ」

 新崎くんはそう言って、不慣れな私の淹れた茉莉花茶を、美味しそうに飲み干してくれる。
 出勤する前、家でもおんなじように私の淹れたお茶を飲んでるのに。

 新崎くんとの偽装生活は、いたって普通の「ザ☆ルームシェア」だった。
 朝は、早く起きたほうが朝食の準備をする。遅れたほうは、お茶を淹れるのと後片付け係。共有部分の掃除は二人で分担して。各自の部屋と洗濯物はそれぞれが。夕食は、仕事帰りに二人で買い物をして二人で支度をする。片付けは、日々交代で。片付け担当じゃない方が、先に風呂に入る。
 同性の友達同士のルームシェアでも、こうはうまく行かないじゃないかってぐらい、キッチリ役割を分担してる。

 「祥子さんのご飯、すごく美味しいです」

 普通のありきたりなご飯なのに。

 「部屋をキレイにしてくださって、ありがとうございます」

 掃除したのは新崎くんも同じなのに。

 「大丈夫です、祥子さん」

 私がまだうまく「穂積くん」と呼べなくても、偽装婚約者になりきれなくても、笑ってくれる新崎くん。

 「祥子さんに名前を呼んでもらえる。そんな楽しみは、後にとっておきますから」

 婚約者に棄てられた私を助けてくれた新崎くん。副社長秘書としても偽装婚約者としてもまだまだな私を、優しくいたわってくれる新崎くん。
 そんな彼に少しでも報いるために、デキる秘書にならなくては。
 ってことで、最高に美味しい茶葉探し。それと秘書の勉強。
 秘書未経験だから、初心者だからって、いつまでも甘えていちゃいけない。彼が私を支えるんじゃなく、私が彼を支えなくっちゃ。
 とりあえずは秘書検定三級、ビジネス文書検定三級合格を目指す! 後は、英語の学び直しと中国語……かな? あ、ビジネス実務法務検定もやったほうがいい?
 あれも必要、これもいるかもって、買い込んだ参考書と問題集。
 自分の部屋で山と積み、自分で淹れたコーヒー片手に立ち向かう。

 ――これ、昨日のお礼に。

 挨拶に行った翌日、仕事帰りに立ち寄った買い物先でプレゼントされた。
 淡いベージュのカップ。トテッと座った北欧のカバっぽいトロールが描かれてる。

 ――祥子さん、こういうのお好きなんじゃないですか?

 お店で手に取ったことを見られてたのか。
 三十にもなって、こんなキャラもの手にしてるとこ見られるって……。

 ――会社で使ってるペンにもこういうのついてますよね。

 ……うん。
 仕事で愛用してるボールペン。〝はじっこぐらし〟。
 似合わないって言われるのは重々承知で、「貰い物だし、せっかくだから」とか、いつ訊かれてもいいように言い訳つきで愛用していた。「机の引き出し片付けてたら、こんなの出てきてさ~」「もったいないから使ってるの~」みたいな。まだ、誰にも訊かれたことないけど。
 「ボールペンぐらいキャラモノ使ってても、別にそこまで見られることないでしょ」ってのは自分への言い訳。――新崎くんにバッチリ見られてたけど。
 普段は、なるべくシンプルに、実用性を追求したものしか持ってない。持たないようにしている。――かわいいは似合わないから。こういうかわいいモノは、私のキャラじゃないから。
 だけど。

 ――かわいいモノって、いいですよね。

 ニッコリ、新崎くんが言ってくれたから。

 ――こういうの持ってる祥子さんって、とってもかわいいですよ。
 
 そう言ってくれたから。

 (ッシャ!)

 さっそくお気に入りになったカップ。コーヒーを飲んで気合を入れる!
 私は新崎くんのために、公私(特に公)を支えることのできる、バリバリ仕事がデキる女(でもかわいいモノが好き)になってやる!
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