9 / 28
9.きった啖呵の落とし前
――今はまだ、恋人として実感は薄いですが、この先、穂積さんを支えられる人物になりたい。そう思ってます。
えらい啖呵を切ったなあ。自分で、そう思う。
支えるって何を。支えるって何さ。
偽装婚約者兼副社長秘書。
偽装の婚約者なんて初めてのことだし、副社長秘書だって未経験。
今まで、一応婚約者だったこともあるし、秘書じゃないけど営業事務として誰かを支えることはしたことはある。ある、けど――。
とりあえず、偽装婚約者は、新崎くんのご家族にまったく疑われなかったことで、第1段階クリアできたけど、副社長秘書のほうは……ハアア。
秘書のお仕事っていえば、
・ 電話・メール・郵便物などの対応。
・ 来客対応。
・ スケジュールの管理、調整。
・ 資料の作成。文章の作成管理。
・ 接待交際業務のサポート。
・ 社内業務の管理調整。
なんかがあると思うんだけど。
「今日の午後から例の会社と打ち合わせがあるから」
とか。
「会議の資料はこれを。まとめておいたから大丈夫だよ」
とか。
電話の応対も彼がやっちゃうし、データ管理もスケジュール調整も彼がやる。私、秘書なんて要らないんじゃないのってぐらい、新崎くんは一人でなんでもこなす。
ならばせめてと、部屋を整頓したり……って思うんだけど、新副社長室は、まだまだ真新しくって、掃除も整頓も必要ないぐらいスッキリしてる。机にホコリの一つもついてない。
なんでも一人でできちゃう新崎くん。
「僕だって、初めての経験だし。初心者同士、頑張っていこ? 祥子さんが慣れるまでは、僕もサポートするから」
秘書としての初出勤日、そう言って励ましてくれたけど。
(私、必要あるのかな)
ってのが本音。
新崎くん、アンタ、いったいどこが初心者なの。ついでに言えば、上司をサポートするのが秘書であって、上司にサポートされるのが秘書じゃないのよ。
そんななか、どうにか探し出した、私の役割。
「祥子さんの淹れてくれるお茶は、美味しいよね」
副社長が、朝一番、出社してすぐの業務チェックの時に飲む紅茶を淹れる。
お茶くみ係。
それだけ。
新崎くんは、溜まったメールや書類をチェックする時、必ず一杯、お茶を飲む。基本は紅茶、それもアールグレイなんだけど、時折別の、茉莉花茶を希望される時がある。なんでも、「中国語の文章を読む時は、こっちの気分」なんだそうで。なら、「英語の文章は紅茶で、日本語は緑茶」なのかと尋ねたら、「そういうんじゃないんだけど」って苦笑いされた。
「朝の始まりに、これを飲むと、さあやろう! って気になるんだ」
新崎くんはそう言って、不慣れな私の淹れた茉莉花茶を、美味しそうに飲み干してくれる。
出勤する前、家でもおんなじように私の淹れたお茶を飲んでるのに。
新崎くんとの偽装生活は、いたって普通の「ザ☆ルームシェア」だった。
朝は、早く起きたほうが朝食の準備をする。遅れたほうは、お茶を淹れるのと後片付け係。共有部分の掃除は二人で分担して。各自の部屋と洗濯物はそれぞれが。夕食は、仕事帰りに二人で買い物をして二人で支度をする。片付けは、日々交代で。片付け担当じゃない方が、先に風呂に入る。
同性の友達同士のルームシェアでも、こうはうまく行かないじゃないかってぐらい、キッチリ役割を分担してる。
「祥子さんのご飯、すごく美味しいです」
普通のありきたりなご飯なのに。
「部屋をキレイにしてくださって、ありがとうございます」
掃除したのは新崎くんも同じなのに。
「大丈夫です、祥子さん」
私がまだうまく「穂積くん」と呼べなくても、偽装婚約者になりきれなくても、笑ってくれる新崎くん。
「祥子さんに名前を呼んでもらえる。そんな楽しみは、後にとっておきますから」
婚約者に棄てられた私を助けてくれた新崎くん。副社長秘書としても偽装婚約者としてもまだまだな私を、優しくいたわってくれる新崎くん。
そんな彼に少しでも報いるために、デキる秘書にならなくては。
ってことで、最高に美味しい茶葉探し。それと秘書の勉強。
秘書未経験だから、初心者だからって、いつまでも甘えていちゃいけない。彼が私を支えるんじゃなく、私が彼を支えなくっちゃ。
とりあえずは秘書検定三級、ビジネス文書検定三級合格を目指す! 後は、英語の学び直しと中国語……かな? あ、ビジネス実務法務検定もやったほうがいい?
あれも必要、これもいるかもって、買い込んだ参考書と問題集。
自分の部屋で山と積み、自分で淹れたコーヒー片手に立ち向かう。
――これ、昨日のお礼に。
挨拶に行った翌日、仕事帰りに立ち寄った買い物先でプレゼントされた。
淡いベージュのカップ。トテッと座った北欧のカバっぽいトロールが描かれてる。
――祥子さん、こういうのお好きなんじゃないですか?
お店で手に取ったことを見られてたのか。
三十にもなって、こんなキャラもの手にしてるとこ見られるって……。
――会社で使ってるペンにもこういうのついてますよね。
……うん。
仕事で愛用してるボールペン。〝はじっこぐらし〟。
似合わないって言われるのは重々承知で、「貰い物だし、せっかくだから」とか、いつ訊かれてもいいように言い訳つきで愛用していた。「机の引き出し片付けてたら、こんなの出てきてさ~」「もったいないから使ってるの~」みたいな。まだ、誰にも訊かれたことないけど。
「ボールペンぐらいキャラモノ使ってても、別にそこまで見られることないでしょ」ってのは自分への言い訳。――新崎くんにバッチリ見られてたけど。
普段は、なるべくシンプルに、実用性を追求したものしか持ってない。持たないようにしている。――かわいいは似合わないから。こういうかわいいモノは、私のキャラじゃないから。
だけど。
――かわいいモノって、いいですよね。
ニッコリ、新崎くんが言ってくれたから。
――こういうの持ってる祥子さんって、とってもかわいいですよ。
そう言ってくれたから。
(ッシャ!)
さっそくお気に入りになったカップ。コーヒーを飲んで気合を入れる!
私は新崎くんのために、公私(特に公)を支えることのできる、バリバリ仕事がデキる女(でもかわいいモノが好き)になってやる!
えらい啖呵を切ったなあ。自分で、そう思う。
支えるって何を。支えるって何さ。
偽装婚約者兼副社長秘書。
偽装の婚約者なんて初めてのことだし、副社長秘書だって未経験。
今まで、一応婚約者だったこともあるし、秘書じゃないけど営業事務として誰かを支えることはしたことはある。ある、けど――。
とりあえず、偽装婚約者は、新崎くんのご家族にまったく疑われなかったことで、第1段階クリアできたけど、副社長秘書のほうは……ハアア。
秘書のお仕事っていえば、
・ 電話・メール・郵便物などの対応。
・ 来客対応。
・ スケジュールの管理、調整。
・ 資料の作成。文章の作成管理。
・ 接待交際業務のサポート。
・ 社内業務の管理調整。
なんかがあると思うんだけど。
「今日の午後から例の会社と打ち合わせがあるから」
とか。
「会議の資料はこれを。まとめておいたから大丈夫だよ」
とか。
電話の応対も彼がやっちゃうし、データ管理もスケジュール調整も彼がやる。私、秘書なんて要らないんじゃないのってぐらい、新崎くんは一人でなんでもこなす。
ならばせめてと、部屋を整頓したり……って思うんだけど、新副社長室は、まだまだ真新しくって、掃除も整頓も必要ないぐらいスッキリしてる。机にホコリの一つもついてない。
なんでも一人でできちゃう新崎くん。
「僕だって、初めての経験だし。初心者同士、頑張っていこ? 祥子さんが慣れるまでは、僕もサポートするから」
秘書としての初出勤日、そう言って励ましてくれたけど。
(私、必要あるのかな)
ってのが本音。
新崎くん、アンタ、いったいどこが初心者なの。ついでに言えば、上司をサポートするのが秘書であって、上司にサポートされるのが秘書じゃないのよ。
そんななか、どうにか探し出した、私の役割。
「祥子さんの淹れてくれるお茶は、美味しいよね」
副社長が、朝一番、出社してすぐの業務チェックの時に飲む紅茶を淹れる。
お茶くみ係。
それだけ。
新崎くんは、溜まったメールや書類をチェックする時、必ず一杯、お茶を飲む。基本は紅茶、それもアールグレイなんだけど、時折別の、茉莉花茶を希望される時がある。なんでも、「中国語の文章を読む時は、こっちの気分」なんだそうで。なら、「英語の文章は紅茶で、日本語は緑茶」なのかと尋ねたら、「そういうんじゃないんだけど」って苦笑いされた。
「朝の始まりに、これを飲むと、さあやろう! って気になるんだ」
新崎くんはそう言って、不慣れな私の淹れた茉莉花茶を、美味しそうに飲み干してくれる。
出勤する前、家でもおんなじように私の淹れたお茶を飲んでるのに。
新崎くんとの偽装生活は、いたって普通の「ザ☆ルームシェア」だった。
朝は、早く起きたほうが朝食の準備をする。遅れたほうは、お茶を淹れるのと後片付け係。共有部分の掃除は二人で分担して。各自の部屋と洗濯物はそれぞれが。夕食は、仕事帰りに二人で買い物をして二人で支度をする。片付けは、日々交代で。片付け担当じゃない方が、先に風呂に入る。
同性の友達同士のルームシェアでも、こうはうまく行かないじゃないかってぐらい、キッチリ役割を分担してる。
「祥子さんのご飯、すごく美味しいです」
普通のありきたりなご飯なのに。
「部屋をキレイにしてくださって、ありがとうございます」
掃除したのは新崎くんも同じなのに。
「大丈夫です、祥子さん」
私がまだうまく「穂積くん」と呼べなくても、偽装婚約者になりきれなくても、笑ってくれる新崎くん。
「祥子さんに名前を呼んでもらえる。そんな楽しみは、後にとっておきますから」
婚約者に棄てられた私を助けてくれた新崎くん。副社長秘書としても偽装婚約者としてもまだまだな私を、優しくいたわってくれる新崎くん。
そんな彼に少しでも報いるために、デキる秘書にならなくては。
ってことで、最高に美味しい茶葉探し。それと秘書の勉強。
秘書未経験だから、初心者だからって、いつまでも甘えていちゃいけない。彼が私を支えるんじゃなく、私が彼を支えなくっちゃ。
とりあえずは秘書検定三級、ビジネス文書検定三級合格を目指す! 後は、英語の学び直しと中国語……かな? あ、ビジネス実務法務検定もやったほうがいい?
あれも必要、これもいるかもって、買い込んだ参考書と問題集。
自分の部屋で山と積み、自分で淹れたコーヒー片手に立ち向かう。
――これ、昨日のお礼に。
挨拶に行った翌日、仕事帰りに立ち寄った買い物先でプレゼントされた。
淡いベージュのカップ。トテッと座った北欧のカバっぽいトロールが描かれてる。
――祥子さん、こういうのお好きなんじゃないですか?
お店で手に取ったことを見られてたのか。
三十にもなって、こんなキャラもの手にしてるとこ見られるって……。
――会社で使ってるペンにもこういうのついてますよね。
……うん。
仕事で愛用してるボールペン。〝はじっこぐらし〟。
似合わないって言われるのは重々承知で、「貰い物だし、せっかくだから」とか、いつ訊かれてもいいように言い訳つきで愛用していた。「机の引き出し片付けてたら、こんなの出てきてさ~」「もったいないから使ってるの~」みたいな。まだ、誰にも訊かれたことないけど。
「ボールペンぐらいキャラモノ使ってても、別にそこまで見られることないでしょ」ってのは自分への言い訳。――新崎くんにバッチリ見られてたけど。
普段は、なるべくシンプルに、実用性を追求したものしか持ってない。持たないようにしている。――かわいいは似合わないから。こういうかわいいモノは、私のキャラじゃないから。
だけど。
――かわいいモノって、いいですよね。
ニッコリ、新崎くんが言ってくれたから。
――こういうの持ってる祥子さんって、とってもかわいいですよ。
そう言ってくれたから。
(ッシャ!)
さっそくお気に入りになったカップ。コーヒーを飲んで気合を入れる!
私は新崎くんのために、公私(特に公)を支えることのできる、バリバリ仕事がデキる女(でもかわいいモノが好き)になってやる!
あなたにおすすめの小説
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。
「声に出せなかった五年分の気持ちを、離婚届と一緒に置いていきます」
まさき
恋愛
「ねえ、今日も遅いの?」
返信は、既読だけだった。
陽菜は笑顔が得意な女だった。嬉しいときは声に出して笑って、悲しいときは素直に泣いた。そういう自分が好きだった。
でも蓮の前では、いつからか言葉が出なくなった。
仕事一辺倒の夫を責めたかった。待ちくたびれたと泣きたかった。それでも言えなかった。言ったら、壊れる気がした。
五年間、声を飲み込み続けた。
笑顔で送り出して、一人で夕食を食べて、眠れない夜をやり過ごした。蓮は悪い人じゃない。ただ、私を見ていなかった。
それだけのことが、五年分積み重なった。
離婚届をテーブルに置いて、陽菜は家を出た。声に出せなかった五年分の気持ちを、一緒に置いて。
ドアが閉まった音を聞いて、蓮は初めて立ち上がった。
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
お兄様はやさしく笑って、逃げ道だけをなくしていく
星乃和花
恋愛
縁談に悩む子爵令嬢リゼットが助けを求めたのは、名門侯爵家の長男アルフレッド。
穏やかでやさしく、理想のお兄様のような彼は、「君のことは僕が見ている」と甘く手を差し伸べてくれる。
送り迎え、花や手紙、完璧なエスコート。
守られているだけのはずが、気づけば周囲には「彼女はもうノースウェル侯爵家のもの」という空気ができあがっていて――。
ふわふわ優しいのに、実はかなり策略家。
やさしく逃げ道をなくしてくるお兄様系ヒーローに、恋愛に疎い令嬢がじわじわ囲い落とされていく、甘くて幸せな溺愛ラブストーリー。
――「待つよ」と言いながら、外堀はきっちり埋めてくる――
(完結済ー本編10話+後日談2話)
絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。
その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。
そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。
同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。
春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。
昔から志穂が近くにいてくれるから……。
しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。
登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。
志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。
彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。
志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。
そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。
その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。