思ってたのと違う! ――かもしれない。

若松だんご

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23.こんなこともあろうかと

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 ン~フッフ~ン。フフンフフ~ン。

 いつものように、秘書としてのパソコン仕事。
 会議の資料をまとめ、新崎くんにわかりやすいように作る。

 フ~ン、フフン、フ~ン。

 タカタカと、もとの資料を眺めながら打ち込む文章。コピーした図や写真を添付して、見やすく構成していく。
 営業事務としても、同じ作業をやっていた。
 ただ、新崎くんに満足してもらえるものを作るには、日本語だけでなく、英語や中国語などの資料を読む必要もあって、時折、パソコン作業が停滞する。でも。

 フフンフ~、フン~ン~。

 別に苦じゃない、その作業。

 「祥子さん。仕事中悪いけど、お茶を淹れてくれないかな。できれば茉莉花茶で」

 「わかりました。茉莉花茶まつりかちゃですね」

 本当は、習った知識を使って「茉莉花茶マーリークァチャ」ってイントネーションも完璧に受け答えしてみたい気分だけど、それは我慢。いくらなんでもそれは浮かれすぎ。
 席を立ち、お湯を沸かす。
 その間に、私が選んできた茶葉を用意する。

 (この茶葉、新崎くんが気に入ってくれたんだよね)

 ちょっといいのを、少しでも美味しいものを。
 ネットで探して、お店で味わって。
 私が用意した茶葉。「とても美味しい」って新崎くんは好んで飲んでくれる。

 (あ……)

 茶葉を取り出した拍子に目に写った右手の薬指。そこにある銀色の輪に、また鼻歌を歌いたい気分になる。

 ――買い物にいきましょう。

 そう言って、休みの日に連れて行ってくれた宝石店。
 
 ――婚約指輪を贈らせてください。

 私が足を踏み入れたこともないような超高級店で、指輪を選んでくれた新崎くん。お店の支配人とか、なんとかお偉方が、これはどうでしょう。あちらはいかがですかと、指輪を次から次へと持ってきて。
 触れるのも恐ろしいのに、指にはめてみて、なんて言われて。
 最終的に、豪華だけど気品があって、落ち着いたデザインの指輪に落ち着いたんだけど。

 ――その指輪は、日常使いにはちょっと難しいですから。

 と、婚約指輪とは違う、もう一つ別の指輪もプレゼントされた。
 結婚指輪のようなシンプルなデザインで、銀の輪の真ん中に、ちょこんと石がついている。若草を思わせる透き通った黄緑色。ペリドット。
 その指輪がうれしくて、軽くキスして、淹れたお茶を運んでいく。

 「――ありがとう。ごめんね。作業を中断させて」

 「大丈夫ですよ。私もちょうど一息入れたかったところですから」

 カップを渡す私の指にはペリドット。受け取る彼の指にはピンク色のトルマリン。
 プロミスリング。
 将来を誓いあったカップルが日常的に着けるものらしい。
 ペリドットは8月、トルマリンは10月の誕生石。

 ――こういうの着けるのって、ちょっと恥ずかしいですけど、繋がってる感じがしていいですね。

 私の右手薬指に指輪をはめてくれたのは新崎くん。
 
 ――この指にはめるのは、「恋人がいる」って意味らしいですよ。

 なら私もって、調子に乗って新崎くんに着けた指輪。ペリドットは新崎くんの、トルマリンは私の誕生石。

 「うん。とても美味しいです――って、どうかしましたか?」

 「え? あ、ううん。なんでもないです」

 カップを持つ右手。その薬指で光を弾いた指輪。
 見とれて、ドキッてしてたなんて言えません。
 自分で淹れたもう一個のお茶を持って、ソファに腰掛ける。普通、秘書が同じ空間で、お茶を飲むなんてありえないけど、「婚約者なのに、離れて飲むのは嫌」と以前に言われたから、ここで飲むのが習慣になっている。

 (わ、美味しい……)

 自分で淹れたお茶を、自分で自賛。
 カップに両手を添えて、ゆっくりと味わう。

 ――祥子さん、今日は外で食事をしませんか。

 指輪を選んだ後、新崎くんに連れて行ってもらったのは、これまた高級すぎるホテルのレストラン。
 でも、今度は料理長が出てきたりなんだりの挨拶はなくって。普通の食事でホッとしたら、「部屋もとってあります」と向かった先は、ロイヤルスイート、デデドン広々ベッド。……やっぱりセレブなのねと、再認識した。
 
 ――祥子さん。愛してます。
 
 ロイヤルスイートだろうと、いつものマンションだろうと。新崎くんとやることは一緒で。いつもと違うのは、ベッドから落っこちる心配がないのと、ちょっとぐらい大きめに声を上げても大丈夫かなってことだけ。
 
 (夜景を観ながら……は、さすがに恥ずかしかったけど)

 裸のまま、窓に手をついて後ろから。冷たい窓と、熱い彼の体。誰かに見られるんじゃないかってスリルのせいか、いつもより感じてしまったことは内緒。
 「こんなこともあろうかと」って、新崎くんが持ってきたゴムを使い切りそうなぐらい、何度もなんどもセックスした。感じる彼を見たくて、私の手でイカせたくて、彼に初めてフェラもしたし、男のロマン(?)パイズリもやってみた。

 (あれは……かわいかった)

 私の攻めに、必死に耐える新崎くん。
 気持ちいいのか、時折腰がビクッって跳ねてさ。「ンッ」とか喘いだりして。
 「祥子さん」って呼ぶ声もどこか熱がこもって切なそうで。顔真っ赤にして、トロンとしてるのに苦しそうで。
 「口の中に出してもいいよ」って言ったのに、「そんなことは……!」って我慢する新崎くん。「祥子さんを汚すわけには!」って頑張って堪えてて。あれはとってもかわいかった。
 もっと感じさせたい。もっと愛してあげたい。もっとイジメてあげたい。
 
 (嗜虐心掻き立てられたなあ)

 私に、そんな性癖があるなんて知らなかった。

 (まあ、その後、潰されるぐらい、ガンガン攻め立てられたんだけど)

 替わった新崎くんのターン。あまりの激しさに、私、潮吹いて何度もイカされた。気持ち良すぎて、意識がふっ飛びそうになるぐらい。
 新崎くんをイジメるの、程々にしないと自分が壊されちゃうって教訓を得た。絶倫新崎くん、怒らせるとちょっと怖い。

 ――祥子さん。愛してます、祥子さん。

 セックスの最中も、その後も、新崎くんは何度も私に愛を告げる。

 ――愛してます。愛してます。

 まるで呪文のように、くり返しくり返し。
 言葉と、体で。私に愛を伝えてくる。
 欲望の嵐が過ぎ去って。私と彼、抱きしめ合って相手に触れて。ともに眠りに落ちるまで。

 ――祥子さん。僕は愛してるのは、何があっても祥子さんだけです。

 ――うん。うれしい。

 私、いっぱい愛されて、とっても幸せ。

*     *     *     *

 けどなあ。
 
 (いっぱい愛されるってのもねえ)

 色々問題があるのよ。
 さすがにここじゃあ、覗き見されてるからか、なんにもされないけどさ。家に帰ると、その……。

 (止まらないんだよねえ)

 うっかりすると、玄関からスタートするセックス。
 もつれこんで、リビングか寝室に到達できれば、まだいい方。この間なんて、廊下で挿入直前まで至ってしまった。
 さすがに廊下に、「こんなこともあろうかと」は置いてないので、一旦中止してリビング(置いてある)まで我慢したけど。

 (さすがに、ああいうことが続くとなあ)

 なら、盛るのをヤメロ。そう思うけど、流されるようにそうなっちゃうのよねえ。

 (ピル、飲んだほうがいい?)

 うっかり盛り上がりすぎて、「こんなこともあろうかと」が間に合わない場合に備えて。もう、「挿れる」「挿れたい」ってなってる時に「ちょっと待ってね、ゴム不在」は、ちょっと間抜け。盛り下がる。
 それぐらいなら、私がピルを飲んで、「こんなこともあろうかと」をしておけばいい気がする。
 
 (生理痛が軽減されて、生理周期も整うって言うし)

 普段の生理。28日なんて定期便でやって来ないし、来たとしても、ものすごい痛み同伴で訪れる。「子を産めば変わる」って慰めを聞いたことあるけど、まだ子どもの予定はないから、ここは薬を使ってコントロールしたほうがいいのかもしれない。

 何もしないままセックスして、万が一赤ちゃんがデキちゃっても、もう婚約してるのだから問題ないような気もするけど。

 (でも、もうちょっとだけ二人っきりを楽しみたい)

 だって、正式につき合い始めて一ヶ月経ったかどうか。三十歳なんだから、子どもは急いだほうがいいのかもしれない。けど、まだ二人だけの甘い時をゆっくり過ごしたい。クリスマスにお正月。まだまだ楽しみたいイベントはたくさんある。

 (それに、妊娠しちゃったら、仕事とか結婚準備で迷惑かけちゃうし)

 新崎くんの子どもなら、きっとかわいいんだろうなって思うけど、もう少しだけコウノトリには待機していてもらいたい。

 「――祥子さん。そろそろ帰りましょうか」

 「ふえっ!」

 「フエ?」

 「あ、なな、なんでもないです! なんでも!」

 間違っても会社のパソコンで、今から立ち寄れる産婦人科を探してなんかおりませんことよ、ホホホ。――スマホで検索してたけど。

 「あの、私、今日はちょっと一人で帰ってもいいですか?」

 「一人で?」

 「うん。ちょっと寄りたいところがあって」

 「寄りたいところ? 買い物ならつき合いますけど?」

 いつも帰りに一緒に買物してるのに?
 キョトンとした顔から、優しい笑みに変わった。

 「あ、うん。今日は、その。一人で行きたい……なっ、て」

 どこに立ち寄るか。さすがに言えないので、ゴニョゴニョ言葉尻を濁す。

 「祥子さん、すみません」

 へ?

 「それって僕のせいですよね」

 は?

 「何が?」

 なんでうなだれてるの?

 「僕が、いつも我慢できなくて。昨日だって、ついエレベーターの中で求めてしまいました」

 うぐ。
 そ、そうなんだけど。
 二人っきりだったことをいいことに、うっかり燃え上がりかけたんだけど。

 「今日からは、もう少し自制しますので、別々にだなんて悲しいことを言わないでください」

 クーン。
 うなだれた新崎くんの頭に、あるはずのない犬の垂れ耳が見える(気がする)。

 「あの、そういうんじゃなくて! ちょっと病院に行きたいだけです」

 見えない耳に、あわてて弁明。

 「病院? 祥子さん、どこか具合が悪いんですかっ!? 具合が悪いのなら、仰ってくれればよかったのに! 車! 車用意しますから、そこで休んでてください!」

 チュドーン。
 健気犬の頭に触れようとして、地雷を踏み抜いた感覚。

 「ちっ、違うのよ! ちょっと薬の相談をしに行くだけ! 元気だから、心配しないで!」

 「薬?」

 「ピ、ピルを飲もうかな……って。ほら、私、生理不順で困ってるから」

 間違いは言ってないのに、後半がこじつけがましく聞こえる。

 「――わかりました」

 そこまで説明して、ようやく肩の力を抜いた新崎くん。

 「そういうことなら、僕は一人で帰ってますね」

 男女が一緒に産婦人科――なんてなったら、色々誤解を受ける。妊娠、中絶、不妊、エトセトラ。ピルの相談に来たって言いふらせないし、言いふらしたとしても、「ふ~ん、そういうことするために処方してもらうんだ。ふ~ん」って思われるだけ。「彼女の生理不順を治すために、ピルをもらいに来たんです」って言っても「ふ~ん」は付随する。
 それに、自分一人でも産婦人科は敷居が高いのに、恋人同伴となると……。敷居はウォール・マリアよりも高くなる。
 
 「なら、僕がゴハンを作ってます。祥子さん、リクエストはなんですか?」

 「じゃあ、パスタを希望してもいいかな? きのことベーコンの和風パスタ」

 この間、新崎くんが作ってくれたヤツ。すっごく美味しかったから、再食希望。

 「わかりました。きのことベーコンのパスタですね」

 ニッコリ笑った新崎くん。

 「美味しく作れたら、ご褒美もらってもいいですか?」

 「――――っ!」

 耳元で囁かれた甘い予感のする言葉。瞬間で沸騰したような耳を押さえて彼を見る。
 立ち上がった耳、いっぱい尻尾を振りたいのを我慢して、「待て!」の体制になった犬。ご褒美を待ちわびて、目をキラキラさせてる。
 これで「おあずけ!」ってしたらどうするんだろう。
 
 (襲われるな、たぶん)

 自制の効かなくなった犬に、美味しく全部いただかれてしまう。きっと。
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