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第11話 魔王さまは、石橋を叩く。

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 将軍はアルディンさまの危惧した通り、翌日には早速詰め所の衛兵さんいじめ……もとい、衛兵さんとの剣の稽古に出かけようとした。

 「身体はなんともない。逆に動かさずにいると鈍る」

 とかなんとか。
 意識を取り戻したとはいえ、打撲とか癒えてないんだけど。せめて、それが治るまでは安静にしててほしいんだけど。

 「そんなもの、戦場では、どれだけ傷を負おうが戦うことになるのだから、身体を甘やかすようなことはできん」
 
 だってさ。
 どこまで戦闘脳なんだろうねえ、将軍は。

 もちろん、そんな無茶をアルディンさまはもちろん、子分であるエイナルさんでさえ許すわけがなく、詰め所に奇襲をかけた将軍を速攻で連れ戻した。

 「次にそんな無茶をしたら、身動きとれないように薬でも盛ってもらうからね」

 ニッコリ言い置かれたアルディンさま。か、かなり怖い。
 まあ、それだけ将軍の身体を心配してくださってるんだろうけど。
 将軍は将軍で、「なんで俺がアイツの言うことをきかねばならんのだ」とブツブツ文句をたれてるけど、アルディンさまが怖いのか、一応は部屋で大人しくしている。
 
 ま、身体のことを思ったら、しばらくは安静にしていただきたいんだけど。

 将軍の言うことにはすべて首を縦にふるようなエイナルさんでも、今回ばかりはアルディンさまに同意していらっしゃるようだ。
 意識を失うぐらいの衝撃を受けたんだもん。本人が大丈夫だって言っても、どこに異変が潜んでいるかわからない。とうぶんの間は、無茶な動きをしないほうがいいというのが、将軍を診た医師の判断だった。

 「……水」

 部屋に閉じ込められることになった魔王さま。もっのすごくわかりやすく、もっのすごくご機嫌ナナメ。
 不本意、不機嫌、不満、不服、不快、不穏。
 「不」という文字がその身体から見えない圧となって溢れ出してる。
 一応、やることとして、エイナルさんが持ってきてくださった書類に目を通してるんだけど、“動けるのに動かない”のと“動けなくて動かない”のは違うらしく、眉間にイライラのシワが刻まれている。

 「おまたせしました。柑橘水……です」

 おっかなびっくり、将軍の前の机にカップを置く。
 
 (エイナルさん、早く帰ってきて~~っ!!)

 将軍を部屋に連れ戻すなり、用があるのか出かけてしまったエイナルさん。「いつまで、どこに」行くかなんて一切言ってくれないから、帰ってくる時間とか知らないんだけど、今は一刻も早く帰ってきてほしい。というか、今すぐ速攻で帰ってきてほしい。
 別にエイナルさんがいたからって、この空気が変わるとか、自分の肩の荷が下りるとかはないんだけど、一人でこの空気を耐えるのは辛いから、誰かを巻き添えにしたい。エイナルさんがダメならアルディンさまでもいいんだけど、アルディンさまも御用はあるとかで、出かけちゃってるんだよね。
 わたしにも御用があればいいんだけど、悲しいかな、ただの侍女に「将軍の世話」以外に御用はないわけで。
 気分は猛獣と同居する檻の中。
 え~~ん。誰か助けて~。
 とかなんとか考えながら、柑橘水を飲み干す将軍の様子をうかがう。

 「――なんだ?」

 わたしの視線に気づいたのか、将軍が飲むのを止めた。
 
 「あ、いえ。なんでもないです」

 「“なんでもない”はないだろ。人をジロジロ見て」

 あ、まずい。不機嫌に“超”が加わった!!

 「えーっとですね。お身体におかしなところがないかな~って思いまして。観察させていただきました」

 「おかしなところ?」

 「はい。お医者さまがおっしゃってたんです。気分が悪いとか、飲み込むのが下手になったとか、ぼんやりしてるとか、吐き気をもよおしてるとか。そういう変調があったらすぐに報告するようにって」

 おかしなとこ、ないかな。
 気分悪そうにしてないかな。
 不機嫌なのは仕方ないとして、それ以外の部分で、不調なところはないかな。
 脳震盪は、打撲や擦過傷と違って油断ならない症状だ。一見、大丈夫そうに見えて、実は脳に障害を負ってました!!なんてこともある。下手をすれば死に至ることもあるとか。特に、将軍のようにしばらく意識を失っていたというのは、かなりヤバい症例らしい。
 だから、油断なく将軍を見ておくように、少しでもおかしいと思ったらすぐ連絡するようにと、お医者さまは言い置いていったんだけど。

 「大げさすぎる。医者ってのは、自分がいかに優れているか誇張するために、なんだって大げさに言うものだ。鵜呑みにするな」
 
 「そんなことないですってば。オビル先生は、誇張なんてしませんよ。淡々と本当のことを言ってくだけです」

 「オビル先生?」

 「そうですよ。将軍を診察してくださった、オビル先生です」

 診察していただいた時、将軍は目を覚まさなかったから、自分を診てくださった先生が誰なのか、知らないのかな。

 「王宮の専属医師のオビル先生ですよ。ほら、寡黙な方で、無駄口をきかず、淡々と仕事をなさる方です」

 そういう部分、ちょっとだけ将軍に似てるかもしれない。

 「真面目で実直だから、女王陛下からの信任も厚くて。アルディンさまが連れてきてくださったんです。王配候補の診察ですからね。国一番の医師が診るのが妥当だろうって」

 オビル先生は、その腕と性格をかわれて、王族専属の医師を勤めていらっしゃる。身分的なことを言えば、将軍を診てくれるような医師じゃない。なのに診てくれたってことは、“王配候補”がとても大事にされているからか、それとも診察を願い出たアルディンさまの身分がものを言ったのか。もしくはその両方なのかもしれない。
 いずれにせよ、オビル先生に診てもらえたことは、とてもありがたかった。

 「でも、あの先生、怒らすととっても怖いんですよ。淡々と表情を変えないまま、すっごく苦くて不味くて飲みにくい薬を、『はい』って渡してきますからね。飲み終えるまで目の前で監視されるし」

 だから、無茶して先生を怒らすようなことをしちゃダメだよって――。

 「お前、オビル医師のことを知っているのか?」

 へ?

 「いや、だって、宮廷専属医師ですし……」

 誰だって知ってるんじゃない? 

 「いや、医師が出す薬のこと、――まあいい。俺もそんな苦い薬は飲みたくないからな。オビル殿を怒らすことはしないでおこう」

 「はい。それが賢明だと思います」

 って、うわ。

 「どうした?」
 
 「え、いえっ!! なんでもありませんっ!!」

 ホントは“なんでもあるけど”っ!!
 不意打ちに笑うのやめてくださいよっ!!
 心臓に悪いっ!! 

 ほんの少しだけ笑った顔になった将軍。そのせいで、心臓がありえないほど早鐘を打ってる。

 (見てはいけないものを見てしまったからなあ)

 胸がドカドカ鳴って、ギュウウッと締めつけられる。

 (もしかして、――魔王の呪い?)

 眼光光線の次は、笑顔の呪い。気をつけねば。

*     *     *     *

 「――書庫の件は以上です」

 「そうか。ご苦労」

 エイナルの持ってきた調査結果に、「やはり、か」と嘆息する。

 ――ノルラとリゼの報告書。あの落下してきた書のなかに含まれてはいたが、そのすべてに、欠損部分が見受けられた。
 ――落下の衝撃で、中身が散逸してしまったのではないか。
 
 他の地域の報告書に欠損が見受けられず、その二都市の分だけ欠損した。それも、たかが書棚からの落下という事故だけで。

 そんな馬鹿な事が起きるか。

 落ちただけで書類が紛失することなどありえない。だが、欠損理由を落下が原因だと説明した書庫の管理官。
 まあ、奴らを責めたところで、同じ答弁をくり返すだけだろう。
 やるだけ無駄だ。
 
 報告書を取ろうとしただけで書棚が倒れてくる細工をするような連中だからな。

 あれは事故じゃない。
 故意に張られた罠だ。

 ――ノルラとリゼに関わるな。
 ――関わればどうなるか、……わかってるな?

 そういう脅迫めいた意味もあるのだろう。そして、書棚の下敷きにでもなれば、大怪我は間違いないし、こうして書類が足りないことへの言い訳にも利用できる。
 アイツらからしたら、一石二鳥にも三鳥にもなりえる罠だったようだ。

 「それとエイナル、オビル医師について、少し調べてくれないか?」

 「オビル医師……ですか? まさか、薬にも……」
 「いや、そうではない。医師とミリアについて調べてほしい」

 「ミリア?」

 エイナルが一瞬、キョトンとした顔になった。

 「そうだ。彼女は、オビル医師を知っている。オビル医師を『すっごく苦くて不味くて飲みにくい薬を渡してくる。飲み終えるまで目の前で監視される』と評価した」

 自分が脳震盪を起こした時、診察してくれた医師。だがその時、医師は俺に薬を処方していない。ミリアは俺の看病をしていたが、医師が処方するのも、薬を飲ませるときの様子も見たことはないはずだ。
 王宮専属の、女王陛下の信任厚い医師、オビル。彼が診察するのは、陛下と陛下のご家族でもあるスティラ王女ぐらいだ。貴族であっても滅多に彼に診察されることはない。アルディンが彼を呼び、俺を診察させることができたのは、ひとえに俺が王配候補という、王族に準じる立場にあることと、アルディンの持つ地位がなしたことで、普通ならありえないことだ。
 だからこそ、ミリアがオビル医師の人となりを知っていることに違和感を覚える。

 ――彼女は、どこでそれを知ったのか?

 まるで、オビル医師の目の前で薬を飲まされた経験があるような口ぶりだった。

 「承知いたしました。調査を続行します」

 「頼む」

 俺が目を覚ました時に涙をこぼしたミリア。
 俺に拾われたことで、俺に近づいた女、ミリア。
 俺が目覚めたことを喜んでくれていた彼女を疑うのは、心がチリチリと痛む。

 俺のことを気遣ってくれているのにな。

 薬のことだって、きっと深い意味もない。
 そんな人の厚意まで疑っている自分に、軽く唾を吐き捨てる。
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