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第12話 魔王さまに呪われました。
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おかしい。
なんか、おかしい。
でも、別に熱があるわけじゃないし、気分悪いとかそういうのもないし。
だけど……。
チラリと声のするほうを窺う。
執務机を挟んで会話する二人。将軍とアルディンさま。
執務中にアルディンさまが訪問してきたから、将軍は机に向かったまま座り、アルディンさまはその机に軽くもたれかかるように腰掛けて、話をされている。ちょっと行儀が悪いなアルディンさまって思うけど、まあそれだけ親しげに会話をなされてるってことだろう。向かい合うソファに座って話し合うってのもいいけど、こういう気さくな雰囲気も悪くないと思う。気軽なのは、アルディンさまだけかもしれないけど。
将軍、いつもどおりのムスッと顔だし。
何を話しているのか、ちょっと離れたところに控えるわたしにはよくわからない。もともと将軍の声は、低くて聞き取りづらいし、滅多に喋らないから聞こえない。その分、アルディンさまが明るいお声でたくさん話されるんだけど、だからってすべてが聞き取れるわけじゃなく、「~~なんだよね」とか「~~が、~~だよ」とか、「~~」の部分はやや曖昧。まあ、わたしにむけて話してるわけじゃないから、別にいいんだけど。
そんなことを考えながら、二杯目のお茶が必要ないか、お二人の様子を観察する。
アルディンさまが訪れた時に、一杯目はお出しした。将軍には砂糖なしのを、アルディンさまには砂糖一個入れたのを。
お話しが長引くようなら二杯目も必要になるだろう。喋り続けて喉が渇くだろうし。……将軍は言葉少ないから、大丈夫かもしれないけど。
カップの中身がどうなのか。大事なのはそっち。足りなくなったら、サッと自然に二杯目を注ぐ。それがデキる侍女ってもんよ。会話を盗み聞きするのが侍女の役割じゃないのよ。
北側にある窓から、柔らかい日差しがガラス越しに差し込む。
ちょうど執務机の後ろにある窓からの光。窓に背を向けて座る将軍の顔に影を作り、相対するアルディンさまのお顔を明るく照らす。
う~~ん。光と影。
お二人の髪の色とか、そういうのも相まって、印象的な光景。
日差しを受けて、キラキラと輝くアルディンさまの髪。少しクセのある柔らかそうな髪が、光に透けてる。キレイに整った顔立ちに翳りなどなく、青く澄んだ目を軽く細めて笑う姿に目を奪われる。
一方の将軍。光を受けて多少黒髪が艶めくものの、アルディンさまのように透けて見えることはない。どちらかというと硬そうな髪。アルディンさまのようにやや長めに伸ばしてないからかもしれない。多分、兜を被るのに邪魔とか、そういう理由で短めに切ってるんだろう。うーん、実用的。
顔立ちは、アルディンさまと同じように整っていらっしゃるのだけど、“柔らかく笑う”なんて芸当はできるはずもなく、“ムスッ”としたまま。喋るために口角は動くけど、それ以外の表情筋はサボってるのか、動き方を忘れてるのかってぐらい動かない。
あれは、きっと稀有な笑顔だったんだなあ。
稀有、希少、珍奇、まれ、滅多にない。そういう笑顔。
オビル先生のことを話した時に見せてくれた笑顔。多分、二度と見ることが出来ないだろう、珍しすぎる将軍の笑顔。
もしかしたら、口角が誤作動しただけかもしれない。下にさげるつもりが、間違って上に動いちゃった……みたいな。でなきゃ、将軍が笑うなんてこと、起きるわけないもんね。
笑うとしたら、「フハハハハ」みたいな悪役高笑いだろうし。
もう一度見たいかって訊かれたら、「はい」って答えたいけど、そうすると、なんかとんでもないことになりそう――。
「ミーリア。どうしたの?」
「えっ!? あっ、わっ!! あ、アルディンさまっ!!」
「ヴィラードの看病で疲れてる?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど」
目の前にヌッと現れたアルディンさまのお顔。どうやら、お二人のお喋りは、わたしが考え事をしている間に、いつのまにか終わっていたらしい。部屋に残っていたのはアルディンさまだけ。将軍は、どこかへ出かけたのか、姿が見えなかった。
「聞いたよ。ヴィラードが出かけてしまわないよう、ずっと監視してたって。まるで“地獄の門番”みたいだったってさ」
じ、地獄っ!? 門番!?
「せめて、牢獄の看守にしておいてください」
「……いや、どっちもどっちだと思うけど。でもなんか、思い悩むことでもあるの? 元気ないみたいだし」
お二人のことを思ってただけで、悩んでもないんだけど。
「あの、アルディンさま……」
「ん?」
「アルディンさまは、将軍と一緒にいて、身体に不調とかないですか?」
「不調?」
「将軍を見てると、胸が痒いような、ギュッと苦しいような。心臓がグッと前とか上とかにドカドカ暴れだしてるような。頭の中で心臓がバクバクいってるような。そんなかんじです」
「……………………は? ミリア?」
「これって、病気なんですかね。あの書庫での事件以来、ずっとこんなかんじなんですよ。わたし、将軍のおかげでケガ一つしなかったけど、どこかマズい病気にでもかかっちゃったんでしょうか」
記憶がないからよくわかんないけど、多分、こんな症状は人生初だと思う。
「アルディンさま、申し訳ないんですが、オビル先生にわたしを診察してくださるようにお願いしていただけませんか?」
苦い薬を飲まされるのは嫌だけど、病気ならちゃんと治しておきたい。
「いや、それ、オビル殿では治せないと思うよ?」
「え? 不治の病だってことですか? 医師もさじを投げるような」
どうしよう。だとしたら絶望だ。いさぎよく死を待つしかない。
「いやいや、そうじゃなくって……」
一瞬目を丸くしてから、クスクスと笑い出したアルディンさま。
「僕が言いたかったのは、キミがヴィラードを好きなんじゃないかってこと」
「好きっ!?」
わたしが? 将軍を? 好き?
にわかに信じられなくて、マジマジとアルディンさまを見つめる。
「ヴィラードを見てると、胸が苦しくなるんだろう? だったらきっとそれは“恋”だよ。ミリア、キミはヴィラードのことが好きなんだよ、きっと」
「あの……、“スキ”って、あの“好き”ですか? スキマとか、ここ空いてますよ~とかのスキじゃなく? 畑で使うスキじゃなく?」
「うん。“いとしい”とか“好ましい”とかいう意味の“スキ”だよ」
「いやいやいや、それはありえないですって」
「どうして?」
「だって、あの魔王将軍ですよ? “恐ろしい”と思うことはあるだろうけど、“好き”はさすがに……」
いくらなんでも、エイナルさんじゃあるまいし。好ましくってのはありえないと思うんだけど。怯えて従うってのならわかる。
「う~ん。じゃあ、その胸のドキドキをどう説明する? “好き”以外に説明できないと思うんだけど?」
アルディンさまがいたずらっぽく笑う。
「“呪い“……なんじゃないでしょうか」
「呪い!?」
「そうですよ!! 呪い!! わたし、きっと呪われたんです!! 病気じゃないなら呪いですっ!! 魔王さまの手下として無茶をしちゃったから、これ以上余計なことをするなよっていう魔王さまの呪いなんです。迷惑かけたら、その分、心臓を鷲掴みにしてやるぞって――アルディンさまっ!! なに笑ってるんですかっ!!」
人が精一杯悩んで出した答えなのにっ!!
「い、いや、ゴメンッ!! あ、あまりに面白すぎてっ……!! の、呪いっ!! ヴィラード、魔法まで扱える、ようにっ!!」
謝ってるくせに、笑いを止めるつもりはないらしい。アルディンさまがお腹を抱えて笑い続ける。アルディンさま、かなりの笑い上戸。
「最恐の魔王だねぇ、ヴィラードは」
散々笑った後、目尻を拭ったアルディンさま。なにもそこまで笑わなくったっていいのに。
笑ったアルディンさまはステキだけど、笑いの元になったことは納得がいかない。
わたしが将軍を好き!?
にわかに信じられないけど、もし万が一、億が一、兆が一真実だったとして。
それ、絶対、将軍に呪われた結果だから。
オビル先生に診察を受けるより、腕のいい魔道士を探したほうが良いのかもしれない。
なんか、おかしい。
でも、別に熱があるわけじゃないし、気分悪いとかそういうのもないし。
だけど……。
チラリと声のするほうを窺う。
執務机を挟んで会話する二人。将軍とアルディンさま。
執務中にアルディンさまが訪問してきたから、将軍は机に向かったまま座り、アルディンさまはその机に軽くもたれかかるように腰掛けて、話をされている。ちょっと行儀が悪いなアルディンさまって思うけど、まあそれだけ親しげに会話をなされてるってことだろう。向かい合うソファに座って話し合うってのもいいけど、こういう気さくな雰囲気も悪くないと思う。気軽なのは、アルディンさまだけかもしれないけど。
将軍、いつもどおりのムスッと顔だし。
何を話しているのか、ちょっと離れたところに控えるわたしにはよくわからない。もともと将軍の声は、低くて聞き取りづらいし、滅多に喋らないから聞こえない。その分、アルディンさまが明るいお声でたくさん話されるんだけど、だからってすべてが聞き取れるわけじゃなく、「~~なんだよね」とか「~~が、~~だよ」とか、「~~」の部分はやや曖昧。まあ、わたしにむけて話してるわけじゃないから、別にいいんだけど。
そんなことを考えながら、二杯目のお茶が必要ないか、お二人の様子を観察する。
アルディンさまが訪れた時に、一杯目はお出しした。将軍には砂糖なしのを、アルディンさまには砂糖一個入れたのを。
お話しが長引くようなら二杯目も必要になるだろう。喋り続けて喉が渇くだろうし。……将軍は言葉少ないから、大丈夫かもしれないけど。
カップの中身がどうなのか。大事なのはそっち。足りなくなったら、サッと自然に二杯目を注ぐ。それがデキる侍女ってもんよ。会話を盗み聞きするのが侍女の役割じゃないのよ。
北側にある窓から、柔らかい日差しがガラス越しに差し込む。
ちょうど執務机の後ろにある窓からの光。窓に背を向けて座る将軍の顔に影を作り、相対するアルディンさまのお顔を明るく照らす。
う~~ん。光と影。
お二人の髪の色とか、そういうのも相まって、印象的な光景。
日差しを受けて、キラキラと輝くアルディンさまの髪。少しクセのある柔らかそうな髪が、光に透けてる。キレイに整った顔立ちに翳りなどなく、青く澄んだ目を軽く細めて笑う姿に目を奪われる。
一方の将軍。光を受けて多少黒髪が艶めくものの、アルディンさまのように透けて見えることはない。どちらかというと硬そうな髪。アルディンさまのようにやや長めに伸ばしてないからかもしれない。多分、兜を被るのに邪魔とか、そういう理由で短めに切ってるんだろう。うーん、実用的。
顔立ちは、アルディンさまと同じように整っていらっしゃるのだけど、“柔らかく笑う”なんて芸当はできるはずもなく、“ムスッ”としたまま。喋るために口角は動くけど、それ以外の表情筋はサボってるのか、動き方を忘れてるのかってぐらい動かない。
あれは、きっと稀有な笑顔だったんだなあ。
稀有、希少、珍奇、まれ、滅多にない。そういう笑顔。
オビル先生のことを話した時に見せてくれた笑顔。多分、二度と見ることが出来ないだろう、珍しすぎる将軍の笑顔。
もしかしたら、口角が誤作動しただけかもしれない。下にさげるつもりが、間違って上に動いちゃった……みたいな。でなきゃ、将軍が笑うなんてこと、起きるわけないもんね。
笑うとしたら、「フハハハハ」みたいな悪役高笑いだろうし。
もう一度見たいかって訊かれたら、「はい」って答えたいけど、そうすると、なんかとんでもないことになりそう――。
「ミーリア。どうしたの?」
「えっ!? あっ、わっ!! あ、アルディンさまっ!!」
「ヴィラードの看病で疲れてる?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど」
目の前にヌッと現れたアルディンさまのお顔。どうやら、お二人のお喋りは、わたしが考え事をしている間に、いつのまにか終わっていたらしい。部屋に残っていたのはアルディンさまだけ。将軍は、どこかへ出かけたのか、姿が見えなかった。
「聞いたよ。ヴィラードが出かけてしまわないよう、ずっと監視してたって。まるで“地獄の門番”みたいだったってさ」
じ、地獄っ!? 門番!?
「せめて、牢獄の看守にしておいてください」
「……いや、どっちもどっちだと思うけど。でもなんか、思い悩むことでもあるの? 元気ないみたいだし」
お二人のことを思ってただけで、悩んでもないんだけど。
「あの、アルディンさま……」
「ん?」
「アルディンさまは、将軍と一緒にいて、身体に不調とかないですか?」
「不調?」
「将軍を見てると、胸が痒いような、ギュッと苦しいような。心臓がグッと前とか上とかにドカドカ暴れだしてるような。頭の中で心臓がバクバクいってるような。そんなかんじです」
「……………………は? ミリア?」
「これって、病気なんですかね。あの書庫での事件以来、ずっとこんなかんじなんですよ。わたし、将軍のおかげでケガ一つしなかったけど、どこかマズい病気にでもかかっちゃったんでしょうか」
記憶がないからよくわかんないけど、多分、こんな症状は人生初だと思う。
「アルディンさま、申し訳ないんですが、オビル先生にわたしを診察してくださるようにお願いしていただけませんか?」
苦い薬を飲まされるのは嫌だけど、病気ならちゃんと治しておきたい。
「いや、それ、オビル殿では治せないと思うよ?」
「え? 不治の病だってことですか? 医師もさじを投げるような」
どうしよう。だとしたら絶望だ。いさぎよく死を待つしかない。
「いやいや、そうじゃなくって……」
一瞬目を丸くしてから、クスクスと笑い出したアルディンさま。
「僕が言いたかったのは、キミがヴィラードを好きなんじゃないかってこと」
「好きっ!?」
わたしが? 将軍を? 好き?
にわかに信じられなくて、マジマジとアルディンさまを見つめる。
「ヴィラードを見てると、胸が苦しくなるんだろう? だったらきっとそれは“恋”だよ。ミリア、キミはヴィラードのことが好きなんだよ、きっと」
「あの……、“スキ”って、あの“好き”ですか? スキマとか、ここ空いてますよ~とかのスキじゃなく? 畑で使うスキじゃなく?」
「うん。“いとしい”とか“好ましい”とかいう意味の“スキ”だよ」
「いやいやいや、それはありえないですって」
「どうして?」
「だって、あの魔王将軍ですよ? “恐ろしい”と思うことはあるだろうけど、“好き”はさすがに……」
いくらなんでも、エイナルさんじゃあるまいし。好ましくってのはありえないと思うんだけど。怯えて従うってのならわかる。
「う~ん。じゃあ、その胸のドキドキをどう説明する? “好き”以外に説明できないと思うんだけど?」
アルディンさまがいたずらっぽく笑う。
「“呪い“……なんじゃないでしょうか」
「呪い!?」
「そうですよ!! 呪い!! わたし、きっと呪われたんです!! 病気じゃないなら呪いですっ!! 魔王さまの手下として無茶をしちゃったから、これ以上余計なことをするなよっていう魔王さまの呪いなんです。迷惑かけたら、その分、心臓を鷲掴みにしてやるぞって――アルディンさまっ!! なに笑ってるんですかっ!!」
人が精一杯悩んで出した答えなのにっ!!
「い、いや、ゴメンッ!! あ、あまりに面白すぎてっ……!! の、呪いっ!! ヴィラード、魔法まで扱える、ようにっ!!」
謝ってるくせに、笑いを止めるつもりはないらしい。アルディンさまがお腹を抱えて笑い続ける。アルディンさま、かなりの笑い上戸。
「最恐の魔王だねぇ、ヴィラードは」
散々笑った後、目尻を拭ったアルディンさま。なにもそこまで笑わなくったっていいのに。
笑ったアルディンさまはステキだけど、笑いの元になったことは納得がいかない。
わたしが将軍を好き!?
にわかに信じられないけど、もし万が一、億が一、兆が一真実だったとして。
それ、絶対、将軍に呪われた結果だから。
オビル先生に診察を受けるより、腕のいい魔道士を探したほうが良いのかもしれない。
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