ムコ殿候補は、魔王将軍!? ~本日、魔王のパシリ(侍女とも言う)に任命されました~

若松だんご

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第10話 魔王さま、大ダメージ。

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 「打撲と裂傷、それと脳震盪ですな。しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう」

 運ばれた将軍の居室。そこで診察した医師が言った。
 あの時、崩れてきたのは報告書だけじゃなく、上部の書棚も一緒に落ちてきていたらしい。書棚の設置不良、もしくは経年劣化。壁にしっかり固定されてるはずの書棚が外れていて、わたしが梯子をかけたりして負荷を与えたので崩れたのだろう。そういう所見が、書庫の担当者から報告された。
 もちろん、エイナルさんは、「そんなの、書庫の管理不行き届きだろ!!」と抗議の声を上げたけど、「まさか外れているとは思いもしなかった。誰も触らない場所だし、想定外の事故だ」と返されてしまった。
 これが、将軍直々の抗議なら、もう少し違った態度で報告してくるんだろうけど、所詮、エイナルさんは将軍の一従者にすぎない。だから、逆ギレ報告、上から目線なんだろう。エイナルさんも、そのあたりがわかっているのか、悔しそうにギリッと奥歯を鳴らしてた。

 「ヴィラードの様子は、どう?」

 「アルディンさま」

 「聞いたよ。書庫の棚が崩れてきたんだって?」

 軽い叩扉の後、顔をのぞかせたのはアルディンさまだった。

 「はい。将軍は、まだ目を覚まされません。医師は脳震盪だとおっしゃっておりましたが」

 「そうか……。ミリアは? ケガはないの?」

 「わたしは……、将軍がかばってくださったので」

 「そっか……」

 アルディンさまが沈痛な面持ちになる。
 将軍はあの事故以降、目を覚まされない。医師は脳震盪と診断したけど、脳震盪って、ここまで目を覚まさないものなのかな。
 寝台に横たわる将軍。骨折こそしてないものの、腕や額には真っ白な包帯が巻かれている。傷は、数え切れないほどその身にある。
 
 「わたしが梯子をかけたばかりに……」

 あの時、調子に乗って梯子をかけたりしなければ。上の方を見ようなんて思わなければ。

 「それは違うよ、ミリア」

 「キミは何も悪くない。悪いのは、書棚をキチンと管理できていなかった書庫の担当官だよ。キミが気に病むことはない」

 「でも……」

 「大丈夫。あの泣く子も黙る、ヴィラード・ダーグルゲン将軍だよ? こんなの大したことないってかんじですぐに目を覚ますさ」

 アルディンさまの口調が明るい。

 「それより、気をつけなくちゃいけないのは、起きてすぐに『身体が鈍った!!』とかで詰め所に猛攻をかけないかってことだよ。ヴィラードならそれぐらいのこと、やりかねないし。ちゃんと阻止してよね、ミリア」

 「えと。さすがに、それはないと思いますけど……」

 「いやいや。油断ならないって。なんせ、相手は魔王と恐れられる将軍だからね。これだけのケガを負っときながら骨折一つしてないなんて。どれだけ鍛えてる化け物なんだって思うよ。僕なら、全身バッキバキのボッキボキ、クニャクニャクラゲになっちゃうよ」

 アルディンさまの明るくふざけた口調に、ついわたしの頬が緩む。

 「うん。ミリアはそうやって笑ってたほうがいいよ。そのほうがヴィラードも安心するだろうし」

 安心? 将軍が?

 「――さて、と。エイナル。ちょっと手伝ってくれるかな?」

 「はい。私もお願いしたいことがあります」

 軽く腰に手を当てたアルディンさまに、エイナルさんが短く頷く。

 「奇遇だね。じゃ、ちょっと留守にするけど……、ミリア、キミにはヴィラードの看病をお願いできるかな? 具合が悪くなるようなら医師を呼んでほしい」

 「わかりました」

 「それじゃあ、ね」

 軽く手を振り、エイナルさんを伴って部屋から出ていかれたアルディンさま。残された部屋に静寂が戻る。
 あれだけ騒がしくなっても目を覚まさない将軍。その額ににじんだ汗を、水に浸した布で拭き取る。

 ――しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう。
 ――ミリアはそうやって笑ってたほうがいいよ。

 その言葉を胸に、こみ上げてくる熱いものをこらえて、何度も汗を拭き取る。
 こうしていれば、将軍は目を覚ます? 
 崩れてきた書棚から守ってくれた将軍。あの時、将軍がいなければ、下敷きになって大怪我を負っていたのはわたしのほうだった。アルディンさまじゃないけど、わたしもバッキバキのボッキボキ、下手したらあの世行きだったかもしれない。
 
 (わたしがもっと注意深くしていれば――)

 あの梯子が危険だと気づいていれば。あの梯子に触れなければ。
 調子に乗って無理に報告書を探そうとしなければ。
 グルグルと後悔と謝意が渦を巻く。
 あれから半日。
 日が落ちて暗くなっても将軍は目を覚まさない。

 (このまま。このままなんてことはないよね?)

 いつもは怖くて仕方ない眼光だけど、今は、その目を開いてくれることを祈ってる。
 見透かされても睨まれてもいい。目を開けてさえくれれば。詰め所に突撃しそうなほど元気に起きてくれれば。

 「――――ンッ」

 軽い呻き声。

 「将軍っ!?」

 思わず身を乗り出すと、かすかに開いたまぶたの先、力ない将軍の黒い目と視線が合った。

 「ミリア……、無事、か」

 かすれた声。でも間違いなく将軍が発した声。

 「無事……です。なんともありません」

 「そうか……、なら、いい」

 声は途切れ途切れ。再びまぶたは閉ざされ、深い安堵の息が口からこぼれ落ちた。

 (――――ッ!!)

 胸に熱いものがせり上がってくる。熱い塊が喉の奥に詰まる。詰まってるのは心臓? 押しつぶされたように胸が痛い。
 息が苦しくてどうしようもなくて、唇がわななく。頬が、目が熱くなる。
 
 「泣く、な」

 「な、泣いて、ま、せんっ!!」

 目をつぶってる将軍にどうしてわかるのか。疑問に思いながら、鼻をズビッと啜り上げた。まばたきを減らして我慢してるのに、涙が勝手に頬を伝う。

 「泣いてなんかっ、……ヒック、いっ、ませっ、ん、からっ……!! グスッ」

 「……泣いてるだろうが」

 「泣いて、ません、よっ、ヒグッ」

 嗚咽混じりで、説得力ナシ。涙と鼻水でデロデロになった顔。しゃっくりのように揺れる肩。これを“泣いてる”と表現しなくて、何と言うのだろう。でも、わたしは“泣いてる”ってことを認めたくなかった。

 「――心配かけたな」

 ゆっくりと伸ばされた将軍の手。その手がわたしの後頭部に回されると、そのままゆっくりと頭を抱き寄せられた。

 (ズルい。ズルいです、将軍)

 そんな優しいことされたら。わたし、わたし……っ!!

 涙が溢れて止まらない。上掛けに顔を押し付けられたのをいいことに、盛大に声をあげて泣きじゃくる。
 真っ先にわたしの身を案じてくれた将軍。泣いてるわたしをあやすつもりか、髪を優しく梳いてくれる大きな手。
 いっつもいっつも、怖くて仕方ないのに。こんなの反則すぎます。
 将軍が意識を取り戻したことへの安心と、それまであった不安と。優しくされたことへのうれしさと。
 訳の分からないごちゃ混ぜになった感情のまま、わたしは思いっきり涙が枯れるまで泣き続けた。

 「いい加減、泣きやめ」

 ……それは無理な相談です、将軍。
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