8 / 26
巻の八、仕掛けられた罠。
しおりを挟む
(あれ。寝ちゃってる……?)
日も落ちかけて。
手元もよく見えなくなってきたから、燭台に灯りをともそうとして気づく。
(完璧に、寝落っちゃってる)
最初は寝台に腰掛けて書を見ていたはずなのに。点けた灯りが照らし出したのは、寝台に書をぶちまけて、その真んなかに仰向けで転がる如飛の姿。
その姿から察するに、座って読むのが面倒になって、寝っ転がって読んでたんだけど、そのまま眠くなって寝落ちした――ってとこかな?
無造作に放り出された手には、読んでたんだろう書が掴まれたままになってるし。
わたしの推理は間違ってないはず。
コンコン。
「――あの、里珠さま」
軽く叩扉の音。続いて、申し訳無さそうに顔を覗かせた鈴芳。
「陛下と里珠さまに、お食事をお持ちいたしましたが……」
続く「いかがいたしましょう」が消えてなくなったのは、鈴芳にも如飛が寝てるのを見て取れたからだろう。
皇帝が寝てるのに、騒ぎ立てる女儒はいない。
「ありがと。後でいただいとくわ」
入室をためらってる鈴芳に代わって、わたしから、その持ってきたという食事をお盆ごと受け取りに行く。
「あれ? これ……」
お盆には、普通にご飯とか羹とか載ってるんだけど。それ以外にも……。
漂う甘い香り。淡い桃色の飲み物。
「そちらのお飲み物は、皎月さまからです」
「皎月さんから?」
なんで? なんで宦官の皎月さんが飲み物を用意するわけ?
「陛下も里珠さまも、きっと今頃喉がお辛いだろうからって……」
「――は? 喉が?」
辛いって、どういう……ことか、わかったわ。うん。訊かなくてもわかった。
そういうことして、辛いってことでしょ? 喘ぎにあえいで、喉が涸れたっていう、そういうの。機織りバカなわたしでも、それぐらいは想像つくっての。
(機織りしてただけなんだけどな)
わたしは機織り。如飛は執務からの寝落ち。
今も寝台に転がってるのは、そういうことして疲れたから――ではなく、書を読みすぎて疲れたから(だと思う)。
だから、鈴芳に入ってきてもらって構わないんだけど。
「ありがと。じゃあ、後でこれ、食べておくわ」
「はい。では」
「うん」
扉の隙間から、ペコリと頭を下げ、足早に……というか、パタパタと走り去っていった鈴芳。
(男女二人が室にこもってるってだけで、そういうことしてるって思われるのって……)
それって一体どうなの? って思ったけど。
(そういや、わたしと如飛ってそういう関係だと思われてるんだったわ)
陰陽の乙女。
皇帝の力を支えるために、皇帝と、男女のそういうことをする乙女。
昼間っから、乙女のもとに行けという如飛の叔父さんも大概だけど、喉が辛いだろうから、果物の飲み物を用意しておきましたー! な皎月さんも、それを持ってくる鈴芳もどうかと思うわ。
(仕方ないっちゃあ、仕方ない、か)
仕方ないのかどうかわかんないけど、無理やり自分を納得させる。
(料理冷める前に、起きてくれたらいいんだけど……)
渡されたお盆を、卓の上に置く。卓の上も寝台と同じく書で散らかってたので、軽く、お盆で書を隅に追いやってからだったけど。
(なんか、難しそうな書ね……)
わたしに字は読めない。けど、紙にビッシリと文字が書かれてるのはわかる。
何枚も何枚も。違う人の手で書かれただろう文字が連なっている。
似たようなものは、如飛の手の中にも。
(政に関するものなのかな?)
皇帝って、その力を使って国を治めるだけじゃないんだ。こうやって、日々書を読んで、あれこれ決めたり命じたりするんだろう。
(威張ってる……、だけじゃないんだな)
ただの機織り女のわたしにはわからない苦労があるんだろう。
皇帝とか貴族なんてものは、偉っそうに威張りくさって、人から税を集めて、戦争するのが大好きで民から徴兵したり、女を侍らせて酒食に溺れてるだけだと思ってたけど。
(如飛は違うのかな)
皇帝に即位するため、陰陽の乙女だというわたしを手元に置きはしたけど、それ以上のことをしてくることもない。
この後宮に、他に女性がいるってわけでもなさそうだし。
政は知らないけど、でも「あとは部下たち、任せたよ~ん。僕ちゃん、寵姫とそういうことしてくるね~♡」ってわけでもなさそうだし。
少なくとも、昔想像してた皇帝ってものとは、かなりかけ離れてる気がする。
(顔立ちも悪くないし……)
眠ってるからそこ際立つ、美醜。
秀でた額。真っ直ぐキレイな鼻梁。
緩んだ口元は紅花で染めたように赤くて。少しキツめに上がった目尻も、長いまつ毛が縁取ってるせいか、そこまで怖い印象はない。
いつもは、キレイに撫でつけられてる鬢も、おそらく寝台の上で転がったせいだろう、少しほつれて……。な、なんだか……。
(色っぽい?)
いやいや、男性に「色っぽい」はないでしょ。色っぽいは!
でも。
(なんだろう。この感じ)
触ってみたい? いやいや。でも、手を伸ばしてみたい。
胸がキューッと締まるような感覚。
かと思えば、フワフワと体が浮かび上がってるような。
子供の頃にやった、高いところから飛び降りる遊び。あれの、飛ぶ前と、エイッと飛ん出る時、地面に着地した後に感じるものに似ている気がする。あの全てがごっちゃ混ぜにまって襲ってきてるような……。
(って、わたし、何考えてるのよ!)
色っぽくても、キレイでも!
寝てる人に許可なく触れていいわけないでしょうが!
そんなことしたら起こしちゃうし、それに、それに……っ!
(えいっ!)
グルグル変な方向に絡みだした思考を、手にした杯の中身といっしょに飲み下す。
冷たくて、少し酸味のある甘い飲み物。
桃とかの甘い果実と、柑橘系の少し酸っぱい果実の汁だわ、これ。
飲み干してから気づく。
軽くこぼれた息が、自分でもわかるぐらい甘酸っぱい。
(贅沢ねえ……)
桃なんて、風邪でもひかなきゃ食べられない果物なのに。それを実ではなく、汁だけ出すなんて。
ここに来て思ったこと。
――ゴハンがとっても豪華。
朝と夕だけでなく、昼も出てくるゴハン。それも、わたし一人なのに、「これ、何人分?」って訊きたくなる量が出る。
(白米をお椀一杯で充分ご馳走なのに)
チラリと、残ってるお盆の料理を見る。
家にいたときと違って、白米が普通に盛られたお椀。具沢山の羹、膾。炙り肉、包み焼きされた魚、菓子とまあ、これでもかっ! ってぐらいの料理が載ってる。わたしの食べたことないような珍しい食材もふんだんに使われてる。
そして何より恐ろしいのは、「別に、これ、全部召し上がらなくてもいいですよ」って言葉がくっついて出てくるってこと。
普通出された料理はすべて平らげるもんでしょ? それなのに、「お腹くちくなったら、無理しなくていいですよ」って言われるんだ。
だったら、最初から食べきれない量を出さないでよ、もったいないじゃないって思うんだけど。「これぐらいの量しか召し上がらないだろう」で、量を減らすことはダメなんだってさ。
ご飯だって、白米が、これでもかってぐらい盛られてるし。(これも、食べきれるか不安)
宮廷の決まり事はよくわかんない。
(まあ、いいや。今日は二人で食べることになりそうだし)
わたし一人じゃ食べきれないかもだけど、如飛もいることだし。
寝起きにどれだけ食べられるかわかんないけど、男性なんだし。わたしよりは食べるでしょ。
ってことで。
一人、手近にあった椅子を引き寄せ、座ってゆっくり果汁を飲むことにする。
ちょっと酸味が強い気がするけど。喉をどうこう言う割には酸っぱくて、「これ、ほんとに喉が辛くなってたら、飲むの難しくない?」ってぐらいには酸っぱいけど。
でも。
(美味しい……)
機織りでちょっと疲れてたし。
こういう時に酸っぱいのは、うれしいのよねぇ。そして甘いのも。
「――里珠っ!」
ちょっと飲んで、ふぅっと息を漏らしてたら。
突然伸びてきた手が、杯を持つわたしの腕を掴んできた。
「ルッ、如飛っ?」
驚き、目をパチクリ。
「飲んだのか?」
「えと……。うん」
飲んじゃった。ゴクゴクではないけど、ゴクリ、ゴクリとは飲んだ。
「あ、でも、大丈夫だよ! 全部は飲んでないからっ!」
ほら! まだ残ってる!
杯の中身を、如飛に見せる。
「あら、起きたの?」とか「起こしちゃった?」みたいな言葉は、どこか飛んでいった。それぐらいの勢いだったし。
「そうか……。遅かったか」
手を離してくれたけど、代わりにハアッと深く息を吐き出した如飛。
寝台の上、身を起こし、額を押さえ沈んだ顔をした。
(そんなにこれが好きだった――とか?)
皎月さんがこれを用意したのは、「男女のそういうことをして、喉が辛いだろう」って意味より、「陛下のお好きな飲み物を用意しました」ってことだった――とか?
それか、そういうことした後に、陛下のお好きな飲み物を二人で飲んで、事後のそういう時間を睦まじく過ごせ――とか。
「里珠。体におかしなところはないか?」
へ?
「体に?」
どういうこと?
「それは……、その飲み物は……」
説明しようとしてくれてるのか。でも答えることを迷ってる。そんな感じの如飛の声。
「その飲み物は、媚薬入りだ」
ふへ?
ビヤク? ビヤクって……。
「俺も、供されたことがある。乙女に操を立てず、女を抱いて、子を成せとな」
は?
「ちょっ、まっ、なにを――」
言いかけて、ドクンと、体の奥でなにかが脈打った。
瞬間、目を開けてるのに何も見えず、耳も何も聞こえなくなる。
「あ、え、なに……?」
絞られるように苦しい胸。ドクドクと耳の奥の血がうるさい。
「里珠っ!」
そのまま崩れそうになった体を、伸びてきた如飛の腕が抱きとめてくれるけど。
「アァンッ……」
こぼれたのは、自分でも信じられないほど甘ったるい声と、熱い吐息。
如飛が触れた。
それだけで、陸にあがった魚のように、体がビクビクと跳ねた。――わたしの意志に関係なく。
日も落ちかけて。
手元もよく見えなくなってきたから、燭台に灯りをともそうとして気づく。
(完璧に、寝落っちゃってる)
最初は寝台に腰掛けて書を見ていたはずなのに。点けた灯りが照らし出したのは、寝台に書をぶちまけて、その真んなかに仰向けで転がる如飛の姿。
その姿から察するに、座って読むのが面倒になって、寝っ転がって読んでたんだけど、そのまま眠くなって寝落ちした――ってとこかな?
無造作に放り出された手には、読んでたんだろう書が掴まれたままになってるし。
わたしの推理は間違ってないはず。
コンコン。
「――あの、里珠さま」
軽く叩扉の音。続いて、申し訳無さそうに顔を覗かせた鈴芳。
「陛下と里珠さまに、お食事をお持ちいたしましたが……」
続く「いかがいたしましょう」が消えてなくなったのは、鈴芳にも如飛が寝てるのを見て取れたからだろう。
皇帝が寝てるのに、騒ぎ立てる女儒はいない。
「ありがと。後でいただいとくわ」
入室をためらってる鈴芳に代わって、わたしから、その持ってきたという食事をお盆ごと受け取りに行く。
「あれ? これ……」
お盆には、普通にご飯とか羹とか載ってるんだけど。それ以外にも……。
漂う甘い香り。淡い桃色の飲み物。
「そちらのお飲み物は、皎月さまからです」
「皎月さんから?」
なんで? なんで宦官の皎月さんが飲み物を用意するわけ?
「陛下も里珠さまも、きっと今頃喉がお辛いだろうからって……」
「――は? 喉が?」
辛いって、どういう……ことか、わかったわ。うん。訊かなくてもわかった。
そういうことして、辛いってことでしょ? 喘ぎにあえいで、喉が涸れたっていう、そういうの。機織りバカなわたしでも、それぐらいは想像つくっての。
(機織りしてただけなんだけどな)
わたしは機織り。如飛は執務からの寝落ち。
今も寝台に転がってるのは、そういうことして疲れたから――ではなく、書を読みすぎて疲れたから(だと思う)。
だから、鈴芳に入ってきてもらって構わないんだけど。
「ありがと。じゃあ、後でこれ、食べておくわ」
「はい。では」
「うん」
扉の隙間から、ペコリと頭を下げ、足早に……というか、パタパタと走り去っていった鈴芳。
(男女二人が室にこもってるってだけで、そういうことしてるって思われるのって……)
それって一体どうなの? って思ったけど。
(そういや、わたしと如飛ってそういう関係だと思われてるんだったわ)
陰陽の乙女。
皇帝の力を支えるために、皇帝と、男女のそういうことをする乙女。
昼間っから、乙女のもとに行けという如飛の叔父さんも大概だけど、喉が辛いだろうから、果物の飲み物を用意しておきましたー! な皎月さんも、それを持ってくる鈴芳もどうかと思うわ。
(仕方ないっちゃあ、仕方ない、か)
仕方ないのかどうかわかんないけど、無理やり自分を納得させる。
(料理冷める前に、起きてくれたらいいんだけど……)
渡されたお盆を、卓の上に置く。卓の上も寝台と同じく書で散らかってたので、軽く、お盆で書を隅に追いやってからだったけど。
(なんか、難しそうな書ね……)
わたしに字は読めない。けど、紙にビッシリと文字が書かれてるのはわかる。
何枚も何枚も。違う人の手で書かれただろう文字が連なっている。
似たようなものは、如飛の手の中にも。
(政に関するものなのかな?)
皇帝って、その力を使って国を治めるだけじゃないんだ。こうやって、日々書を読んで、あれこれ決めたり命じたりするんだろう。
(威張ってる……、だけじゃないんだな)
ただの機織り女のわたしにはわからない苦労があるんだろう。
皇帝とか貴族なんてものは、偉っそうに威張りくさって、人から税を集めて、戦争するのが大好きで民から徴兵したり、女を侍らせて酒食に溺れてるだけだと思ってたけど。
(如飛は違うのかな)
皇帝に即位するため、陰陽の乙女だというわたしを手元に置きはしたけど、それ以上のことをしてくることもない。
この後宮に、他に女性がいるってわけでもなさそうだし。
政は知らないけど、でも「あとは部下たち、任せたよ~ん。僕ちゃん、寵姫とそういうことしてくるね~♡」ってわけでもなさそうだし。
少なくとも、昔想像してた皇帝ってものとは、かなりかけ離れてる気がする。
(顔立ちも悪くないし……)
眠ってるからそこ際立つ、美醜。
秀でた額。真っ直ぐキレイな鼻梁。
緩んだ口元は紅花で染めたように赤くて。少しキツめに上がった目尻も、長いまつ毛が縁取ってるせいか、そこまで怖い印象はない。
いつもは、キレイに撫でつけられてる鬢も、おそらく寝台の上で転がったせいだろう、少しほつれて……。な、なんだか……。
(色っぽい?)
いやいや、男性に「色っぽい」はないでしょ。色っぽいは!
でも。
(なんだろう。この感じ)
触ってみたい? いやいや。でも、手を伸ばしてみたい。
胸がキューッと締まるような感覚。
かと思えば、フワフワと体が浮かび上がってるような。
子供の頃にやった、高いところから飛び降りる遊び。あれの、飛ぶ前と、エイッと飛ん出る時、地面に着地した後に感じるものに似ている気がする。あの全てがごっちゃ混ぜにまって襲ってきてるような……。
(って、わたし、何考えてるのよ!)
色っぽくても、キレイでも!
寝てる人に許可なく触れていいわけないでしょうが!
そんなことしたら起こしちゃうし、それに、それに……っ!
(えいっ!)
グルグル変な方向に絡みだした思考を、手にした杯の中身といっしょに飲み下す。
冷たくて、少し酸味のある甘い飲み物。
桃とかの甘い果実と、柑橘系の少し酸っぱい果実の汁だわ、これ。
飲み干してから気づく。
軽くこぼれた息が、自分でもわかるぐらい甘酸っぱい。
(贅沢ねえ……)
桃なんて、風邪でもひかなきゃ食べられない果物なのに。それを実ではなく、汁だけ出すなんて。
ここに来て思ったこと。
――ゴハンがとっても豪華。
朝と夕だけでなく、昼も出てくるゴハン。それも、わたし一人なのに、「これ、何人分?」って訊きたくなる量が出る。
(白米をお椀一杯で充分ご馳走なのに)
チラリと、残ってるお盆の料理を見る。
家にいたときと違って、白米が普通に盛られたお椀。具沢山の羹、膾。炙り肉、包み焼きされた魚、菓子とまあ、これでもかっ! ってぐらいの料理が載ってる。わたしの食べたことないような珍しい食材もふんだんに使われてる。
そして何より恐ろしいのは、「別に、これ、全部召し上がらなくてもいいですよ」って言葉がくっついて出てくるってこと。
普通出された料理はすべて平らげるもんでしょ? それなのに、「お腹くちくなったら、無理しなくていいですよ」って言われるんだ。
だったら、最初から食べきれない量を出さないでよ、もったいないじゃないって思うんだけど。「これぐらいの量しか召し上がらないだろう」で、量を減らすことはダメなんだってさ。
ご飯だって、白米が、これでもかってぐらい盛られてるし。(これも、食べきれるか不安)
宮廷の決まり事はよくわかんない。
(まあ、いいや。今日は二人で食べることになりそうだし)
わたし一人じゃ食べきれないかもだけど、如飛もいることだし。
寝起きにどれだけ食べられるかわかんないけど、男性なんだし。わたしよりは食べるでしょ。
ってことで。
一人、手近にあった椅子を引き寄せ、座ってゆっくり果汁を飲むことにする。
ちょっと酸味が強い気がするけど。喉をどうこう言う割には酸っぱくて、「これ、ほんとに喉が辛くなってたら、飲むの難しくない?」ってぐらいには酸っぱいけど。
でも。
(美味しい……)
機織りでちょっと疲れてたし。
こういう時に酸っぱいのは、うれしいのよねぇ。そして甘いのも。
「――里珠っ!」
ちょっと飲んで、ふぅっと息を漏らしてたら。
突然伸びてきた手が、杯を持つわたしの腕を掴んできた。
「ルッ、如飛っ?」
驚き、目をパチクリ。
「飲んだのか?」
「えと……。うん」
飲んじゃった。ゴクゴクではないけど、ゴクリ、ゴクリとは飲んだ。
「あ、でも、大丈夫だよ! 全部は飲んでないからっ!」
ほら! まだ残ってる!
杯の中身を、如飛に見せる。
「あら、起きたの?」とか「起こしちゃった?」みたいな言葉は、どこか飛んでいった。それぐらいの勢いだったし。
「そうか……。遅かったか」
手を離してくれたけど、代わりにハアッと深く息を吐き出した如飛。
寝台の上、身を起こし、額を押さえ沈んだ顔をした。
(そんなにこれが好きだった――とか?)
皎月さんがこれを用意したのは、「男女のそういうことをして、喉が辛いだろう」って意味より、「陛下のお好きな飲み物を用意しました」ってことだった――とか?
それか、そういうことした後に、陛下のお好きな飲み物を二人で飲んで、事後のそういう時間を睦まじく過ごせ――とか。
「里珠。体におかしなところはないか?」
へ?
「体に?」
どういうこと?
「それは……、その飲み物は……」
説明しようとしてくれてるのか。でも答えることを迷ってる。そんな感じの如飛の声。
「その飲み物は、媚薬入りだ」
ふへ?
ビヤク? ビヤクって……。
「俺も、供されたことがある。乙女に操を立てず、女を抱いて、子を成せとな」
は?
「ちょっ、まっ、なにを――」
言いかけて、ドクンと、体の奥でなにかが脈打った。
瞬間、目を開けてるのに何も見えず、耳も何も聞こえなくなる。
「あ、え、なに……?」
絞られるように苦しい胸。ドクドクと耳の奥の血がうるさい。
「里珠っ!」
そのまま崩れそうになった体を、伸びてきた如飛の腕が抱きとめてくれるけど。
「アァンッ……」
こぼれたのは、自分でも信じられないほど甘ったるい声と、熱い吐息。
如飛が触れた。
それだけで、陸にあがった魚のように、体がビクビクと跳ねた。――わたしの意志に関係なく。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】薬屋たぬきの恩返し~命を救われた子狸は、茅葺屋根の家で竜と愛を育む~
ジュレヌク
恋愛
たぬき獣人であるオタケは、生贄にされそうになった所を、冒険者のリンドヴルムに助けられる。
彼は、竜人族最強を目指すため、世界中を巡り自分より強い竜を探し求めていた。
しかし、敵を倒してしまった彼は、家族を亡くした上に仲間に生贄にされた彼女を置いていくことができず、母国に連れ帰ることにする。
そこでオタケは、夜行性であることと、母より受け継いだ薬草の知識があることから、「茅葺き屋根の家」を建てて深夜営業の「薬屋たぬき」を営み始める。
日中は気づくものがいないほど目立たない店だが、夕闇と共に提灯を灯せば、客が一人、また一人と訪れた。
怪我の多い冒険者などは、可愛い看板娘兼薬師のオタケを見ようと、嬉々として暖簾をくぐる。
彼女の身元引受人になったリンドヴルムも、勿論薬屋の上顧客になり、皆に冷やかされながらも足繁く通うようになった。
オタケは、教会が行う「ヒール」に似た「てあて」と言う名の治癒魔法が使えることもあり、夜間の治療院代わりも担う。
特に怪我の多いリンドヴルムに対しては、助けてもらった恩義と密かな恋心があるからか、常に献身的だ。
周りの者達は、奥手な二人の恋模様を、焦れったい思いで見守っていた。
そんなある日、リンドヴルムは、街で時々起こる「イタズラ」を調査することになる。
そして、夜中の巡回に出かけた彼が見たのは、様々な生き物に姿を変えるオタケ。
どうやら、彼女は、ただの『たぬき獣人』ではないらしい……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる