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6.昔と今と、彼とわたしと
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「やあ、リューリア。こんにちは」
翌朝。
玄関のベルが鳴って、ドアを開けて。
そこに立っていた彼が笑って言った。
「キミに出迎えてもらえるとは思わなかった」
うん。
普通は、そうだよね。
普通は、客人が来たとしても、ドアを開けるのは従者とか執事とか、使用人の役目だよね。
どれだけ待ちかねていたお客様であっても、使用人にドアを開けさせて、それからちょっと間を置いて、「ようこそ」って出迎えるのが、女主の立場ってものだよね。
でも。
この屋敷、使用人はソニエしかいない。そして彼女は、お茶の用意とかで忙しい。
なにより、わたしが少しでも早くシオンに会いたかった。待ちわびていたこと、楽しみにしていたことを伝えたくて、わたしがドアを開けたかった。
「うれしいよ。まるであの頃に戻ったみたいだ」
そうだった。
十年前も、わたし、彼が遊びに来るのを待ちきれなくて、ドアを開けた執事の腕の下からピョコッと顔を出したりしてたんだっけ。(うれしいのはわかるけどって、後でお祖母様に窘められた)
「いや、違うかな」
軽く、彼が自身の顎に手をあてる。
――違う? なにが?
「ビックリするほどキレイになった。あの頃もかわいかったけど、今はそこに美しさが加わって……。ごめん、ちょっと……」
社交辞令、お世辞であっても褒めすぎた。
顎にあった手が、口をふさぐ。
「うん。ありがとう」
お世辞であっても、心からの言葉じゃなくても、わたし、うれしいよ。
ちょっとうつむいちゃったけど。これは、ガッカリとかじゃなくて、言われないお世辞に驚いちゃっただけだから。
「それより、立ち話もなんだし。なかに入って」
十年ぶりの再会、仕切り直しなんだから。玄関で立ち話じゃダメでしょ。忙しいなか、ソニエもお菓子とか用意してくれてるんだし。
「うん。お邪魔するね」
わたしの招きに、素直に従って入ってきたシオン。
彼を案内するように、彼より少し前を歩く。
「やっぱり。キレイになった……」
わたしの背中に、彼のボソリとした呟きが届く。
(そ、それって、それって……!)
社交辞令じゃないよね? お世辞でもないよね?
だって、わたしに伝わるように言ってないんだもん。
そういうお世辞とかは、相手に聴こえるように言わなきゃ意味ないんだもん。
(だとしたら、「キレイ」ってのは、シオンの素直な感想?)
だとしたら、だとしたら、だとしたら!
うれしいの? 恥ずかしいの? 照れてるの?
わかんない。わかんないけど、耳まで真っ赤になってる自覚はある。
彼を見てみたいけど、この首、ちょっとでも動かしてふり向くなんて無理。「そんなふうに思っていただけてうれしいわ」なんて、淑女ぶるのも無理。
まっすぐに、ただまっすぐに。
決められた道以外歩いてはいけない、そんな遊びみたいに。黙々と、用意している部屋までうつむき足を進める。
(シオンも、カッコいいよ)
口に出して言うのは、ものすごく勇気がいりそうなので、そっと心のなかで称賛しておく。
訪問に相応しい、カチッとした衣装をまとった彼。
胸の、紫色のアスコット・タイがとても似合ってた。
昨日は少し乱れてた黒髪も、今日はキチッとキレイに撫でつけられてて。スーツの袖からのぞくシャツのカフスは、あれ、アメジストだったのかな。タイの色とおそろいになってた。
彼の言葉を借りるなら。「彼もビックリするほどカッコよくなった」。
昨日は、色々あったし、暗かったりで気づかなかったけど。彼、すっごく大人っぽくカッコよくなってる。
(もう、23だもんねぇ)
わたしが大人になったように。彼だって大人の男性になっていたんだ。
白いキチンと糊付けされたシャツの襟からは、男の人らしく少し突き出た喉仏が見えてたし。わたしの胸が膨らんだように、彼だって、大人になっていたんだ。
離婚したって言ってたけど、それまでは奥様がいたような人だし。
十年前までとは違う。わたしも彼も立派な大人になった。
(な、なんだろ)
昔を懐かしみ、今を語り合う。
それだけのつもりで、今日は会うつもりだったのに。
なぜか、すっごく胸がドキドキする。
*
「――懐かしいな、この庭」
客間を後にして。二人で庭に出て、シオンが言った。
昔、わたしたちが遊び場にしていたのは、彼の家だけじゃなく、この家の庭も同じ。
あの生け垣の穴を抜けて、よくコッソリと会って遊んでいた。
でも。
(あうううう。こんなことなら、もう少し手入れしておくんだった)
記憶にあった庭とは大違い。
昔は、ここに、お祖母様が大事にしていらしたバラとかクレマチスとか、色とりどりの花が咲き誇っていたのだけど。
植物の生命力はとてもたくましい。
管理人がいたとしても、庭の維持までは追いつかなかったらしく、バラはモッソリイバラの森を作り出し、クレマチスは知らないツル系雑草に絡みつかれて枯れる寸前。
芝生には雑草が生い茂り、刈り取るのも雑草だけ抜き取るもの難しいかんじ。
可憐な花、清楚な花なんてものは生きていられない。生命力の強いものだけが跋扈する庭。
「うわっ!」とか「なんだこれ!」とか言われなかっただけマシだけど。「懐かしいな」は、他に感想を述べるのが難しかった彼の、せめてものやさしさなのかもしれない。
――ちょっと庭でも散策しない?
いっぱいおしゃべりして。いっぱいお茶を楽しんで。
なぜか間が持たない気がして、とっさに誘った庭の散策。
こんなことなら、ドレスなんて選んでないで、草の一つでもむしっておけばよかった。
それか、案内するなら家のなか。
(でも、家のなかも……なあ)
ここに長く滞在する予定もなかったから、あっちの手入れ具合も庭と同程度。
わたしが使っていたピアノも布をかけたままだし、そもそも調律すらしてないから、弾いてみせることもできない。
キレイに整えてあるのは、さっきまでいた応接室と(ソニエが必死に掃除してくれた)、わたしの居室ぐらいだけど。さすがにキレイに整えてあるっていっても、居室に彼を案内するわけにはいかないでしょ。
淑女の居室は、たとえ幼なじみであっても、異性の立ち入っていい場所じゃない。
本来なら、お茶もお菓子も尽きて、話すことも尽きたタイミングで、「それでは」と帰ってもらったほうが良かったのかもしれない。
それがマナーだと思うし、それが正解だったのだろう。
でも。
不思議と、話すことが尽きても、「それでは」をするつもりになれなかった。もう話すことなんて、話題なんてないのに、シオンと別れるつもりはなかった。
もう少し。あともう少しだけいっしょにいたかった。
だから、庭に誘ったのだけど。
ううう。こんなことなら、マナーに則って、「それでは」すればよかった。
「――リューリアは、ここで暮らすの?」
「え?」
どうなんだろ。
問われて、自分に自問する。
この町に来たけど、それは修道院に入るためであって。この屋敷は、いっときの逗留先であって。「暮らす」とかそういうのは、全然考えてなかった。
「もし、ここで暮らすのなら。僕に庭の手入れをさせてもらえないか?」
「ふえっ!?」
そ、それは、思い出の庭がこんなに荒れているのを見るのは忍びないとか、そういうこと? それか、「こんなに雑草まみれにして! 僕の家にまで雑草が侵入してきたらどうしてくれる!」みたいな。
「キミさえよければ、この庭にいっぱい花を咲かせたいんだ」
「シオン……」
「バラ、クレマチス、ユリ、ルピナス、ユリ、デルフィニウム、サルビア、オダマキ、リナリア、ジギタリス――」
目を閉じ、次々にかつて咲いていた花の名前をあげていくシオン。
名前をあげられるだけで、その声を聴いているだけで。おなじように閉じたわたしの瞼の裏に、元の美しい庭が蘇る。
幼いわたしが、彼と遊んだ庭。お祖母様が丹精に育て、愛しまれていた庭。
「それと、菫」
その言葉に、ドキンと心臓が跳ねて、目を開く。
菫。菫って……。
「どうかな? 僕にぜひともやらせてくれないか?」
「え、ええ。お願いしてもいいのなら」
別にここに長く滞在するつもりはなかったけど。彼がかつての庭を蘇らせてくれるのなら。
「よかった。じゃあ、これからもよろしくね、リューリア」
彼が、わたしに手を差し出す。
しなやかな山羊革製の手袋をつけた、紳士らしい手。
でも。
「よろしく、シオン」
その手に感じる温もりは、あの頃の温もりとなにも変わっていなかった。
「それと、あの生け垣の穴も直しておくよ。キミが通り抜けやすい大きさにしておく」
訂正。
温もりは変わってないけど。
クスッといたずらっぽく笑った彼。大人になって、ちょっと意地悪になったみたい。
翌朝。
玄関のベルが鳴って、ドアを開けて。
そこに立っていた彼が笑って言った。
「キミに出迎えてもらえるとは思わなかった」
うん。
普通は、そうだよね。
普通は、客人が来たとしても、ドアを開けるのは従者とか執事とか、使用人の役目だよね。
どれだけ待ちかねていたお客様であっても、使用人にドアを開けさせて、それからちょっと間を置いて、「ようこそ」って出迎えるのが、女主の立場ってものだよね。
でも。
この屋敷、使用人はソニエしかいない。そして彼女は、お茶の用意とかで忙しい。
なにより、わたしが少しでも早くシオンに会いたかった。待ちわびていたこと、楽しみにしていたことを伝えたくて、わたしがドアを開けたかった。
「うれしいよ。まるであの頃に戻ったみたいだ」
そうだった。
十年前も、わたし、彼が遊びに来るのを待ちきれなくて、ドアを開けた執事の腕の下からピョコッと顔を出したりしてたんだっけ。(うれしいのはわかるけどって、後でお祖母様に窘められた)
「いや、違うかな」
軽く、彼が自身の顎に手をあてる。
――違う? なにが?
「ビックリするほどキレイになった。あの頃もかわいかったけど、今はそこに美しさが加わって……。ごめん、ちょっと……」
社交辞令、お世辞であっても褒めすぎた。
顎にあった手が、口をふさぐ。
「うん。ありがとう」
お世辞であっても、心からの言葉じゃなくても、わたし、うれしいよ。
ちょっとうつむいちゃったけど。これは、ガッカリとかじゃなくて、言われないお世辞に驚いちゃっただけだから。
「それより、立ち話もなんだし。なかに入って」
十年ぶりの再会、仕切り直しなんだから。玄関で立ち話じゃダメでしょ。忙しいなか、ソニエもお菓子とか用意してくれてるんだし。
「うん。お邪魔するね」
わたしの招きに、素直に従って入ってきたシオン。
彼を案内するように、彼より少し前を歩く。
「やっぱり。キレイになった……」
わたしの背中に、彼のボソリとした呟きが届く。
(そ、それって、それって……!)
社交辞令じゃないよね? お世辞でもないよね?
だって、わたしに伝わるように言ってないんだもん。
そういうお世辞とかは、相手に聴こえるように言わなきゃ意味ないんだもん。
(だとしたら、「キレイ」ってのは、シオンの素直な感想?)
だとしたら、だとしたら、だとしたら!
うれしいの? 恥ずかしいの? 照れてるの?
わかんない。わかんないけど、耳まで真っ赤になってる自覚はある。
彼を見てみたいけど、この首、ちょっとでも動かしてふり向くなんて無理。「そんなふうに思っていただけてうれしいわ」なんて、淑女ぶるのも無理。
まっすぐに、ただまっすぐに。
決められた道以外歩いてはいけない、そんな遊びみたいに。黙々と、用意している部屋までうつむき足を進める。
(シオンも、カッコいいよ)
口に出して言うのは、ものすごく勇気がいりそうなので、そっと心のなかで称賛しておく。
訪問に相応しい、カチッとした衣装をまとった彼。
胸の、紫色のアスコット・タイがとても似合ってた。
昨日は少し乱れてた黒髪も、今日はキチッとキレイに撫でつけられてて。スーツの袖からのぞくシャツのカフスは、あれ、アメジストだったのかな。タイの色とおそろいになってた。
彼の言葉を借りるなら。「彼もビックリするほどカッコよくなった」。
昨日は、色々あったし、暗かったりで気づかなかったけど。彼、すっごく大人っぽくカッコよくなってる。
(もう、23だもんねぇ)
わたしが大人になったように。彼だって大人の男性になっていたんだ。
白いキチンと糊付けされたシャツの襟からは、男の人らしく少し突き出た喉仏が見えてたし。わたしの胸が膨らんだように、彼だって、大人になっていたんだ。
離婚したって言ってたけど、それまでは奥様がいたような人だし。
十年前までとは違う。わたしも彼も立派な大人になった。
(な、なんだろ)
昔を懐かしみ、今を語り合う。
それだけのつもりで、今日は会うつもりだったのに。
なぜか、すっごく胸がドキドキする。
*
「――懐かしいな、この庭」
客間を後にして。二人で庭に出て、シオンが言った。
昔、わたしたちが遊び場にしていたのは、彼の家だけじゃなく、この家の庭も同じ。
あの生け垣の穴を抜けて、よくコッソリと会って遊んでいた。
でも。
(あうううう。こんなことなら、もう少し手入れしておくんだった)
記憶にあった庭とは大違い。
昔は、ここに、お祖母様が大事にしていらしたバラとかクレマチスとか、色とりどりの花が咲き誇っていたのだけど。
植物の生命力はとてもたくましい。
管理人がいたとしても、庭の維持までは追いつかなかったらしく、バラはモッソリイバラの森を作り出し、クレマチスは知らないツル系雑草に絡みつかれて枯れる寸前。
芝生には雑草が生い茂り、刈り取るのも雑草だけ抜き取るもの難しいかんじ。
可憐な花、清楚な花なんてものは生きていられない。生命力の強いものだけが跋扈する庭。
「うわっ!」とか「なんだこれ!」とか言われなかっただけマシだけど。「懐かしいな」は、他に感想を述べるのが難しかった彼の、せめてものやさしさなのかもしれない。
――ちょっと庭でも散策しない?
いっぱいおしゃべりして。いっぱいお茶を楽しんで。
なぜか間が持たない気がして、とっさに誘った庭の散策。
こんなことなら、ドレスなんて選んでないで、草の一つでもむしっておけばよかった。
それか、案内するなら家のなか。
(でも、家のなかも……なあ)
ここに長く滞在する予定もなかったから、あっちの手入れ具合も庭と同程度。
わたしが使っていたピアノも布をかけたままだし、そもそも調律すらしてないから、弾いてみせることもできない。
キレイに整えてあるのは、さっきまでいた応接室と(ソニエが必死に掃除してくれた)、わたしの居室ぐらいだけど。さすがにキレイに整えてあるっていっても、居室に彼を案内するわけにはいかないでしょ。
淑女の居室は、たとえ幼なじみであっても、異性の立ち入っていい場所じゃない。
本来なら、お茶もお菓子も尽きて、話すことも尽きたタイミングで、「それでは」と帰ってもらったほうが良かったのかもしれない。
それがマナーだと思うし、それが正解だったのだろう。
でも。
不思議と、話すことが尽きても、「それでは」をするつもりになれなかった。もう話すことなんて、話題なんてないのに、シオンと別れるつもりはなかった。
もう少し。あともう少しだけいっしょにいたかった。
だから、庭に誘ったのだけど。
ううう。こんなことなら、マナーに則って、「それでは」すればよかった。
「――リューリアは、ここで暮らすの?」
「え?」
どうなんだろ。
問われて、自分に自問する。
この町に来たけど、それは修道院に入るためであって。この屋敷は、いっときの逗留先であって。「暮らす」とかそういうのは、全然考えてなかった。
「もし、ここで暮らすのなら。僕に庭の手入れをさせてもらえないか?」
「ふえっ!?」
そ、それは、思い出の庭がこんなに荒れているのを見るのは忍びないとか、そういうこと? それか、「こんなに雑草まみれにして! 僕の家にまで雑草が侵入してきたらどうしてくれる!」みたいな。
「キミさえよければ、この庭にいっぱい花を咲かせたいんだ」
「シオン……」
「バラ、クレマチス、ユリ、ルピナス、ユリ、デルフィニウム、サルビア、オダマキ、リナリア、ジギタリス――」
目を閉じ、次々にかつて咲いていた花の名前をあげていくシオン。
名前をあげられるだけで、その声を聴いているだけで。おなじように閉じたわたしの瞼の裏に、元の美しい庭が蘇る。
幼いわたしが、彼と遊んだ庭。お祖母様が丹精に育て、愛しまれていた庭。
「それと、菫」
その言葉に、ドキンと心臓が跳ねて、目を開く。
菫。菫って……。
「どうかな? 僕にぜひともやらせてくれないか?」
「え、ええ。お願いしてもいいのなら」
別にここに長く滞在するつもりはなかったけど。彼がかつての庭を蘇らせてくれるのなら。
「よかった。じゃあ、これからもよろしくね、リューリア」
彼が、わたしに手を差し出す。
しなやかな山羊革製の手袋をつけた、紳士らしい手。
でも。
「よろしく、シオン」
その手に感じる温もりは、あの頃の温もりとなにも変わっていなかった。
「それと、あの生け垣の穴も直しておくよ。キミが通り抜けやすい大きさにしておく」
訂正。
温もりは変わってないけど。
クスッといたずらっぽく笑った彼。大人になって、ちょっと意地悪になったみたい。
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