「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご

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8.厚意と好意

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 「そうだな、ここには、この壁紙を使ってもらおうか。――それでいい? リューリア」

 庭の次は邸内。
 あちこちに職人らしい男性たちが入る。
 その中の一人、壁紙の見本を持ってきた親方というよりは商売人らしい中年男性と、話を終えたシオンがわたしに確認を取る。
 
 「え? ええ。それでいいわ」

 色とりどりの鮮やかな壁紙の見本。
 どれを選んでもステキな壁になる。今の、剥がれ落ちかけた壁紙と違って。

 (というより、わたしが文句なんてつけられる?)

 確かに、ここはわたしの(父親の)邸宅だけど。直してくれるのはシオンの厚意であって。お金を出してくれてるのもシオンなのであって。そこに暮らしてるだけのわたしが、彼に意見してもいいのだろうか。
 と思うのに。

 「リューリアは、どれか好きな柄はある?」

 壁紙の見本をわたしに見せてくるシオン。
 
 「僕としては、この柄をキミの寝室に使いたいと思うんだけど、どうかな?」

 「わたしの……寝室?」

 今いるのは、屋敷の応接室。
 人に一番見られる場所だから、直すことに賛成してるけど。寝室はわたししか目にしない場所だし、直してもらうなんて考えたこともなかった。
 
 「キミの寝室、僕もチラッと見せてもらったけど、四隅とか剥がれ具合、結構酷かったよね?」

 う。
 そ、そうなんだけど。

 (シオン、見たの?)

 わたしの寝室を? 彼が?

 「気を悪くしたらゴメン。キミの侍女に案内してもらって、見せてもらった」

 そうなの?
 ソニエが見せたの?
 ソニエが見せたのなら、朝起きたままの寝乱れた寝台じゃなかっただろうし。見られても平気な程度には整えられてたとは思うけど。

 「せっかく直すんだし、寝室もキレイにしたいなって思ったんだけど」

 わたしが黙ったことを、不機嫌ととらえたらしい。シオンが謝ってくる。
 そういうわけじゃないんだけどな。
 まあ、寝室なんていう私的な空間を、知らない間に見られてたのは、ちょっと気分悪いけど。

 「大丈夫よ。でも、そんなに色んなところを直してもらって、申し訳ないわ」

 不機嫌になってたわけじゃないの。申し訳ないなって思ってただけなの。
 そういうことにしておく。

 「そんな。僕が好きにやってることなんだから。キミは、この屋敷の主として、思う存分、好きなように自分の意見を言ったらいいんだよ。お金を出すのは僕けど、キミには忌憚なく意見を出して欲しい。ここは、キミの家だからね」

 わたしが機嫌を悪くしてないことに安心したのか。シオンの声に、いつもの柔らかさが戻る。

 「わたしの、家――」

 修道女になるまでの、仮の住まい。父さまが所有してる屋敷の一つ。父さまの意志一つで、追い出されることもある屋敷なのに。

 「そうだよ。ここはキミの家だ」

 塞ぎ込み、落ち込みそうになるわたしを、真っ向から上向きにさせてくれるシオンの言葉。

 「キミはここの女主として、思いっきり好きなように命じてくれて構わないんだよ」

 そう……なのかな?
 今だって、こうして修繕してること、父さまが聞いたら激昂するかもしれないのに? すぐにでも、「なにしてるんだ!」で追い出されるかもしれないのに?
 不安で、怖くて仕方ないのに。微笑みかけてくれるシオンのその顔を見ていたら、「大丈夫なのかな?」が少しずつ晴れていく。根拠もないのに、「ここにいていいんだ」って気持ちになっていく。不思議。

 「ってことで、寝室の壁紙を選んでほしいんだけど。僕としては、これがオススメなんだけど。――どう?」

 数ある中から、シオンが一枚、見本を取り出す。
 薄紫の下地に、細かく菫の花が散りばめられた壁紙。
 散らされた菫の濃い花びらと葉っぱが、とても清楚で美しく、若い女性の部屋に似合いそうな壁紙だけど。

 (どうして、これがオススメなの?)

 若い女性の部屋にっていうのなら、他にもスズランとか、チューリップの壁紙でもいいのに。バラとかユリでもいいのに。
 以前の、ボロボロになった壁紙は、お祖母様の趣味なのか、青いトゥイーディアが描かれていた。
 シオン、あえてこれを選んだの? それとも、たまたまこれを選んだの?
 前の壁紙に似た色だから? それとも……。

 「気に入らない?」

 「ううん、そんなことないわ。とてもステキね、この菫」

 気に入らないわけじゃない。むしろ気に入ってるというのか。

 「これで、お願いしてもいいかしら?」

 「――よかった。じゃあこれで壁紙を貼り直してもらうよ」

 わたしの許可がおりたことにホッとしたようなシオン。わたしが選んだ見本を持って、親方に近づいていく。

 ――この花、僕の一番好きな花なんだ。

 (――え?)

 風に乗って、聞こえるか聞こえないか、ギリギリの大きさで運ばれてきた呟き。
 シオン、菫が好きなの?
 好きな花を、わたしの寝室に散りばめようとしてるの?
 どうして菫が好きなの?
 あの時、菫で指輪を作ってくれたのは、一番好きな花だったから?
 混乱する。
 あの時、指輪にして贈ってくれたのは、たまたま近くで咲いていたからじゃないの? 好きな花がたまたま近くで咲いてて、それをたまたま選んでわたしに贈っただけなの?
 あれ以来わたしも菫が好きな花になったのだけど。
 その菫を、わたしの寝室に散りばめるのは、好きな花で飾ってあげたいってのは、厚意? それとも――。

 「リューリア」

 「ひゃいっ!」

 呼びかけに声が裏返った。
 
 「ゴメン、驚かせた?」

 「う、うん。大丈夫」

 全然大丈夫じゃないけど。

 「壁紙の貼り替え、親方とも相談したんだけど、かなり大掛かりな工事になりそうなんだ」

 「うん」
 
 壁紙を貼り替えるだけじゃない。
 壁紙が剥がれる原因となった、雨漏りによる壁の傷んだ箇所も直さなくてはいけない。だから、大掛かりな工事になることは理解してたし、だからこそ、そこまでやってもらうつもりはなかったのだけど。

 「この屋敷のあちこちに職人が入ることになる。だから――」

 シオンがちょっと言い淀む。
 視線を床に落として。息を吐いて、吸って。

 「しばらく、工事が終わるまで、僕の家で暮らさないか?」

 真っ直ぐこっちを見て言ったシオンの顔は、頬が赤く染まっていた。

 「シオンの家?」

 「うん。夜はいないとはいえ、人の出入りの多い屋敷で暮らすのは大変だろうし、それに、侍女と二人暮らしはなにかと物騒だ」

 それはそうなんだけど。

 「でも、いいの?」

 幼なじみとはいえ、わたしがお邪魔しちゃっても。そこまで厚意に甘えても。
 そりゃあ、子どもの頃は遠慮なんてナシで、シオンの家に泊まらせていただいたこともあったけど。

 「いいよ。コッソリ工事を続けて、完成した姿を見せてキミを驚かせたいって魂胆だからね」

 そこでようやくニッコリ笑ったシオン。
 
 「じゃあ、お言葉に甘えて、お邪魔するわ」

 そういうことなら、わたしも乗ってあげるわよ。
 驚かされるわたしも、「まあ!」って目を丸くする準備をしておかなくちゃね。
 楽しいイタズラを共有してるみたいで。応えるわたしも自然と笑みがこぼれた。
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