「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご

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9.調子っぱずれの息の合わせ方

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 「――ここって」

 「キミの部屋。覚えてる?」

 「覚えてるわ。忘れるわけないじゃない」
 
 胸がキュッとなるような感動と。喜びからの目の熱さに、思わず手で顔を押さえる。
 案内された、シオンの屋敷のわたしの部屋。
 
 ――リューリアちゃんが、いつ泊まっていってもいいように。

 そう言って、彼のお祖母様が用意してくれてた、彼の屋敷にあるわたしの部屋。
 王都に呼び戻されるまで、ちょくちょくここに泊まっては、「あちらのお宅にご迷惑でしょ」と、わたしの祖母から叱られていた。
 もちろん、シオンのお祖母様は「いいのよ」と笑ってくださっていたけれど。

 「お祖母様がね、いつリューリアが遊びに来てもいいようにって、あの頃のまま残していたんだ」

 少し小ぶりな寝台。その寝台を囲む、天蓋から垂れ下がる紗には小花の刺繍。同じく小花柄の明るいピンクの壁紙。
 言われてみれば、その部屋は、女性向きの部屋ではあるけど、ちょっと幼い印象。
 
 お姫さまの部屋。

 確か、あの頃のわたしはここをそう呼んでいた。
 自分の家の寝台には、こんな瀟洒な天蓋も紗もなかったから。物語に出てくるお姫さまは、こんなステキな寝台で眠ってる気がしたから。
 そして、シオンも彼のお祖母様も、わたしをお姫さまのようにやさしく接してくれていたから。

 (懐かしい……)

 わたしがここを離れて。この家を訪れることがなくなって。彼のお祖母様もお亡くなりになって。
 てっきり。てっきりこの部屋もなくなってると思っていたから。

 (残しておいてくれたんだ……)

 「お祖母様は、実の孫の僕よりも、キミを大事に思っていたから」

 「そんなことないわよ」

 彼のお祖母様は、彼をちゃんと愛しておられたと思うわ。
 笑って、そのことを伝えようと思ったのに。

 「リューリア?」

 「ご、ごめんなんさい。泣くつもりなんて、なかった……のに」

 勝手に涙が溢れてくる。
 拭っても、ぬぐっても。
 部屋がそのまま残っていたことに感激して泣いてるんじゃない。これは――。

 「オバさま……」

 そんなにわたしのことを思ってくださっていたのに。わたし、オバさまの最期に会いに来られなかった。
 わたしのお祖母様も。彼のお祖母様も。
 幼いわたしを、とっても大事に思ってくださってたのに。お二人に会うことは叶わなかった。最期に「ありがとう」と、「愛してます」と伝えることができなかった。
 国王陛下や王妃さまなら、事情さえ話せば、そんなに大切な人なら、最期に一目会いに行きなさいと送り出してくれただろう。
 けど、アイツは。婚約者だったアイツは、そんなことしている暇があるなら、政務を手伝えで終わり。王都どころか王宮からでさえ出してくれなかっただろう。鄙びた田舎町出身であることを隠せ。王子妃らしく粗野な過去を忘れろ。そういう人だったから。

 「ゴメン、キミを泣かせるつもりはなかったんだけど……」

 「ううん。シオンは、悪く、ないよ……」

 これはわたしが勝手に泣いてるだけだから。
 わたしを大切に思ってくれた人に会えなかったこと、わたしが勝手に悔やんでいるだけだから。

 「ねえ、リューリア。来て」

 涙でベタベタになったわたしの手を、シオンが引っ張って歩き出す。
 どこに行くの?
 その強引さに驚き、涙が止まる。

 「ここだよ」

 キイっと少し軋んだ音を立てた扉。

 (わっ!)

 開いた扉から溢れた光に、目を眇める。

 「ここって――」

 「音楽室。覚えてるだろ?」

 覚えてる。覚えているけど。
 わたしの手を引いたまま、ズカズカとその部屋に入っていくシオン。

 「さ。リューリア」

 大きな窓のある、光に溢れた部屋。
 部屋の真ん中にあるのは、漆黒のピアノ。記憶と違わぬ、ドッシリと落ち着いた佇まい。
 グランドピアノ。
 そのピアノの前にある椅子に、シオンがわたしを強制的に座らせる。
 って。

 「し、シオン?」

 これって。わたしに弾けってこと?
 わたしの手を離すと、いそいそと屋根を開き、突上棒でそれを支える。
 やはり弾けってことなんだろう。ピアノの支度を終えると、今度は棚に置いてあったヴァイオリンを肩に乗せながら戻ってきた。そして――

 「いっしょに弾いてみないか?」

 やっぱり。
 理解して、彼のために「ラ」の白鍵をポーンと指で押す。それに合わせて、彼が一本だけ弦を弓で弾く。
 調弦。
 ヴァイオリンは、この音を中心に調弦をする。ピアノは、一度調弦すると当分の間そのまま弾くことができるけど、ヴァイオリンは弾くたびに弦を巻き、緩める。正確な音を出すためには、必ずこの調弦作業が必要なのだけど。

 「よし、これでいいかな」

 四本の弦を調律し終えて。シオンがもう一度ヴァイオリンを構え直す。
 調律を手伝ったってことは、わたしも弾くつもりだって意志の現れ。だから。

 「それで、なにを弾くの?」

 当たり前のこととして、彼に問う。
 
 「うーん、なんでもいいんだけど。そうだな。この曲はどう?」

 曲名を言うより、弾いたほうが早い。
 シオンが、弦を撫でるようにやさしく、そして、強く弓を動かす。

 (わかった!)

 正解は、言葉で答えるんじゃない。シオンが奏でる曲に、わたしもピアノで加わる。

 正解!
 
 目でそれを伝えてくるシオン。少しだけ頬を緩めると、そのまま楽しそうにヴァイオリンを奏でる。

 ピアノとヴァイオリンの練習曲。

 とても明るく楽しい曲で、子どもの頃、よくいっしょに弾いていた曲。そんなに難しい曲じゃない。けど、ピアノとヴァイオリン、二つの楽器の息が合わなければ残念なことになる曲。だけど。

 (あ、また!)

 わたしのピアノの隣でヴァイオリンを奏でるシオン。
 息を合わせて、音を合わせて。
 昔っから、口酸っぱくして言ってるのに。彼のヴァイオリンは、独走を始める。
 わたしのピアノの音からも、楽譜からも。
 調子っぱずれの、音ハズレ。

 (もう!)

 怒ったところで、シオンのこのクセは直らない。本人は、これだけハズレてるのに、少しもハズレてない、譜面通りだと思ってるらしい。
 今も、絶対間違ってないと思ってるんだ、きっと。だって、今もほら、すっごくいい顔で演奏してる。間違ってると怒れば、素直にゴメンって返してくるけど。だからって、絶対直らない、彼のクセ。

 (仕方ないなあ)

 怒ったところでどうにもならない。弾くのを止めたら、きっと傷つく。
 だから。

 だから、わたしから彼の音に合わせる!
 
 譜面通りに弾くんじゃない。リズムだって、音だって、彼の演奏が正解。ハズレるんだったら、わたしもいっしょにハズレる。そうしたら、この演奏は、それが正解になる。
 ただ、いっしょにハズレ続けると、元の曲がなんだったか忘れそうになるほどメチャクチャになるから、ハズレすぎてる時は、ちょっと強めにピアノで正解を弾く。それで彼が戻ってくるなら良し。戻ってこないなら、その時はその時!
 音楽教師が聴いたら卒倒しそうな合奏だけど。お祖母様たちは、わたしたちのこんなメチャクチャな演奏でも、楽しそうに耳を傾けてくれていた。

 (懐かしいな)

 下手でも調子っぱずれでも、それでも最後に拍手を贈ってくれてたお祖母様たち。
 シオンの演奏に引っ張られながら、時折引っ張り戻しながら弾くピアノ。

 (楽しい)

 自由に弾くことが。お互いに引っ張り合って、話し合ってるように弾くことが。譜面通りじゃない、新しい曲を作り上げるように弾くことが。
 王宮では、未来の王子妃としては許されない演奏方法。児戯のようなふざけた演奏。
 でも。でもでもでも。

 (終わりたくない)

 譜面通りなら、もうすぐこの曲は終わる。終わらせなくてはいけない。けど。

 (終わらせなきゃいけないって、誰が決めたの?)

 わたしは終わりたくないの。まだまだ彼の奏でるヴァイオリンとお喋りしたい。
 彼のヴァイオリンは終わりの余韻を奏でる。でも、わたしのピアノはそれを認めない。
 譜面を勝手に戻って、また同じフレーズを弾く。すると、彼にもその思いが伝わったのか、少し遅れて、ヴァイオリンがついてくる。
 演奏としてはメチャクチャだ。
 でも楽しい。止めたくない。
 こんなに楽しくピアノを弾いたのっていつ以来だろう。
 そんなことを思いながらも、二周目の終焉が近づく。
 ああ、もうダメだ。さすがに三周目はない。
 仕方なく、譜面通りに曲を着地させる。今度は、彼もわたしと同じように演奏を止めた。
 最後の音の余韻が、光に満ちた部屋を震わせ、そして消えていく。
 わたしが鍵盤から指を離したように、彼も弓を持つ手をダラリと下ろす。

 「――相変わらずの独特の演奏ね、シオン」

 深く息を吐き出して感想を伝える。
 あんなメチャクチャな演奏、わたしじゃなきゃ合わせられないわよ。

 「それ、キミが言う?」

 お祖母様たちなら、こんな孫同士のやり取りを、微笑ましく見ておられたかもしれないけど。
 自分でも(強く)自覚していること。そこを彼に笑ってツッコまれ、格好つかなっくなったわたしは、ムスッとむくれるしかなかった。
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