「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご

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15.シオンの奥様

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 「ごめん、リューリア。しばらく留守にするけど、いいかい?」

 ユーフェン殿下と海に行った翌日、王都に帰る殿下を見送る支度をしてたら、シオンが言い出した。

 「ちょっと王都に戻らなくちゃいけなくなった」

 「王都に?」

 「ああ、ちょっとあっちで厄介なことが起きててね。僕が出向く必要ができたんだ」

 シオンは、わたしと違って、離婚してこの町に追いやられてたとかいうわけじゃない。これはおそらくだけど、離婚による傷心を癒やすため、いっときここを訪れていただけ。だから、時期が来れば戻る予定もあったのだろう。

 「大丈夫よ」

 わたしのことなら。
 今まで、シオンの厚意に甘えてこちらで暮らさせてもらってたけど。彼がいないのであれば、自分の屋敷に戻るわ。工事中には変わりないけど、夜も工事してるてわけじゃないし。別に、ソニエと二人でも充分暮らしていけるわよ。

 「ごめんね。ユーフェン殿下を送るついでに、チャチャッと仕事を済ませてくるから。キミはこのままここで待っていて」

 「え? ここで?」

 自分の屋敷じゃなくて?

 「うん。親方たちは細心の注意を払って工事してるだろうけど、なにかあったら大変だからね。大丈夫。キミたちが暮らしていけるように、最低限の使用人は置いていくから」

 いや、そういうことを心配してるんじゃなくて。
 
 「すぐに戻って来るから。ね?」

 いや、そういうことも気にしてるんじゃなくて。

 「おい、私は用事の〝ついで〟か?」

 語るシオンの背後でユーフェン殿下がムスッとむくれるけど、そういうことを気にしてるのでもなくて――って。って、殿下っ!?

 「安心しろ、御内儀。用事さえすめば、コイツは私が速攻でこちらに送り返してやる」

 腕を組んだまま、ツカツカと近づいてきた殿下。――用事って、殿下に関係することなの?

 「ハハッ。それは頼もしいな。ってことで、リューリア、ここで留守役をお願いするよ」

 「王都に連れていけばよいのに」

 「それは……ちょっと、ね」

 殿下の提案に、シオンが少し困ったような顔で返す。
 確かに、本当の熱愛夫婦なら、ここでわたしも王都に連れていけばいいと誰もが思うだろう。用事が済めばこちらに戻るとしても、片時も離れたくないと、連れて行ってもおかしくない。離れようとしてるほうがむしろおかしい。でも。

 (わたしとシオンは、ただの見せかけだし)

 熱愛でも夫婦でもない。ただの幼なじみ。
 殿下がここを離れたら、元の幼なじみに戻るだけの関係。王都に戻ってまで熱愛のフリを続ける理由がない。

 「彼女を王都に連れて行って、誰かに横恋慕されないか不安なんだ」

 「ハッ。お熱いことで」

 シオンの苦し紛れだろう言い訳に、信じた殿下が呆れる。

 (でも、なんだか心苦しいな)

 シオンと、とても仲の良さそうなユーフェン殿下。
 身分こそ東央国の第七皇子と高いけど、とても気さくで、シオンの友人らしいいい方だ。そんな方を、わたしはシオンといっしょに騙している。
 シオンが言い出したこととはいえ、ズキンと胸が痛む。

 「なるべく早く帰ってくるから。お土産楽しみにしてて」

 言って、シオンが殿下と同じ馬車に乗り込む。

 「ええ。楽しみに待ってるわ」

 ここは、熱々熱愛夫婦らしく微笑んで。

 「あー、でも僕より先に、あの使用人、ベン――だっけ? 彼がここに来る方が早いかも」

 「ベンが、ですかっ!?」

 わたしの脇で控えていたソニエが驚く。あ、そっか。わたし、自分の夫婦偽装のことで頭いっぱいで、すっかりソニエに伝え忘れてたわ。

 「くわしいことは、そこのスティヤに頼んでおいたから」

 スティヤ? 
 
 「お任せください、若旦那様、若奥様」

 ソニエとは反対側、見送りで控えていた老執事が、恭しく頭を下げる。白髪を丁寧に撫でつけた、キチッとした印象の老執事。この人がスティヤさんなのだろう。

 「じゃあね」

 馬車の扉が閉まる。
 その際、「留守の間に男の使用人を雇い入れていいのか」と尋ねる殿下と、「大丈夫だよ」と笑うシオンの声が聞こえた。
 若い最愛の妻のそばに、男性使用人を配していいのか。お前、他の男に言い寄られるのが嫌だと王都に連れて行かないって言ったくせに。
 多分、そういうところだろう。

 (まあ、わたしは、本当の妻じゃないし)

 男に言い寄られる云々は、殿下に対してとっさに思いついただろう言い訳。もっともらしくシオンが話したせいで、シッカリ信じ込んでしまってる殿下に申し訳なく思う。

 (さて、と)

 ガラガラと音を立てて去っていった彼らの馬車と、徒歩の従僕たちを見送って。

 「ソニエ、帰るわよ」

 ソニエを誘う。

 「お嬢様っ!?」

 「奥様、どちらへ」

 驚くソニエと、冷静な声で問いかけるスティヤさん。ってか、「奥様」って。いつまで続けるのよ、それ。

 「どちらって。家に帰ります。シオンも留守なのに、いつまでもこちらにお邪魔してるわけにもいかないわ」

 たとえ、自分の屋敷が工事中であったとしても。これ以上ご厄介になるなんて厚顔は、わたしにはできない。

 「いけません、奥様。そのようなことなさったら、私共が叱られてしまいます」

 「大丈夫よ、シオンはいないんだし。彼が帰ってくる時だけこちらに寄らせていただけたら――」
 「いいえ。いけません、奥様。若旦那様の御命を違えることはできません。ですからどうか、お過ごしになられるのなら、当邸でお願いいたします」

 えっと。
 ……どうしてそこまで忠実に頑ななの?
 頭を下げながら、必死にわたしを止めるスティヤさん。
 主の命令とはいえ、そんなの適当にしたってわからないのに。

 「ご不満がございましたら、いつでもおっしゃってください。奥様に快適にお過ごしいただけるよう、善処いたします」

 いや、不満があるから家に戻るってんじゃなくて。
 善処してもらうようなことは、一つもないんだけど。

 「――わかったわ。シオンが帰ってくるまで、こちらにご厄介になります」

 誰かを困らせてまで家に帰りたいわけじゃないし。

 「ありがとうございます、奥様」

 ……だから、わたし、もう奥様じゃないってば。
 あれは、殿下を騙すための演技で。遠くからわざわざ結婚を祝いに来てくれた殿下に、「実は離婚してるんだよね」って言えないから、それでついた嘘なんだし。
 
 (でも、どうしてシオン、殿下に本当のこと言えなかったのかしら?)

 わざわざ祝いに来てくれた殿下に申し訳ないから。
 たしか、そんなふうに言ってたと思う。遠くから来てくれたのに、「実は離婚」なんて、気まずいし、とっても言いにくいから、と。
 でも。

 (本当のこと聞いて、怒るような殿下だったかしら?)

 本当のこと言って、気まずくなるのは理解できる。でも、嘘をついて騙して、本当のことがバレたときのほうが、よほど気まずくないだろうか。
 砂浜で、じゃれるように追いかけあってた殿下とシオン。
 真実を話しても、きっと殿下なら「わざわざ来てやったのに」って怒ったりしない。「大変だったな」ってシオンを労ってくれる。嘘をついて騙して。本当のことを知ったら、殿下、ものすごく傷つくんじゃないかな。

 (どうか、シオンと殿下の友情が壊れたりしませんように)

 強く、心のなかで願う。
 いつか。いつか今日のことが嘘だとバレても、二人の仲が壊れたりしませんように。
 殿下が、シオンが嘘をついた理由を理解してくださりますように。
 いつまでも、二人の仲が続きますように。

 「部屋に戻ります」

 ソニエを促し、屋内に戻る。

 「はい、奥様」

 きびすを返したわたしの後ろで、スティヤさんが深く頭を垂れる。
 わたしがシオンの本当の妻じゃないってわかってるはずなのに。これが演技だって知ってるはずなのに。
 いつまで奥様扱いされるのか知らないけど。
 そうしたほうがいいのなら、しばらく奥様として振る舞ってあげるわよ。
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