「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご

文字の大きさ
14 / 31

14.海

しおりを挟む
 「――ほう、これはなかなか。迫力あるな」

 目の前に広がる海。
 海に面した港町といっても、わたしたちの屋敷は、海の近くではなく、少し離れた高台にある。
 屋敷では、時折風向きによって、海の音が聞こえることはあるけど、それは「コー」とか「ゴー」みたいな音だけで、今みたいに「ドォン」とか「ザザァ」みたいな、波が砂浜に打ちつけられるような音は聞こえない。
 そして、体に響いてくることも。

 (相変わらずスゴいわね)

 ユーフェン殿下の隣で、同じように海を眺めるわたしも、彼の意見に同意。
 十年ぶりに見た海だけど。体の小さかった、幼い頃に見たから迫力を感じてたのかと思ってたけど、そうじゃなかった。大きくなった今見ても、海はやっぱり大迫力。
 だけど。
 チラッと、殿下の足元に視線をやる。
 人気の少ない――というか、まったくない砂浜。
 シオンとわたし、そしてユーフェン殿下が並んで立っているのだけど。

 「あ、あの……殿下」

 「ん? どうした御内儀」

 「その、お御足……」

 それでいいんですか?
 質問の後半を濁して飲み込む。
 シオンの屋敷を訪れた時、殿下は、馬車から前庭、そして屋敷の玄関まで、ビヤッと敷かれた赤い毛氈の上を歩いていらした。
 ここに来る時も、馬車に乗り込むまで、同じ毛氈の上を歩いていた。
 けど。
 今の殿下は、馬車からこの波打ち際まで、普通に砂浜を歩いてきた。わたしたちの背後に毛氈はない。あるのは、三人それぞれの歩幅の足跡だけ。

 (東央国の皇族って、絶対地に足をつけないんじゃなかったっけ?)

 王宮にいた時に学んだ風習。
 東央国の皇族は、天から遣わされた一族なので、地に足をつけない。つけた者は、皇位継承から外される。
 地に足をつけるということは、世俗にまみれるというか、聖なる一族から外れるという意味らしい。だから、彼らは靴を履くだけでなく、毛氈などの敷物の上を歩く。二重に足を地につけないよう注意を払っている。――はずなんだけど。

 「不思議な踏み心地だな」

 殿下、思いっきり、素足で砂を踏み踏みしてる――っ!

 わたしたちが遺した砂浜の足跡。その途中、殿下の足跡だけ、おまけのように靴まで残されている。
 靴に入った砂が気持ち悪いと、殿下が途中で脱ぎ捨てたからだ。
 それでなくても、毛氈を敷こうとして止められた従僕が「じゃあ、これどうしたらいいんですか?」みたいな泣きそうな顔で、毛氈を持って突っ立ってるっていうのに。
 靴どころか、素足になっちゃってるよ、この殿下。大丈夫なの?

 「御内儀は、東央国の風習をご存知か?」

 「あ、はい。まあ」

 王宮にいた時、最低限の礼節として、他国のマナーや習慣をバッチリ叩き込まれたから。
 東央国の方をもてなすのは、これが初めてだけど。でも、足を云々の話も、東央国の言葉も、ちゃんと覚えている。

 「そうか。なら焦るのもわからないでもないが」

 「リューリア、彼にはこれが普通なんだよ」

 すべてを語らない殿下。助け舟を出すように、シオンが補足する。

 「ユーフェン殿下は、留学中もなんのためらいもなく靴を脱いでたお方なんだ」

 「へ? 留学中も」

 「うん。裸足のまま教室からも逃げ出す。そういう方なんだよ」

 なんと。というか、教室から逃げ出すって。

 「人聞きの悪いこと言うな、シオン。好奇心旺盛だと言ってくれ」

 「どこが。勉強が嫌で、裸足のまま逃げ出して木登りしてた方を、〝好奇心旺盛〟とは。物は言いようだけどさ」

 「あれは。あれは、木に登ったら気持ちいいか確かめに行っただけだ。猫が枝の上で心地よさそうに寝ていたからな」

 「やっぱり、逃げ出していただけじゃないか」

 ブスッとした殿下に、笑うシオン。
 二人は、学生時代もこんな感じだったんだろうか。
 シオンの態度、殿下が皇族然としていたら、絶対通用しない態度。友達らしいっていえば、友達らしいざっくばらんな感じだけど。

 「とにかく。私は第七皇子で、そもそも皇位継承から縁遠い立場だからな。それに東央国でならともかく、ここは異郷の地だ。天孫として足をつけてはならないのは、東央の地であって、ここではない。気にせずともよいぞ、御内儀」

 立場的に、皇位継承が回ってくることはない。
 禁じられているのは東央国の土地であって、ここは管轄外だ。
 だから気にせず地に足をつける。そういうことらしい。

 「まぁた、屁理屈こねる」

 「うるさい。そういうお前らも皇位継承など関係ないのだから、靴ぐらい脱げ」

 「ええ~。僕は砂で足を汚したくないんだけど」

 「こういうことは、皆そろってやるのがいいんだ! お前も脱げ!」

 殿下がシオンに襲いかかる。シオンは、靴を脱がせられまいと、殿下から逃げる。

 追いかけっこ。

 大の大人がなにやってるの。
 子どもみたいにじゃれ合って。
 いい歳して、恥ずかしくないの? 
 ――なんて言うつもりはない。
 二人が走り回るのを眺めてるだけで。なんだか。なんだかとっても不思議だけど、とっても楽しい。

 「フフッ。アハハハハッ」

 およそ淑女らしくない笑いがこみ上げてくる。
 声を上げて。口元を隠すことすらせずに、笑いよじれそうなお腹を押さえて。
 誰かを見て笑うなんて。こんなふうに声を上げて笑うなんて!
 10月でも日差しはお肌に悪いからと、なにもせずに顔を晒すのはよくないからと、淑女らしくパラソルをさしているけど。

 「アハハハハッ」

 人を笑うなんて失礼極まりない。
 わかっていても、一度こぼれた笑いは止まりそうにない。
 こんなふうに、心の底から面白いと思って笑うの、久しぶり。笑いが一旦収まっても、ちょっとつつかれたら、また笑いだしてしまいそう。そのうち、なにが面白いのか、なにに笑っているのかわからないぐらい笑い続ける。

 「――笑うと、美しさに愛らしさが増して。よいな」

 「だからって、あげないよ。キミであっても」

 「友達の最愛の人を奪うほど、私の性根は腐ってないぞ」

 少し離れた場所で。
 砂の上に転がった殿下とシオンが、わたしを見てボソリと会話したこと。この時のわたしは、声を上げ笑い続けるだけでなにも知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので

麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。 全15話。プロローグから4話まで一挙公開。 翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。 登場人物 マーリン・ダグラス 結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。 デミトリアス・ドラモンドまたはアロン マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。 ギルバート・ダグラス マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。 シェリー・モーヴ ギルバートの愛人 エミリー マーリンの親友で既婚者。 ララとリリー マーリンの屋敷のメイド達。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...