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1章

幕間 カリナ様の華麗なる日常

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「カリナ様?もう朝ですよ。カリナ様?起きてくださいカリナ様」

「あと5分……ぐー…うへへ…」

「まったくもう。そろそろアーシャ様を起こしに行く時間ですよ?」

「アーシャ様…ぐへへ。カリナは、カリナは…ぬふふふ。」


毎朝毎朝酷い醜態をさらしているが今日はいつもより酷い。
カリナの世話係であるイラーシュ伯爵家のメイドであるサラは主人のだらしない姿に呆れ半分、愛情半分というところだ。


「おきて下さいカリナ様……ふう、あっ!アーシャ様!」

「ふぇ?あーしゃたん?どこ?」

「おはようございますカリナ様。もうアーシャ様を起こしに行く時間ですよ」

「ふああ!もう遅刻じゃない!どうして早く起こしてくれなかったのよサラ!」

「何度も起こしましたが。夕べはアイーシャリエル様が帰って来たからといって、遅くまで記録水晶をご覧になっておりましたがそのせいでは?」

「何で知ってんのよ!あわわわ」


時間を確認する魔道具を見るともうほとんど時間が無い。いつももっと早く起こしてくれればと逆恨みしつつ、身だしなみを整える。そして身だしなみを整えながら並行しての口喧嘩。

急いで着替えをして髪を梳いて、身だしなみを整える。
起床から2分、すばらしいスピードだ。

毎朝の厳しい時間制限の中で磨き上げられた技術である。

そしてアイーシャリエル王女の元へ参る。
まだ眠っている王女の顔をしばし見つめる。これは一部の者にのみ許される至福の時である。


ゆっくりと声をかけて起こす。決して急がない。
寝ている王女もすばらしいが、寝起きの王女もまたすばらしい。

白銀の髪は朝日に照らされてキラキラと煌めき、母親譲りでワインレッドの瞳は未だ眠そうにウトウトとしている。

頑張って起きようと瞳をパチパチとさせるが、白銀の睫毛がそのたびにゆらゆらと揺れ動き、まるで光の精霊がダンスをしているようだ。


(ふわあああ!アーシャ様!カリナは、カリナはもうっ……!)


一人興奮のあまり失神しそうになるも、何とかこらえる。
そこへ目を覚ました神からの一言。


「おはよーカリナ。昨日はごめんね。探してくれてたんだって?」

「はい!アーシャ様が無事でカリナは安心しました!」

「今度は一緒に行こうね!楽しかったんだ。えへへ」

「是非ご一緒させてください。私も頑張って強くなります!」


親愛なる王女様に声をかけて頂く。
これほどの至福が世界にあるだろうか。いやない。

また昇天しそうになる自分を必死に支え、専属メイドとしての業務に戻る。


これがユグドラシル王国でアイーシャリエル王女に次いで、2番目に美しいと評価の高いカリナ様の毎朝の風景だ。1位と2位の間には超えられない壁があるという評価はカリナを含む国民の総意であるが。







カリナはアイーシャリエル王女の10歳年上だ。


ハイエルフの王女とは違い、エルフのカリナは人間とさほど成長速度に差がない。
だが、わずか10歳の時に王女が誕生することとなり、その筆頭侍女として彼女が指名された。


王妃であるシノブ様によってだ。

この国では王妃の発言は絶対に近い。
国王様も頭が上がらないとされているが、詳しいことは国のごくごく上層部にしか知らされていない。

カリナの父イラーシュ伯爵も引退した先代の父から王妃様には逆らうなと聞いただけしか知らない。
とにかく詳細は不明だが、カリナは王女が誕生する1ヶ月前から城で研修しつつメイドとして暮らしていくことになった。


カリナもカリナの父も母も不安でいっぱいだったが、王妃様が心配するなと太鼓判を押してくれた。
そのことで3倍程不安が増したが。

だが、カリナの不安は産まれてきた王女を見たときに一掃された。

今まで漠然と年上のカッコイイ男性がいいなと思っていたが、産まれてきた王女を見た瞬間に分かった。
私はこの方と共にいるために世に生を受けたのだと。



そんな彼女の日常は驚きの連続だ。
5歳くらいまではおとなしかった王女は突然おかしな方向に活発になった。
出かけるところは下街や冒険者ギルドといった、所謂お上品ではないところ。


カリナは隠密としての訓練も受けていたし、人知れず護衛も付いている。
それでも荒くれ者ばかりと噂に聞く冒険者ギルドに初めて入るときには大層心細かった。


だが結果は杞憂に終わった。
ギルドにいる老若男女は全員が王女に骨抜きにされた。

無愛想な男も、キツイ目をした中年女性も、気難しそうな老人も、生意気そうな若者も、ヤンチャな子供たちも、その全てが骨抜きだ。

アイーシャリエルが歩くたび皆が彼女を目で追い、くしゃみをすれば心配し、転べばあちこちから治癒魔法が。
ふと空の鳥を見れば皆が天を仰いだ。

あの美しさ、聡明さ、それに加えて子供らしい可愛さ。誰も一切抵抗できずに彼女に魅了された。


カリナは嬉しい反面なんとも言えない気持ちがあった。
自分だけが知っている宝物がみんなに知られてしまったような気持ちになったのだ。

でもその宝物は誰にも盗られる事なく自分の所にいてくれる。その事が何とすばらしい事か。
この宝物を私は一生守る。今度はオーク如きに後れはとらない。そう決意を新たにする。


アイーシャリエルが眠るところをじっくりと見守った後、彼女自身の厳しい特訓は深夜まで行われる。
そして特訓の後には何よりも大事な大事な記録水晶をチェックするための時間だ。

今日の王女の微笑を時間をかけてじっくり、ゆっくりと確認する。




……カリナは今日も寝不足である。


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